―10―
皇帝の敗北。
その事実は、パルパレオスが予想する以上に帝国首脳陣を、そして国民を打ちのめした。
『何故、陛下の親征をお止めしなかった』
『皇帝陛下の威信が地に落ちた』
『フィンランディア将軍、どう責任を取るつもりだ』
戦場も知らない臆病者の文官が、何を偉そうに――
内心で毒づきながら、パルパレオスは帝宮の廊下を歩く。床を砕かんばかりの無駄に力の入った足取りは、出撃する前と同じだ。けれど心境はあの時とはまるで違う。
ダフィラからの敗走、いや撤退(と表現したがるのは、やはり文官どもだ)から早数日、グランベロス首脳陣の内の文官、高級官僚たちは敗戦の責任をパルパレオスに押しつける事にしたようだ。
曰く、サウザーの出陣を止められずに怪我を負わせた。
曰く、独断専行して敵の術中にはまった。
曰く、采配ミスで多数の兵を失った。
曰く、皇帝サウザーの威信を地に落とした。
……確かに敗戦の責任はパルパレオスにある。采配ミスと言われれば返す言葉はないし、そのために失われた兵士たちの命には詫びる言葉も思いつかない。
けれど、それを命の危険がない本国でぬくぬくと過ごしていた文官どもに言われるのは、我慢がならない。
俺を責められるのは、命を賭して戦った兵士たちだけだ。
「駄目ですよ、将軍」
パルパレオスはハッと我に返る。肩越しに振り返れば、相変わらずの糸目でリオネルがこちらをひたと見据えていた。
「本音は、執務室に戻ってからにしましょう」
どうやら、顔に出ていたようだ。それを自覚し、恥じ入るパルパレオス。
深呼吸のような溜め息を、一つ。それだけで随分と気が楽になる。肩の力を抜いて、彼は副官に苦い笑みを返した。
「すまない、ハルファー」
「いえいえ、慣れっこですので」
聞き慣れた受け答えに、パルパレオスはフッと表情を軽くし、それからすぐにまた真顔に戻った。
「しかし、これでは休む間もないな……。ハルファー、お前も休めていないだろう?」
「いえ、それなりに休ませていただいてます」
「そうか」
「というか、将軍が休まなさすぎです」
「む……」
確かに、リオネルの糸目の下には隈も影も見当たらないが、パルパレオスの目の下にはバッチリ隈が出来ている。そればかりではない。食事する時間も惜しいから頬がこけてきているし、おかげで顔色も悪い。
「いくら融通が利かなくて自分で何でもやらないと気が済まない性格だからって、多少人任せにしないとぶっ倒れますよ? それに、部下を効率的に使う事も出来ない無能と見られますし、それでまたストレスを溜めたら生え際が――」
「生え際の話はするな!」
思わず大声で遮る。けれど、慣れっこのリオネルはやれやれと肩を竦めてかぶりを振るばかり。その動作が妙に人の事を馬鹿にしているように見えるものだから、パルパレオスの苛立ちはまた募っていく。
「ハルファー、お前は――」
「悪ふざけはさておき、将軍」
悪ふざけで流された。苛立ち紛れに歯を軋らせるこちらに、リオネルは腹立つくらいに淡々と尋ねてくる。
「このままではこちらに指示をいただけないようですから、直接お聞きします。――親衛隊幕僚に、何を任せていただけますか?」
その言い方は、まるでお手並み拝見と言われているようだ。混乱しきったこの事態を収拾させるため、上手く采配を振るってみせろ、と。
