――あらゆる事態は、概して、その後表面化する現象とは反比例して、密やかに、水面下で進行する。
「今度の休み、空いてるか?」
「今度の? ……えぇ、特に用事はないわ。それが?」
「ほら、この前話してた舞台。観たい、って言ってたろ? 今度の休みの夜の回で、チケットが取れてさ」
「本当!?」
「ああ。
で……その――一緒に、行かないか?」
「――うん」
王宮の中庭で繰り広げられる、それは傍から見れば初々しい恋人たちの会話だった。
……しかし、聞く者によってはまるで持つ意味が異なる。
「……ふぅ〜ん、今度の休みぃ〜」
恋人たちと、切り揃えられた植木によって遮られた別の一角。
ベンチに座って、彼女はニヤニヤと笑っていた。
さもおかしげに、不敵に。
今度の休み。公休。カーナの再興事業はまだまだ途上にあるが、それでも、休める者は休むはずだ。大体、再興事業の要とも言える彼女の片腕が休み、ついでに観劇に洒落込むと来ている。ならば、その片腕に匹敵する地位にある者や、あるいはその部下たちは、何をかいわんや、だ。
彼女は、笑顔のまま、空を仰いだ。冬の空は晴れ渡り、どこまでも高く、青い。
その空のように、彼女の心もまた、晴れやかだった。
ここ一ヶ月のストレスを一気に発散できるような、そんな娯楽を見つけたから。
「さて、誰に声を掛けるか……」
そう呟く彼女――カーナ女王ヨヨの頭脳は、中庭での気分転換を必要とするほど疲労していたはずなのに、どこにでもあるような会話を聞いた瞬間、一気にその機能を取り戻したのだった。
行け、王下出歯亀隊!
カーナ王都は、王宮正門から外壁へとまっすぐに伸びる目抜き通りによって、東西に正確に分断されている。
そして、どこの国の王都・首都と同じように、この街も、その政治的中枢――つまりは王宮に近付くにつれ、そこに住む者、あるいはそこに出入りする者の質がガラリと変化する。
解りやすい例を挙げるならば、王宮の周辺地域と、街を囲む外壁のすぐ内側だろうか。王宮のすぐ近くにはこの国を支える貴族たちの館や官公庁の官舎が立ち並び、そこから最も離れているところの外壁のすぐ内側には、貧しかったり、あるいは目抜き通りを滅多に歩けないような者たちが多くいる。
そんな様相を呈しているから、この街で一番安心して歩けたり住めたりする所というのは、両者の中間地点、通称、中地区である。
大通りに面した場所には様々な商店や露店が軒を連ね、一歩路地に入れば、古くからある民家がその内に一家の暖かな団欒を抱えてひっそりと佇んでいる。聞こえてくるのは、売り子や客引きの威勢のいい掛け声から、悪戯に成功した子供の歓声まで、それこそ様々だ。
王宮周辺ほど整然としておらず、王都周縁ほど混沌としていない、そんな中庸地帯。それこそが、カーナ王都、中地区。
目抜き通りとはまた別の大通りに程近い広場に、彼はいた。
見事な蜜色の髪。その前髪の隙間に見え隠れする、最早トレードマークとなった真っ青なバンダナ。服装はと言えば、中々に希少価値の高い私服姿だった。ハイネックの黒い上着に黒のスラックス、その上には厚手で裾丈の長い白のコート。更に、首元には白いマフラーを巻いている。
彼は、上着の懐から取り出した古ぼけた懐中時計の蓋を開き、現在時刻を確認してから、広場をキョロキョロと見回す。
真冬。もう日も沈んでいるのに、それでも広場に行き交う人は多かった。白い魔法光の灯る街灯に照らし出されて、待ち合わせをしていたらしいカップルやら、夜遊びにでも繰り出しそうな少女たちの一団、あるいは談笑しながら道を行く微笑ましい親子連れがチラホラと見える。
王都の、瀟洒(しょうしゃ)な繁華街に近い広場だ。この程度の光景など、休日であれば尚更珍しくも何ともない。
――が。
「……現在時刻は?」
「午後五時三十分ちょうど。――目標B、まだ姿を見せませんわね」
