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「トリック・オア・トリート!」
「おやおや、悪戯は困るのぅ。――ほぅらメロディア、お菓子じゃ」
 祖父から手渡されたお菓子の包みに、少女は歓声を上げた。
「わあ、ありがとうお祖父ちゃん!」
「マニョー!(やったぜ!)」
「モニョー!(お菓子ゲットだぜ!)」
「ムニョー!(今日最初の収穫だぜ!)」
 玄関前で繰り広げられる騒ぎに――
 ビュウは思わず頭を抱えた。
 隣に立つヨヨも苦笑いを浮かべている。
 そんな二人に、メロディアの祖父は朗らかな笑みを見せた。
「ほっほっほ、いやあ、賑やかですな」
「……すみません、プチデビどもを連れてくるつもりではなかったのですが――」
 恐縮するビュウに、老人はニコニコ笑ってかぶりを振った。
「いやいや、お気になさらずに。長い間放浪の旅をしておりましたでな、騒がしいくらいがちょうど良いのですじゃ――ああ、どうぞ中へ」
「そう言ってくれると助かります――失礼します」
 メロディアの祖父の家は、老人の一人住まいにしては広々としていた。広く取られた玄関はビュウたち三人と三匹が一気に入ってもそれほど狭さを感じず、正面右の階段も正面左の廊下も、人が二人余裕を持ってすれ違える広さを持っている。背中を丸めたメロディアの祖父に案内された部屋は応接間のようで、こんな部屋を持っている事自体ちょっとした資産家の証だった。
 しかも、綺麗だった。
 綺麗すぎるほどだった。
 よく掃除されているというよりは、ほとんど使われた様子がなかった。絨毯の毛足はほとんど磨耗しておらず新品同様、窓のカーテンもそれほど日焼けしていなさそう。テーブルクロスも真新しい。
 普段留守がち。成程、とビュウは納得していた。普段は鎧戸を閉めきっていればカーテンもそれほど日焼けしないだろうし、出入りする者が少なければ毛足も磨耗しない。定期的に掃除をし、主が帰ってきた時だけ体裁を整えれば、テーブルクロスも真新しいはずだ。
「じゃあお祖父ちゃん、ビュウ、ヨヨ様、ちょっと外に行ってくるね」
「おや、行ってくるのかい?」
「うん、ハロウィンだもん」
 大きく頷いて、メロディアは行ってきます、と応接間を出ていった。その後に従うのは揺れる三つのかぼちゃ。慌しく廊下を走る音が響き、遠ざかり、遠くでバタンと扉が開け放たれて閉められる。
「――申し訳ない、せっかくお孫さんと久しぶりにお会いできたのに」
「いや、ビュウ殿、お気遣いはなしですじゃ。我が家は放浪の家系、数年会えないくらい何でもないのですじゃ」
「はあ」
「わしもメロディアも、生きております。生きてさえいれば、また会える」
 重い。
 ビュウはその言葉にそんな印象を抱いた。
 生きてさえいれば、また会える。その意味をビュウは正確に掴む。老人もまた失った人だ。カーナの敗戦を経験した彼やヨヨのように。
 大切な誰かを、失った。
 ……そういえば、メロディアの肉親は最早この老人だけだと聞いた。
「おや、失礼。何やらしんみりしてしまいましたな。
 そろそろ本題に入りましょう。お尋ねの、神竜の居場所について――」
 切り出された本題に、ビュウもヨヨも僅かに身を乗り出した。



