―4―
――頭が。
頭が、痛い。
「司法院に届けられた総督府にまつわるトラブルは、以下の通りだ」
卓の上座に立ち、ギョームは手元の資料を淡々とした声で読み上げている。
「駐留軍による市民への暴行、略奪が一〇五件。明らかな冤罪の捏造が四十三件。それらの罪状は主に皇帝反逆罪と内乱予備罪だが、総督府はその捜査権を我々司法院から奪い、不当に捜査、しかもその過程で容疑者の私財を勝手に没収している。これが、四十三件中、実に二十五件。
そして――これが一番、国民の反感を買っているのだが」
ギョームは一拍置く。その表情は険しいが、そこに具体的にどのような感情が伴っているのか、少し読みづらい。感情を決して表に出さないその鉄面皮は、確かに、法曹家に相応しいものだった。
「ヴィル・レスタット=フォン=ヒンデンベルクは、税率を不当に引き上げている。それも、グランベロス本国には内密に」
――疼くような痛みがもたらす不快感。
それに顔をしかめながらビュウは、思う。説明をする伯父の声を聞き流しながら。頭痛を煩わしく思う心とは裏腹に、頭脳は勝手に回転していく。思う。思い出す。
マハールが陥落したのは、四九九五年になって間もない頃だった……と。
歴史を遡り、マハールは古くからの商業国家だった。
水の大陸マハールの売りは、その豊富な水系が生み出す魚介類を初めとする水産物と、時には水そのもの。それらを商品として、マハールの多数派民族『湖畔の民』は他国、特にキャンベルから穀物を輸入していた。河川、湖沼が国土の大半を覆うこの国に、穀物を生産する余地はなかった。
その歴史的事実が、キャンベルに今も影を落とすあのマハール系入植者に続くのだが――それは、今はさておき。
商業国家マハール。オレルス最大の「お金持ち」。九四年度の国防予算の額は、軍事国家だったグランベロスのそれを平気で上回っていた。兵力そのものも、決して遜色してはいなかった。
しかし事態は、異様なほどの速さで異常な方向へと流れていった。
グランベロスによる宣戦布告が、四九九四年の晩夏。その後、怒涛のごとく進撃を開始した帝国軍は、最大戦力の空軍を破り、国防の要であった水軍を叩き潰し、王宮の防衛に当たっていた騎士団を顔色一つ変えず蹴散らした。
マハール戦役の戦闘における死亡者、推定七万五千人。マハール軍の人員総数が、将校、兵卒、軍属の全てをひっくるめて二十万人前後だった事を考えれば、戦役だけで三分の一以上が死亡した。その壊滅ぶりはカーナを圧倒している。
加えて、事後の死亡者――傷病、戦闘終結宣言後の小競り合い、捕虜が受けた過度の尋問による――も含めると、最終的に、マハール軍はその人員の半数近くを失った計算になる。
これが、マハール戦役の顛末である。
マハール軍の敗北に誰よりも泡を食ったのは、もちろん貴族である。
国王以下王族は、グランベロスと戦争をすると決まった段階で、敗北と共に訪れる自らの運命を受け入れていたはずである。聞くところによれば、国王は帝国軍に捕らえられ、処刑される際、決して抵抗しなかったという。
国王、王族、それに連なるいくつかの公爵家が処刑に嵐に巻き込まれた中、それ以外の、他の公爵家を初めとする貴族たちが、自らの生き残りに奔走した。
その最筆頭が、ギョームたち、オークール家。
彼らは、自分たちの、そしてマハール法の「有用性」をサウザーにアピールしたのである。それこそ詐欺的なまでの弁舌能力を駆使して。
商人たちの国マハールは、財産の権利関係や売買取引に関しての法律が他国に比べてやたらと発達していた。それらを失効させる事のデメリットを説き、それと同時に、司法院の存続を願い出たのだ。
