昼食は、傍目に見れば、概ね和やかに進んだ。
「それで、フレデリカさん?」
「は、はい、何でしょう、えーと……イズー、さん?」
「もう、嫌だわ、フレデリカさんったら。イズーさん、なんて他人行儀な。お義母(かあ)さん、って呼ばれるの楽しみにしてたんだから」
 ブハァッ。
 先制パンチにビュウは口に運んだスープを盛大に噴き出した。
「むぅ、汚い事をするな、この馬鹿息子め。――ではフレデリカさん、俺の方はお義父(とう)さんでよろしく」
「え、えと、あの、その……」
 フレデリカは戸惑ったように向かいの席に座るイズーとトリスを見、ゲホゲホとむせているビュウを見、もう一度二人を見て、
「……よろしいんですか?」
「もちろん。俺たちは一向に構わん。というかむしろ楽しみで楽しみで夜も眠れなかったくらいだ」
「出来ればそんな他人行儀な敬語もやめてくれると嬉しいわ。ねぇ、貴方?」
「そうだなぁ、イズー」
 咳するビュウを無視して話は盛り上がる。ビュウは嫌な予感を覚えた。この展開、どこかで見覚えがある。……ああ、そうだ、姉さんが結婚する時の――
「ところで母さん――」
「ああ、そうだ。そんな呼び方なんてどうでもいいわ。聞きたい事があるのよ」
「は、はい、何でしょう?」
 ビュウの呼びかけを無視して(多分わざとだ)、母は嬉々としてフレデリカに語り掛ける。それに応じるフレデリカは緊張気味だ。ビュウの中の嫌な予感はどんどん膨れ上がっていく。聞きたい事? 聞きたい事、だと? ちょっと待て、それはまさか、

「うちの息子のどこを気に入ってくださったの?」

 俺でさえ聞いた事のない事を!

 今度こそ本格的に頭を抱えて食卓に突っ伏すビュウ。その傍で、イズーとトリスは目を輝かせてフレデリカの答えを待っている。そんな彼女は、戸惑った様子で「えと、その、あの……」と口の中でモゴモゴ呟いている。明らかにどう答えようか迷っている。
 それもそうだろう。自分みたいな男のどこが良い、など。
 自慢ではないが、ビュウは自分がまともではない事を自覚している。子供の頃から戦争漬けで、頭の中は戦略と戦術と金勘定でいっぱいで、余りまともでない筋の知人ばかりいて、非合法な事――やったのは主にマネーロンダリングだが――にも手を染めていて、人の生き死になんて頓着しないし、加えて女王とはその関係を疑われるほどに仲睦まじい。
 普通だったら、こんな男は願い下げだろう。少なくともビュウは嫌だ。
「あ、あの、ビュウは――ビュウさんは」
 どもりがちで震える声。フレデリカの答えは、少しの間を置いてから、途切れがちに続けられた。
「私みたいな女を、すごく、気にしてくれて」
 頭を抱えたまま――
 ビュウは、横目でフレデリカを窺った。
 顔は真っ赤で、まるで昇任試験の面接の時のように緊張していて、しどろもどろで、時々ろれつも上手く回っていない。
 それでもフレデリカは、懸命に、話す。
「私、昔から体が弱くて……。だから、他の皆が出来るような事も出来なかったりで……自分に自信が、持てなかったんです。
 でも、ビュウ……さんは、そんな私を気に掛けてくれました。私の体調を、気遣ってくれました。それまで、私の事をそこまで気遣ってくれる人なんて、余りいなかったのに。だから私、すごく嬉しくて。私にも、誰かに気遣ってもらえるくらいの価値がある、って教えてもらったようで……。だから、すごく嬉しかったんです」
 その表情に、笑みが上る。
「ビュウさんが来てくれる事が、本当に嬉しくて、嬉しくて。いつの間にか、お見舞いに来てくれるのが待ち遠しくて。あの頃のビュウさん、私なんかに構っていられないはずだったのに、それでも来てくれて」


