―9―




 結局のところ、致命的に間違えてしまったのは自分なのだ――
 報告に訪れ、何かを言いかけて口を噤んだビュウの姿に、ヨヨはそう確信した。



 その神殿は、岩山の割れ目の奥深くにひっそりと佇んでいた。
 岩盤をくり抜き、彫り込んで作られた小さな神殿は、かつて『砂の民』の信仰を集めていたのだという。今やその信仰は遠く廃れ、最早その奥に何が眠るか判然としない。マスゥード=ハシムはハルマトワ砂漠のどこに神殿があるか、それしか知らなかった。
 けれど、ヨヨはそこに何がいるのかを知っている。

 呼び声が。
 ダフィラに眠る神竜ユルムンガルド。それの発する呼び声が、遠く、近く、響いてくるから。

 そして今ヨヨは、神竜の寝所とも言える奥殿の大扉の前にいる。傍にはビュウやマテライト、センダックたち。反乱軍でも選り抜きの者たちがヨヨのお供をし、時に襲い来る魔物から彼女を守ってくれた。
 その彼らは今、揃って不安そうな顔を見せていた。それもそのはず、ヨヨの体調は、ようやく起き上がれる程度に回復したばかりなのだ。こうしてファーレンハイトから離れて長時間で歩くなんて、本当ならばまだ控えなければいけない。
 まして、その遠出の理由が神竜との接触なんて。
 一旦ゴドランドに戻るか。神竜なんか放っておいてしばらく療養させた方が良いのでは。いやいっそサウルかエキドナを拉致してこよう。そんな物騒な提案さえ飛び出す議論の中で、神殿への遠征という議案は、もちろん全会一致で反対された。それをヨヨは笑顔でゴリ押しした。
『ドラグナーとしての責務を果たします』
 思ってもみない事を口にしたら、ビュウがすごく嫌そうな顔をした。もちろん最後まで反対したのは彼だ。今もまだ納得しかねている。苦い表情で、
「殿下」
「分かっています、ビュウ」
 呈そうとする苦言を遮る。ビュウの表情に苦みが増した。ヨヨは笑いかける。
「無茶は、しません」
「――……嘘吐け」
 その言葉には答えず――
 ヨヨは改めて、大扉に向かい合った。
 ふと覚える既視感。その出所はマハールの地下神殿の記憶。『砂の民』がかつて崇めた大いなるもの、それを覆い隠す土色の大扉は、砂漠のただ中だというのに砂埃一つついていない。傍に立つセンダックが灯りを掲げ持っているのだが、薄闇の中に佇む大扉はその灯火を「だからどうした」とばかりに弾き返している。
 その時、見上げる彼女のこめかみに鋭い痛みが走った。顔をしかめるヨヨ。堪えられないほどではない。しかし無視し続けるには痛すぎる。ズキリズキリと断続的に走る痛みに頬を引きつらせて、ヨヨは大扉を睨み返した。

 ――来い、来い、来い、来い、来い――

 寄せては返す波のような、遠く、近く、響いてこだまする声ならざる声。それがヨヨの脳に直接飛び込んできて、頭蓋の内側で反響し、最後には棘となってあちこちに突き刺さる。そして、延々と続く声の反響は吐き気すら催させた。

(黙りなさい、ユルムンガルド)

 カツッ。
 声も痛みも吐き気も意地でねじ伏せて、ヨヨは一歩、大扉へと歩み寄る。

(来てあげたのだから、おとなしく私をもてなしなさい)


 その時、大扉が勢いよく開いた。


「ヨヨ!」
「ヨヨ様っ!」
「姫!」
 ビュウが、マテライトが、センダックが、口々に叫ぶ。目の前を不可視の力で開いた扉が過ぎ行く、それに目を瞑る事さえせず、ヨヨはただまっすぐに最奥を見つめていた。
 この神殿を守る岩山のようにうずくまる、砂色の小山。
 それと向かい合い、ヨヨはそこで初めて、異変に気付いた。

 ――来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い――

(まだ呼んでいる……?)
 今までのパターンで行けば、この瞬間にユルムンガルドがヨヨの中へと入り、彼女は昏倒する、はずである。しかし、ユルムンガルドは……違う?
 どういう事なのだろう。
(……面白い)

