人は、その生を終える時、これまでの過去を振り返るという。


 それは。

 終える生への未練か。

 死神が最後に与えた、残酷な懺悔の一瞬か。









走馬燈











 生と。
 血と。
 死と。


 そんなものばかりに彩られた、人生だった。




 最初に人が死んだのを見たのは、三歳の時。
 パッと咲いた紅い花が、綺麗だった。
 それが舞った鮮血で、その血の主は殺されて、殺したのは自分の母だった、という事実に気付いたのは、それからもう少し後の話。


 最初の人殺しは、六歳の時。
 雨が降りしきる街の片隅で、三人の男を殺した。
 敵は殺せ。
 それが、戦場の教訓だった。


 八歳の時、仲間の傭兵たちの退路を確保するため奔走し、策を弄した。
 おかげで、ついた二つ名が「逃げのアソル」。もっとマシな名前はないものか、と首を捻ったものだった。


 十歳の時、初めて恋をした。
 そして、その四日後にその少女を失った。
 それまで無頓着だった人の死に、初めて涙を流した。

 誰にも抱かず、自分でもそんな感情を抱えている、と知らなかった憎悪というものを他者に向けたのも、その時。
 自分に属する誰かが死んでしまう事を過度に恐れたのも、その時。
 敵の命をこれまで以上に軽視するようになったのも、その時。


 その半年後、人生が一転した。
 物心のつくかつかないか、という時に離れた故郷の街、カーナの下町に戻ったら、一体どういう偶然か、カーナの王女と出会ってしまった。
 そして、彼女の騎士になる事を誓った。


 十二歳の時、軍に入隊した。
 軍人に、国の走狗になるなんて、傭兵仲間が知ればきっと呆れられ、蔑まれるだろう、と思った。
 けれど、王女と誓った。
 その誓いだけは、破りたくなかった。


 十四歳の時、人生最悪の経験をした。
 死を考えた。
 本当に、死のうと思った。
 けれど死ねなかった。


 ……あの時死んでいれば、きっと、苦労しなくて済んだのだ。



 そして、この生ももう終わる。
 ずっと後ろに置いてきてしまった死神が、やっと自分に追いついた。
 これでもう、何も思い煩う事はない。ただ静かに、眠るように死の淵へと沈めばいいだけなのだ。


『…………ウ…………』


 ……無念は、ある。
 全てを中途半端にして、何も成し遂げないまま、死んでいく。
 その事に対する無念は、ある。

 けれど――この人生への後悔は、何一つとしてない。

 良いとは言いがたい人生だった。
 辛い事ばかりの人生だった。
 たった二十一年で、生と、死と、裏切りと、謀略と、暴虐と、欲望と、悲嘆と、欺瞞と、背徳と、疑心と、憎悪と、狂気を、余りにも見すぎてしまった。
 けれど、後悔だけはしていない。
 全て自分の選んだ事だった。こんな人生を歩んだ事も、何かを為そうとした事も、そして、死にいく事も。
 何も、後悔していない。


『――……ビュウ……』


 自分が為そうとしていた事は、自分がいなくても、きっと芽を出す事だろう。
 芽が出れば、誰が何をする事もなく、全てがあるべき方向へと流れ出す。そのようにしておいた。だから、自分がいなくても、きっと平気だ。


『――ビュウ……!』


 だというのに。
 何で、そんな辛そうな声で呼ばれなければならない?

 もう、呼ばないでくれ。
 俺の名前を、もう呼ばないでくれ。
 呼び起こさないでくれ。
 このまま眠らせてくれ。


『ビュウ!』


 死神が、すぐ後ろで立ち止まる。

 暗い底に漂っていたのに、いつの間にか、明るい面(おもて)へと浮かんでいく。
 黒から白へ。

 ――死から生へ。


『ビュウ――!』


 あぁ、分かった。分かったから。

 分かったから……泣かないでくれ。

 

 

 

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