 ――懐かしい話だ。
 もう何年前の事になるのだろうか。このカーナがまだグランベロスの支配下にあって、反乱軍がまだグランベロスと戦っていて、ビュウがまだ反乱軍の切り盛りをしていた頃の話だ。
 事務屋のいない反乱軍。事務仕事は全てビュウの役割で、過労死寸前になるまで働き詰めだった。肉体的にはともかく、精神的にはかなりきつかった。
 ストレスは人を狂わせる。それを知っていたから、ビュウはそのはけ口を求めた。はけ口、すなわち――愚痴を言える相手を。
 そして見つけた。フレデリカだった。
 最初は、人員管理の一環での見舞いだった。何せ反乱軍は慢性的な人手不足、一人倒れて使えなくなれば負担は皆にのしかかる。それを防ぐためにも、人員の状態把握は徹底しなければいけなかった。そのために、ビュウは時折臥せるフレデリカの様子を頻繁に見に行った。
 その時に、ビュウはフレデリカと色々会話した。今日の体調、今日の天気、ファーレンハイト艦内であった面白い出来事、そして、ささやかな愚痴。
 最初はフレデリカの気が晴れるように、という配慮からだった世間話が、いつの間にかビュウ自身の気晴らしになっていた。
 ……多分、それに気付いた頃だと思う。ビュウにとって、フレデリカとの会話の時間が大切なものになったのは。
 ビュウにとって、フレデリカ自身が大切になったのは。
 

 フレデリカの言葉を聞いている内に、ビュウは顔が火照ってきたのを感じた。
 鏡を見るまでもない。自分は今、顔を赤くしている。頬の辺りにジワリと湧き上がる熱が妙に気恥ずかしくて、ビュウは身を乗り出して話を聞く両親から顔を僅かに背ける。
「だから、私……ビュウさんの、そういう、や、優しいところが……」
 言葉は尻すぼみになり、フレデリカの声はやむ。しかしそれを咎める声はない。それどころか、
「まあ、そうだったの。うちの息子がそんな風だったなんて……何だか嬉しいやら恥ずかしいやら、だわ。ねえ、貴方?」
「そうだな、イズー。ビュウは殊女性との付き合いとなるとずぶの素人より悪いからな。フレデリカさんも、随分苦労しただろう」
「い、いえ、そんな……ビュウさんはいつも、とても紳士的で……」
「紳士的……」
「そうか、紳士的か……」
 そして。
 何やら考え込んだイズーとトリスは、不意に声を揃えてこんな問いを発した。

「「じゃあ、どこまで行ったの?」」

 ゴヅッ!

 ――とは、ビュウが盛大に脱力して額をテーブルにぶつけた音である。

「え、え、ええ? え、あの、どこまで、って……」
「嫌だわ、フレデリカさん。決まってるでしょ?」
「そうだ。こういう時の『どこまで』と言ったら――」
「ってちょっと待て二人とも!? 何かおかしくないかこの会話!」
 会話に割り込むビュウ。しかし両親は揃って不思議そうな表情で、
「あらビュウ、何が?」
「お前の方がおかしいぞ、馬鹿息子」
「うるせぇクソ親父! ってかおかしいだろ! 普通聞くかこの場でそんな事!? あり得ねぇ! 絶対あり得ねぇ!」
「いや、おかしかねぇぞ馬鹿息子」
「どこがだ!? 具体的にどの辺りがおかしくねぇってんだ言ってみろ!」
「おぅ、それはな……」
 似合わない神妙な表情で。
 トリスは、平然と言い放った。

