―6―


「状況はどうなっている?」
「芳しくはないな。南部方面部隊も、さすがにグランベロス相手では役不足もいいところだ。この三日間、もった方が不思議だ」
「なら……そろそろ、か」
「?」
 顔にあからさまに疑問符を浮かべたナルスに。
 ビュウは、どこか斜(はす)に構えた笑みを浮かべてみせた。
「腹をくくる頃合いさ」



 王城が陥落して、既に五日。
 その間に、サウザーは将軍たちを引き連れて半壊した宮殿へと入り、占領宣言を公布した。これにより、事実上、カーナはグランベロスの属州となった。
 それからすぐに、カーナの新たなる元首の名において、カーナ軍の残党の討伐を開始したというから、部隊の再編成と手回しの早さには舌を巻く。
 けれど実際、その追討隊は残党狩りばかりを目的としているのではない。
 その本来の目的は、未だ服従する気配を見せないカーナ諸侯に対する武力誇示。グランベロスの支配を受け入れねば、即座にその領地を制圧せんとするものだ。
 それを敏感に感じ取った諸侯たちは、既にその軍門に下った。具体的には、カーナ北部の諸侯らと、南部でも地理的に王都に近い所に領地を持つ貴族たち。
 現在までに武力行使はもう始められており、防空師団の地上部隊である南部方面部隊も、間もなく全滅する。

 そろそろこのエシュロン伯領も危ない。


 腹をくくる頃合いだ。



 その時。
 二人の方に近付いてくる軽い足音が、石造りの古い城館に響き渡る。
「貴方! ビュウ!」
 慌てた様子で廊下の向こうから走ってくるのは、土色の髪をまとめた二十代も半ばほどの女だった。ナルスとビュウは、それぞれ彼女を呼ぶ。
「アルネ!」
「姉さん」
「ここにいたのね、探したのよ、二人とも」
 二人の元に駆け寄った彼女、ビュウの姉でありナルスの妻であるアルネは、呼吸を整えるようにしばし荒く呼吸すると、理知的な光の宿る濃紺の瞳を鋭くし、二人を交互に見た。
「今、王都からサウル君が来たわ」
 ビュウは、隣に立つナルスを見やった。
「義兄さん、主だった士官を大広間に集めてくれ」
「――分かった」
「姉さん、サウルをそっちに」
「ええ」
 二人がそれぞれ走り去っていくのを見送って、ビュウも又、顔を引き締めその場から足を進めた。

 腹は、くくった。



 大広間に運び込まれた円卓を囲む面子を見回す。
 この城の主であり、居並ぶ士官たちの中でも階級が最上位にあるマテライトは、上座に座っていた。五日前の傷は、そろそろ癒えつつあり、しかめっ面で腕を組み、周囲がざわつく中ただ押し黙っている。
 その隣にはミストや、騎士団の他の士官たち、それから、自分を初めとする戦竜隊の士官――ナルスや、生き残った中隊長たち――が続き、下座の方に向かって、僅かに残った防空師団の部隊長クラスが並んでいる。平時には文官扱いされる宮廷魔道士団の者たちも、何人かが列席していた。
 その中に混じって、国王の政治的な参謀役を勤めていた、旗艦の艦長であるセンダック=マコーニー老師が、どこかオドオドとした様子で、ビュウと同じように列席者を見回している。
 そして、位置的には下座、マテライトの対角線上に、王都から転移魔法でやってきたサウルが、いささか緊張した面持ちで立っていた。
 緊張するのも無理はないだろう。元々学徒であるビュウの幼馴染みは、このような幕僚会議に似た雰囲気の場には慣れていない。それに、参戦を断られた宮廷魔道士団や、事情を知る敗戦の将たちからの痛い視線に晒されている。
(……悪いな、サウル)
 士官たちの注目に、一見毅然(きぜん)とした態度を取って佇んでいる――そしてその内心は、絶対にこんな場への出席を要求してきたビュウへの怨嗟で満ちているだろう――サウルに、ビュウは心の中で感謝と謝罪の念で以って拝んだ。
(オッサンに何か言われても、今日の俺は多分助けてやれねぇ。自分で何とか乗り切れよ)
 と、その時、こちらの向けていた視線にサウルが気付いた。
 そして、彼の唇が動く。