 ――カツンッ。

「ヨヨ!?」
「ユルムンガルドが、呼んでいます」
 背後のビュウを振り返り、ヨヨは、少し無理して微笑んだ。
「すぐに戻ってくるから、心配しないで」
「ヨヨ――」
 そして最早振り返らない。開いた扉をくぐり、奥殿の中へ、一歩、二歩。
 バァンッ! という大音声が背後から轟いたのは、奥殿にすっかり入り込んでしまってからだった。ヨヨはハッと振り返り、
(閉じ込められた――!?)
 焦燥と恐怖。それらは同時に襲い来て、

   見 よ

「……え?」
 次の瞬間にそれらを忘れ、ヨヨは、ユルムンガルドの化石を振り仰ぐ。

   見 よ

 違和感。
 これまでの声とは、まるで違う何か。
 ヨヨの背筋を、冷たい汗が流れて落ちる。

   見 よ

 重々しく聞こえてくるその声は、訥々としていて、しかし内に怨念を孕んでいて。
 問答無用の命令であり、同時に懇願。

   見 よ

(これは――)
 グラリ。
 ヨヨの体が、傾ぐ。
 いや違う、傾いでいるのではない。これは、

   見 よ

 視界が、

   見 よ

 グニャリと歪み、

   見 よ

 色が溶けて渦を巻き、

   見 よ

 違う色が渦から溢れ、

   見 よ

 新たな景色を描き、

   見 よ





 ヨヨは、燃え上がり凍りつき砕け散り引き裂かれ乾ききり腐り落ちるオレルスの空を見た。





 空を翔る巨大な影、あれはガルーダだろうか? その翼が羽ばたかれるごとに、ラグーンに生える植物が、息づく動物が、住まう人間が、何もかもが乾き、干からびていく。ガルーダは喜悦の雄叫びを上げる。

(ああ――)

 そのガルーダが青白い閃光を浴びる。ヴァリトラだ。飛来したヴァリトラが閃光を二度、三度と吐き出し、ガルーダを攻撃する。けれどどこかじゃれ合いにも見える仕草。ヴァリトラからは敵意が余り感じられない。そして閃光の直撃を受けたそのラグーンは粉々に砕け、空に散った。

(ああ――)

 どこかで悲鳴が聞こえる。凍りつく水。やむ気配を見せない猛吹雪。瑠璃色に輝く体躯を優美にくねらせ、リヴァイアサンがラグーンを丸ごと氷漬けにしていた。逃げ場はない。人々は為す術もなく氷に閉じ込められる。出来上がった氷塊と氷像の群れは顔を見せた太陽の光にキラキラと輝き、リヴァイアサンはそれを嬉しそうに眺める。

(ああ――)

 轟音が轟いた。ラグーンとラグーンの衝突。砂礫と瓦礫が一緒くたになって空に舞い、どことも判らない底へと落ちていく。人間も一緒に。まるでゴミのように。衝突させたいくつかのラグーンを無理矢理結合させ、それから気に入らないのか粉々に破壊して、ユルムンガルドは満足そうだ。

(ああ――)

 腐臭がオレルスの空に満ちる。腐り落ちていくのはラグーンそのもの。そこにドッカリと居座った暗紫色の巨体から毒は流れ出し、それが全てを腐らせていた。人も、動物も、植物も。そしてラグーン自体が腐り落ち、ドロドロとした腐汁となって空の底へ流れていく。まだ見ぬ神竜は億劫そうに翼を羽ばたかせると、次なるラグーンを求めて空を舞った。

(ああ――)

 目を閉じる事も、耳を塞ぐ事も出来ず、ヨヨはその全てを見つめ、聞き届けていた。
 神竜たちの暴虐。
 蹂躙されるオレルスの空。
 いくつものラグーンが砕け、落ちていく。ヨヨが知っているよりも遥かに多い数のラグーンが。ヨヨが知るどのラグーンよりも大きいラグーンが。無邪気に残酷に遊ぶ神竜たちによって、次々に空の底へと沈む。その懐に抱いた無数の生命と共に。

(ああ――)

 声が聞こえる。
 慈悲を求める声が、ヨヨの耳をつんざく。
 助けて。来るな。嫌。死にたくない。殺さないで。お母さん。逃げて。ちくしょう。やめてくれ。誰か。助けて。死にたくない。死にたくない。死にたくない。誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か!