§




 祖父の家は、ゴドランドの街の中心から少し離れた所にある。高級住宅街のど真ん中。昔住んでいた頃と何ら変わらない街並みが、酷く懐かしい。
 その街並みの所々に、橙色のかぼちゃで作られたランタンが飾られている。街はハロウィン一色だ。ゴドランドにとってハロウィンという日は、時には建国記念日よりも重い。
 だからメロディアは、今日という日を謳歌する。
「トリック・オア・トリート!」
「マニョー!(お菓子よこせー!)」
「モニョー!(悪戯するぞー!)」
「ムニョー!(具体的にはひたすら踊るぞー!)」
「あらまあ、悪戯は困るわぁ。――はい、じゃあお菓子」
 お菓子を受け取る。左手に引っ掛けた籐のバスケットに入れて、次なる獲物を探す。マニョたちはお菓子を貰える事それ自体が嬉しいらしく、上機嫌にメロディアの周りでクルクルと踊る。
 ささやかな光が舞った。プチデビルの踊りといえばすぐに危険なものと早合点する者が多いけれど――メロディアは知っている、プチデビの踊りは危険ばかりではない、と。辺りに雨のように柔らかに降るこの光が、危険なはずがない。
 突然の光のシャワーに、同じように仮装をした他の子供たちが歓声を上げた。きゃーっ、すっげぇ、何これ魔法? メロディアは得意げにフフンと笑う。
 声高に自慢したかった。凄いでしょ、プチデビってこんな事が出来るんだよ! 怖い踊りもあるけど、綺麗な踊りも、ワクワクする踊りもあるんだよ!
 でも、そんな事はしない。
 自慢はしない。それがゴドランドの魔女のたしなみだ。だから代わりに少しだけ得意げな笑みを浮かべて、彼女は踊るプチデビを後ろに従え歩き出す。
 ゴドランドの街は人々が空を翔るよりずっと以前からある、オレルスでも有数の古都だ。
 魔法の千年都市。
 鐘楼をてっぺんに据えた尖塔群がそびえ立ち、ドーム屋根の伽藍(がらん)がその谷間に顔を覗かせる。路地裏に軒を連ねるのは魔法に使う薬草や呪具を扱う道具屋、辻には分厚いローブを着込み魔力を高める装飾品で身を飾った占い師が立つ。
 渦巻く魔力。
 濃厚な魔法の匂い。
 雲も疎らな秋の空を見上げ、メロディアは胸いっぱいに深呼吸する。
 とうとう帰ってきた。
 懐かしい、私の故郷!
「マニョ!(メロディア、ご機嫌だな!)」
「モニョー!(でも何かはしゃぎすぎだぜ!)」
「ムニョッ!(メロディア大丈夫か!)」
 えへへ、とメロディアは笑う。
 モニョの言う通り、彼女ははしゃいでいた。
 はしゃぎすぎだった。
 ……グゥ。
「あ」
 自分のお腹から聞こえた音で、自分がどれくらいはしゃぎすぎて歩き回りすぎていたかを知る。
 燦々と輝く太陽はいつしか空のてっぺんに至ろうとし、通りを行く大人たちは所々にある食堂の扉をくぐる。そして漂ってくる様々な昼餉の香りに、少女の腹の虫は更に激しく騒ぎ立てた。
 お腹空いた。
 お昼ご飯、どうしよう。
 これで手持ちの財布でもあれば、プチデビたちと共に食堂に入った事だろう――騒ぐプチデビに眉をひそめられるかもしれないが。あるいは、少し遠いが大通りの方まで足を伸ばし、そこに立ち並ぶ露店で何か適当に買い求めた事だろう。
 生憎、そんな金はない。
「……どうしよっか?」
「マニョ?(お腹空いたのか?)」
「モニョー(俺たち、そんな空いてねぇぜ)」
「ムニョッ(貰ったお菓子食べてたからな)」
 むー、とメロディアは腕を組んで唸った。
 当初の予定では、適当なところで切り上げてビュウたちが待つ祖父の家に帰るはずだった。
 だが、駄目だ。途中で切り上げるなんて。もっと家々を回りたいし、広場で焚かれる巨大なかがり火も欠かさず見ていきたい。飾られているかぼちゃのランタンを見るにつれ、同じように通りを練り歩く仮装した子供たちを見るにつれ、立ち去りがたさが心の中に降り積もる。
 ……もう少しくらい、いいよね。
 ……夜まで、なんて言わないから、もう少しくらい、いいよね。
 それでメロディアの心は決まった。ならば空腹はどうしよう。左手のバスケットに目を落とす。
 ……本当は、全部後で食べたかったんだけどな。
 だがしょうがない。彼女は再び歩き出した。確か、そこの角を曲がった所に小さな広場があったはずだ。
 石畳の路地を抜けると、パッと広がる視界。建物に囲まれてポッカリと開いた空間は、その中心に小さな噴水を抱いていた。ゴドランドの街のどこにでもある、小さくささやかな間隙、憩いの空間だ。
 人も疎らな広場の中に一歩足を踏み入れる。隅の方には露店がいくつか立っていて、そちらから香ばしくも甘い香りが漂ってくる。プチデビたちが色めきだった。不意にマニョがメロディアを見上げ、
「マニョ!(俺たち、ちょっと行ってくるぜ!)」
 そして三匹は露店に突撃する。見送って、彼女は噴水に歩み寄った。縁石に腰掛け、バスケットからお菓子の包みを一つ取り上げる。
 中身は、一切れのパウンドケーキだった。口に運べば、しっとりとした食感の中にバターの香りと甘さが見事に溶け合って、至福の一時が訪れる。
 美味しいな、美味しいな。
 一口目をゆっくりと味わって、二口目をかじろうとした、まさにその時だった。