結局サウザーがマハール王国から取り上げられたのは、徴税権だけだった。
「……では、つまり」
その言葉を受け、ビュウの右隣に座るセンダックが、慎重に言葉を選んで発言した。
「本国には元々決められていただけの税金だけ納めて、残りは全部、自分の懐に、という事ですかな?」
「そうです、マコーニー老師。
総督府が置かれてから三年半、我々は慎重に内偵を進めてきた。その結果、総督ヒンデンベルクが徴収した税金のほぼ三分の一を懐に納め、私服を肥やしている事が判明した。これらは、かつてグランベロスの属州となった折に定められた不可侵事項に、大きく抵触する」
伯父の声を右耳から左耳に流し、ビュウは思う。
何でこんなに頭が痛いのに、ツラツラとマハール敗北の経緯を思い出しているのだろうか、と。
――理由は分かっていた。
ビュウは、マハールという国が嫌いだった。
だが、マハール解放作戦会議の席に着いている。
(茶番だな……)
ふと胸中をかすめる、皮肉。
誰にも気付かれないように、口の端を歪めた。
サウザーは、今でこそグランベロス帝国の皇帝だが、元々はただの傭兵に過ぎない。
皇帝という権威だけで――というか凄みだけで執政しているような彼が、法律や政治の専門知識でギョームたち百戦錬磨のマハール貴族に敵うはずもなかった。
司法権、立法権は司法院にて現状維持。マハール国民の徴用は厳禁。皇帝の名において行なわれる何らかの公共事業にマハール国民を徴用する時は、グランベロス国民相当の賃金を支払う事。
皇帝とマハール司法院との間で取り決められたそれらの事項が、不可侵事項である。
その徴税の項は、こんな感じになっている。
一つ、税金はグランベロスに納めるべし。
一つ、税金はグランベロスの代理人としてマハール総督府が徴収すべし。
一つ、税率は皇帝が定めるべし。
一つ、税率が変更された場合は、皇帝の名で以って、総督府が施行の半年前の公布すべし。
この不可侵事項に違反した場合、誰であれ皇帝反逆罪に問われる。
「一つ、質問をよろしいでしょうか?」
と、ビュウの左隣に座るトゥルースが手を上げた。ギョームはあの険しい無表情で彼を見て、発言を許すと言うように無言で一つ頷く。
「そこまで不可侵事項に違反しているのであれば、グランベロスに訴えてもよろしかったのでは? それでいきなり蜂起、というのは、失礼ですが、名高い司法院にしては少し性急だと思うのですが」
トゥルースの問いが、終わるか終わらないかの内だった。
ギョームの表情が変化した。笑みが浮かんだ。しかも、疲れきって何かを諦めた、皮肉な雰囲気の漂う、「健康的」とは程遠い笑みを。
「……訴え出なかった、と思うかね、ソルベリー尉士?」
「では――」
「ヒンデンベルクは、将軍位こそ与えられているものの、その実質は従軍経験もろくにない政治家だ。それも、こせこせとした狡賢い知恵を巡らせるしか脳のない、な。
彼が不当に徴収した税金は、何も、贅沢三昧に使われているだけではない、という事さ」
トゥルースは眉根を寄せて、呟いた。
「……本国の政治家に、賄賂を贈って見逃してもらっている、と……」
ギョームは鷹揚に頷いた。
「贈り相手が誰か、までは判らない。これまで訴えが握り潰されてきた事から、統治院か、あるいは皇帝に近しい政治家だろうが――そんな事はどうでも良い」
固い声に、トゥルースがえ、と呟いた。
「重要なのは、ヒンデンベルクが積極的に不可侵事項を破っている事で、民衆の蜂起が時間の問題、というその一点だ。もしそんな事になれば、ようやくあの戦役の敗北から立ち直り掛けたマハールの国力は再び衰え、あの時よりももっと多くの血が流れる。だからこそ」