パルパレオスは、抱えている懸案事項を頭の中に列挙する。その中で、リオネルたちに任せられそうなものは――
「……軍の再編案を、まとめてくれ」
「再編案、ですか?」
パルパレオスは一つ頷き、説明する。
「そうだ。ダフィラを失い、反撃など望めない現状、ダフィラ駐留師団を浮かせておくのは無駄だ。一時的に解体し、他の師団や部隊への編入をさせればそちらの戦力増強にもある。その草案をまとめろ」
「了解しました」
「それから、数の少なくなった大隊長の補充だ。中隊長を繰り上げて昇格させるか、それともいくつかの大隊を解体して別の隊に組み込むか、その辺りも考えておけ」
いつの間にか、リオネルは手にした紙切れにペンでその旨を書き綴っている。サラサラとペン先を走らせていた手が不意に止まり、その糸目がこちらに向いた。
「他には?」
「軍の士気が低下してきている。その昂揚策を幕僚たちで考えろ」
すると、リオネルは苦笑した。
「反乱軍に小突き回されたのが効きましたからねー。さすがにあれは死ぬかと思いましたよ。……親衛隊でもかなりの死傷者を出してしまいましたし」
最後に付け加えられた言葉は、苦い。
リオネルが指揮していた左翼は、傭兵を名乗る部隊と交戦した。そして半数の兵を失った。つむじ風のせいでグランベロス軍が撤退を余儀なくされた時、幸いにも敵部隊は追撃してこなかったから良かったものの、もし追撃してきたら、……パルパレオスでさえゾッとする。
手練の傭兵はグランベロス以外にもいる、いやむしろグランベロス以外にこそいる――派遣軍解体からこれまで、忘れていたかつての常識が脳裏に忌々しくも蘇った。
しかし、今はその忌々しさに歯噛みしている時ではない。パルパレオスは更に続ける。
「それと、厭戦気分が帝国全土に広がりつつある。明日の対策会議に――」
「駄目ですよ、将軍」
ピシャリ。リオネルはにべもなく遮った。
二の句が継げないこちらに、彼は表情も口調もまるで変えず、
「親衛隊幕僚に内政への発言権はありません。内務官を交えての会議に出れば叱責どころか失笑ものです。何考えてんですか」
と、ふと気付いた様子で指を一本、二本と折っていき、
「……で、将軍。これらを私たちに押しつけて、ご自分は何をなさるおつもりで?」
「…………」
「まさか、明日の会議をサボって皇帝陛下のお見舞いに行こう、なんてふざけた事を考えているわけじゃありませんよね?」
「…………」
「それとも、惰眠を貪って目の下の隈を取って、食事を取って頬を丸くして、ついでに育毛に励まれるおつもりですか? いえ、それでしたら親衛隊一同、決してお止めしないのですが――」
「誰が育毛に励むかっ!?」
反論した瞬間。
リオネルの糸目から、異様な冷気が放たれ始めた。
ゾッ――鳥肌を立たせるパルパレオスに対し、リオネルは、やはり冷ややかな言葉を投げる。
「……では、やはりお見舞いですか」
「ゆ、誘導尋問か――いや、そうではなくて。
……私の采配ミスで陛下が負傷されたのだから――」
するとリオネルは、はぁぁ、と大袈裟に溜め息を吐いて、つまらなさそうにボソッと一言。
「放っておいても死にゃしませんよ、あの御仁は。しぶといんだから」
「お前こそ口を慎め!」
「じゃあ将軍、あのお方がこれしきで死ぬとお思いで?」
う、と言葉を詰まらせるパルパレオス。
サウザーがこれしきの事で命を落とす?