 ――ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン……

 街中の鐘楼が、一斉に正午を告げる鐘を鳴らし、

「……?」

 太陽が雲に隠れて、辺りがフッと暗くかげり。

 そしてメロディアは、食べかけのパウンドケーキを石畳の上に落としていた。
 信じられないものを見た。
 あり得ないものを見た。
「――――!?」
 広場に繋がる六つの小道の内の、一つ――ちょうどメロディアのほぼ真正面の一本。
 そこを、彼女から見て左から右にフワリと横切る人影がある。
 揺れる髪はメロディアと同じ茶色。
 その横顔は、かつて見慣れ、もう何年も見ておらず、そして夢にまで見た懐かしいそれ。
「ママ……!?」
 メロディアは、駆け出した。



§




 マニョは、ふと空を見上げた。
 鐘の音が鳴り響く中、ちょうど真上を通り過ぎた雲が太陽を覆い隠したところだった。街の上に影が落ち、一瞬宵口のような闇が訪れる。
 その瞬間だった。

 微かな魔力が、香った。

 隣の相方と新入りを見やる。お菓子売りの露店相手に悪戯を仕掛けようとしていた同胞たちもまた、一斉に口をつぐんで動きを止めている。
 二人とも、察知したのだ。
 今の魔力を。
 二日前に感じたものと同じ――あの『死』を呼び込む女の魔力の「匂い」を。
 プチデビルの鋭敏な勘が緊急事態を告げていた。マニョはハッと噴水を振り返る。
「……マニョ!?(あれ!?)」
 メロディアが。
 彼らの友たる小さな魔女が、いない。
「モニョ……!?(メロディアは……!?)」
「――ムニョ!(――おい、あれを!)」
 一体どうしたのか。首を傾げた相方の声を掻き消すように、新入りが叫んだ。プチデビル特有の小さく丸っこい手を前方やや左寄りに向ける。
 指差す、その先にあるのは、
「……マニョ……?(……何だ……?)」
 人だった。
 人間だった。
 青白い顔をして、虚ろな表情を浮かべて、ノロノロと力のない足取りで進む、若い女だった。
 いやに周囲から浮き上がって見えた。
 存在感が薄かった。
 そしてマニョは気付く。あの魔力の「匂い」が、その青白い女から漂ってくる事に。
 これは、すなわち、
「――うわあああああああああっ!?」
 更に思いを巡らせようとしたその時、露店の店主が叫んだ。プチデビ三匹は一様に飛び上がり、ギョッと背後を振り向く。
 店主のいっぱいに見開かれた瞳は、まっすぐに青白い女を見つめていた。その体がガクガクと震えだす。顔色を真っ青に変えて、限界まで恐怖に引きつらせ、ガチガチと歯の音が合わない口から飛び出したのはこんな言葉だった。
「ア、ア、アリ、アリス……!? 馬鹿な、お前……お前、四年前に死んだはずじゃ――」
 広場に響き渡る声は、半ば悲鳴じみていて――