強く区切ると、ギョームは卓の一同を見回した。順に、ゆっくりと。
上座には、ギョームを初めとするマハール解放軍の幹部と、ヨヨを頂点とした自分たち反乱軍。下座には、ビュウのかつての仲間である傭兵たち――フリーランサーが。
「今、我々が、立つのだ」
その言葉には、凄みがあった。有無を言わせずに人を頷かせてしまうだけの威厳に満ちた凄みが。思わず息を飲み、居竦まってしまうほどの強烈な険しさ。
その大義名分に、隣のトゥルースが感銘を受けたように絶句する。マハール側の士官たちも神妙な面持ちのまま、興奮に突き動かされてざわめきだす。
だからビュウは笑っていた。
頭が痛いのに、笑っていた。
ヨヨと視線が合う。彼女も笑っていた。それはさも楽しそうに。
視線が下座に行く。フリーランサーたちもまた笑っていた。さも滑稽そうに。
ヨヨは気付いた。何故ならヨヨとギョームは、同じ人種だから。仰々しい大義名分で人をその気にさせる煽動家。
フリーランサーたちが気付いたのは、彼らの大部分が、かつて、ビュウやトリスと共にマハール王国に立ち向かったからに他ならない。
煽動は、マハール王国のお家芸だな、と。
別にギョームが嫌いなわけではないけれど――頭痛の中で、ビュウは、尚も笑う。嗤う。
マハール王国がグランベロス帝国に敗北した理由。
グランベロス軍とマハール軍の経験の差。
マハール軍の補給線の脆弱さ。
グランベロス側の戦略の妙。
――だが一番の理由は、そんなものではない。
長年に渡る、士気の著しい低下。
特に水軍におけるそれは酷いものだった。
その原因はただ一つ。十一年前の国王交代劇と、それに連なるいくつかの政変。
グレゴワール七世は、聖業軍に「国土浄化」をさせた。
グレゴワール八世は、その悪行を全て認め、聖業軍を解散させた。
聖業軍の一部の将校は免職となり、残りは全て水軍に編入させられた。
さて、王命によって自分たちのしてきた事が、代替わりしたとはいえ国王自身によって根本から否定されたら、人はそれをどう思うか。
グレゴワール八世が父親から「煽動」の才能をちゃんと受け継いでいれば、聖業軍から水軍へと移った騎士たちは、王家への忠誠を捨てずに済んだのかもしれない。
王家の傍流中の傍流でありながら、その才能を遺憾なく発揮しているギョームは、つと視線をトゥルースに向けた。
「これで良いかな、ソルベリー尉士?」
突然話を振られたトゥルースは慌てふためいている。
「は、はい。話の腰を折り、失礼しました」
「いや、君の問いは当然の疑問だ。聞いてくれて幸いだった。
では、具体的な話に移ろう」
大義名分の話は終わり、茶番劇は次の場面へと移る。
「最近のヒンデンベルクの動きは活発だ。今年度の治水事業がここのところ行なわれているから、その視察に余念がない」
「と、言うと?」
先を促したのはフリーランサーの一人。「国家に背く者」と「国家に弾圧される者」の味方であるフリーランサーに、「国家」が発する大義名分は役に立たない。彼らを動かすのは、もっと現実的な問題である。
「今年度の治水事業の大きな目標は、西部にある大貯水池の堤防の補修・補強工事。その視察のために、今日、総督府からヒンデンベルクとその取り巻きを中心とした視察団十五名が、駐留軍一個師団の護衛の下、出発した」
その時、ビュウはこう思った。
(あー……頭痛、酷くなってるな)
幻聴まで聞こえるとは、相当マズいな、と。
「一個師団!?」
マテライトの声だった。ギョッとしたように、やたらと声が大きい。
「一個師団、ですと!? オークール公、今、一個師団とおっしゃられたか!?」
卓のあちこちが騒ぎ出す。一個師団。たかが十五人の視察団に、護衛が一個師団?