――何を馬鹿な事を。
やはり顔に出てしまったらしい。リオネルは、でしょう、としたり顔で言った。
「大丈夫ですよ、陛下は。このくらいの危機、何度も乗り越えてこられたんですから」
「……そうだな」
「では将軍、明日の会議にはちゃんと出席されるように。私は再編案にかかりっきりになる予定になりましたので、随行できませんが」
「ってお前、まさか今日の会議でうんざりしたから逃げる口実を――」
その時だった。
「おやおや、廊下で明日の会議を欠席する算段とは」
パルパレオスは弾かれたように視線を前方に転じる。
そこに、彼もリオネルも今一番会いたくない男が、背後に従卒を連れて立っていた。
「……グドルフ」
敬称略の呼びかけに、グドルフは気にした素振りも見せなかった。ただ、グフフ、と品性の欠片もない含み笑いを漏らした。
「ダフィラでは随分ご活躍されたと聞きましたが、それにしては少々情けない姿ですな、パルパレオス殿。敗戦のショックはそれほど大きかったと見える」
慇懃無礼をそのまま体現したような口調。揶揄と侮蔑の調子を、グドルフは隠す気もないらしい。パルパレオスは顔に出そうになった不興を、頬を引きつらせるだけに留めたが、リオネルの方はそうもいかなかったらしい。こちらの隣に並び、珍しい事に険のある口調で反論する。
「ザーラント将軍、口を慎んでいただきたい」
それに対し、グドルフはふん、と鼻であしらう。ニタニタと、嫌味でねちっこい笑みを浮かべて、
「立場をわきまえるのはそちらではないのかね、ハルファー准将。私を誰と思っている?」
痛いところを突かれたか、押し黙る副官を下がらせ、パルパレオスは表情を引き締めた。
「部下が失礼した、グドルフ殿」
「いや、親衛隊の結束の固さには感心させられる。我が帝都防衛隊の隊員たちに見習ってほしいものだ」
「ご謙遜を」
と如才なく返すが、パルパレオスの顔には笑み一つ浮かんでいない。代わりに、グドルフの一挙手一投足を余さず見てやろうという鋭さを露にする。
しかしさすがは王国時代からの寄生虫、この程度の事では怯みもしない。相変わらず趣味の悪い臙脂の長衣を翻し、一歩、また一歩とパルパレオスたちの方に歩み寄ってくる。
「ところで、聞きましたぞ? ハルマトワのつむじ風より陛下をお助けした、と。いやはや、さすがは陛下の無二の忠臣、お見事」
「恐れ入る、グドルフ殿」
「ですが――」
茶色の瞳をギラつかせ、グドルフは更にねちっこく笑う。
「反乱軍のビュウ=アソルを見つけ、陛下のお傍を離れたそうですなぁ」
「……それが如何されたか」
否定も肯定もしないよう慎重に言葉を返すが、内心では歯軋りをしたい心境だった。
ダフィラ会戦に関する詳細な戦闘報告書は、まだどこの部隊からも提出されていない。
そしてパルパレオス率いる親衛隊も、まだ草稿すら作成していない。
だから、彼がビュウ=アソルの囮作戦に引っ掛かった事は、まだ公になっていないはずだ。人の口に戸は立てられない、というが――どこから嗅ぎつけてきたのやら。
成程、さすがは寄生虫、か。レスタットという右腕を失い、諜報機関の任務に支障が出ていようとも、その活動は中々に活発のようだ。
こちらの鋭い視線に竦んだのか、グドルフは言い訳するように喋りだす。
「何、親衛隊長たる者、そのように軽率で良いのか、という声がありましてな……。いや、勘違いしないでいただきたい。私はただそのように聞き及んだだけの事」
そういう風に弁明してしまう辺り、その話の出所はこの男なのだろう。苛立ち紛れにパルパレオスは声を尖らせた。
「グドルフ殿、申し訳ないが私は急いでいる。用がないのであれば、これにて失礼する。――ハルファー、行くぞ」
「はっ」
リオネルを伴って、グドルフの脇を通り過ぎる。
そのままパルパレオスは一度も振り返らなかった。そして背後から、コツコツという、グドルフの遠ざかる足音が聞こえた。
§
執務室に戻る。
引き連れていた従卒は下がらせた。時刻はもう宵の口、今日は休んでいいと言い渡したから、明日の朝か、さもなくば緊急で呼びつけるまでやってこないだろう。
