わかれ道







 好き、なんだと思うんだけれどな、あの人のこと。
 同じ剣士としても尊敬できるし、人としても何気に優しいし頼りになる。
 間違えなく好意は持っているわ。
 だけれどそれが本当に特別な好きかと、恋かと聞かれると、彼と想いが通じた今でもよくわからないの。
 だって、初めてのことだし。
 それは恋じゃないと誰かに言われたら、反論するだろうけれど戸惑う自分も想像できる。
 彼の傍にはいたいと、強く思っている。
 できればいつまでも。
 一緒にいても、学ばされることは多くあるし、言葉がない時でもほっとする。
 それがいつまでも続いてほしいと思うの。
 だけれど彼は?彼にとっては?
 もし彼に足手まといになっていたら、それでも追い続けるほどの恋心を私は持っているの?
 誰か、教えて。




 ラゼリアの街の端。
 街を守るように群集している木の一本の根元にジュリアは座り込んでいた。
 恋人と一緒に行くか、否か、真剣に悩んでいた。
 自分はまだ人としても幼くて、剣士としても未熟であることは最近よくわかる。
 昔から知ってはいたが、イルの島で父から竜聖の技を伝授されてから特にだ。
 わからななかったことがわかってきて、どこが未熟なの実感できてきて、だから自分が未熟だとわかってきたということだった。
 こんな状況で恋人の手をとったままでいるのは不安だ。
 剣士としても人としても。
 相手に頼ってしまう。
 大事な人の重荷になるんじゃないか、と。

「ジュリア〜」
 少し気が抜けてはいるが、澄んでいてよく通る幼さ残した声に呼ばれ、ジュリアは顔を上げる。
 そこにはいつもと違う衣装を纏った、よく見知った幼い元神官見習いがいた。
「……リーリエ?」
 心底訝しげにジュリアは駆け寄ってくる少女の名を呟いた。
「聞いてっ。あたしもグラナダに行くんだ」
「…ああ、アトロムが許してくれたのね…」
 今日の昼、グラナダに連れて行かれることが決まったアトロムに一緒にいくといって断られたリーリエ。
 周りからみればリーリエのことを考えての発言だろうとわかったが、肝心のリーリエにはそのことがわからなかった様子だ。
 するとリーリエはむすっと表情を歪ませ、不機嫌そうにどこかへ行ってしまったことを覚えいている。
「うん」
 リーリエは心底嬉しげにそう言っているところを見ると、本当のことらしい。
 しかし、とジュリアはなおも訝しげな表情でリーリエを見つめる。
「………で。その格好は?」
「これ?オークスの街の親切なおじさんがくれた、大スターのドレスだよ?」
 そういい、露出度高い服を着たままリーリエはくるりとその場で一回りまわった。
 その様子はとても愛らしい。
 しかし、リーリエの着ている衣装、それはジュリアも見覚えがある。
 どう見ても踊り子の衣装だ。
 どういう経緯かは知らないが、間違えなくリーリエは『オークスの街の親切なおじさん』とやらに騙されている。
「やっぱりアトロムも一緒にいたいって思ってくれてたってことだよね。嬉しいな〜」
 それもあるだろうが、その姿でその衣装をもらったおじさんのところに行くなんて言ったら脅しだろう、とジュリアは内心つっこみたかった。
 だが、リーリエのあまりの喜びようにそれをすることもはばかれられた。
 いつも能天気な感じを醸しだしながら歌っているリーリエの今日の様子は、それが倍増になっていてジュリアは目を細めたいような思いがした。
 それほどまでに嬉しいらしい。
「じゃあ、他のここでお別れになる人にあいさつしてくるから、またね、ジュリア」
「…ええ、また…」
 リーリエは上機嫌にステップを踏みながらその場を後する。
 その背を見ながらジュリアは疲れたようにため息をついた。

 なんだか羨ましい。
 ただ一緒にいられれば、それで幸せ。
 それだけを考えて一緒に生きていくのは、実は難しい。
 あっちもこっちも剣士。
 剣士として生きると決めた以上、中途半端な生き方はしたくないし、するわけにもいかない。

「…小難しく考えすぎかしら…」
 と、ジュリアの胸中にふとそんな言葉が横切った。
 暫し考え込む仕草をみせ、ジュリアは立ち上がる。

 
 

 向かったのは…


 街外れ


 シーライオンの宿泊先




















































 