「……ヒンデンベルクが用心深いのか、その取り巻きが臆病なのかは知らないが、どうも、貴殿らの第七方面守備隊の哨戒部隊の撃破に用心したようだ」
ギョームは呆れた声音でマテライトに答えた。しかし鉄面皮に渋さと険しさが僅かに混じり、責めの混じった鋭い視線が、下座にいるトリスをいた。
そして絶妙なタイミングでそっぽを向く父。何をやっている、何を。
それにしても。
(あー、幻聴じゃなかったかぁー。そうかぁ、一個師団がなぁ……)
一個師団。
グランベロスの、一個師団。
「とにかく、王都を離れ、西部に向かった今が最大の好機。一個師団を下し、ヒンデンベルクを倒す。その後総督府を制圧して、グランベロス支配からの解放を宣言する。
さて、問題は駐留軍の師団を撃破する方法だが……これは容易ではない」
「確かに……」
「一個師団と言えば、兵力およそ一万。マハール総督府の総兵力のおよそ四分の一ですな」
「それだけの数を、一時にどう相手するか――」
「これは苦しい戦いに――」
ズキリ。
頭が、痛む。
「楽勝だろ」
ビュウの口が勝手に動いた。
頭痛に苦しむ心とは裏腹に、頭脳が勝手に思考していく。
彼の言葉に、ざわめいていた場が一気に静まり返った。疼痛にしかめる顔で見回してみれば、誰もが唖然と、訝しそうにしている。成り行きを面白そうに眺めているのは、トリスに率いられた古馴染み連中だけだ。
その中、ギョームが問いを発した。
「アソル佐長……楽勝、とは?」
藪睨みに近い半眼で、ビュウは、伯父を見やる。
「ここは、マハールでしょう?」
「そうだ」
「で、相手はグランベロスの一個師団」
「そうだ」
「なら楽勝だ」
「だから、それは何故――」
「相手が自分で勝手の悪い場所に行ってくれているから」
まるで自分ではない誰かが喋っているような、どこか非現実的な違和感。では「自分」自身は何をしているのか、と言えば、一歩退いたところで冷静に戦略を練っている。
そんな、奇妙な乖離感。
思考する。
ただ思考する。
肉体の制約から解放された思考は、自由奔放に戦略を組み立てる。
その筋道が、『魔人』と呼ばれたあの頃に近付く。
十一年前、あの雨の中でそうしたように、ビュウは思考する。
茶番劇。
これは茶番劇だ。
茶番劇なら、キャストが必要だ。主役、敵役、脇役――
では、舞台は?
ビュウは笑った。
「大貯水池を使いましょう」
§
七月十日、午前〇時。
ゾラの息子は、色々と困っていた。
彼は、プリースト隊のゾラ女史の一人息子である。先日キャンベル解放の折、母親と再会、彼女にくっついてくる形で反乱軍に参加した。ランサーであるが、カーナの戦竜隊に憧れて、キャンベル戦竜隊なるものを作ろうとした。
彼は反乱軍に参加する際に、一頭のドラゴンを連れていた。その背に大きな荷物を乗せたドラゴンの名は、ムニムニ。戦竜としての訓練も済んでいなかった甘ったれの一つ目ドラゴンだ。やたらと太ったしずく型の中央に目が一つだけあり、そのしずく型の両脇から羽が生えている。まぁ、そういう姿をしている。
このドラゴンが、何故か同行する自分の言う事は聞かず、出発前にカーナ戦竜隊隊長のビュウ=アソルの言いつけをしっかりと守っている、というのが、困っている事の一つ目。
困っている事、二つ目。
「ルキア、ご覧。月が綺麗だよ」
「嫌ね、隠れてくれないかしら」
「そんなつれない事を言わないでくれ、ルキア。要はアレアレアレ……このドンファ〜ンの華麗な姿を照らすスポットライトだと――」
「そんなの要るか」
「あぁジャンヌ、僕がルキアにばかり声を掛けているからって、拗ねては駄目だよ。僕はちゃんと君の事も見ている……つもりだ」
「……あのー、皆さん、もう少し声を――」
そもそも一体どういうつもりで部隊を編成したのか知らないが、ゾラの息子と共に雑木林を歩く三人のマハール人――発言順から、ドンファン、ルキア、ジャンヌ――がやたらによく喋る、という事。おかしいな、確か僕たち、隠密行動のはずだよね。