執務卓の椅子に身を沈めて、溜め息を一つ。
「如何なさいましたか、お館様」
不意に掛けられた声に、グドルフはそちら――部屋の奥から見て、右側の壁際に目をやる。
暗がりに佇むその人影に、彼はフンと鼻で荒く息を吐いた。
「どうもこうもない」
思い出すのは、先程廊下で繰り広げたパルパレオスとのやり取り。
こちらも少々安い挑発をしたが、それに反応を示すパルパレオスも未熟だ。
「……だから、反乱軍のビュウ=アソルにしてやられるのだ」
「……それは、ダフィラの会戦の事で? 砂色の砂上装備を用いて電撃作戦を決行したとか、乗騎を代えて空に溶け込み、皇帝に突撃を仕掛けたとか、劣勢を装って戦線を後退させて皇帝を孤立させたとか」
フン、とグドルフはもう一つ鼻で息を吐いて、影を黙らせる。
「そんな上っ面の話ではない」
と、影にチラリと視線を送って、
「ダフィラ会戦の敗北の原因は、ビュウ=アソルに物流を掌握された事だ」
「……どういう事でしょうか?」
影の反応はやや鈍かった。グドルフは悟られないようにこっそりと息を吐く。
戦闘や戦術の事ならば頼りになるのだが、もっと規模の大きい、戦略だとか謀略だとかの話になると、途端に通じにくくなる。これだから傭兵上がりは、と思う。けれど、だからと言ってグドルフはこの部下を蔑む事はしない。むしろ、手駒の中では一、二を争うくらいに尊重している。
あんな形で使い捨ててしまったレスタットとは雲泥の差だ――が、今は少し、レスタットとのあの「ツーと言えばカー」的な澱みない意思疎通が懐かしい。
(まぁいい。適材適所、わしが謀略を、こやつが荒事をそれぞれ担当する。それだけの事だ)
だからグドルフは、簡単に説明を始めた。
「ビュウ=アソルの背後には、どういうわけか莫大な資金がある。おそらくは国家規模、我が諜報機関でも未だ全貌が掴めないほどのな。
奴はそれをふんだんに使って、我が軍御用達の商人が買い集めるはずだった補給物資を買い占めていったのだろう」
元々グランベロスの商人は、国際的に見れば信用度は余り高くない。
所詮は戦争屋の国、商人の質もたかが知れているし、資金力ではどうしてもマハールやキャンベルの商人に劣ってしまう。グランベロスの商人は、買い占め合戦に負けた。
しかも戦場はダフィラ。土地の不毛さではグランベロスと勝るとも劣らない。キャンベルやマハールでならいざ知らず、そんな土地で徴発という手段を使っても、手に入れられる物資はたかが知れている。
結果、グランベロス軍ダフィラ駐留師団への補給物資は不足し――
それが戦場の様々な要因――大隊長暗殺、サウザーの病など――と重なって、士気の低下を招いた。
「まったく、恐ろしい小僧だ。我が軍が物流戦略を軽視している点を見抜いて、そこを突いてきたのだよ」
おそらく、暗がりに潜むこの部下には実感が薄い事だろうが――
グランベロス軍の母体となった、ベロス王属派遣軍。
他国に貸し出されるこの軍隊は、自力で物資を確保し、補給線を長期に維持する、という能力をほとんど持たなかった。
理由は簡単だ。派遣軍の兵站は、雇い主であるその国の正規軍に依存しきっていたからだ。
正規軍のために露払いをして、戦場の主導権を正規軍に譲るまで、派遣軍は正規軍の一部として働く。兵站が「おんぶに抱っこ」状態になるのは、それ故だ。
それに、派遣軍が独自の補給線を持つ事を正規軍が警戒した面もある――金次第で反逆者側に寝返られるかもしれないのだから、雇い主側としては、兵站という「弱み」を握っていたいものだ。
物流戦略という観念を欠いた軍隊は、持久力に極端に欠ける。
一方、戦場で派遣軍とぶつかる回数の多かったフリーランサー『魔人』にとって、補給物資の確保は日常的な仕事であっただろう。予備の武器防具、十分な糧食に医療品がなければ、例え短期間であっても、天下の派遣軍と事を構える事など出来はしない。
結論を言えば、ビュウ=アソルはその時の経験をフルに生かしたのだ。
