リュナンは逸る気持ちを抑えられなかった。
「ホームズ!」
「おぅ、リュナン! 元気そうじゃねぇか!」
太守館の入り口で親友を自らで迎えたリュナンは破顔した。その顔は、歳相応の青年のそれである。
対する来客ホームズは、リュナンのように笑っていた。歳よりも幾分幼く見える少年のような笑顔だ。
サリアの隠れ里で別れてから、三ヶ月強。その間に、互いを包む情勢は様変わりしている。
「聞いたよ。グラナダを解放したそうじゃないか」
「……ま、俺もいつまでも帝国の奴らに好き勝手にさせているつもりはなかったしな。
それよりお前だよ。ラゼリアを取り戻して、ついでに太守か。やったなぁ、おい!」
「そんな、大した事じゃない。僕だって――」
と。
リュナンはふと、ヒヤリと背筋が寒くなるような暗い笑みを見せ、
「レンツェンにいつまでもラゼリアを遊ばせておきたくはなかったしね」
それを見てホームズは、レンツェンハイマーの末路を悟った――が、強張った笑みにその空恐ろしい予想を押し隠して、
「あ、そ……そうか。
それよりもよ! 今日はパーっ、とやろうじゃねぇか! 久しぶりに会った事だし、色々話したい事はあるしよ!」
「……そうだね、ホームズ。僕もホームズに聞いてもらいたい事がたくさんあるし――」
そして、声は何の脈絡もなく、唐突に会話に割って入った。
「……だったら、酒の一つも持参したらどうだ、馬鹿息子めが」
ピシッ。
そんな硬質な音と共に、ホームズが凍りつき動かなくなる。
「大体手土産が山ほどのシーフソードなど……――確かに公子の今後には役に立つだろうが、だからと言って無粋だとは思わなかったのか?」
声の主はホームズの背後。
その姿を認めて、リュナンは驚きに目を見開いた。
「すまんな、リュナン公子。うちの馬鹿息子は気が利かなくて困る」
「ヴァルス提督――!」
「くぉらクソ親父っ!」
リュナンがその名を呼ぶのと、ホームズがクルリと向き直って食って掛かるのとは、タイミングが一致していた。
「てめぇ、何でここにいやがる!? 俺たちについてきてやがったのか!? っつーかいつからついてきてた! てかてめぇ、グラナダで女と暮らしてたんじゃねぇのか!? そっちはどうしたそっちは!」
息子の激しい問いにヴァルスは泰然自若と、
「黙れ馬鹿息子」
「何だとクソ親父――」
「ともあれ公子、ラゼリア解放、よくぞ成し遂げた。今は亡きグラムドも、お主のその姿を見ればきっと喜ぶだろう」
「ありがとうございます、提督。しかし、提督もよくぞご無事で……」
「ふん。なぁに、老いても枯れてもこのヴァルス、たかが帝国のひよっ子どもなんぞに殺されはせんわ」
そして、わっはっは、という豪快な笑い声が太守館の玄関ホールに響き渡る。
「おぉ、そうだ。これはわしからだ」
ヴァルスはどこからからワイン樽を一つ取り出しドンッ、と床に置く。
「今年のグラナダワインの出来はいいぞ? 後で存分に振る舞ってやってくれ」
「提督……ありがとうございます!