「おかしいわね。待ち合わせ時間は五時半のはず。ディアナ――じゃない、隊員A、情報は確かなはずよね」
「もちろんです、ヨヨ様――じゃなくて、隊長。事前に本人から相談という形で聞き出しましたし」
「――あのー、ヨヨ様?」
「それにしても、目標Aってば……いつものあのバンダナをしてくるなんて、何考えてるのかしら?」
「そうよねー、ミス……隊員B。せっかくのデートでアレ、ってどういう神経してるんだか」
「……おい、ミスト? ディアナ?」
「隊長、目標Aのバンダナについて、何か心当たりあります?」
「あれ? あぁ、実はね――」
「だからてめぇらちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「「「お黙り、隊員C!」」」
その一角で繰り広げられる光景は、休日であってもなくても見られるものではなく、それ以前に余りにも不審だった。事実、すぐ傍を行く通行人が、
「ママー、何あの人たちー」
「しっ! 見ちゃいけません!」
指を差す幼女と、その幼女の目を塞いで足早に過ぎ去っていく母親。そんな光景を視界の端に捕らえ、隊員Cことラッシュは怒りを通り越して泣きたくなってきた。思わず、すぐ隣にいる隊員Dと隊員E――トゥルースとパルパレオスを見やる。
二人も、ラッシュと似たような――呆れたような諦めたような、あるいは泣き出してしまいそうな、何とも言えない情けない表情をしていた。
しかし、彼らには最早言葉を紡ぐ気力すらない。ならば、まだその気力を残している自分が、女性陣に訴えるしかなかった。
「なぁ、ヨヨ様」
「隊長、でしょう、隊員C」
余り聞いた覚えのない、厳然とした物言い。噴水の近くに立ってソワソワしているビュウから視線をピタリと外さない隊長ことヨヨは、もちろんラッシュの方をチラリとも振り返らなかった。
「……ちょっと、聞きたいんだけど」
「何? 早くして」
「えーっとさ……まず、その服装、何?」
ヨヨと、隊員Aことディアナ、隊員Bことミストの服装は、有り体に言ってしまえば、怪しさ大爆発だった。中に着ている物はさておき、黒い厚手のコートに、黒いマフラー、マスク、そして黒い色ガラスのはまった眼鏡。のみならず、帽子代わりのつもりか、頭には原色を基調としたドぎついスカーフを巻いている。
そして、どういうわけか、ラッシュたち三人も同じ物を着るよう強制された。ただし、スカーフは抜きで。
「顔が割れたらマズいでしょ?」
ヨヨのその簡潔な言葉は、答えらしかった。何がどうマズいのか、ラッシュはあえて、考えない。というか、そんな格好している方がマズいと思うぜ――とは、今のヨヨたちにはさすがに言えなかった。
「……じゃあさ、ヨヨさ――隊長。俺たち、ここで何してるんだ?」
「待ち伏せ」
「誰を」
「標的B」
「だから、誰だよそれ」
「宮殿を出る前に説明したでしょ――」
「隊長、来ました! 標的Bです!」
ヨヨの言葉は、ディアナの鋭い囁きで遮られた。何っ、と瞬時に反応して、ヨヨは物陰から身を乗り出すようにして噴水の方向に目を凝らす。
それにつられるようにして視線をそちらに向けたラッシュの目に飛び込んできたのは、
「……フレデリカ?」
「ごめんなさいっ」
少し息を切らせて駆け寄ってきた彼女は、開口一番にビュウにそう告げた。
「出掛け際に、何か、色々とまごついちゃって……待った?」
「いや?」
ビュウは笑い、かぶりを振った。
「俺も何だかんだとちょっと時間に遅れたからな。だから、お互い様だよ」
「……そう?」
「あぁ。
――そういえば」
呼吸を整えながらも彼の言葉に耳を傾けるフレデリカ。ビュウは、彼女の姿を改めて見つめながら、どこか感慨深げに呟く。
「お互い、私服姿、って初めてだったな」
「あ……そういえば、そう、かしら?」
と、肩口に掛かった髪を指で払い、フレデリカは微笑む。少し照れているのか、すぐに顔をビュウから自分の姿に移して、