 (街外れへ)
 街外れの城壁の近くに、目的の人物がいたのでジュリアは早速相談を持ちかけた。

「…で、どう思う?」
「…相談相手として、俺は不向きだ…」
 ヴェガは内心へこみながらジュリアの相談を聞きつつ、表面的には平然を装って素っ気のない一言いった。
 剣士として鍛え上げた感情制御力を、ヴェガはこの時ほど感謝したことはなかったかもしれない。
「そんなのわかってるわよ。だけれど仕方がないでしょ?人としての相談なら幾らでも他にいるけれど、シゲンくらいのレベルの剣士としての相談なんてできるのお父様か貴方くらいしかいないじゃない」
 その判断は正しいかもしれない。
 客観的にヴェガはなんとかそう考えた。
「まさか私たちのこと反対しまくっているお父様に話したら、それこそ嬉々として別れさせるかもしれないし…」
 お父様が嬉々とする場面なんか想像できないけれど、とジュリアは小さく付け加えた。
 だからと言って、お前に片恋している自分もその相談には向いてないとヴェガは言えずにいた。
 言えるものだったら、シゲンにジュリアを盗られ前に告げられたことだろう。
 殺しかけた手前、その冤罪を自分の手で晴らすまではと先延ばしにしていたら、いつの間にかジュリアは義兄であり、長年の片恋相手でもあるシゲンと恋人同士になっていた。
 ヴェガは自分の中で芽生えた思いの行き場をなくした。
 恋人と幸せそうに笑っているジュリアのあの笑顔を、どうしても壊したくなかったし壊せなかった。
 そして自分の気持ちに決着をつけようとしたのに、ジュリアは一度は殺しかけられたものの冤罪だと理解してそれを晴らしてくれたヴェガを人として剣士として信頼を寄せてくる。
 ヴェガにとったら苦痛の日々だ。
 ヴェガは呆れたように自分から返ってくる答えを期待している目で見つめてくるジュリアをみつめた。

 この女が恋愛方面に疎いからといって、本当に酷い仕打ちだ。
 いや、疎いからこそだろうが。
 この女、自分が取り分け戦士の中でどれだけ稀有な存在で、どれだけ魅力的な存在なのか分かってない。
 人目をひく赤い髪、宝石のごとく耀く緑の瞳、人並み以上整っている容姿。
 それだけでも男の目をひくというのに、剣士としてもう幾つもの戦場を駆け抜けたというのに自分の心をぼろぼろにさせながらも曇る様子がない彼女の振るう剣の耀き。
 剣士として認めれば、その稀有な存在の在り方に興味、あるいは好意を持たないはずがない。
 この調子では恋人となったあの男が当分苦労しそうだ。

 ヴェガは珍しく重いため息をついた。
「…剣士の道は己を磨く道だ」
 なんとかへこんだ思考の中から無理してそれらしき言葉をヴェガは引き出す。
「男に現抜かして壊れる程度の道なら、剣を捨てて女として生きることだな」
 あっさりと容赦のない単刀直入な言葉を言われ、ジュリアは一瞬呆気を取られて目を瞬かせたが、すぐにぷっと噴出した。
「あはははは」
「何がおかしい?」
「可笑しくないわよ。貴方の言葉は。強いて言うなら、貴方の言い方が貴方らしくて可笑しいと思っただけ。気を悪くしたなら謝るわ」
 そう言いながらなおもジュリアは可笑しそうに笑いをこぼす。
 それをヴェガは不可思議そうな顔で見つめていた。
「ジュリア」
「あ、シゲン」
 恋人の声に、ジュリアは嬉しそうに振返る。
「戻ってくるのが遅いと思ったら、こんな奴と話してたのか」
「…こんな奴って、シゲン…」
 ジュリアはいつもなら人当たりのいいシゲンが何故かヴェガに対してだけは邪険な態度をとるのかと、常々首をかしげている。
 あの決闘のせいだろうか、と。
「明日の準備、お前まだだろ。宿に戻るぞ」
「え、あ、そうね」
 どこか有無を言わせないシゲンの態度に首を傾げつつも、ジュリアは彼の提案を受け入れた。
 明日アルカナ砂漠を越えるというのに、まだ色々準備ができていないことは本当だ。
「じゃあヴェガ。相談のってくれてありがとう」
「相談?」
 ジュリアの言葉にシゲンが小さく反応したが、ジュリアは気づかない。
 ヴェガは気づいたが、いつものことなので無視する。
「あの程度、相談とも言わん。礼を言われるまでもないな」
「だけれど貴方のおかげで、結構ややこしく考えていた考えが纏まったわ。貴方にとったら大したことはないだろうけれど、お礼の言葉くらい受け取っておいて」
「…そこまで言うなら受け取っておくかするか」
 そういい、ヴェガは珍しく口の端だけ上げて小さな笑みを浮かべた。
 シゲンの表情がやや不機嫌そうに歪んだ。
「シゲン?」
 礼を受け取ってもらって満足したらしいジュリアが再びシゲンを向き直ると、何故彼が不機嫌そうなのかと訝しげに彼を見上げる。
 その視線に気づいたシゲンは、ジュリアを見つめ安心させようと笑ったが、なおもその表情に違和感を感じて彼女は不思議そうに彼を見上げたままだった。
「話しも終わったみたいだな。戻るぞ。じゃあな」
 それだけ言うと、ジュリアをひっぱるようにシゲンはその場を去る。
 その去る姿をなんとなしに眺めながら、ヴェガは再び疲れたようにため息をついた。