「お前がちゃんとフレデリカさんに欲情できてるかどうか確認するのが、親としてのせめてもの務めだ」

 唖然。
 愕然。
 慄然。
 呆然。

 ビュウとフレデリカ、二人は揃ってまるで馬鹿みたいにポカンと口を開けて、とんでもない事を言ってのけたトリスの顔を穴が開くほど見つめた。
 その内に、凍りついていた頭が再び回転を始めたか、フレデリカはまるで茹でダコのように顔を真っ赤にして口の中でモゴモゴ何か言いながらうつむき、小さく縮こまり――
 一方のビュウは、
「って何真顔でセクハラめいた事言ってやがるぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
 テーブルを乗り越え、怒声と共に掴み掛かる。しかしトリスはすぐに反応し、掴み掛かろうとしたビュウの手を逆に掴んで首を守った。
「ぃやかましいっ! お前相手に何がセクハラだ!? 良いか、この問いに隠された父ちゃんの深い愛情を知れ!」
 深い愛情?
 その単語に、ビュウはピタリと動きを止める。
 気恥ずかしい話だが、ビュウはこれまで一度たりとも、両親の愛情を疑った事はない。戦場暮らしが続いた幼少期、自分が生き延びられた事、ギリギリの一線で狂わずにいられた事、そして曲がりなりにも真っ当な社会生活を営める人格を形成できた事、その全ては眼前のこの両親たちのおかげだと思っている。感謝している。
 だから、思わず動きを止めてしまったわけだが、
「お前がフレデリカさんを満足させられもしないほどに重大な欠陥を抱えているとしたら、親としてはやはり責任を――」
「だから真顔でとんでもない事言うな、ってかサラリと差別的発言を抜かしてるんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 絶叫と共に、トリスの手を払って力いっぱい首を絞める。と、そこに、
「あら、でも重要な事よ?」
「って母さんまでそんなセクハラ紛いな……!」
「だって、息子夫婦の関係は円満に越した事はないでしょう?」

 ……………………

 息子、夫婦?

「……あのー、母さん?」
「どうしたの、ビュウ?」
 ビュウは、トリスの首を絞めたまま――さすがに絞めすぎか、トリスの顔色は紫に変色している――、恐る恐る尋ねた。
「今、何かおかしな単語が聞こえたような……」
「何もおかしな事なんてないわよ?」
「いや、だって、今……」
 言葉を濁しながら、間を置いて、
「息子夫婦、って」
「ええ。それが?」
 と、小首を傾げる母の姿に――

 間違っているのは、こっちの方なのか?

 そんな根拠のない――しかし妙に確信だけはある――不安が鎌首をもたげる。
 ビュウは思わず、フレデリカを見た。
 彼女も、ビュウを見ていた。
 視線が絡む。フレデリカの目は真剣だった。むしろ、すがるような目付きですらあった。
 すがるような。
(……そりゃ、そうだよな)
 この期に及んで、自分がこんな事でうろたえていれば。
「違うの?」
 そう、不安そうに聞く母に。
 逆に肝が据わった。ビュウはトリスの首を離すと、改めて椅子に座り、両親の顔を見る。
「色々喚いて話が逸れたけど……母さん、親父」
 家に入る前に感じていた緊張も、今はなく。
 乱れた呼吸を整え、背筋をしっかりと伸ばす。すると、頭にあれだけ上っていた血がスゥッと引いていった。落ち着きを取り戻すと同時に、色々なものが見え、色々なものが聞こえるような、そんな錯覚を覚える。奥の台所、オーブンで焼いているデザートのケーキの甘い匂い、相変わらず綺麗に掃除された居間と二階へ続く階段、階段下の納戸の扉の煤けた感じ、表情を改めたイズーと、顔色が未だ紫っぽいトリス。
「この人が、フレデリカ――俺の、恋人で……」
 横から突き刺さる、フレデリカの、不安と期待が入り混じった視線。
 それを受け止めながら、ビュウは、はっきりと言った。