――そうだ。今こちらに、ウエルトのロファール王がいらっしゃいます。お会いになられては如何でしょう」
「おぉ、ロファール! あいつも生きておったか……。ふむ、そうだな。後で久しぶりにちょっかいを出しに行ってやるとするか」
そう、ヴァルスは楽しげに笑った。
――この時、二人は気付かなかった。
彼の「ちょっかい」は、ロファールではなく――ラゼリア・ウエルト連合軍、シーライオン、双方を巻き込んだ、ラゼリア太守館に甚大な被害をもたらす騒動に発展する、という事を。
ヴァルス提督掃討作戦
ラゼリア・ウエルト連合軍とシーライオン。その二つの部隊には、互いに顔見知りを持つ者が多い――というか、合流すると戦力の移籍が盛んに行なわれるので、「顔見知り」どころでは済まされない場合が多い。両軍の指揮官の都合で肉親、恋人と引き離される事なんてザラだ。
その典型例が、ここにも一人。
「……ラフィンってば、どこに行ったのかしら?」
雪崩れ込むように始まってしまった大宴会。その喧騒に満ちた太守館の大広間で、シャロンは隅の方で途方に暮れていた。
彼女の恋人で、ラゼリア・ウエルト連合軍の騎馬部隊の隊長を――当人は竜騎士なのに――務めるラフィンの姿が、まるで見当たらない。
大広間は、人、人、人の大洪水。上は将から下は兵まで、入り乱れての無礼講が見事なまでに展開されている。湧き出たかのように知らず内に用意されていた料理に、酒樽。それにあおられたように繰り広げられる乱痴気騒ぎは、何と言うか、頭がクラクラしてくる。シャロンは思わずこめかみを押さえた。
気が付けば、常に近くに控えているビルフォードもどこかへと姿を消してしまっている。仕方なしに人の山に目をやっても、たまに顔見知りを見かけるだけで、肝心の探し人や、あるいは彼に近い騎士たち――ナロンとかミンツとか――は見えない。
シャロンは溜め息を吐いた。こうなってくると、あの公子が恨めしい。
セネー市でラゼリア・ウエルト連合軍に合流した彼女だったが、その後連合軍がシーライオンとサリアの隠れ里にて再会した際に、シーライオンの方へと一時的に移籍する羽目になった。
それはつまるところ一種の戦力外通告だが、おかげでシャロンはシーライオンで随分鍛えられた。サリアの隠れ里ではまだレディナイトでしかなかったのに、気が付けばアローナイトとしての技能を完全に修得できていた。
昇格するには主君からの認定――まぁこの場合、リュナンからが妥当だろう――が必要だが、実質的にはもうアローナイトとしての活躍が出来る。事実、それをホームズから聞かされたリュナンが、連合軍への復帰を認めてくれた。
だから、ラフィンを捕まえて、その事を報告して――ラフィンの事だから、もうリュナンから聞かされているかもしれないが――、出来れば一緒に喜んでほしかったりして――
「……ふむ、最近の若造たちは相当目が曇っているらしいな」
鬱々と物思いに耽っていたシャロンの耳に飛び込んできたのは、抑揚豊かな重く低い声だった。ハッと我に返り、彼女は声が聞こえた右手側を見る。
そこには、背の高い壮年の男がいた。撫で付けた黒髪を無造作に一つに束ねて、ガッシリとした、たくましい体つきをしている。日焼けした浅黒い顔には余裕と包容力のある笑みを浮かべ、思わずシャロンはドキリとした。
「こんな美女をほったらかしにするなど、礼儀知らずもいいところだ。そうではないかね?」
「え? あ、いえ、そんな……美女、だなんて、言いすぎですわ」
確かにシャロンは美しい。明るい夕日色の髪は短く切り揃えられてこそいるが艶やかで、切れ長の瞳は鮮やかな鳶色。戦場を駆ける騎兵とは思えないほど肌は白く、くすみもしみも見当たらない。淡い色の口紅をつけた唇は、彼女が己を美しく見せようと努力している事の証明となる。そしてシャロン自身、自分の容貌についてある程度は自覚していた。
が、こうも面と向かって言われると、やはり照れる。白い頬を僅かに紅潮させて、シャロンは微笑んだ。赤の弓騎士――あるいは、その二つ名に相応しく。
「言いすぎか? わしはただ、感じた事を正直に言い表わしているに過ぎないのだがな」
「ま、そんな……」
例えそれがお世辞だとしても、言われて嬉しい事には変わりない。しかし淑女らしく控えめに、シャロンはそれだけを言って少し微笑んだ。
その彼女に、男はスッと手に持つグラスを差し出してきた。赤ワインの満たされたそれを、シャロンは少し迷ってから、受け取る。
「ありがとうございます」
「何、大した事ではない。ところで」
と、男は話題を変える。
「こんな隅の方でそなたのような美しい女が一人でいる、というのも中々に絵になる光景ではあるのだが、他の者たちと混じらぬのもつまらなかろう。一体どうしたのだ?」
穏やかで、温かみのある口調。自分がボケッとしていたのを見られていたのか、と思うと妙におかしくて恥ずかしくて、幾分自嘲気味に笑って、彼女は答える。
「知り合いを探していたんです」
「ほぉ」
「でも、この状況でしょう? こんな所で突っ立っているだけじゃどうにもならなくて、でも動き回ってお互い行き違いになるのも何か怖くて……それで、どうしようか、と」
「成程……。で、その探し人は、男か?」
「――えぇ。でも、元々そう騒がしいのが好きじゃない人だから、ここにはやっぱりいないかも」
「そうか……。それにしても、その男もだらしないな」
「……え?」
シャロンは、思わず男を見上げた。女にしては相当身長の高い彼女だが、それでも、この男はこちらより頭一つ分くらいは背が高い。
そして彼も、こちらを見下ろし、ニィ、と笑っていた。
「わしなら、例え騒がしい中でも掻き分けてそなたを探して、早いところ連れ立ってここから離れるがな」
「まぁ――」
「だが、せっかくの宴だ。多少は楽しまないと損であろう」
そう言って。
男は、シャロンの肩にソッと手を置いた。
それは余りにも自然な動作で、彼女は一瞬、それを当然の事と感じてしまったのだが――
「ラ、ラフィンさんっ、駄目ですぅぅぅぅぅぅぅっ!」
聞いた事のある絶叫と。
ビュンッ!
