―1―



 母艦から出撃した彼らは、西北西方向に針路を向けた。
 偵察任務。彼らの女王にして母とも言うべき小柄な魔女から下された命令は、西北西にある岩礁一帯の調査だった。
 だから彼らは行く。一心不乱に、夜明けの空をアンデッド竜にまたがって。
 皮膜の破れた翼であっても、魔女から授かった魔力のおかげで飛行能力には何の問題もない。その骸の竜二頭は、背に同胞のアンデッド兵合計二十体を乗せ、ついに目的の空域にさしかかる。
 大岩礁帯。
 グランベロス・カーナ航路間のほぼど真ん中に横たわる、世界最大規模の岩礁群である。ゴドランド・ラグーンが丸ごとすっぽり収まってしまう体積の中に、小さい物なら人一人乗るのもやっとの小岩、大きい物ならちょっとした集落が築けてしまえるほどの小島が、折り重なるようにして数え切れないほど密集している。
 オレルス世界中層域のカーナから、最上層のグランベロスへ向かう形を取っている。アンデッドの偵察二個小隊は、大岩礁帯東南東の底部付近から、ひそやかに侵入を試みる。
 空の色が、変わりつつある頃合いだった。
 朝の訪れを告げる陽の光が、どこかからオレルス世界の空を塗り替える。藍色の夜の帳が東から剥ぎ取られ、その下で明けの朱色が帯を成す。一体のアンデッド兵がその光景を目の当たりにし――覚えたのは、余りに似つかわしくない感動だった。
 美しい。
 そんな風に感じる心はとっくの昔に朽ち果て、今や主の命令を遂行する以外に喜びを見出さなくなっていたのに。そのアンデッド兵は、雲一つない東の空を陶然と見つめた。どうして自分が、これほどまでにその光景に釘づけになっているのかも解らないまま。
 朽ちた心と頭で思う事は、ただ一つ。
 ――主に。
 寝食を忘れ、楽しみを持たず、ただ研究に没入していく母なる主を、思い浮かべる。その、小さな後ろ姿を思い描く。
 ――主に、届けば良いのだが。
 この光景が。
 これを美しいと思った、自分の心が。
 自分たちアンデットと魔女はつながっている。自分たちは彼女の魔法で生み出され、生かされている存在だからだ。どれほど離れていようと魔女の魔力を常に受け取り、それを活力としているアンデッドたちは、その意味で魔女と心を通わせている。
 だから願う。
 届け、と。

 ――けれどそれは、別の形で叶えられる事となる。

「…………!?」
 朝焼けを食い入るように見つめていたアンデッド兵は、何の前触れもなく己を襲う異常に、混乱し、体を硬直させた。
 指の爪が一枚一枚剥がされる感覚。
 鼻が削がれる感覚。
 眼がえぐり出される感覚。
 耳たぶがちぎり取られる感覚。
 歯が叩き折られる感覚。
 顎の骨が砕かれる感覚。
 両手両足の骨が潰される感覚。
 腹が切り裂かれる感覚。
 内臓がついばまれる感覚。
 皮膚が焼かれる感覚。
 それは、苦痛だった。
 最早痛覚などないはずのアンデッドたちを呻かせ、悶えさせる、圧倒的でどうしようもないほどの苦痛の嵐だった。
 どうして。どうして、痛い。例え、剣で刻まれ、斧で叩き潰され、槍で貫かれ、魔法で焼かれても、苦痛なんて決して感じず、創造主からの魔力を失ってようやく倒れる――それが、アンデッドであるはず。
 なら、この痛みは何だ?
 身を引き裂かれ、骨を砕かれ、肉をすり潰され、火あぶりにされていくかのごときこの苦痛は何だ?
 ――ああ……そうだ。
 不意に、アンデッド兵は思い出した。
 ――これは、「あの時」の痛みだ。
 思い出した。
 思い出して、しまった。
 その時の事を。
 その時の無念を。
 苦痛を。
 死を。