 ギョロリ。

 女が、首だけを巡らせて店主に顔を向けた。
 その目が、爛々と光る。
「ひっ……ひいいいいいいいいいいいっ!」
 絶叫と共に、店主は逃げ出した。
 それを追って、女が滑るように走り出す。
 いや、とそれを認めてマニョは思い直した。
 滑るように、ではない。
 実際に、滑っている。
 女の足は動いていない。どころか、路面より僅かに浮いている。それで以って滑るように移動する。
 宙を、浮いたまま。
 生きた人間の出来る事ではない。
 生きた人間では、ない。
 プチデビルなど眼中にもないといった態の死者の女は通り過ぎていき、どこかから店主の絶叫が聞こえてくる。かつて聞き惚れ、今は少し嫌になってしまった恐怖の叫びを背後に、マニョは相方たちと顔を見合わせた。
 メロディアを、探さなければいけない。

「マママママママニョニョニョニョニョ(おおおおおおお前先頭を行け行け行けよよよよよよ)」
「モモモモニョニョニョニョニョ(いいいいいいやいやここは新入りりりりににににに)」
「ム、ム、ムニョニョニョニョニョ(い、い、いえ、先輩方を差し置いてそんな事とととととはははははは)」

 膝と言わず全身がガクガクブルブルと震え、誰が先頭を歩くか押しつけあうのは、まあ、プチデビゆえだったりするのだった。



§




 ビュウはその異変を、外から聞こえてくる悲鳴から知った。
 あああああっ!? 長く尾を引く哀切と悲哀の絶叫は、ヨヨの表情を不安と警戒に表情を固くした。若草色の瞳が窓の外に向けられる。
「――――? 何かしら」
「見てくる」
 とソファを立ったビュウを、彼女はハッと振り仰いだ。大丈夫だと笑ってやれば、主たる姫はしばらく考え込んで、
「分かりました、頼みます。――気を付けて」
「ああ。俺が戻ってくるまで、ここを動かないように」
 言い残し、ビュウは応接間を出た。警戒心から足取りは慎重になり、いつしか忍び足となって玄関へと歩み寄る。
 ドアノブに手を掛け、扉を開けた、まさにその瞬間だった。

「ぎゃあああああああああああっ!?」

 家の前の通りに叫び声が轟いた。断末魔もかくやという絶叫。ビュウは扉から顔を覗かせて周囲に油断ない視線を送る。
 その視線が左に向けられた時、彼は愕然とした。
 左手側に、人がいる。三人。恐怖に凍りつかせた表情で悲鳴を上げ続ける中年の男と、彼の両腕両足を掴む異様な人影が、二つ。土気色の肌をしていて、虚ろな顔をし、ともすれば目に留まらないくらいに薄い存在感なのに、周囲の景色から妙に浮き上がって見える。
 異様、という言葉が自然に浮かぶ。だが異様なのはここからだ。
 両腕を掴む女は、首があり得ない角度で曲がっていた。
 両足を掴む小さな子供は、石畳に腹這いになって体を動かしていないのに、スルスルと滑るように後退していた。
 男は二人に引っ張られ、必死にかぶりを振っていた。嫌だ、嫌だ! 涙を浮かべた目がビュウを捉える。
「あっ……あんた、そこのあんた! 頼む、助けてくれ!」
 ビュウは飛び出した。駆け寄る。男は片手を必死で振りほどき、こちらに伸ばす。それを取ろうとする。
 だが、
『……駄目、逃がさない』
 女が感情のない声をボソボソと出す。
『お父さん……また、僕たちを置いてくの?』
 子供の声に、男はピクリと身動きを止めると、恐る恐る足元に目をやった。
 その表情は、恐怖と悔恨。唇が震えながら動く。
「す、すまなかった……だ、だから頼む、頼む助けて――」
『駄目』
 ビュウの背筋を、ゾッと寒気が襲った。
 女の、それまで空っぽだった顔に――背筋が凍りつくほどに凄絶な嘲笑が浮かんだからだった。
『逃がさない』
「ゆ、許してくれ、許してくれ許してくれ許して許しいいいいいいいいいっがあああああああああああっ!?」
 伸ばした手が、空を切る。
 男は悲鳴を上げながら引きずられていった。細い――子供でも通れない家と家の隙間へ。女と子供は、嘘みたいに細くなるとそこに吸い込まれていく。引きずられる男も同様だった。だがこちらは細くならない。ゴリッ、ゴリゴリッ。何かが砕ける固くも生々しい音と男の絶叫が不協和音となって、ビュウを愕然と立ち竦ませる。そうしている間にも男の体はどんどん細い隙間に飲まれていき、ゴリゴリゴリッ、痛い痛いやめてくれやめてくれ助けてくれぇっ、肩越しに振り返る顔は恐怖と苦痛と涙と吐き出した血でグチャグチャになっていて、ゴリュゴリュゴリュッ、助けてくれ助けてくれ助けてくれ助けて助け――――――――――