『覚えてろよ』

 そう読み取り、ビュウも唇だけを小さく動かして返答した。

『ハッハッハ。何の事だ?』

 サウルのこめかみに青筋が浮かんだ。

『そんな事言っていいのか?』
『だから何の事だ、って』
『君がそういう態度に出るなら、僕にだって考えがある』
『ほぉ、そりゃ何だ?』
『小母さんから預かってきた――』

 と、サウルの唇が動いた時。

 スパンスパァァァンッ!

 二人の頭を、ハリセンが薙ぎ倒した。
 音の大きさに士官たちがギクリと沈黙し注目する中、ビュウとサウルの頭を張り倒した人物――彼らをここに誘導してきたアルネが、サウルの背後で、ハリセンを背後にしまい、
「それでは皆様、失礼いたします」
 にこやかに微笑んで優雅に辞儀をし、見事な裾捌きで踵を返すと、大広間を出て行く。
 まるで閃光。叩かれた頭がやや痛むのをこらえながら、ビュウは顔を上げた。
 上座に近い所に座っている自分と、下座に座るサウル。その両者の間に開いた結構な距離を、誰の目に止まる事なく、そしてこの中では誰よりも気配に敏感なビュウに悟られる事なく、高速で移動し、ハリセンで叩き、離脱。
 ビュウは自分の失念を悔いた。

 あの姉は、突っ込みに異様に特化しているのだ。

 ――……嫌な姉である。

「……ビュウよ」
 たまりかねたように、マテライトが口を開いた。ようやく顔を上げたビュウに呼び掛ける。
「情けないと、思わんのか?」
「……もう慣れたモンで」
 でなければ、あの姉の弟なぞやっていられない。
「では、そろそろ始めるとしよう」
 結局、アルネがハリセンで二人を叩かなければ、無駄な舌鋒合戦(読唇術による)を止められなかったわけである――やっと収拾した事態の締めくくり、とばかりに、マテライトは続けてそう言った。

 会議が、始まった。



 親衛隊――全滅。
 宮廷騎士団――三百五十名弱を残し、全滅。
 防空師団――四〇四連隊のごく一部を残し、壊滅、あるいは投降。
 宮廷魔道士団――ウィザード、プリースト合わせて三十五名を残し、全滅。
 戦竜隊――百七十名弱を残し、全滅。


 それが、この戦争の結果である。


「……けれどこれは、あくまで現在このウィントリー城にいる兵士、士官の数から推量されたものであり、実際の数はもう少し変動するでしょう」

 起立し、淡々と報告するのはナルスだ。それを聞く士官たちの顔は、一様に暗い。
 それも仕方あるまい。カーナ史上、最大最悪の損害だ。もっとも、カーナという国が滅びて尚「カーナ史上」と言うのも、皮肉な話だが。

「確実なのは、早晩激増するかもしれない、という事。現在、重篤二百五名、重傷百六十二名、それ以外の負傷者三百名以上――このウィントリーに逃れた我らカーナ軍の生き残りは、明日にもその数を五百名以下にするかもしれません」

 誰もかれも、ざわめきもしなかった。
 戦闘と逃亡による極度の疲労と、敗戦による無気力と。そういったものが重なれば、今更その程度の事で喚く気力も失くす。
 実際、ビュウもそんな一人だ――原因は、もう少し違うが。

「とにかく、我々は自覚する必要があります。
 我らカーナ軍は……――大敗したのです」

 その時。
 場の一角から初めて、泣き声にも聞こえる嘆息が漏れた。
 有史以来、一度たりとも対外戦争で敗北した事のなかった無敗のカーナ軍が、自分たちの代で初めて壊滅した。それも、グランベロスという「野蛮人」たちによって。
 神竜の加護を受けている、という矜持のあったカーナの軍人たちには、その現実は、到底受け入れられるものではなかったのだ。
 現実を直視しろ、というナルスの発言は、敗戦のショックから立ち直りきれていない士官たちを、改めて奈落の底に叩き落したようなものである。