(ああ――)

 そして新たに飛来する影を見た。
 漆黒の竜が炎を吐く。アリの列を蹴散らして遊ぶ子供のような神竜たちは、自分たちを襲う炎に愕然とする。何故。そう声を上げたのはどの神竜か。何故だ、バハムート、と。
 バハムートは、炎を納めて叫んだ。叫ぶように命令した。やめろ、と。
 けれど五体の神竜たちは聞かない。何故やめなければいけない? 汝が困る事はしていないではないか。汝もやってみれば解る。楽しいぞ、これは。神竜たちは本当にバハムートの行動が理解できなかった。そしてヨヨもまた、神竜たちの思考が理解できなかった。アリは、自分を踏み潰そうとする人間のその心理を理解できない。
 だからこそのバハムートの不可解な行動。いや、奇行。それが全てを狂わせる。

 ラグーンが燃え上がる。

 神竜たちが燃え上がる。

 何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ。
 裏切るのか、同胞なのに、そんなちっぽけな命を選ぶのか、同胞なのに、我らはこの世で唯一の、同胞なのに、何故だ、同胞なのに、同胞なのに、同胞なのに、同胞なのに、同胞なのに――



 何故だ、バハムート! 我らが長兄よ!



 そして、神竜たちの泥沼の闘争が始まった。





 ――バタンッ!

 床に本が落ちた時のような、そんな音でヨヨは我に返った。視界が幻視の前と様変わりしていた。視界の端、縦に垂直に走る線、あれは……そうか、床だ。床と壁の境目。なら、倒れたのは私か。気付けば、床の冷たさが体のしみてくる。そんな彼女の耳に、バタバタと、自分に向かって駆け寄ってくる足音が届いた。

「ヨヨ!」

 床の冷たさが遠退いた。力を失ったヨヨの体を抱き上げたのは、やはりビュウだった。不安と焦燥に彩られたその顔を見上げて、ヨヨはふと笑いたくなってしまった。

 やっぱり、貴方が一番最初に駆けつけてくれるのね。

 結局のところ、ヨヨにとって、ビュウは唯一無二だった。
 そしてビュウにとっても、ヨヨは唯一無二だった。
 比翼の鳥だとか、連理の枝だとか。何となれば、そんな風に表現しても決して間違いはないだろう。ヨヨとビュウは、そういう関係だった。
 互いに依存しあうような、病的な関係とも言えた。
「……ごめんね、ビュウ」
「ヨヨ?」
 不意の謝罪に、眉をひそめるビュウ。
 ヨヨは、力なく笑う。
「ビュウが、私の事を色々と考えてくれてるの、すごく嬉しい……。でもね、やっぱり駄目みたい」
「駄目、って、何が」
 性急なまでの問い返し。ヨヨは苦笑を深める。何をどう説明すればいいのか――考えて、考えて、とりあえずこれだけはと、ビュウにだけ聞こえるように声をひそめて、彼女は囁いた。

「私はやっぱり、死ななきゃいけないわ」

 ビュウの表情が、強張った。
 今の言葉は、ビュウの心を傷付けた事だろう――そう自覚していながらも、ヨヨはそのフォローをしようとはしなかった。遅まきながら駆けつけたマテライトとセンダックが、ビュウの肩越しにこちらを覗いている。ヨヨは慎重に言葉を選び、再び口を開いた。
「少し、神竜たちの事が解った気がする」
「……そう、なのか?」
「と、言うより――神竜と、ドラグナーの事、かしら」

 今見た幻視。
 あれは、遥かなる過去だ。
 おそらくは、五千年前――聖祖ドラグナーの時代。
 その時代に、バハムートと他の神竜たちは争った。
 理由は、解らない。

「私は憑坐(よりまし)なんだわ。神竜たちが、目的を果たすための」
「目的?」
「バハムートへの、復讐」
 マテライトとセンダックの表情が、凍りつく。
「神竜たちの、五千年の憎悪……それを、晴らすために、私は」