この宴の席にはまるで不似合いな風切り音と。
パシッ。
すぐ傍で聞こえた、そんな軽い音と。
一瞬遅れてハッと男の方を見たシャロンは、次の瞬間事態を察し、ハッと背後を振り返る。
そこには、
「ラフィン!?」
投擲の態勢のまま驚愕の表情をしているラフィンと、それを取り押さえようとして失敗したらしい、青ざめた顔のナロンとミンツがいて、
「ふん……若造が、ピラムごときでわしを倒せると思ったか」
ラフィンが投げ放ったピラムを、頭を僅かに動かす事で完全にかわし、かつ、片手だけで握り受け止めた男は、そう嘲弄した。
そして彼はシャロンを見て、何もかも承知していると言わんばかりの、しかし楽しげな笑みを浮かべ、
「どうやら迎えが来てしまったようだな。残念だが、そなたといられるのもこれまでだな」
「あ、あの――」
「では、わしは退散するとしよう」
そう言って、その辺にポイッ、とピラムを放り捨て。
ハッハッハ、と笑って去っていく男を、シャロンは呆然としたまま見送ったのだった。
その時ジュリアは、シャロン同様広間の隅の方で、鞘に収められたままの一振りの剣に目を落としていた。
「……こんな業物をくれるなんて……ヴェガったら、どういうつもりなのかしら……」
呟きながら、片手に持つグラスに口をつける。それを満たしているのは、彼女の髪と同じくらいに色鮮やかな、赤のワインだった。
酒が入るとどうにも思考は乱れがちになる。それが解っていながら、しかしこのどこかムシャクシャする気分を紛らわせたくて、どうしても酒に手を伸ばしてしまう――と言ってしまうと、何だか酒に溺れる落伍者みたいだ。……危険な兆候かも。
とりあえず、酒はこのくらいにしておこう。そう決断すると、ジュリアはワインを飲み干した。それでも酔い始めた頭はあの時の事を思い出す。
そう。太守館に到着して、ヴェガと再びまみえた、あの時の事を。
「レンツェンハイマーは、俺が斬った」
愛剣シュラムの手入れをしながら、彼はそう短く告げた。それに対して、ジュリアもまた、
「そう」
と、短く返しただけだった。
レンツェンハイマー。ラゼリアを支配し、実母を殺害し、その罪をジュリアになすりつけた張本人。
一時期彼に一矢報いよう、と心に誓っていたジュリアだったが、サリアの隠れ里でシーライオンに異動して兄シゲンと共に戦うようになってからは、少し意見を変えた。
己の弱さに目を背け、ただ感情のまま剣を振るって、それが何になる――
グラナダを解放し、故郷のイル島に戻って父に奥義を授けられ。己の未熟さをただただ痛感してきた。
一矢報いる、など、未熟者が大それた事を。だから付け入れられたのだ。
それでも、ジュリアは続けてこう言った。
「……ありがとう。私の濡れ衣を、晴らしてくれて」
「そんなつもりはない」
と、ヴェガは表情をまるで変えずに否定する。
「俺はただ、俺を謀った奴が許せなかっただけだ」
「でも……ありがとう」
繰り返し礼を言うと、彼はその黒い瞳をチラリとこちらに向けた。
そして、シュラムを手入れする手を止めると、脇からおもむろに一振りの剣を手に取り、無造作に差し出す。
「な……何?」
面食らう彼女に、ヴェガは、
「受け取れ」
「え? え?」
「銘はルクード。このシュラムと並ぶ名剣だ」
「そんな剣……――何で?」
受け取ってからそう聞くと、彼は何でもないように答える。
「レンツェンハイマーが何故か持っていた。奴に遊ばせておくには余りにもったいない代物だからな、俺が代わりに貰っておいた」
「……それなら、貴方が使った方がいいんじゃないの?」
「俺にはシュラムがある」
示すように、ヴェガはシュラムに手を置いた。