「――状況は、分かった」

 上座から重々しく声が響いた。打ちひしがれていた大半の士官たちが、ハッとそちらを見やる。
 マテライトだった。

「我々は、負けた。国王陛下は討ち取られ、ヨヨ様は連れ去られた。――それが事実というなら、受け止めるべきじゃ。
 だがしかし、一つ明らかにしておかねばならぬ事がある」

 と。
 マテライトが、鋭くビュウを睨んだ。

「ビュウ、いやアソル佐長。エシュロン佐士に、残存兵をこのウィントリーに脱出させよ、と指示したのは、お主だと聞くが」

 来た。
 ビュウは円卓に肘を突き、指を絡ませ手の甲で口元を隠して、マテライトを見つめ返す。

 さぁ、ここからが自分の戦いだ。

「何故、そんな事を?」
「と、おっしゃられると?」
 ビュウは尋ね返す。相手は気心の知れた男だというのに、場が場だから、お互いに「よそ行き」用の口調で話さなければならないのが、何だか道化めいている。
 いや、この場自体が、道化か。
「決まっておる。何故、決死の覚悟で戦う事を選ばせなかったのだ」
 やっぱりな――と、内心で呆れるビュウ。
「ウィントリーに集った八百名強の将兵を一点に集中させれば、あるいは、サウザーめの首を取り、王都を蹂躙した帝国軍を追い払う事が出来たやも知れぬ。
 だのに、お主はその可能性を捨て、さっさと逃げる事を選んだ。しかも、事前から準備していたかのような手際の良さ。
 これが一体どういう事か――佐長、説明してもらおう」
「つまり、将補は」
 間髪を入れずに言い返すビュウ。
「グランベロスと戦い、運良く生き残る事が出来た五百名以上もの負傷者まで死地に送り、改めて文字通りの『全滅』を選ぶべきだった、とおっしゃるので?」
「誰がそんな事を言うか!」

 バンッ!

 円卓を叩き、マテライトが勢いよく立ち上がった。ここに来るまでに、随分と苛立っていたらしい。ビュウにしてみれば、よくまぁここまで激昂してこなかったものだ、と思うのだが。
「わしが言いたいのは、何故最後まで戦おうとしなかったのか、じゃ! まるで最初から負けるつもりで逃げる準備をして――決死の覚悟で挑めば王城を奴らの手から取り返せたものを、実際に戦いもせず、早々に投げ出しおって! この臆病者が!」
「一つの部隊を預かる指揮官として、自殺行為に傷病兵を投入する事など出来るか」
「自殺行為――自殺行為、だと!? ビュウ、貴様、我らの麗しきカーナがベロスごとき蛮族に汚されたというのに、それでも自殺行為と恐れて奴らとの戦いを避ける、と言うのか! 貴様はそれで黙っていられるのか!?」
「結論から言えば、そうせざるを得ないな」
「小僧がっ――!」
 と、怒りに顔を紅潮させ、マテライトは絶句した。怒りの余りものも言えなかったか、しばらくしてようやく口を開く。
「……軍法会議じゃ」
「エシュロン将補――」
「軍法会議を開け! 被告はビュウ=アソル、罪状は敵前逃亡! 分かっておろうが、敵前逃亡した兵は例外なく死刑じゃ――」
「落ち着いてください、エシュロン将補! まだアソル佐長は何も――」
「えぇい、黙れ黙れぇっ! 陛下が、ヨヨ様が、このカーナが! ベロスごときに踏みにじられたというのに! この小僧は、それでもベロスから逃げると……! それが、それがカーナを守る騎士かっ!」
 部下に取り押さえられ、それでも尚、マテライトは怒号をビュウに、そして場の士官たちに放つ。よくよく見れば、涙すら流しているだろうか。
 遠いところで思うのは、羨ましいな、というその一点。
 マテライトをそこまで激昂させるのは、カーナ王家への純粋なる崇敬の念と、このカーナへの愛国心。
 どちらも、ビュウにはないものだ。
 祖国を愛する。理解しがたい感情。ないものねだりだが、少し、羨ましい。
 だが今は、とりあえず。