 その瞬間。
 アンデッドの偵察二個小隊は、一瞬にして塵と化した。
 きらめく朝日に僅かに輝き、空を渡る爽やかな風に散らされ――
 苦悶の跡さえ、残らない。



§




「――っあああああああああああああああああああっ!」

 何の脈絡もなくラディアが上げた悲鳴に、パルパレオスとペルソナは滑稽なほどに驚き、うろたえた。
 断末魔もかくやという絶叫だった。
 血を吐くような、全身から振り絞るような声だった。一気に身の毛がよだつ叫びだった。パルパレオスは愕然と立ちつくし、ペルソナはその場で膝を突いた彼女に駆け寄った。
「ラディア!? おいラディア、どうした!?」
 正面にしゃがみ込んで両肩をガッと掴み、ガクガクと大きく前後に揺さぶる。小柄で華奢な彼女は人形のように力なく揺れるが、視線は眼前のペルソナに定まらず虚ろに彷徨う。
「私のっ……私の、アンデッドたちがっ……!」
「……アンデッド? アンデッドならそこに――」
「偵察にやった二個小隊だ! あの子たちが、急に消えた! 消された!」
「……は?」
 彼女の恐慌とは裏腹に、ペルソナの反応は間の抜けたものである。彼は、パルパレオスの気持ちまで言い表わすかのように、
「おい、どういうこったそりゃ? 消えた、って、……魔物の襲撃か?」
「知るか、そんなもの!」
「おい――」
「解るわけないだろう! あんな、あんな恐ろしいもの……――解ってたまるかぁっ!」
「…………」
「何故あんなものが存在している!? あんなものあり得ない、あっていいはずがない! あってはならないはずだ、なのに現に存在し、私の可愛いアンデッドたちの『死』を一瞬で呼び起こした! あり得ない! 何だ、あれは!?」
「――……何が、あった?」
 恐る恐る尋ねるパルパレオスを――
 ラディアは、ギッと、混乱と恐怖に彩られ、涙に濡れた瞳で睨んだ。
 研ぎ澄まされた刃もかくやというほどに鋭く吊り上がったその双眸に、パルパレオスもペルソナも、息を飲む。
 そして彼女は、恐れと怯えに震える声で、叫んだ。
「悪意だ!」
 言葉は絶望に彩られ、響きは涙に濡れている。
「悪意だ――憎悪と、敵意と、殺意だ! それを浴びせられた! それが、私のアンデッドたちが忘れ、遠ざけていた『死』を掘り起こし、『生』を奪い去った! あの子たちは今度こそ本当に死んだ! もうどんな手段を使っても蘇らない!」
「それは……何かの、魔法か?」
「魔法? あんなでたらめなものが!?」
 激しく反応するラディア。表情の恐怖の色が更に濃くなり、そこに怒りさえ加わる。
「あり得ない! それこそあり得ない! あんな魔法などあっていいはずがない! 魔法とは、もっと緻密で繊細なものだ! 人の身に唯一許された奇跡だ! それと、あんな、ただ叩きつけられる悪意とが、一緒であってたまるか!」
「では、一体何なんだ!?」
 とうとうパルパレオスは声を荒らげた。それは、いつまでも喚き続けるラディアにしびれを切らせたからではなく――まあ、多少そういう気持ちがなかったとは言い切れないが、それ以上に、こうでもしないと彼女がこちらの言葉を聞きそうにないと、判断したからだった。
 それほどまでに、今のラディアは興奮しきっていた。
 困惑し、混乱しきっていた。
 常日頃の、人形めいた無表情がまるで嘘みたいに。
「一体何が起こった!? それは我々の任務と関係があるのか、ないのか!? 報告しろ、ラディア将軍!」
 怒声に、鼻先を叩かれ――
 気勢に飲まれた彼女は呆けた表情で口をつぐんだ。
 が、それも一瞬の事で、
「――偵察に出した私のアンデッドたちが……全滅した」
 激情を必死で押し隠す、という稀有な顔色で、魔女は告げる。
 驚くべき言葉を。
「大岩礁帯の中にひそむ、十の船の船員を殺した『何か』の、攻撃だ」
 その瞬間、だった。

 ギュリリリリリリリリリリリリリリイイイイイイイイッ!