「それに、その剣は使い手を守る」
「へぇ――」
直後、彼ははっきりと言った。
そう、余りにも、はっきりと。
「未熟者のお前が持つ方が余程いいだろう」
未熟者。
未熟者。
未熟者……――
「……そりゃ確かに、私はヴェガに比べればよっぽど未熟よ。だけど、だからって何でああもはっきりと言われなきゃいけないのよ」
ブツブツと愚痴っていると、余計にだんだん腹が立ってきた。頬杖を突く手の中指で頬をイライラと叩きながら、ジュリアは忌々しげに、抱え込んだルクードを見下ろす。
剣に罪はない。それは解っている。
だが、あのヴェガに渡された代物だ。何故だかこの剣にまで、「未熟者」と馬鹿にされているような気持ちになってきた。
「……何よ、皆して――」
「ほぉ、皆がどうした?」
「何だか私を馬鹿にしてるみたいで――って」
先を促す言葉は余りにもスマートにジュリアの思考に割って入ってきたので、彼女は一瞬、そのまま胸中をありのまま告白してしまうところだった。しかし済んでのところでまだ酒精に汚染されていなかった理性が働き、すぐ傍を見上げる。
そこに立つ人物を見出して、彼女は驚きの声を上げた。
「ヴァルス提督!? 生きていらしたんですか!?」
「むぅ……何故、皆揃いも揃って同じ事を口にするのだ?」
「だって、ホームズから、グラナダ防衛戦で行方不明になられた、って――」
「帝国に占領されたとは言え、勝手知ったる地元だぞ? そう易々と帝国ごときにこの命を奪われるものか」
「は、はぁ……」
そういうものかな、とジュリアは生返事を返して、壮年の偉丈夫をボケッと見つめた。
ホームズの父、グラナダのヴァルス提督は、ジュリアの父ヨーダの親友である。だから顔見知りではあるのだが、グラナダ解放を成し遂げたつい先日は、顔を合わせる事はなかった。
というのもこの時、ヴァルスはその時某愛人宅にしけ込んでいたのだ。そして、帰還したホームズの提督の地位も含めて全てを押し付け、勝手に引退を決め込んだ。
ちなみに同行していたシゲンから広まる事がなかったのは、ホームズ本人が父親の余りの身勝手さに今更ながらに失望し、「情けねぇから」と口外を禁じたためだった。
「して、その剣はどうしたのだ? 見たところ相当な業物のようだが……余り使い込んだ感はないな」
不意に言い当てられ、彼女は一瞬ギョッとしながらも、次の瞬間微苦笑していた。
「……そうです、提督。凄い業物らしくて……ついさっき、貰ったんです」
「ほぉ。良かったではないか」
「……えぇ」
「だが、何やら悩んでいるようだな」
息を飲むジュリア。ヴァルスは諭すような口調で、
「ヨーダの娘と言えばわしの娘も同然。まぁ、話してみる気はないか?」
「――……私は」
意を決して、彼女は話し出す。
「私は、未熟者です」
「ふむ」
「そんな未熟者が、この剣を揮うに相応しいのか――と」
「そうか」
頷くヴァルス。その手がいきなりジュリアの頭に乗って、グシャグシャと髪の毛を掻き混ぜ始めた。
「ちょっ……て、提督!? やっ、何なさるんですか!」
手を払い、バタバタと大雑把に乱れた髪を直すこちらに、向こうは豪快に笑って、
「未熟者か。結構な事ではないか」
「……え?」
「同じ未熟者でも、自分でそう自覚できる者は中々いない。見てみろ、わしの馬鹿息子を。あれが己を未熟者だと自覚するには、一体どれだけの過程が必要か……」
「は、はぁ」
確かに、ホームズは妙に背伸びをしたがるところがあるが――ではなくて。
「よいか、ジュリア」
と、ヴァルスが急に神妙に呼び掛けてくるので、ジュリアは無意識の内に背筋を伸ばした。