「サウザーやパルパレオスでは、いささか荷が重い相手だったかもしれんな。ビュウ=アソルとあの二人では、戦略の思想がまるで違う」
その戦場に合った戦術を考案し、敵を撃破する――パルパレオスやサウザーは、それを得意とし、だからこそ売れっ子の傭兵将軍となり得た。
が、あの二人は一つの戦場でしか戦えない。それよりももっと広い、世界規模の戦略を相手にする事なんて、おそらくは初めてだったはずだ。
ましてそれが、概念すらいまいち飲み込めていない物流戦略。
もしかしたら……二人は、自分たちが何故敗北したのか、まだ理解しきっていないのかもしれない。
「自分には、解りません」
影となっている部下の率直な物言いに、グドルフは思わず笑ってしまう。
「要するに、ビュウ=アソルはわしが相手すべき敵、という事だ」
そしておそらくは、儚げなふりをしてその実とんでもなく狡猾な、あの姫も。
「詰め」の段階に至っても尚、物流掌握という戦略の真価を隠すため、総力戦を演出する――戦場だけが「戦場」と勘違いしているような戦争馬鹿どもには、太刀打ちできない相手だろう。
ならば、自分の出番だ。
グドルフは、部下がひっそりと立つのとは反対の壁を見やる。彼から見て左手の壁、そこに掛けられているのはオレルス世界俯瞰図だ。
ほんの半年ほど前まで、そこに描かれている六つのラグーンは間違いなくグランベロスの領土だった。
けれど、今はもう違う。
キャンベルを奪われ。
マハールを解放され。
ゴドランドには要らぬ知恵を吹き込まれ。
そして今回、ダフィラの革命を成功させられた。
グランベロスは、領土の三分の二を失った。厳密に言えば、ゴドランドは未だグランベロスの属州だ。しかしかの国は元々自治領で、グランベロスの影響は他のラグーンに比べて薄かった。それに加えて、ラディアの一件。ゴドランド政府はあれを足掛かりにして、名実共に独立を回復しようとしている。
残るラグーンは、カーナとグランベロス。一つは反乱軍の故国、一つはこちらの本国。
「形勢は、決したな」
と呟くグドルフ。しみじみとしたその口調には、奇妙な事に、安堵の調子が含まれていた。
サウザーがグランベロスの覇権を握り、これまで。サウザーに振り回されてきた七年という歳月は、長くもあり、短くもあった。
けれど、それももう間もなく終わる。
「カーナなど、くれてやるか」
暗がりで控えているばかりだった部下が、主の言葉に僅かに動揺を見せた。
「お館様、それは――」
「よくよく考えてみろ。これといった産業を持たないあんなラグーンに、兵力を注いでまで後生大事に抱え込む価値はない」
「ですがそれでは、グランベロスは属州を全て失う事に」
「構わん」
グドルフはあっさりと言い切る。
「属州一つを手放す事でこの泥沼化した戦争を終えられるのであれば、安いものではないか?
元々我が国には、これほどに広大な戦線を維持する力などないのだ。早い内に見切りをつけねば、遠方の戦線と共倒れになる」
それに、とそこで言葉を濁らせる。少し間を置いて、
「……それに、元々わしは、自分の面倒も見れぬのに他人の面倒を見ようとするのが気に喰わんのだ」
つまらなさそうに吐き捨てるその表情には、奇妙な感情の色が浮かんでいた。
グドルフ自身も気付かない、その感情は――感傷と、呼ばれるものだ。
けれど次の瞬間、彼は表情からその感情を消し去った。椅子から立ち上がると、壁際に控える部下にニヤリと笑ってみせる。
それは、先程パルパレオスに見せた嫌味ったらしい笑みからは想像もつかないほどに――野心的で、精力的な笑みだった。
「反乱軍の動き如何では、我々も事を起こさざるを得んな」
動く唇から漏れ出る声は、その笑みそのままの野心的な力強い声。
その声で、グドルフは、宣言する。
「サウザーとパルパレオスから、我らがベロスを奪い返すぞ」
「――御意に」
慇懃に頭を垂れる部下の影に、グドルフは満足そうに頷いた。
〜第六章 終〜
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