「俺は、この人と結婚する」





 その瞬間。
 隊長、隊員A、隊員Bはそれぞれ別の場所で声にならない歓喜の声を上げた。





 その瞬間。
 ビュウは、違和感を感じた。
 何かがおかしい。
 そう確信した途端、あらゆる熱狂が醒めた。結婚宣言を親に放ったその瞬間、確かにトリスに対しギャーギャー喚いていた時よりも冷静でいたけれど、今はそれよりも尚冷静で、いやむしろ冷徹と言っても良かった。
 何かおかしい。何がおかしい? 神経を研ぎ澄ませるビュウ。冷静に、慎重に、目に見える隅々に、その更に先に意識を向ける。
 視覚、聴覚、嗅覚、触覚――その全てを無数の刃とし、一枚一枚丁寧に研いで研いで研ぎ澄まして、死角でない所はもちろんあらゆる死角にさえ徹底的に、無差別に突き刺し叩き込んでいく、そんなイメージ。そうやって徹底的に観察し、知覚し、把握し、し尽くす。
 戦場に立った時のように。
 敗走作戦を請け負った時のように。
 敵の裏を掻く時のように。
 勝利を勝ち取る時のように。
 そして、幼い頃から鍛え続けてきたビュウの観察能力が、ついに目に見える一つの違和感を見つけ出す。

 ――ガタンッ。

「……ビュウ?」
 突然席を立ったビュウを、フレデリカはポカンとして見上げた。ほんの一瞬前までは落ち着いた熱狂を以って恋人を紹介していた彼が、不意にその熱狂の一切を捨て去る。百八十度の方向転換と表現しても良いような態度の豹変ぶりだ。突然の事過ぎて非難の言葉も出てこない。
 彼女と両親が目を丸くして見つめる中、ビュウは無言で歩き出す。向かうは台所。正確には、その一歩手前。洗い場のすぐ手前の、床。
 ビュウはしゃがみ込む。木張りの床に目立たないように据えつけられている把手。それは、台所の床下の貯蔵スペースへの扉。大体どこの家でも、ワインだとか塩漬け肉だとかピクルスだとかを保存しているのだが、この家では主婦たるイズーが料理ベタのせいで、いまいち有効活用されていない。せいぜい、半年に一度開ければ良い方だ。
 その把手。普段はつまづかないようにと床にそのまま納めてしまえるそれが、今日はどういうわけか持ち上がったまま。つまり、誰かがこの扉を持ち上げた事を意味している。
 誰か。誰が? 姉か? いや、食卓の料理を見る限り貯蔵スペースに突っ込んでありそうなものは使われていない。そもそも、この家の貯蔵スペースは空っぽ一歩手前が基本。
 と、いう事は。
 ビュウは無言で把手を持ち上げる。ボコリ、という音と共に、床と一体化していた扉が持ち上がった。

 床下。そこに掘られたくぼみのような、狭苦しい空間。
 うずくまっていた影が、突然差した灯りにビクリと身を震わせ、恐る恐る顔を上げた。

「は、はぁい、ビュウ、こんな所で奇遇ね?」
「よ、よぉ、ビュウ。何て言うか、その、本日はお日柄も良く」

 強張った笑顔の。
 ディアナと、ラッシュ。

 ビュウは――
 無言で、無表情のまま、貯蔵庫の扉を閉める事なく立ち上がると、再び居間全体をグルリと見回した。
 それからまた歩き出す。今度は階段下の納戸の扉。無言で、問答無用に開け放つ。
 居間の整然さとは打って変わって恐ろしいほどに雑然としている納戸、その大量の物の中に埋もれるようにして収まっている見知った顔二つは、扉を開けたビュウに媚びるような取り繕うような、しかし強張った笑顔を見せて、

「ああああああの隊長どどどどどどうももも……」
「いいい、嫌だわ、ビ、ビュウ、レディの部屋をノックもなしにあ、開ける、なんて……」

 やたらと声をどもらせる。
 トゥルースと、ミスト。

 無言のまま。
 彼は、一つ、重苦しい溜め息を吐く。
 フレデリカは唖然としたまま声もなく、イズーとトリスは、自宅にやすやすと侵入されたにも関わらず一言の非難もない。――一言も?
 天啓のように閃くビュウ。ハッと背後のテーブルに体ごと向き直る。両親は、この異常事態に悠然としていた。
 まさか。
 その閃きを言葉にしようと口を開きかけた次の瞬間、ビュウの第六感が何かを捉えた。見られている。どこから? ――上から。
 天井を見上げる。煤けた木の天井。そこにポッカリと小さな穴が。

 その穴から覗いていたのは、鮮やかな若草色。
 パチクリ。そんな音すら聞こえてくるような、ゆっくりとした、そしてはっきりとした瞬き。見慣れた緑眼。
 次の瞬間、ビュウは反射的に階段を駆け上っていた。二段飛ばしで、一気に二階へ。そして居間の直上に当たる部屋――自室へ。

 バタンッ!