「……変、かしら」
と言う彼女の服装はといえば、控えめな彼女らしい控えめなものだった。濃淡はさておき全体的にベージュで統一されており、一番下に着ている裾丈の長いワンピースの色が最も濃く、その上にまとう袖口の広がった上着が中間色、一番上に羽織っている厚手のショールが最も薄い色合いだ。
良く言えば清楚、悪く言えば地味――つまりは、そんな出で立ちだ。
しかし特筆すべき点は、その髪型であろう。三つ編みを常としている彼女が、今日この時は、珍しく下ろしている。緩く波打つ淡い金色の髪を精緻な銀細工の髪留めが飾っていて、普段とは異なる、どことなく艶めいた雰囲気を放っている。
見つめられている事を居心地悪く感じたか、身を縮こまらせるフレデリカに、ビュウは一言、
「いや……可愛いよ」
囁くその顔がほのかに赤い。
言葉を掛けられたフレデリカは、パッと顔を上げ、そしてやはり頬を赤く染めながらも、
「ありがとう……。ビュウも、素敵よ」
「ぃよっしゃぁぁぁぁぁぁっ! よく言ったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ヨヨがガッツポーズで叫ぶ。そして、その勢いのまま、
「まず最初に相手を誉める――それでこそ紳士! それでこそ栄えあるカーナ騎士! それでこそ男!
さぁ隊員A! 記録よ! 克明に全てをありのまま記録するのよっ! それが私たちの使命なのよっ!」
「もちろんです。解ってます! 隊長!」
感涙にむせびながら、ディアナは懐から取り出したメモ帳に何やら忙しく書き込んでいる。その速度は……ペンと手が、残像しか見えない。
その時だった。ミストが、あっ、と声を上げたのは。
興奮していたヨヨとディアナ――言うまでもなく、道行く人はおろか、ラッシュたち男三人も怪しい目で見ている――が、その声に反応してハッと我に立ち返る。
「隊長! 目標が移動を開始しました!」
「よし、尾行よ! 徹底的にマークよ!」
「「了解!」」
「つまり……――」
女性陣のテンションが無駄に上がる中、トゥルースがボソリと、抑揚のない声で呟いた。
「我々は、隊長とフレデリカさんのデートを覗くために召集された、と……?」
「……そのようだな」
疲れた声で応じるパルパレオス。その目は、嬉々とした様子で行動を開始したヨヨ、ディアナ、ミストの三人の背中に向けられている。しかし、その眼差しは力どころかこれといった感情すら宿していない。
かくして、ヨヨ、ディアナ、ミスト、ラッシュ、トゥルース、パルパレオスの六人による出歯亀隊の追跡が、始まった。
広場を出た二人は、そのまま大通りと並行して走る通りを北――王宮方向へまっすぐに歩き始めた。
大通りほどではないが、それでも比較的人通りのある道だ。両側には服飾店や貴金属店、高級感のある食堂などが軒を連ねている。軒先に掲げたランプ、あるいは窓から漏れる灯りが道行く者たちに手招きしているようだ。
しかし、ビュウとフレデリカはそれらには目もくれず、ゆっくりとしたペースで歩いていた。十中八九、フレデリカのペースにビュウが合わせているのだろう。元々そういった気配りの利く男だから、当然、フレデリカが他の通行人と肩をぶつからせないよう留意している。ごく自然に進路を誘導したり、もしくは不意に軽く手を引いたりする事で。
しかしヨヨには不満らしい。
「肩を抱けぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
まるで地の底から聞こえてくるような、そんな怨嗟ともつかない声に、ラッシュは正直恐ろしく思っていた。
これは、本当に、あのヨヨなのだろうか?
ギリギリと歯を鳴らしながらブツブツとああしろこうしろと唸っているこの女は、本当に、あの儚げに微笑んでいたヨヨなのだろうか?