 利用されている。
 自分だけでなく、この戦いも。

 囁くように告げた瞬間、ビュウの表情が変わった。はっきりと浮かぶ怒りは神竜に向けられたものだ。ビュウもまた、神竜を毛嫌いしている。
 何か声を掛けようか。そう思っている内に、ヨヨは奇妙な浮遊感を覚えた。体は鉛のように重いのに、その一方で、フワフワと浮き上がっていく感覚がある。それは、意識を失う兆候だった。眠りに落ちる時のように、目蓋が自然と落ちてくる。
 その寸前、ビュウがヨヨの体を揺すった。ヨヨ。ヨヨ。そう呼びかけながら――耳元に、囁く。

「安心しろ。俺も一緒だ」

 穏やかで、それでいてどこか苦しそうな。ともすれば愛の告白にも聞こえる声音。
 それが鼓膜を震わせたその時、ヨヨは絶望と同時に幸せも感じていた。
 比翼連理。そんな言葉が頭をよぎる。つまりはそういう事だった。それがヨヨとビュウの関係だった。だからビュウは、ヨヨが手を離そうとしてもこちらの手を決して離さず、一緒にこの業の奈落へと落ちようとしてくれている。
 せめてビュウは、と思っていた。けれど……それは違うのかもしれない。
 逃げ場はない。
 逃げられない。
 どれだけ否定しても、この業は二人を追ってくる。どこまでも追い立て、責め立て、なぶり続ける。否定しようが断ち切ろうが変わらない。

 それならば――共に堕ちるしかないではないか?


 ビュウと、手と手を取り合って。
 神竜を、この胸に抱いて。


 それは、余りに甘美な絶望だった。
 逃れようとも思えないほどに、幸福な絶望だった。
 まるで禁断の果実のようなそれを抱いて、ヨヨは意識を失っていく。
 眠りに落ちていくように穏やかなその感覚の中……――不意に見えたのは、全く関係ない幻視だった。


 パルパレオスが、ヨヨを気遣わしげに見つめていた。
 やめてよ、とヨヨは思う。
(だって貴方はグランベロスの将軍。助けてほしい時、貴方は傍にいてくれないじゃない)

 それでも、その面影を思い起こすだけで、どうしようもなく胸が締めつけられる。


 様々な感情と共に、ヨヨはようやく、意識を手放した。





§






 血。
 血。
 血の臭い。

 どこかで嗅いだ鉄臭さ。闇の中を漂う血臭に、ビュウはしかし吐き気も嫌悪も覚えなかった。
 傭兵として育ち、軍人として生きる。そんな人生に、まとった血臭は如何にも相応しい。自嘲するビュウは、不意に左手の柔らかな感触に気付いた。
 左手を、見下ろす。手を繋いでいた。真っ白でほっそりとした手。剣を握る事に慣れたビュウの無骨な左手とは対照的なその手は美しく、闇の中でボンヤリと輝いて見えた。
 視線を、手から、徐々に上げていく。手首、肘、肩、首筋、そして顔。

 ヨヨ。

 真っ白なヨヨの顔がそこにあった。死人のように余りに白く青白く、しかし美しさは少しも損なわれていない。
 そのヨヨが、金の巻き毛を揺らしてこちらを見た。淡く微笑む。

 ――あぁ、そうか。

 ビュウは、不意に気付いた。

 ――俺たちは、これから死ぬのか。

 ヨヨに、同じように淡い笑みを返す。それから再び前を向いた。
 闇の向こう、どこへ通じるとも知れない奈落がある。今、この場から足を一歩踏み出せばそこへ永劫に落ち込んでいく。それで全てが終わる。待ち望んでいた終焉。
 さぁ、行こう。ヨヨと共に、足を一歩踏み出そうとして――

『ふざけるな』

 背後からの声。

『俺を踏みつけにしたくせに、死ぬつもりか?』

 ビュウはハッと振り返る。

 遥か背後、一人の男が立ち尽くしている。濃い金の髪を血に染め、血と泥で汚れきった顔を憤怒に歪め、血塗れの闇には相応しくないほどに澄んだ碧眼を、三角に吊り上げている。