 轟いた凄まじい音に、三人は一斉に耳を塞ぐ!
 鼓膜そのものをこすり、削り取っていくかのような、耳障りな轟音だった。甲高く、しかし一方では低く、吐き気を催すほどの大音声で割れんばかりに響き渡る。まるで金属で金属をやすりがけするような――そんな、鼓膜にも神経にもダメージを与える、ひたすらに不快な音の合唱だった。
 耳を塞ぎ、柔らかな肉の床にひざまずいて、身を守るように背中を丸めながら、それでもパルパレオスは顔を上げ、辺りの状況を確認する。
 モンスター戦艦。飛行能力を有する大型モンスターに、改造に改造を重ねて創造されたこの生きた艦は、艦橋や船室といった有人空間を体内に抱えていた。パルパレオスたちが今いるのは、その中でもモンスターの脳に近い所にある神経空洞――普通の戦艦でいうところの艦橋に相当する部位だ。
 内臓や筋肉をこねくり回して造り上げた壁の、その所々に灯るボンヤリと青白い光――魔力光、とか言うらしい――が黄昏時ほどの明るさで照らし出す神経空洞は、恐慌に襲われていた。居合わせる親衛隊の幕僚たちや、ここを仕事場とするペルソナの部下の操艦隊が、困惑に強張った顔で口々に何かを喚いている。だが、その何かは聞こえてこなかった。この音が全て掻き消していく。
 彼らが状況を把握しているのかどうか、これではまるで分からない。どうするか、と轟音に耐えて歯を食い縛るパルパレオスの隣で、不意に気配が動いた。
 ペルソナだった。
 彼は立ち上がると、まっすぐに駆け出した。向かうは神経空洞の中央、床からにょっきりと生えた二本の白い牙――神経索という、普通の戦艦の操舵輪や加速機に当たる物を険しい表情で掴む、操舵官の元へ。
 パルパレオスは、反射的にその後を追う。だから、ペルソナが操舵官に駆け寄って怒鳴った声が、何とか聞こえた。
「報告しろぉっ!」
 喉が張り裂けんばかりの絶叫だった。
「何がどうなってる!? 何でこいつが……うちの戦艦が、悲鳴を上げてる!?」
(悲鳴……!?)
 愕然と目を見開くパルパレオスをよそに、操舵官は叫んだ。
「判りませんっ!」
 今にも泣き出しそうな声である。見やれば、神経索を掴む彼の手の色が白く変じていた。一体どれだけ力を込めて掴んでいるのか、そしてどれだけ混乱しているのか、察してめまいを覚える。
 船の運航中は、例えどんな事が起きても正しく船を動かし、船と乗員の安全を守る事に腐心する――それを為すだけの冷静さと判断力を求められるのが、操舵士・操舵官という職種だ。
 その操舵官が、混乱しきっている。
 モンスター戦艦を操る彼でさえ、どうにも出来ないという状況なのか。
「突然錯乱し始めたんです! なだめようとしても、こちらの指示を一切受けつけません!」
「なら――」
「制御不能で――で――で――」
 で。
 その音が、ただ繰り返される。不自然なほどの一本調子で。それを発している操舵官自身も不思議なのか、丸く目が見開かれた。
「で――でで――でででぇぇででっででで――――」
 音が続く。放たれた言葉の最後の一瞬をいつまでも引き伸ばし、繰り返すがごとく。
 操舵官の両目は限界まで見開かれ、充血し、そしていつしか虚ろになる。
 ゾッと、パルパレオスの背筋に寒気が上った瞬間、それは訪れた。
「ででぇぇででぇっででえええぇぃぃぁぁああああああああっ!」
 モンスター戦艦の悲鳴を圧するほどの声量で、操舵官が絶叫する!
 身をよじり、頭を抱え、かきむしり、恐怖に彩られた顔を引きつらせて割れんばかりの声を発し続ける。
「あああああああああああっ! 来る来る来る来る来る来るるるくっくるるるるぅぅききき来た来た来た来たる来たる来たたたああああああねねねねむねむ眠れれれれれれれるるるぅぅるぅるおおお王王王王王ののの―――」
「――ディフレッシュ!」
 不意に響く声。それはラディアのものだった。彼女の命令を受けた巨躯のアンデッド兵が、その巨体には見合わぬ速さで操舵官の背後に回ると、頭を掴んで床に押し倒す!
「ののののののののおおののののっのののののの――」
 くぐもった声を漏らしてもがく操舵官。しかし彼を押さえつける腕はびくともしない。その様を目の当たりにし、ペルソナもパルパレオスもホッと胸を撫で下ろし――