「王太子殿下のご命令だ」

 マテライトを黙らせる「切り札」を、とっとと使う事にした。


「……何、だと?」
「私に、万が一の時には残存兵を率いて戦場から離脱しろ、とおっしゃったのは、王太子殿下ご自身だ」
 場が、水を打ったように静まり返った。
 それまで散々喚いていたマテライトも、暴れる彼を抑えていた士官たちも、野次馬に回っていた他の者たちすら、ビュウの一言で一斉に黙った。

 王太子殿下。
 すなわち、連れ去られた王女ヨヨ。

「……どういう事じゃ!」
 沈黙の後、忘我状態から脱したマテライトが、再び叫ぶ。だが、先程までよりは声に力がない。
 対するビュウは、至極冷静に、
「どういう事も何も、そのままの意味です」
「そんな事を聞いておるのではない! わしが聞きたいのは、何故ヨヨ様が、そんな事をお前に――いや、この際、何故お前に命じたかとか、そんな事は問題にせん。問題なのは……」
 と、マテライトが再び口をつぐむ。こちらに向けていた眼差しを、円卓へ、それから更に逸らして床へと落とし、迷いに震える声で、
「……ヨヨ様は……我らが、負ける、と……そう、お思いになっておられたのか?」
「そんな――」
 誰かが、力なく呻く。それを皮切りに、動揺が場に水面の波紋のように広がっていく。
「アソル佐長の言が真なら、ヨヨ様は――」
「だがしかし、そうと決まったわけでは」
「ならばどう説明する」
「事前にヨヨ様の命を受けていた、と言うのであれば……」
「ヨヨ様は」
「ヨヨ様は」

 我々を、臣下を、信じていなかった?

「……皆――」
 その時。
 上座に近い席から、オズオズとした声が発せられた。皆が視線を向ける。
「老師?」
「皆、まだ、そうと決まったわけじゃないよ。まだ、ビュウは何も言ってない。
 ――ね、ビュウ? ビュウが姫からそう言われた時、姫は他に、何か言っていなかった?」
 これまでずっと沈黙を守ってきた「老師」ことセンダックが、上目遣いにビュウを見る。話を振られた事と、そんな目で見られている事に、ビュウは内心げんなりした。
 ビュウとヨヨとは付き合いが長く、それ故、政治参謀として王家との親交も深かったこの老人とも、(マテライトほどではないにせよ)付き合いは長いのだが。
 はっきり言って、苦手なのだ。
 とはいえ、答えねばなるまい。苦手だの何だの、そんな事はどうでも良い。

 勝負は最骨頂。
 武器は、十八年の人生で培ってきた度胸とハッタリと演技力。

「――殿下が、我々軍部をどれほど信頼していたかどうかは、私の知るところではない」
 率直、と言うには余りにもあけすけに答えたビュウに、士官たちがどよめく。
「だが」
 そのどよめきを遮って、彼は声を張った。
「この戦いで命を落とす者が、一人でも減るように――と、殿下はそうおっしゃって私に下命された」
 シン、と大広間が静まった。
 誰もが目を見開き、ビュウの言葉を頭の中で反芻している。
 そして時間が経つにつれ、居並ぶ顔の全てが徐々に力を失くしていき――

「……何を、馬鹿な事を……」

 ポツリと呟いたのは、マテライト。

「我ら将から一兵卒に至るまで、ヨヨ様と陛下のためとあらば、喜んでこの命を捧げたというのに……――ヨヨ様……!」

 拳を握り、うつむいたまま肩を震わせる。その彼につられるようにして、円卓のあちこちから、すすり泣きにも似た声が漏れ始めた。
 それは、彼女の信頼を勝ち取れなかったゆえ。
 ビュウも溜め息を吐く。
 王家と王国を守る軍人として、その最筆頭であるか弱い王女に逆に命の心配をされるなど、あるまじき事である。
 守るべき人に信じてもらえない。騎士として、これほど悔しい事があるか。