「駄目よ、ビュウ」

 いきなり駄目出しされた。

「事を進める時は、もっとスマートに、クールに、優雅に。『兵は拙速を尊ぶ』もいいけど、それだけじゃ余りにも芸がないと思わない?」

 床に張り付いていた影が、上体を起こす。
 天井(というか、床?)越しに見えた緑眼が、今度は笑みをかたどった。

「とりあえず、私たちはいいものを見させてもらったから、大満足よ」

 ニッコリと。
 それはもう、ニッコリと。

 ビュウが唯一忠誠を捧げる主君、カーナ王国現女王ヨヨは、着ている服を所々埃で汚しながら、臣下の部屋を陣取っていた。さも「この部屋の主は私である」とばかりに。
 そして、部屋を勝手に乗っ取られ、おまけに床に穴まで開けられた当のビュウは、
「てめえ……――」
 一度は捨て去ったはずの熱が、腹の底から一瞬にして湧き上がり、頭の天辺へと駆け上った。
 その熱を、人はこう呼ぶ。――激怒と。
「言いたい事はそれだけかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 怒声と共に、拳を繰り出し――

 パシリ。

 余りにも軽い音を立て、それは簡単に受け止められた。

「駄目じゃない、ビュウ」

 たしなめる穏やかな声は、

「女王陛下は、お前の事を心配して来てくださったのよ? その女王陛下に、お前は何て事をするの」
「母さん……!」

 いつの間に居間から上がってきたのか。
 文字通り、目にも止まらぬほどの速さでビュウとヨヨとの間に割って入り、ビュウの拳を受け止めヨヨを守ったイズーは、声と同様穏やかな笑みでそこにいた。
 けれどビュウは気付いていた。
 だから、叫ぶ。

「今回は母さんもグルかぁぁぁぁぁぁっ!」

 息子の怒声に、しかしイズーは涼しい顔で笑っていたのだった。





 最近の王宮事情。

 ヨヨの愛人(非公式)だったパルパレオス。
 戦後、彼はカーナを去った。理由は祖国への義理立て。混乱した祖国を見捨てられるほど器用ではなかった、という事だ。
 そして巻き起こる「女王の夫君」論争。やっぱりここは名実共に一の騎士であるビュウがその座を射止めるか。王宮のあちこちで、今この話題が旬なのだ。

 結局のところ、今回の出歯亀隊の任務というのは、この論争に終止符を打つためのドキュメンタリー作り、というところである。

「それでビュウ、フレデリカのご両親へのご挨拶は? 式の日取りは? 会場は? 招待客はどれくらい呼ぶつもり? 式の形式はどうするの? 伝統的なカーナ式? それとも今流行りのマハール式? ウケ狙いでゴドランド式なんてやってみる? あ、もしカーナ式でやるんなら、王宮の式場、貸すわよ。格安で」
「ねえねえフレデリカ、ビュウからのプロポーズの言葉は? いつプロポーズされたの? 場所はどこ? ――あ、もしかしてこの間のデートの時? あの時どこ行ったんだっけ? それで、何て言われたのよ。白状しちゃいなさいよ」
「あらフレデリカ、それ、もしかして婚約指輪? やだ、ちょっと見せて。――んまっ、結構大きなダイヤじゃない! いくら? 給料の三ヶ月分? ビュウの給料で三ヶ月分、って相当な額じゃない! さすがビュウ、こんな時だけ奮発するわねー」