「ひぃああっははははははははははっ!」
「ま、待て、落ち着――がああっ!?」
「あ、ぎぁ……嫌だ、やだ、や、やめてくれええええええええええっ!」
「ひゃはははははははははっ! 苦痛だ、苦痛だ苦痛だ苦痛だ!」

 モンスター戦艦の悲鳴の中でも尚も聞こえる、喚声、絶叫、哄笑、剣戟。
 狂ったように笑う者。
 突然仲間に斬りかかる者。
 仕方なしに応戦する者。
 支離滅裂な叫びを上げる者。
 周囲で繰り広げられるそれらの光景に、彼らは背筋が薄ら寒くなっていくのを確かに感じた。
 何だ、これは?
 何が、起こっている?
 胸に湧き起こった感情は、戦争終結以降久しく感じていなかった、戦慄だった。
 狂気。
 その単語が不意に浮上してきて、そして、

 ドクンッ!

 突然。
 モンスター戦艦が。
 震えた。
 痙攣した。
 その直後、襲いくるのは、
 ガッ! ガガガッ、ガガッ、ガガガガガガガガッ、ガガガッ!
 激しくも不規則な震動。
 上に、下に、右に、左に。縦横無尽に揺さぶられ、パルパレオスの体は為す術もなく宙を舞った。天井に叩きつけられ、床に叩きつけられ、転がって壁にぶつかり、それらが柔らかい肉で出来ている事に初めて感謝する。揺れと揺れの僅かな制止の中、パルパレオスは上体を起こし、左右にペルソナとラディアが転がっている事にやっと気付いた。
「ペルソナ、ラディア――」
「選べ、パルパレオス」
 冷ややかで虚ろで、だというのに空恐ろしくなるほどの威圧感をはらんだラディアの声が、パルパレオスを静かに打ち据える。
「撤退するか、全滅するか」
 研ぎ澄まされた刃のような鋭い眼差しに、言葉を失う。
 ゆっくりと身を起こし、こちらを気迫で押し黙らせながら、ラディアはその事実を告げた。