 けれどビュウはそれほどショックは受けない。
 この戦いで命を落とす者が、一人でも減るように。
 それがヨヨの真意だとは、一言も言っていない。

「――あの」
 不意に響いた声に、ビュウは回想と思考の坩堝(るつぼ)から現実世界に帰還させられた。
 見やる。声の方向は、下座。
「……サウル?」
「ヨヨ王太子殿下の事で、この場で皆さんにお話しする事がございます。……発言を、許していただけますでしょうか?」
「何じゃと……?」
 訝しげに首を傾げるマテライト。サウルの言葉は唐突な上に予想外で、ビュウも内心では首を傾げている。王都と主要都市の状況だけを報告させようと思っていたのに、一体何を言うつもりだ、あの幼馴染みは。
「……ヨヨ様の事じゃと? 一体何を知っていると言うんじゃ。言ってみろ」
「では、失礼しまして」
 席から立ち上がり、軽く会釈して、戸惑いながら、ローブ姿のサウルは喋りだした。
「えー、僕……じゃない、私は、ビュウ=アソル佐長の要請で、王都と他の大都市の現状について、情報を集めていました。
 その過程で、王太子殿下の安否についての情報を得られたのですが……――」
「何じゃとぉっ!?」
 と、マテライト。驚愕の叫びが、大広間にこだまする。
「ヨヨ様の、安否!? それは何じゃ! ヨヨ様はご無事なのか!? まだ、まだ生きておいでなのか!? えぇい、とっとと報告せいっ!」
「え、いや、それが、あの……」
 怒鳴られ、しどろもどろになるサウルは、こちらに助けを請うような視線を送ってきた。
「それが、その……私には、解らなくて」
「何ぃ!?」
「『とにかくビュウに見せれば分かる』と、これを……」
 席が近ければ、絶対に胸倉を掴んでいるだろう。それほどの剣幕で身を乗り出すマテライトから一歩退いて(円卓があるから大丈夫なのに)、サウルはローブの隠しから何かを取り出した。
 折り畳まれた紙、に見えた。
「……何じゃ、それは」
「いや、僕にもよく……。とにかくこれを、ビュウに」
 さすがにマテライトの迫力に負けたらしく、いつもの口調に戻ってしまっている。だが誰もそれを気にせず、サウルからの紙をビュウへと回していく。
 そして、ビュウの手元にやってきた。畳まれていたのを、開く。
「――地図?」

 カーナの、地図だった。
 市販されている、特に都市と幹線街道を主に描かれた、旅行者用の地図である。
 けれど、市販品とは違うところが一点。
 書き込みがされている。
 それも、走り書きだろうと推測できるくらいに乱れた字で。

「……サウル、これは」
「小母さんからだよ」

 母から。

(一体何だ、ってんだ、母さん)

 読み解いたそれは、物資の流れを図示したものであった。
 しかも、カーナ各地から、ある一つの都市への流れに限定されたものだ。
『カーナの玄関口』とも呼ばれた、カーナ・ラグーンの端にある、サン・レールという名の空港都市。
 おそらくここ数日間のその街への物資の流入が、事細かに記されている。
 地方から、その街へ。矢印が伸ばされ、その矢印の側に、「塩漬け肉、計十トン」だの、「燃料、計一トン」だの、「焼き菓子、計二百グラム」だの……――

 と、ふと思いついて、ビュウは地図から目を離さないまま、サウルに問うた。
「おいサウル、今……トラファルガーが、寄航しているのは?」
「確か……サン・レール、だね」

 では。
 では、これは。

「トラファルガーに搬入された物資か……」
 低く呟く。どういう事だ、と隣のナルスが覗き込んでくるのを無視して、ビュウは目を皿のようにして、地図をより深く読み解いていく。

 塩漬け肉。飲料水。酒。保存の利く野菜。燃料。
 どれも、巡航には必要な物資である。
 だが……えらく小量の焼き菓子だとか、果物だとかの嗜好品に加え、絹のリボンにドレス。
 そんな物、一体誰が必要とするのだ。

 その瞬間、ビュウは閃いた。
 連れ去られたヨヨ。
 どこへ?

「まさか――」

 それは、ほとんど確信に近い呟きだ。

「殿下は、生きておられる……?」

 

 

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