「ちょっ、ちょっとシゲン。そんなに引っ張らないでよ」
 引きずられるようにシゲンに連行され、ジュリアの方が理由が分からないシゲンのやや強引な行動に、不快を通り過ぎて不機嫌になる。
 しかし宿泊先の部屋で二人きりになるまで、シゲンは止まることも話すこともなかった。
 シゲンは不用意な感情を、それを察していないジュリアに当たらないように冷静になろうとしていたのだが、彼女にそんなことがわかるはずがなかった。
 部屋で二人きりになる頃には、すっかりジュリアはむくれていた。
 そんな顔も可愛いな、なんて心の隅で思っているあたり自分も末期だなとシゲンの心の中の冷静になった部分が考える。
 シゲンは自分へと目の前の恋人へ向けてのあきれを半々に含んだ複雑そうな表情で言う。
「あのな、あんな不用心なことを他の男の前で言うんじゃない」
「不用心なことって?」

 わかっていない。
 やっぱりわかっていない。
 ああ、そうだと思ったさ!

 シゲンは心の中で大声で叫んだが、それを何も察していないジュリアに吐くのは控えるだけの冷静さは戻ってきていた。
 ジュリアがここまで男心に鈍い女になったのは、半分以上、共に育った自分のせいでもある。
 二人が育ったイルの島の人口がそう多いわけではない。
 初めて自分から守りたいと思ったジュリアを狙うだろう不埒な輩を撃退するにも遠ざけるにも、シゲンは幸い剣の腕も頭も悪くなかったし、彼がそれを実行できるのは可能だった。
 その結果が目の前の恋人の切なくなるほどの警戒心の薄さかと思うと、シゲンにはため息を吐くことしかできなかった。
「あのな、あんな愛想ふりまいて相談だなんていわれた日には、下手な男が期待するだろうが」
 いや、下手な男でなくても期待するかもしれない。
 シゲンは自分の心の中で横切った言葉に肩を落とした。
「ただ普通に雑談していただけじゃない。第一、何を期待するの?」
 ジュリアはやはりシゲンの言葉の意味がわからず、不快そうに彼に聞き返す。
 ジュリアは人としても剣士としても、理想と目標にするにはあまりに高すぎる対象が回りにいた上、女としての平均値を知るには、あまりにも回りに女がいなかった。
 人として未熟、剣士として未熟、それを常々実感してきた結果、自分のことは卑下する傾向にジュリアはあった。
 だから自分が男に劣情を抱かせるような外見をしていることを、ジュリアはイマイチ自覚はしていない。
 そのことが恋人にとっては時には安堵の対象になり、時には危機感と歯がゆさの対象になる。
 しかしジュリアはもちろんそんなこと分かってくれなかった。
 他の男、取り分け戦場で共に駆けた戦友にに対しては、女としての警戒心は皆無。
 命のやり取りの場を共に駆けた相手へ信頼感さえ見せる。
 取り分けヴェガに関しては一度は冤罪で命を取られかけた相手だというのに、戦場で何度も命を助けられ冤罪も晴らしてくれたことと、剣士としての姿勢に敬意の念さえ持っていて態度も柔らかい。
 相手が自分に恋慕の情を持っているなどと考えもせず。
 シゲンは脱力するような様子で、寄りかかるようにジュリアに抱きついた。
「シゲン?」
 何故抱きついてきたのかと、ジュリアはシゲンの腕の中で訝しげな声を上げた。
 しかしその言葉を無視してシゲンは言葉を連ねる。
「俺の手をとったのはお前なんだから」
「うん」
 グラナダの宴会の夜、シゲンに傍にいて欲しいと願ったのはジュリア。
 それが義兄妹だった二人が恋人になった大きなきっかけだった。
「もう離してなんかやらないからな。お前が嫌だと言っても。お前がいなかったら俺が嫌だ」
「…うん」
 子どもの我が侭みたいなシゲンの言葉に、ジュリアは嬉しそうに返事をすると縋り付くように自分を抱きしめている彼の背中に手を回す。