咄嗟にパルパレオスを振り仰いだのは、ラッシュだけではなかった。トゥルースもまた、その顔をそっと窺う。
パルパレオスも、また、信じられない面持ちでヨヨを呆然と見つめていた。
その表情を見た途端、二人の口から自然とその言葉が突いて出た。
「……同情するよ……」
「将軍、余り、気を落とさずに……」
「すまない……」
――などという男たちのやり取りとはまるで無関係に、女たちは迅速に動く。
「隊長! 目標が食堂に入りました!」
「しかもあの店は、美味しいマハール料理とリーズナブルなお値段で女性に大人気でディナーなんて予約を入れておかないと到底無理なリストランテ・ターズ!」
「説明的な台詞をありがとう、ディアナ――じゃない、隊員A!」
「恐れ入ります――って、どうするんですか隊長! 目標Aがあんな店に予約を入れていたなんて、ちょっと計算外ですよ!?」
ディアナの狼狽した言葉に、しかしヨヨはニィ、とマスクの下で不敵に口の端を歪めた。
「国家権力を、甘く見るんじゃないわよ」
店に入って案内係に名を告げると、まるで段取りのような速やかさで店の一番奥の、一番いい席に通された。
案内係の引いた椅子にフレデリカがついたのを見て、ビュウもまた椅子に座る。そして、対面する席に座った彼女が辺りを落ち着かなげに見回しているのに、
「……そんなに、物珍しいか?」
「え!? あ、いえ、そうじゃないの。そうじゃなくて……」
案内係が上着を外套掛けに掛けているのに目をやって、フレデリカは、
「まさか、ビュウがこのお店に予約を入れてたなんて、思わなくて……」
「そうか?」
「ええ……って、ごめんなさい」
自分が失礼な事を言っている、と感じたらしい。恥ずかしそうに謝り、頭を下げた彼女に、ビュウはクスクスと笑う。
「いや、いいんだよ。確かに俺も、こんな時じゃないとこんな店に入ろう、なんて思わないからな」
「こんな時……?」
「まぁ、つまり」
テーブルに頬杖を突いて、器用にウインクをしてみせるビュウ。
「彼女にいいところを見せよう、って意気込んだ時さ」
それから、彼は照れたのか、不意に顔をフレデリカから逸らして、
「さて、何を頼もうか? マハール料理といったら魚だけど――」
フレデリカは、そんなビュウの様子がおかしかったか、小さく声を立てて笑った。
一方、店の入り口ではおかしな事が起こっていた。
「お客様、失礼ですが、ご予約は?」
「ないわ」
「は――?」
「予約はないけど、速やかに席を一つ用意してちょうだい。六人掛けが出来る席よ。場所はなるべく、店の奥がいいわ」
さながら立て板に水。ペラペラと要求を言い募るヨヨに、さすがの案内係もいささか辟易して、しかしは職務を忘れなかった。
「……申し訳ございませんが、ご予約がないのでしたら――」
――ヒュッ。
風が鳴った。
戦場で風切り音を聞き慣れているラッシュなどは、思わず身構えた。その音から刃物を連想したからだった。
が、そうではなかった。
ヨヨだった。ヨヨが、案内係に……何かを、突きつけている。
それは、紋章が刻印されたペンダントのようだった。
「――この紋章の意味が解るなら」
案内係の顔色が変わる。
「可及的速やかに、私の指定する場所に席を用意しなさい」
案内係が、ようやく、といった態で恐る恐る口を開く。
「あ……貴女様は、まさか、女――」
「無駄口は結構」
「オ――オーナーっ!」
案内係はおののいて奥に引っ込む。そしてすぐに、恰幅の良い男を連れて戻った。
「お話は伺いました。この者が大変失礼を――」
「そんな謝罪を聞きたいのではありません。私はただ、席を用意してほしいだけです」
「かしこまりました。ただ今、お供の方も座れるお席を用意させていただきます!」
オーナーらしき男はそう慇懃に腰を折ると、すぐさま何人かを呼び寄せ、ヨヨが指定した場所に座っている客を追い立てさせ始めた。
