茶番劇の結末
茶番劇の結末は訪れた。
本人たちにとっては真剣そのものの演技でも、第3者からみたら、私からみたら茶番劇である以外ありえない。
そんな真実と表裏一体だった虚構の結末。
ブラードでの飲み会の夜、アトロムとゼノは宴会場のバルコニーに出ていた。
中でのどんちゃん騒ぎはまだまだ続きそうだ。
なので申し合わせたわけではないのだが、二人で夜風にあたって一休みしていた。
そのうち、話しが宴で起こったことに向けられる。
「まさかプラムのお父さんがレオン公だったなんて…」
ブラード市民であるアトロムは先ほど知った事実に大分動揺していた。
オークスの街の物見小屋からホームズに救い出された、ウエルト辺境の村出身の杖を使える踊り子。
アトロムと大体同時期にシーライオンに入ったプラムが、自分が住む街を治めている大公だとは思いもしなかった。
「まあ、意外といえば意外だったよね」
あくが強すぎるシーライオンの中で、プラムのように控えめでおとなしい少女はあんまりいない。
村娘という設定がいかにもしっくりきそうな彼女が、ところがどっこい、段々所属する人物の身分が上がってきたシーライオンの中でもかなり見劣りしない血筋の持ち主だった。
「…ええと、レオン公の娘ということは、カトリの従姉妹になるのかな?」
「言われてみればそうだね。カトリの母親の弟だっけ?」
「う〜ん、どうもサリアのあたりはよく繋がりがわからないな…」
「何を話しているの、こんなところで?」
バルコニーに新たな客人が現れた。
シーライオンでも数少ない魔導師であるエリシャ。
白い頬を少し赤くさせ、バルコニーに現れる。
「やあ、エリシャも酔い覚まし?」
「そんなところ。もう、中が暑くてたまらなわ。温度的な意味でも、人的な意味でも」
そういうとバルコニーの手すりに身を預け、その場に座り込む。
「で?」
「で、って?」
アトロムが訝しげに聞き返した。
「何を話していたの?」
「ああ、プラムのことだよ。お父さんがわかってよかったな、って」
「…そう」
ゼノの言葉に、エリシャも微笑んだ。
「まあ、レオンハート様のように高潔な人物が父親だったら、わかってよかったよな」
アトロムはうんうんと一人納得した様子で頷く。
その言葉に、ゼノもエリシャも微妙な表情をした。
「でも僕は別に知りたいとは思わないけれど、高潔な人物だろうが、その正反対の人物だろうが」
アトロムは別段、なんの特別な感情をこめない様子で言った。
「どうして?」
エリシャも別段、非難するでも同意するでもなく、ただ尋ねた。
「だって、僕にはレネ義姉さんがいる。僕の家族はレネ義姉さんだけだ。今さら、生きてるとも死んでるともわからない父親なんてどうでもいい」
「…ふ〜ん…」
「僕は知りたいよ」
そう話したのはゼノだった。
アトロムとエリシャがゼノに顔を向けると、彼は二人の方をみずに、ただ自分の正面の虚空を睨むようにみつめていた。
無表情で。
「どうして僕が捨てられたのか、僕はそれを知りたい。…今更、親子だからどうとか、そういうことは思わないないけれど」
そこまで言うと、再び視線を二人に戻していつも通り人を和ませる笑顔を向けた。
「…ふ〜ん…」
エリシャは先ほどと同じ、どうでもよさそうな返事をした。
「僕も母親に捨てられたらしいけれど、別にわけを知りたいとは思わないな…」
「アトロムがそう思うなら、それでいいんじゃないかい?」
「そうだね」
「私も、母親にも父親にも捨てられたようなものね」
エリシャははっと自嘲的な息をもらし、表情をゆがめた。
「エリシャ?」
「どう、今なら少し聞かせてあげるわよ、私の生い立ち。ちょうど酔いが回ってきて話したい気分になったから」
「…話したければ好きにすればいいよ」
「僕等はここで、勝手に耳に入ってくる話を聞いて、適当に相槌打つから」
聞いて欲しいのか、それとも酒に酔った勢いで、普段は話したくないことを話そうとしているのか判断しかねる二人は、そう言って無関心を装った。
そしてバルコニーの手すりによりかかり、虚空をみつめる。
「じゃあ勝手に話しているわ」
エリシャも二人から視線をはずし、バルコニーの床をみつめた。