 迷いはまだある。
 人としても剣士としても。
 だけれど彼が自分の存在が必要だと言ってくれるなら、私はその手を取らざるをえない。
 それこそが本当に欲しかった言葉なのだから。































 






(シーライオンの宿泊先)
「ふっ、バカだな。そんなくだらないことで悩んでたのか」
「くだらないとはなによ。これでも真剣に悩んで相談しに来たっていうのに」
 まだ人としても剣士としても未完成と言わざるをえない義妹の言葉に、シゲンは鼻で笑って返した。
 ジュリアもジュリアなりに悩んでの相談だっただけに、怒りでやや顔を赤くさせて子どもっぽくむくれる。
 未だこんな子どものような表情を見せるのは、今では共に育った義兄の特権のようなもので、シゲンは微笑を浮かべた。
「くだらないからくだらないと言ったんだ。そんなこと考えて離れたなら、ヴェガの奴がすねるぜ?」
「…ヴェガがすねる?」
 シゲンの言葉に、ジュリアは思いっきり怪訝そうな表情をした。
 常に冷静沈着、寡黙で無表情な剣士の男。
 拗ねるなんて行動、ジュリアには想像つかない。
 ジュリアが頭の中で沢山の疑問符を浮かべていると、それを表情で察したシゲンは小さな笑い声を上げた。
「こりゃ、ヴェガが苦労しそうだ。まあ、半分くらいは俺のせいだが」
「どういうこと?」
「ヴェガだって時々拗ねている、ってことだよ。俺とお前が二人で話していると、時々どこからともなく殺気が飛んできたりしていたぞ」
「………?」
 ジュリアはやはり納得がしなねる様子で、難しそうに顔を歪ませる。
 それを見て、シゲンは好ましそうに笑ってジュリアを軽く抱きしめた。
「兄さん?」
「変にすれないで成長してくれて、兄さんは嬉しいぞ」
 と、すれまくってしまった男は言った。
「?まったく、あんまり妹に構いすぎると、兄さんの恋人の方がすねるわよ」
「それが可愛い妹の相談にのってやった兄貴に言う台詞か?」
 シゲンは笑いながらジュリアを放すと、彼女の頭を優しく撫でた。
「ま、すれていないから、そんなことで悩んでいるんだろうが」
「悪かったわね」
「ヴェガの奴と話してくることだな。奴が何を必要としているのか確かめてこい」
「え?」
「それが分からなかったら、イルの島に連れて帰るぞ。色々なことがありすぎて混乱しているお前を休ませる必要があるからな」
「…そう?」
「ああ。島を出てから、島の中でなかったようなことの連続。それで大分疲れているはずだ。それで羽を休めたいという思いがあるだろうさ。全てを忘れて。あそこはそのままのお前で、誰も拒みはしない」
「…そうかも」
 シゲンの言葉を、ジュリアは沈痛な面持ちで受けいれた。
 目の前の理想に追いつきたくて、島を出てからがむしゃらに頑張ってきた。
 初めて人を殺した。
 涙を流した。
 冤罪を着せられて、殺されかけた。
 思いもかけず、同じゾーア人たちとの戦いに巻き込まれていった。
 全てが終わり疲れた。
 そういう気持ちも少なからずあることをジュリアは素直に認めた。
 やっぱり目の前の青年は、恋人とは違う意味で自分にとって特別だと思う。
 義兄として、人として。
 ジュリアは微笑んだ。
「で、どうする。このまま逃げるか?」
 シゲンはからかう様に笑いながらそう言った。
 こうやってふとした時に、何気なくシゲンはジュリアの背を押してくれていた。
 だからジュリアは、彼のことを血は繋がってなくても家族だと思えた。
「逃げないわよ。私はまだヴェガに何もしてないもの」
 ジュリアは笑って言った。
「そっか」
「ありがとう、兄さん。ヴェガの所に行ってみるわ」
「じゃあな」
 入ってきた時より晴れやかな顔で、ジュリアは部屋を出て行った。
 扉が閉まると、シゲンは疲れたように寝台にどすりと座る。
「あーあ。妹の兄離れは、少し兄さん寂しいな」
 そういい、一回背伸びをした。