「己を未熟だと感じているならば、話は早い」
それから、彼は笑う。
「未熟なら、精進すれば良い。その剣に相応しい剣士となれるよう、必死に」
「…………」
「己の事が解っているなら、それはそう難しい事でもあるまい」
あぁ、そうか。
ジュリアは目を見開いた。胸の内に、感嘆の念が湧き起こる。
そうか――己を磨いていけば、良いのだ。未熟だと解っているなら、後はそれしかないのだ。
それに気付かせてくれた、ヴァルス。父の親友。何と偉大な男だろう。ジュリアは、彼に頷こうとして――
「「そこまでだ」」
聞き知った声が同じ言葉を唱和して、ジュリアとヴァルスとの間に流れた厳粛で、しかし暖かな空気をあっさりと凍りつかせた。
その声の主をヴァルスの背後に見出して、彼女は呻く。
「兄さん、お父様……!」
「すまねぇな、ジュリア、遅くなって」
「ヴァルス、貴様……とうとう人の娘にまで手を出すほどに堕ちたか」
それぞれ剣の切っ先をヴァルスの背中に突きつけて、シゲンとヨーダは低く地を這うような憎々しげな声を漏らした。
一方のヴァルスとしては、
「おぉ、ヨーダ、久しぶりだな」
と、警戒心の欠片もなく振り向き、旧友との再会を喜んでいる。
だが、娘に手を出された(と勘違いしている)ヨーダにはそんな余裕は最早ない。
「久方ぶりに会ってする事がジュリアを毒牙に掛ける事とは、相変わらずの外道ぶりだな……!」
「え? あ、あの、お父様? 違うんです、これは――」
「ジュリア、かばう必要はねぇぞ」
ヴァルスの代わりに弁解しようとするが、その声は、シゲンに遮られた。彼はギラギラと危険な色に輝く目でヴァルスを睨みつけ、
「生きて、女に手を出すまでは良しとするにしても、それがよりにもよってうちの大事な妹だとぉ……? 提督……いくらあんたでも、やって良い事と悪い事があるんだぜ?」
「シゲンの言う通りぞ、ヴァルス。貴様のした事、到底見逃せるものではない」
ジュリアは慌てふためいた。
最早場の空気は一触即発状態。ここでヴァルスが何か言えば、それがどんな言葉であれ、賭けてもいい、父も兄もきっと飛び掛かる。絶対飛び掛かる。天地がひっくり返ろうと、このラゼリアにいきなりガーゼル教団の刺客が大量にやってこようと、ついでに公子の性格がいきなり誠実で温厚なものに矯正されようと。
彼を見る。口元には微かな笑み。それを見た途端、ジュリアは絶望に叩き込まれた気がした。
駄目だ。自分が止めなければ――
「やれやれ……いい歳をした男が、二人揃って身内の女一人の事で目くじらを立てるとは。過保護にもほどがあるぞ?」
グイッ、と何故かジュリアの肩を抱くヴァルス。しかも意地悪く笑って。
あぁ、駄目だ。この人確信犯だ。火に油を自分で注いでしまった。
相対する兄と父の顔色が一変したのを見て、彼女はもうどうにもならない事を悟る。
「ヴァルス……――」
「提督……――」
ギンッ、と。
二人は鋭い眼光をヴァルスに浴びせ掛けると、異口同音に言い放った。
「「ここで引導を渡してくれるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」」
二人揃って金色やら桃色やらのオーラを漂わせて飛び上がり、対するヴァルスは、
「ふははははははははっ! お前たちごときに遅れを取るほど、このヴァルス、もうろくしておらんわぁっ!」
えらく楽しげにそう言い放って。
シゲンとヨーダの鋭く遠慮のない剣閃を全て回避しながら、ヴァルスは、いずこかへと逃げていった。
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