そして、困っている事、三つ目。
ゾラの息子の言葉が終わらない内に、ジャンヌが言った。
「そうだよドンファン、あんた、もう少し黙りな。――で」
と、彼女はこちらを振り返り、
「あんた、名前は?」
「えーっと、ゾラの息子君、だよね」
ジャンヌの問い、ルキアの(ほぼ)断定。
「……はい。そう呼んでください」
ゾラの息子は――その本名は別にあるのに、余りにも大袈裟な名前のため、名乗るのを躊躇われる――、これから先普通名詞で呼ばれる事を覚悟して、そう答えた。
「でも『ゾラの息子』って言いにくいなー。『ゾラ息子』でいい?」
「……好きに呼んでください」
肩を落として、内心涙を滂沱と流しながら、頷くゾラの息子。
そんな彼の肩を、ムニムニの翼がポン、と叩いた。まるで「そう気を落とすなよ、ブラザー」とでも言いたげに。
このドラゴンのやたらと聡いところ――それもまた、一つの「困っている事」だった。
ともあれルキア、ジャンヌ、ドンファン、ゾラの息子のライトアーマーとランサーの混合部隊は、ムニムニをお供に、夜の雑木林を大貯水池に向けて進んでいる。
§
七月十日、午前四時。
「あと二時間か」
とある地下道の出口。
夏の日は昇るのが早い。東の空がうっすらと明るくなるのを見て、トリスは懐から古びた懐中時計を取り出し、時間を確認した。
作戦開始時刻、七月十日、〇六〇〇時。
パチン、と時計の蓋を閉じ、彼は地下道の反対側の壁に背をもたせかけている重装歩兵に声を掛けた。
「まぁ、俺たちの出番は相当後だしな。のんびり行こうや」
「……気楽なもので、アリマスな」
相手からの応答は低い。そして、そこに棘が含まれているのに気付きながらも、トリスはあえて明るく言った。
「こんな早くから緊張してたら身が持たねぇぜ。ここはリラックスして――」
「……出来るはず、ないでアリマス」
相手は僅かに顔を上げる。
兜の下から覗く顔は、タイチョーの強張ったそれであった。
「自分は、マハールの軍人でアリマス。これから始まるのは、我が祖国を取り戻す戦いでアリマス。それを……リラックスなど、出来るはずもないでアリマス」
その表情は、悲愴と言っても良かった。抑圧された怒りと言っても良かった。義憤と言っても良かった。
――どちらも、トリスにはない。
「――自ら国を捨てた貴方には、分からんかもしれんでアリマスが」
自ら国を捨てた。
違う、と叫んでも良かった。
でも、トリスは叫ばなかった。
そんな弁解をするほどに、最早このマハールには愛着はない。
最早この国は、トリスの祖国ではない。
「タイチョー殿……? 何を」
「グンソー……お前は二十年ほど前には、まだ軍人ではなかったから知らんはずではアリマスが」
訝しげに問うグンソーに、タイチョーは硬い声で続ける。
「この方は、トリスタン=ドークール……失われたマハール聖業軍にいた、マハール一の騎士でアリマス」
グンソーの驚きに見開かれた目が、トリスを射る。
トリスタン。軍を、国を去る日に捨てた名前。その名に付随する苦い記憶が、ふと胸をかすめた。
「トリスタン殿。一つ、お尋ねしたい」
「何ですかな?」
促しながらも、トリスはふと思った。
この編成を考えたのは、主にビュウだった。
そしてあの息子は、トリスが国を、軍を去った理由を全て知っている。
それを分かってこの編成にした――のなら、我が子ながら、何と趣味の悪い事か。
(この作戦が無事終わったら……あの馬鹿息子め、ぶん殴ってくれる)
タイチョーは、ゴクリと生唾を飲み込んでから、彼を険しく睨みつけ、唇を動かした。
そこから発せられたのは、まさしく、糾弾の言葉だった。
「何故、軍を去られたのですか」
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