「あ、ヴェガ」
 また人の少ない場所にいるだろうとジュリアが街の外れへ捜しに行こうとしていた相手は、意外にも宿の近くにいて彼女は驚いたように目を瞬かせる。
「…お前か…」
「どうしたの?戦もないのに人が多い場所にいるの苦手でしょう?」
「…特になにもない」
「そう」
「…お前こそ、あの男と話していたんじゃないのか?」
「あの男?兄さんのこと?…どうして知ってるの?」
 後ろめたさなんてカケラも見せずに、純粋な疑問と言った様子で訝しげにジュリアが尋ねると、ヴェガは少しだけ繭をピクリと動かして明後日の方向に視線をそらした。
「…お前があの男のいる宿に入っていくのをみかけた」
「そうなんだ」
 この所思いつめているような表情を時々するジュリアが気になって後をつけていた、とは流石にヴェガはいえなかった。
 自分の言葉をまったく疑っている様子のないジュリアを前に、どうしてそんな犯罪まがいのことをしていたといえるだろう。
「ちょっと兄さんに相談にのってもらっていたの」
 ヴェガの微妙な様子に気づかず、ジュリアは無邪気な笑みを浮かべていた。
「相談?」
「ええ。少し、これからのことについて」
「………」
「ヴェガ?」
 急に黙り込んでしまったヴェガを、ジュリアは訝しげに見つめる。
 寡黙に見える恋人だが、こちらが話しかければ反応してくれるし、時には辛辣ではあるが素直な言葉を返すこともある。
「…俺では不足か?」
「え?」
「確かに俺よりあの男の方が相談相手として向いてはいる。だが…………すまない。妙なことを口にした」
 そう言うと、ヴェガはプイとジュリアに背を向けた。
 ジュリアはその背を茫然と見つめる。
「…今、なんて…」
 ヴェガのもらした言葉をゆっくりとかみ締め、ジュリアは少し赤くなりながら先ほどのシゲンの言葉を思い出した。
『ヴェガだって時々拗ねている、ってことだよ』
 何故だかシゲンの皮肉げな笑みを一緒に思い起こした。
「…もしかして、すねてくれた…?」
 信じられない。
 そんなことをするのは、子どもっぽい自分ばかりだと思っていたのに。
 そう思うと、ジュリアは顔を綻ばせて、先に行ってしまったヴェガの後を追う。
「ねえ。ヴェガ、ヴェガ」
「…なんだ?」
 心なし強めの言葉が返ってきたが、ジュリアは構わなかった。
「私ね、人としても剣士としても、まだまだ自分が未熟だと思うの」
「そうだな」
「だからこれからも、足手まといになるかもしれないわ」
「………」
「ねえ、私が近くにいても迷惑じゃない?」
「それは…」
「もっとも、そう言われてもこれからも一緒にいるけれどね」
 そういい、ジュリアはヴェガにニコリと微笑む。
 その言葉と表情に一瞬面食らった表情を浮かべてヴェガだったが、内心安堵し小さな笑いを浮かべた。
「お前が迷惑だったり足手まといと感じたことがないと言えば嘘になる。…だが、心から疎ましく思うなら早々置いていっているな」
「ふふ。よかった」
 あまり言葉を伝えることが得意ではない恋人の心がこもった言葉をジュリアは確かに感じ取り、嬉しそうに笑いながら彼の隣を歩いた。


 迷いはまだある。
 人としても剣士としても。
 だけれど彼が自分の存在が必要だと言ってくれるなら、私はその手を取らざるをえない。
 それこそが本当に欲しかった言葉なのだから。


end

 

 


 最早当館のTS関連ではお馴染み、『霞音の森』の霞音様より、23000Hitのリクエストでいただきました。
 今回のリクエスト――「ジュリアの心は誰のもの?」。

 やっと霞音さんの守備範囲内だ!

 すると霞音さん、やってくれました!
 ストーリー分岐というこった事をしてくださった上に、どちらに転んでもヴェガさんジュリア嬢に惚れてるし!
 あぁ……やっぱり大好き、ヴェガジュリ。

 というか、何だかんだと天然で男二人を振り回し気味のジュリア嬢が可愛くて可愛くて仕方ありません。

 ちなみに簾屋、以前は抵抗感のあったシゲジュリにも最近耐性がつき始めてきました。慣れでしょうか。



 霞音さん、毎回毎回無理ばかり言ってすみません。そして、本当にありがとうございました!

 

 

 

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