 男の顔が、飲み込まれる。
 声が、消える。
 ビュウは、声もなくそれを見つめていた。

 そして吹きつけるやけに生暖かい風にハッと我に返る。今の男はどうなった!? 顔一つねじ込むのも困難な隙間に張りつき、覗く。
 絶句した。
 何もなかった。
 ここに入っていったはずの女と子供も、悲鳴を上げていたあの男も。隙間はただ細く長く続いていて、黒々とした視界の中心に向こう側の出口が微かに明るく輝いていた。
(何だ?)
 フラリ、と一歩退く。
(何だ、何だ、何だ何だ何だ何だ何だ――何だ今のは!?)
 男はどこに消えた?
 あの女と子供は何だ?
 全身が総毛立った。日差しが出てようやく空気が温んできたのに、悪寒が全身を包んでいた。ツゥ、と冷や汗が頬を伝って流れ落ちた。
 言葉も出ない彼の耳に、嫌ああああああっ! 再びの悲鳴。ハッと見やる。路地の向こうで、若い女が土気色の肌をした血まみれの老婆に追いかけられていた。その老婆は足を動かさずに走っていた。スススススッ、と石畳の上を滑るように。
 タタタタタッ、と走る足音が背後から聞こえる。泣き声。仮装をした子供たちが逃げ回っている。やはり、あの女や子供、老婆と同じ血の気も存在感もない、しかしどこか浮き上がった感のある老人に。
 仮装をした、子供。
 ビュウはハッと気付いた。
(メロディア――)
 そういえば、出ていってもう三時間以上になる。彼女はどうした? プチデビどもは?
 仲間の少女の事すっかり失念していた自分の迂闊さに呪う、その彼の耳をまたもや刺激する悲鳴は微かで、しかし今度は聞き慣れた、聞き逃してはいけないものだった。ビュウは叫ぶ。
「ヨヨ!?」
 駆け出す。まさか、開けっ放しの扉から侵入されたか。こんな時に何で俺は扉を開けっぱなしに! 自分に毒づきながら、ビュウは応接間に駆け込む。
 何もいなかった。
 玄関から侵入されたのではなかった。
「ビ、ビュウ――」
 ヨヨは無事だった。
 メロディアの祖父も、何ともなかった。
 だが、応接間の窓の外。
 そこにびっしりと張りついて中を窺う、血の気の失せた顔、顔、顔、顔、顔。
 その異様な光景にヨヨと老人は身を寄せ合って震えていた。ビュウは二人を背後に庇って身構え――ああ、何で今日は剣を持ってこなかった――、そいつらが中を恨めしそうに覗いてくるだけで窓を開けようとも破ろうともしてこない事に、気付く。
 二人から離れて、窓に歩み寄る。老若男女問わない顔の群れは、表情を変えない。ただベタッと張りつくばかり。
 何もしてこない。
 こんな窓ガラスなんて、そこらに転がっている石で簡単に割れるし、何となれば拳を打ちつけて砕く事も可能なのに。
(――入ってこれないのか?)
 どうしてだ? 答えはどこからも返ってこない。
 だから、ビュウは強張った顔のまま、カーテンを閉めた。二人の傍に戻る。
「ヨヨ、俺はこれからメロディアを探してくる」
「ビュウ」
「プチデビどもが一緒のはずだから、そう滅多な事はないはずだが……――俺が出たら、玄関の鍵を掛けろ。俺が戻ってくるまで絶対に開けるな。いいな?」
 ヨヨは、恐怖と不安で顔を凍りつかせていた。
 だが、一度目を閉じ、深呼吸をした後の彼女は、恐怖も不安も全て使命感で押さえつけた、やや強張っているけれど凛とした表情をしていた。
「分かったわ。――気を付けて」
 一つ、大きく頷いて――

 ビュウは街に飛び出した。
 メロディアたちはどこにいる?

 

 

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