「これが――私のアンデッドたちを真なる死に追いやった、悪意だ」

 答えなど、一つしかなかった。



§




 ――以上が、パルパレオス、ペルソナ、ラディアの三将軍が出撃したにも関わらず、何か成果を得るどころか犠牲者を出してしまった大岩礁帯遠征の顛末(てんまつ)である。
 そもそもの事の発端は、この三ヶ月前。マハール船籍の貿易船がカーナを経由してグランベロスに向かう途中、この大岩礁帯で消息を絶った事に始まる。
 積荷はグランベロスの帝宮に納められる嗜好品で、船主はマハールでも指折りの豪商。彼の訴えを聞いて、マハール総督府はすぐに捜索を開始した。そして、捜索に当たった船も大岩礁帯で消息を絶った。
 貿易船と捜索船、この二隻が発見されたのは、捜索船行方不明から数日後。カーナ駐留部隊の哨戒艇が、たまたま大岩礁帯付近を飛行している時の事だ。
 漂流する二隻の船に異常を感じた艇長は、一個小隊を調査のために派遣。小隊は二班に分かれ、それぞれの船を探索。
 二隻の船、乗員全員の死亡を確認した。
 そしてその一個小隊も、帰投、艇長への報告直後、二名を残し全員が発狂。
 ある者は自分の体を剣で滅多刺しにして死亡。
 ある者は正気だった隊員に斬りかかって返り討ち。
 ある者は支離滅裂な言葉と奇声を発して走り回り、船から飛び降りて空に消え。
 ある者は恐怖の悲鳴を上げ続けた後、何か糸がプツリと切れたかのように倒れ、死んだ。
 残った二名も、現在、狂気の淵を彷徨っている。
 二隻の船は、その後カーナの港まで牽引されて改めて調査され、それぞれの船員たちの死因は原因不明の突然死か、様々な方法による自殺か、互いに殺しあっての他殺か、その三つに分類された。しかし、先の哨戒艇隊員の事例から、実際は二つだろうと推測された。
 すなわち。
 狂気の末の凶行か。
 まったくの突然死か。
 しかし、根本的な原因は解らないままだった。
 更なる捜査により、同じようにして船員が全滅し、漂流していた船が八隻、発見された。
 全部で十隻――いや、哨戒艇も入れれば、十一隻、か。それが、大岩礁帯近辺で起こった船員変死事件の被害状況であった。
 カーナ駐留部隊を預かるペルソナから本国に報告が寄せられ、パルパレオスたちは頭を抱えた。
 折りしも、カーナ王女ヨヨの極秘の一時帰国を計画していた時期である。
 帰国させるとなれば、当然彼女を乗せた船は大岩礁帯の側を通る。
 もしこのままなら、その船はどうなるか。
 ヨヨはどうなるか。
 彼女の安全を確保するためにも、大岩礁帯で何が起こっているのか、そこに何があるのか、あるいは何がひそんでいるのか――それを調べ、可能ならば解決する必要があった。
 解決の実働、場合によっては武力行使のために、パルパレオスと親衛隊の精鋭が。
 現場空域への案内役として、ペルソナとその指揮下のモンスター戦艦が。
 現場空域の偵察役として、ラディアとアンデッド兵たちが。
 しかし現場空域にようやくさしかかったというところで、偵察小隊は全滅、モンスター戦艦が錯乱し、艦内の士官や兵士たちが発狂して殺し合うという騒ぎ。死者、百二十一名。負傷者、五百四十三名。何かと戦端が開かれたわけでもないのにこれだけの犠牲を出して、しかも状況は一切不明。パルパレオスは撤退を選ばざるを得なかった。
 最終的に、大岩礁帯、及び周囲十キロ圏内の広大な空域が皇帝サウザーの名において封鎖され、それは、カーナが解放され、ヨヨ女王が新たに即位した現在に至るまで、解除されていない。

 ビュウは、それを知っていた。
 自ら調べて、あるいはその後仲間となったパルパレオスから詳細を聞いて。
 知っていた。入念に調べていた。だから、グランベロス上空に開いた空の裂け目への航路を決める際に、大岩礁帯から大きく迂回するルートを取るよう指示を出した。そのおかげで、ファーレンハイトは岩礁の端どころか、封鎖空域の十キロ圏内にも入っていない。そこから更に距離を取って、いっそ臆病とも言えるほどに大回りをした。そのはずだった。
 それなのに。
 それなのに――!

「ぎははあぎゃははあぁぁあっはははひぃぁはあははははははあははっ!」

 ファーレンハイト艦橋に、割れた哄笑が響き渡る。
 甲板で怯え騒ぐ戦竜たちの鳴き声も、突然の機関停止にパニックになったクルーたちも、彼らを叱咤していたホーネットも、その傍で喚いていたマテライトも、この空域から離れるよう進言していたパルパレオスも、一様に唖然とし、愕然とし、口をつぐんで言葉を飲み込む。

「来たる来たる来たれり来たれり眠れる王は泡沫(うたかた)の目覚めに坐(いま)して不浄と堕落の煉獄を照覧せり! おお、見よその燦然たる光輝を! 絢爛にして壮麗たるそのいとも尊き王の御輿を! 偽りの神を崇める愚者はめしいて平伏し涙と共に許しを乞え! 王より慈悲なる苦痛を賜るが良い!」

 プリーストを呼べ! パルパレオスが艦橋に居合わせたトゥルースに鋭く指図する。凍りついていたトゥルースは、それを受けて我に返ると、慌てたように艦橋を飛び出した。自分が何故パルパレオスから命令されているのか、そんな事への疑問はない。
 ビュウはただ、それを見ていた。
 見ていただけだった。

「そして苦悶の内に聞け、救世主にして世界を統べる我らが王の御言を! そう――」

 己の意志に反して滑らかに動く口から放たれる自分の壊れた声を、突飛で意味不明な言葉を、戦慄と共に聞きながら。

「苦痛の王は、かく語りき!」










苦痛の王はかく語りき

 

 

 

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