その事を思い出して、二十五歳のカインはふと笑った。すると隣を歩くタイキが、 「どうしたの」 「昔の事を、色々と思い出して」 十五年前。 自分は、余りにも子供だった。 周りが見えず、何も解ろうとせず、ただ自分の事だけで精一杯で、自分以外は全て下衆だ、と勝手に決め付けていた。 今なら解る。あの日の親戚たちの行動の全てが。 ジェイムズが酒ばかり飲んでいたのは、飲まずにはいられなかったからだ。 叔母や大伯母らがお経代や葬式代の話をしていたのは、事務的な事をキッチリしておかなければ、進むものも進まなくなるからだ。喪主の祖父は、ユイの登場まではそれこそ腑抜けのようだったから。 ケイが何だかんだとカインを台所に放ったらかしにしたのは、彼女自身、親を亡くした甥をどう扱っていいか判らなかったからだ。 皆、それぞれのやり方で、ロバートとマイの死を悲しんでくれていたのだ。実の息子よりも。 もちろん、確認したわけではない。あれからヒノには一度も帰っていないから。だが、それくらいは想像がつく。それくらいには成長した。やっと、出来た。 今ならきっと、あの時はただ両親の葬式を口実に宴会をしていただけと思っていた親戚たちと、もっと真剣に向き合えるのだろうか。 「……懐かしいねぇ」 あの時の事をやはり思い出したのか、タイキは、しみじみとそう呟いた。 「親が死んだ、ってのに泣きもしなかったクソ生意気なガキが、いつの間にかこんなに大きくなって」 「……そんな事思ってたんですか、叔父さん?」 「というような事を、この前ユイが愚痴っていたような」 あの叔母なら言う。絶対に言う。何故か聞いた瞬間確信が持てた。 思わずげんなりしていると、 「で、どうなの」 「何がです?」 「たまには、自分の親の墓参りに帰ろうとか、そういう気は起きないの?」 痛いところを突かれた。 この十五年間、ヒノはおろかシカ星系にすら足を踏み入れていない。意図的に避けてきたから。七回忌だとか言われても、任務を理由に全て突っぱねてきた。 「そろそろ、結婚の報告に行く頃じゃあないの?」 「……………………」 「いつまでも避けたところで、どうなるっての」 タイキの問いはあくまで穏やかだった。穏やかで、しかしだからこそ、逃れられない何かがある。 カインはふと空を仰いだ。十五年前のあのヒノの空と同じような、高く抜けるような蒼穹。 そろそろ向き合う時期だ、と思う。 最早この世にはいない両親と――いや、その両親を疎んでいた、しかし本心では求めていた、過去の自分と。 あれから十五年が経った。今でも両親を好ましく思う事は出来ない。それでも最近は、少しだけ、認める事が出来るようになった。 本当は、あの両親と、もっと密着した関係を築きたかった。 結婚もしておらず、軍人だから家族は常にバラバラで、それでもお互いに思いやっている、このタイキたちのように。 カインは息を吐いた。長く、細く。不意の事にタイキは微かに目を瞠る。何溜め息を吐いているのか。そんな風に。 息を吐き終わり、そして大きく吸い込み、今度は短く、息を吐く。特に意味もなく呼吸を整えて、彼は改めてタイキを見やった。 ユイに引き取られてからは父のように思っていた、しかし決して父親にはなり得なかった、叔父を。 「今度」 「ん?」 「今度――多分、新部隊編成が粗方終わって、少し余裕が出来たら」 カインは笑う。 「ヒノに、久しぶりに帰ろうかと思います」 「あ、そう? そりゃいい。向こうのお祖父さん方も会いたがってるみたいだしね――」 「だから休暇を取りたいので、叔母さんへの根回しお願いします」 「……君ねぇ」 「それと、休暇を取るにはキリトの奴を新設部隊の副隊長に引っ張ってこないといけないんで、そっちの根回しもお願いします」 「そんなの、自分でやりなさいよ」 「叔父さんが根回ししておいてくれると、俺も大手を振ってヒノに帰れますし」 「……君、最近要領良くなったね」 「伊達に少佐になるわけじゃありませんよ、俺も」 あっさり返すと、向こうはニヤリと笑って、 「随分成長したもんだ」 表情とは裏腹に、その言葉には何か感慨のようなものが込められていた。 例えばそれは、息子の成長を喜ぶ父親のような。 「そういう事なら、俺も少し働くとしましょうかね」 と、まるで普段はろくに働いていないような口ぶりで、タイキ。