『だったらその命を、俺に寄越せ』

 ビュウは悲鳴を上げた。


 そこにいたのは、もう一人の自分だった。



「……酷い顔をしておるな」
「ちょっと夢見が悪くて」
 マテライトは渋い顔をしていたが、納得したか捨て置く事にしたか、そうか、とぶっきらぼうに頷いた。
 ダフィラの早朝は爽やかだ。深夜の冷え切った空気が、ようやく地平から顔を覗かせた太陽に徐々に温められる。小一時間もすれば来るだろう灼熱地獄など想像もつかないが、そこはそれ、ダフィラ王宮に滞在している身としては余り関係のない話だ。地下水路から水を引いた小川が流れ、日差しを遮る木々が多い王宮の庭園は、ダラダラ過ごすには持ってこいの場所である。
 もっとも、朝っぱらからマテライトに呼び出されて、昼日中からダラダラ過ごせるとは思えない。用向きを尋ねるビュウに、マテライトは難しい顔を見せた。

「ゾラから、ゴドランドに戻るべきではないかと提案された」

 ビュウもまた、表情を険しくさせる。
「ヨヨの容態が?」
「いや、今までとは違って、比較的落ち着いておられるようだ。ガルーダの時のように錯乱したりはしておられぬし、昨日倒れられてからここに戻られて、すぐに意識を取り戻された。今朝も、先程お会いしてきたが、少しお話できるくらいにはお加減が良い。ゾラの提案は、つまり一つの保険だ」
 以前、エキドナは人の精神を紙風船に例えた。風船はもうパンパンで、それ以上息を吹き込めば、パンッ、破裂する。
 いつ破裂しても、おかしくない。
「……そうだな。ゴドランドに戻る方向で調整しよう。一応センダックやタイチョーにも意見を聞いて――……オッサン?」
 ビュウは目を瞬かせる。
 話は概ね済んだのに、マテライトは、まだ何か言いたそうにそこにいた。
 彼は、こちらを見、視線をあちらこちらに転じ、口をモゴモゴと動かし、うむだのああだのと呟き、そしてようやく、

「ビュウよ。……神竜とは、何なのであろうな」

 と、切り出した。
 この老将らしくない、不安げな口調だった。
 ビュウが告ぐ言葉を見つけられない中、マテライトは、あらかじめ言いたい事を用意してあったのか、立て板に水を流すように滑らかに喋りだす。

「わしはこれまで、神竜はドラグナーに付き従うものだと思っておった。神竜の心を知り、操るドラグナー。それ故に神竜は従い、加護を、力を与えるものだと思っておった。
 だが、今ヨヨ様は苦しんでおられる。お風邪一つ引かぬ健康なお方であったのに、ベッドから起きる事もままならん。何故だ? 全てはキャンベルで、ヴァリトラがヨヨ様の中に入ってからだ。あれから全てが狂いだしおった。
 のぅ、ビュウよ。神竜とは何なのだ。神竜は何故、ヨヨ様をこれほどまでに苦しめる? ヨヨ様はドラグナーだぞ? そのドラグナーを苦しめるとは、一体どういう事なのだ? ……もしや、我々が何か勘違いしておったのか?
 ビュウよ、お前はどう思う?」

 ビュウは――
 高い天井を仰ぎ。
 回廊の外の庭園に視線をやり。

「……あいつらが何なのか、俺の知った事じゃない」

 面食らっているマテライトに、視線を戻す。

「だが俺は、もう神竜には頼るべきじゃないと思う」

 ヨヨは言った。この戦いは神竜たちに利用されている、と。
 冗談ではない。
 ビュウが何年も掛けて組み上げた戦略と、この戦いのために力を貸してくれる人脈と、目指す目的のために用意された莫大な資産。死ぬとか死なないとかは別にして、ビュウは、対グランベロス戦略に半生を注ぎ込んできたと言っても過言ではないのだ。
 それを、どこの馬の骨とも分からない人外に利用されるなんて。

「オッサンの夢を壊すようで悪いが、気を付けろ。神竜は別に、俺たちの味方でも何でもないぞ」

 そして、奴らには奴らの思惑がある。
 重苦しい沈黙とは裏腹に、回廊の外の空は青く澄み渡っていた。

 

 

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