ちょうどその位置はといえば、奥に座ったビュウたちの様子を窺うのに絶好のポイントで、
「権力、って便利なものよねぇ」
……しみじみと言うヨヨと、同意するディアナたちを見て、ラッシュたちはガックリと肩を落としたのだった。
食事は、何事もなく進んでいる。
どこにでも見られる、恋人たちの談笑だ。何くれと話をするビュウに、フレデリカが相槌を打ち、そして笑う。
落ち着いた灯火に照らし出されたその姿は、何とも言えず、微笑ましい。
その姿をジッと観察しているヨヨたちに、ウェイターは困り果てた様子で、
「あの……それで、ご注文は?」
「「「水」」」
黒い眼鏡もマスクも外さないまま、腕組みをしたまま、ただ傲然とそう告げるヨヨたち。
その姿は、それはそれで、美しいのかもしれない――こんな時でなければ。
ラッシュは、この席に座ってあそこの二人のように談笑していたはずの客と、そしてこのウェイターと、振り回されたオーナーに申し訳なくて、ただただ溜め息を吐いた。
コース料理は、前菜からデザートまで、滞りなく終わった。支払いを済ませたビュウは、フレデリカを伴って店の外へと出る。
吐く息が白い。現在時刻は、もう午後七時近い。
「じゃ、行こうか、フレデリカ」
「えぇ」
懐中時計で時間を確認したビュウに、微笑むフレデリカ。
はぐれないように、と思ったからなのか。
それとも、そうしたかったからなのか。
ビュウの腕が、フレデリカの腕に触れた。
ほとんど自然に、フレデリカはその彼の手をソッと握る。
予期していなかった事に、ビュウはハッとして、
「フ、フレデリカ……?」
「……駄目?」
と、上目遣いに見つめられて、
「――いや、いいよ」
断れる男がいるものか。
「だから肩を抱きなさいビュウぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
お冷を飲み干してから大慌てでビュウたちの後を追ってみれば、二人はいつの間にやら手を繋いでいたりした。
それにいちいち駄目出しをするヨヨにももう慣れ、ラッシュは冷静に二人の向かう先を予測する。
「えーっと……王宮が向こうで、ビュウたちは王宮の方に歩いてるから……――」
「中地区の北側で、カップルが行きそうな所、と言えば……」
同じように、トゥルースも唸る。
ラッシュもトゥルースも、元を辿ればカーナの下町の不良だった。少なくとも、土地勘はそれなりにある。だが、よくよく考えてみれば、中地区の北側なんて余り来た事がない。大体、いわゆるデートスポットというものに自分たちほど疎い者もそういないだろう。
そんな二人を見かねてか、ミストが助け舟を出した。
「二人の行き先は、劇場よ」
「劇場?」
「そう。サナリエ劇場。大通り沿いにあるのよ。だから」
と、ミストが顎で示す。
前を歩くビュウとフレデリカが、角を曲がった。大通りへと出る道だ。
「……ね?」
「だけど、劇場? 何で」
「劇見るからに決まってるでしょ。――ほら、早くしなさいな」
ミストはさっさと行ってしまう。女たち三人に置いていかれた形になって初めて、ラッシュはポツリと今更のように呟いた。
「本当に……ビュウに、彼女が出来たんだな……」
意外というほどの事でもない。
ビュウという男は、昔から男女問わずに人気を得ていた。特に一部の女たちの熱狂振りは凄かった。それを知っているラッシュとしては、ビュウにそういう存在が出来る可能性を考慮して事がないとは言えず、まぁ要するに、「何でこいつは彼女作らないんだ?」と首を傾げた事もあったのだ。
だが、その事実を、こういう形で突きつけられると――何と言うか、そんな必要もないのに、戸惑ってしまう。
戸惑いと……一抹の、淋しさ。
「……さぁ、ラッシュ」
微苦笑交じりのトゥルースの呼びかけに、彼はハッと我に返る。
「私たちも、行きましょう。でないと置いてかれますよ」
「……そうだな」
そして、ラッシュたちもまた走り始めた。
|