 ヨヨとディアナとミストの継ぎ目のない言葉攻めに、ビュウとフレデリカは何も返さなかった。辟易して返せなかった、というのが正しい。しかし三人は気にせずどんどん喋り、そしてこちらの答えも聞かないままどんどんメモを取っていく。
 多分、そのメモがドキュメンタリーの草稿になるのだろう――そう察して、ビュウは暗澹たる思いに捉われた。
 ディアナとミストによるレポート。王宮に働く者たちの間に密かに出回るそれの人気は、何故だか妙に高い。ネタにされるこっちとしてはいい迷惑だ。

 そして、そのために出歯亀隊に協力した両親といえば、やたらと朗らかに微笑んで、
「ビュウ、お前は本当に幸せ者だなぁ」
「そうね。こんなに多くの人に気に掛けてもらって、祝福してもらえるなんて」

 いや、単純にネタにされているだけなんだけど。

 突っ込みは心の内だけに留まって、口から出ていく事はない。代わりに出ていくのは溜め息。ふぅ、という息遣いが隣からも。見やれば、フレデリカも溜め息を吐いていた。お互い同時に溜め息を吐いたのに気付き、顔を見合わせる。
 それから、しばし。どちらからともなくははっ、と気の抜けた笑みを浮かべる。

 俺たち、結婚してもきっとしばらくこんな感じだぞ?
 いいんじゃない? これはこれで、ちょっと楽しいかも。

 以心伝心。笑顔で互いの気持ちを汲み取って、ビュウとフレデリカは笑い合った。

「あらあら、何見つめ合っちゃってるのぉ?」
「うるせぇヨヨ、何でもねぇよ」





 一方その頃。

「……なぁ、トゥルース」
「何でしょう、ラッシュ」
「何で俺たち、二階から吊るされてるんだろうな」
「それは、隊長の怒りを買ったからですよ」
「じゃあ、何でディアナとミストとヨヨ様は無事なんだろうな」
「それは、ディアナとミストさんは私たちを盾にして、ヨヨ様は隊長のお母上が守ったからですよ」
「結局俺たち、身代わりか」
「そうですね」
「…………」
「…………」
「……なぁ、頭がクラクラしてきたな」
「……そう、ですね」
「……何でパルパレオスの奴、いないんだろうな」
「……いればきっと、ヨヨ様は嬉々として将軍を盾にして隊長の拳を受け止めていたでしょうに……」
「……でもって、一緒に吊るされてたんだろうなぁ」
「……ですね」
「……ヨヨ様きっと、『すごく面白い絵だわ!』って喜んだろうなぁ」
「……えぇ、きっと」



 一方その頃。

「――はっ!」
「? どうしましたか、パルパレオス将軍?」
「いや、今何かとてつもなく美味しい役どころを逃してしまったような――」
「……は?」
「い、いや、何でもない」

 ――グランベロスの某将軍は美味しい役どころを逃してしまい、その後パッとしない人生を送ったとかそうでないとか。

 

 


 以上、杉並様からのリクエスト「出歯亀隊パート2」でした。
 ……どの辺りが「親への挨拶」なのかは、さておき。
 本当は二ページにまたぐつもりはまるでなかったのですが、ダラダラ書いていたら分量が予想外に多くなりました。仕方がないので二分割。しかしちょうどいい区切りが見つからず、結果として「前編:後編=1:2」くらいの割合に。

 ダラ長くなった理由=クソ親父と馬鹿息子の馬鹿なやり取りを思わずノリノリで書いてしまった
 ラストがパルで締められている理由=いやぁ、出歯亀隊といったらやっぱりパルでしょ

 ……ごめんなさい。悪ふざけが過ぎました。
 でも実は、そこまで反省していなかったり(最悪)。いやぶっちゃけ、この馬鹿親子の馬鹿なやり取りを書くの楽しいので。


 杉並様。
 リクエスト、ありがとうございました!
 大変お待たせしてしまってお届けできたのがこんなおかしなSSですが、どうぞお納めくださいませ!

 

 

 

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