「目の前にね、親らしきものがいたら鳥の雛でも懐くじゃない?」
「そうだね」
「…私もね、多分、ちっっっっっっっちゃい頃は慕っていたんだと思うの。母親らしきもの人と、父親らしき人。それは認めるわ」
「うん。僕も小さい頃から面倒見てくれたレネ義姉さんを慕ってるよ」
「そんなこと誰だって知ってるわよ。それで、ぼろぼろな父親らしき人を必死で母親らしき人が看病していることは、家族だから仕方のないことだと納得しようとしていたわけ。父親らしきあの人が寝たきりで、母親らしき人にかまわれなくても大丈夫だと言い聞かせたの。どう、健気でしょう?」
「それで?」
「なのにあの人幼い私の前で魘されて呟いた名がなんだったと思う?自分にとって一番愛しい妻と娘の名前だったわけ」
「その人は君の父親じゃなかったんだね」
「そうよ。その日、あの人が自分の父親じゃないことを知ったわ。なのに母親が自分をほっといて必死に看病し続けるのは何故なのか、さっぱりわけが分からなかったわ」
「なんで?」
「バカね。女が命を削ってまで赤の他人の男を看病し続けるなんて、答えは一つじゃない。惚れてたのよ、うちの母親。その男に」
「そうなんだ」
「そうよ。その男が完治したら、過労で死んじゃうほどあの人につくしたわ。それくらい惚れていたのよ。…バカな人…。あの人にとって大事な女も家族も、別にいるのにね」
「………」
「その人は?」
「一応、母さんが死んでからしばらく私の面倒みてくれたわよ。魔術はその人に教わったのだもの。思いっきり母さんを死なせてしまったことを、悪く思っているみたい。別にこっちは母さんが死んでしまったことはしょうがないと思っているし、それをあの人のせいにするつもりもなかったのに。だって、母さんは自分の思い通りに生きて、死んだんですもの。それに答えられないあの人を、別に恨むつもりはないわ」
「…面倒見られるのが嫌だったの?」
「そういうわけじゃないわ。言ったでしょう?慕っていたのよ、私は私なりに、あの人を。だけれどそれは形が変わってしまったの。あの人は目覚めて、起き上がった。その数日後に母さんが死んだ。そして私はあの人も元から旅立てるほど、大きくなっていた。…そして、探しにでかけた」
「…君は、何をみつけたんだ?」
「さあ?知るべきことをみつけたから、それを探しにいったの。…だけれど、本当に見つけるべきものを見つけたのかはよくわからないわ。とりあえず、納得はしたけれど」
「それはよかったね」
「よかないわよ。おかげでこっちは、行き場のない思いをどこにやればいいやら。怒ればいいのか、悲しんでいいんだか、悔しがればいいのかわからないわ。でもやっぱり恥ずかしくて悔しいから、そんなことあの人の前でもあの人の家族の前でもしてやるもんですか」
「意地っ張り」
「ふん。誰かさんと違って、誰にも甘やかされなかったらこうならざるをえないわ」
「悪かったな」
「茶番劇よ、茶番劇。小さい私はあの人も母さんも好きだった。だけれど母さんはあの人が好きで、あの人にとって大事なものは別にいた。だからやってやるもんですか」
「自分が寂しいから?」
「…さあね」
「ん〜、ま、こんなところでしょう」
そういい、エリシャは軽く背を伸ばした。
「お疲れ様。気分はどう?」
ゼノは笑ってそういった。
「最悪。…でも、あの時と比べたらすっきりしたわ」
エリシャは大きなため息をついた。
「『あの人』って、もしかしてレダの古城で話していた人じゃないか?あの時から機嫌悪そうだったし」
「さあね、どうしょう?」
エリシャはアトロムの質問にすっとぼける。
その通りだったが、これ以上隠していた何かをあっさりと認めるもの癪だった。
話し終わり、エリシャは笑った。
ただ、笑った。
それが何に向けての笑みなのか、わからない。
幼い自分に向けてなのか、過労で死んでしまうほどあの人につくした母なのか、それに答えられず苦しんだあの人なのか。
…それとも今の自分に対してか。
end
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