これで全十二艦隊の戦略情報室長としては一、二を争う切れ者だというのだから、人間見た目ではない。 どこにでもいる中年のようにやれやれと腰を伸ばし、肩をグルグルと回すと、彼はカインを見て、 「じゃ、俺はこれで」 お世辞にも見事とは言えない、余りにも適当な敬礼をする。対してカインは、踵を揃えて、背筋をまっすぐに伸ばして見事な敬礼をしてみせた。 そんなカインの姿を満足げに見つめて、タイキはじゃあ、と手を振って去っていく。向かう方向はカインのそれとはほぼ逆だった。その背中をしばらく見送ってから、彼はクルリと向きを変え、軍用空港へと向かうシャトルバスの停留所へと歩き始めた。陽は中天。急がなくても、基地コロニーに向かう定期シャトルに間に合う。 軍服のポケットから携帯通信端末を取り出し、基地のオフィスに繋げる。帰投予定時刻を告げ、特に急ぎの仕事がない事を確認し、通信回線を遮断。しかしカインは、そのまま薄く細長い長方形型の端末をポケットにしまわなかった。 少し迷ってから、ある人物の端末へと回線を繋ぐ。相手はあっさりと出た。 『もしもし?』 端末のスピーカーから漏れてくるのは、どこか忙しそうな声。――愛しい声。 「今、平気か?」 『今? ――デュビー中佐、こっちの書類お願い――えぇ、少しだけなら』 「じゃあ、用件だけ」 と、一旦言葉を切ってから、カインは告げた。 「今度、一緒に休暇を取って少し付き合ってくれないか?」 『え?』 「シカ3=ヒノ――俺の祖父さんたちの所とか……親の、墓とか」 これまで、ろくに孫らしい、息子らしい事をしてこなかった。 せめて、これからの人生を共に歩むと誓った女を直接紹介しなければならないだろう。 『――……本当? いいの?』 「何で」 『だってカイン、貴方――今まで一度も、私をご両親とかお祖父様たちとかに紹介するとか、そういう事言わなかったから。何かあるのかな、って』 それを聞き、カインは思わず笑った。いくぶん自嘲気味に。 「……まぁ、何かあったと言えば、あったな」 『そうなの?』 「あぁ。もう解決したけど」 『…………』 「とにかく、一緒に行ってくれる、って事でいいんだな?」 『えぇ、もちろん、喜んで』 「ありがとう。じゃあ、今日――と明日はお互い無理だったな。明後日辺りに、少し打ち合わせしよう。直接会って」 『解ったわ』 「じゃ、また」 短い言葉と共に、通信を切る。今度は端末をさっさとポケットにしまった。 気分は悪くなかった。叔母との直接対決で蓄積された肉体的・精神的疲労があっさりとどこかへと吹き飛んだ。愛しの彼女の声は偉大だ。 それでも、結婚に不安がないわけではない。 結婚して、家庭を持って、いずれは子供が出来て父となる。 その時自分は、ちゃんと父親を出来るのだろうか。あんな父しか見てこなかったのに。 『まぁ、頑張りなさいな』 そんな不安を掻き消すかのように、叔父の何となく投げやり気味な声が耳に蘇る。十五年前のあの日にカインに掛けられた、あのやる気がなさそうな言葉が。 おかげですぐに肩の力が抜ける。 タイキは父親にはなり得なかった。それでも、カインにとっての父親像は、今は亡きロバート=ウォンではなくて、血も繋がらないタイキ=ヨシカタだった。 だから、そう。きっと、そう気張らなくてもいいのだ。気張らずとも子供と向き合える。タイキはそうしてきた。 それでも、あそこまでどこかくたびれた雰囲気を撒き散らす中年にはまだなりたくないな、と。 そんな事を思いながら、カインは苦笑気味にバス停へと向かう足を速めた。 |
サイト開設一周年記念企画、SSリクエストオールフリー第二弾。 オフラインではしょっちゅうお世話になっているオフ友人、涼様からのリクエスト。 リクエスト内容――「叔母さん」の話。 簾屋の本音――いや、「叔母さん」は「本編」じゃ脇役なんですけど。 「本編」の主役は、一応この話でもどうにか主役を張れたカインです。 ちなみに、何故「叔母さん」をピンポイントでリクエストされたか。簾屋がオフラインで書いてきた一次創作に登場するキャラの中で、一番人気なのが「叔母さん」ことユイさんだからです。 でも、この話でも叔母さんはやっぱり脇役。主役はカイン、裏主役は暫定的叔父さん。 改めまして、涼様、リクエストありがとうございました。今後とも簾屋をよろしくお願いします。 |