見えるもの、見えないもの
それは双方にとって、あまり好ましくない出会いだったのかもしれない。
少年はその女のことが苦手だった。
美しい外見と反比例するがごとく、気が強くて自分の未熟さをからかってくるその態度が。
しかしその実力は、今の自分では数段劣ることは認めざるをえなかった。
だから余計に悔しくて、無難な付き合いというものができなかった。
女は少年に複雑な思いを抱えていた。
その上少年がなにかとこちらにつっかかる態度をしめすため、どうも彼の前だと落ち着いた対応ができなかった。
我ながら大人気ないと女は考えていたが、そう考えることこそわずかしか違わない歳の少年の自尊心を傷つけているということに、気づいてるのか気づいてないのか。
そんな二人が顔を見合わせれば、口喧嘩が始まらないはずがなかった。
バッタリ
まさにそんな擬音がつきそうな再会だった。
ラゼリアの館の廊下の角で二人は再会した。
少年は女を見ると眉間にやや皺をよせただけで、すぐに通り過ぎようとした。
しかし女はそんな少年に声をかけた。
「あらマルジュ。久しぶりね。元仲間に対して、挨拶の一つもなし?」
少年―マルジュは女のその言葉を聞くと、溜息をついて振り返った。
確かに女はマルジュにとって、一時期属したシーライオンでの仲間だった。
…あまり好印象を持っない仲間ではあるものの、数少ない魔道士として色々関わったことは事実だった。
「久しぶりだねエリシャ。…これでいい?」
それだけ言うと、マルジュは再び歩き出そうとした。
「宴会中だというのに、そんなに急いでどこに?」
今、ラゼリアの館ではラゼリア・ウエルト連合軍とシーライオンの再会とお互いの悲願達成を祝した宴会が催されている。
もっとも、ラゼリア・ウエルト連合軍はこの後もリーヴェ王宮奪還を目指して戦っていかなくてはならないようだが。
「君には関係無い」
「ああ、魔術の特訓ね。大変ね、宴会の途中に。これからもそっちは戦いが続くだろうし、数少ない魔道士が未熟なままじゃリュナン公子も苦労するだろうし」
心の中で治めればいいその言葉を、エリシャはついつい口にしてマルジュは足を止めざるをえなかった。
そして深呼吸をして振り返る。
「…あのね、エリシャ。僕は急いでる。それじゃあ」
マルジュは内から溢れ出しそうな怒りをなんとかおさえて、エリシャに言い聞かすようにそう言った。
エリシャは少しだけ目を見張った。
「あら、少しは成長したみたいじゃない。ご褒美に魔術の特訓、付き合ってあげましょうか?」
ただえさえ本当に慌てている状況であったのに、その上エリシャにつっかかれ、マルジュの堪忍袋の尾もいいかげんにプッツリと切れた。
マルジュは静かに呟く。
「…いいかげんにしろよ。おばさん」
「おばさん?私のどこかおばさんに見えるの?いい眼科紹介するわよ」
確かにエリシャはおばさんと呼ぶにはまだまだ若すぎる外見と年齢だった。
「数歳年下なだけの僕を子ども扱いするなら、僕もそれなりの扱いさせてもらおうと思ってね」
マルジュは鼻で笑いながらそう返す。
「私が貴方を子ども扱いするのは、私より外見的にも精神的にも魔術の腕的にも未熟だからに決まってるでしょう?」
「だから君は僕より大人なわけだろ。君が君を基準として僕を子ども扱いしてるなら、僕が僕を基準として君をおばさん扱いしてなにが悪いわけ?」
「あら、自分が私より数段格下だと認めるわけね」
エリシャは『格下』の部分をことさらに強調する。
「…ああ。だからなんの問題もないだろ、おばさん」
マルジュは『おばさん』の部分もことさらに強調した。
見つめ合った二人の間に、静かな火花が散る。
暫しの沈黙が流れ、それを破ったのはエリシャだった。
「…そう、それじゃあ貴方が今の私程度のおじさんな実力になる頃が楽しみね。いつになるかはわからないけれど」
「…ああ。尽力するよ」
「せいぜい父親の実力には近づくことね。外見はその通りなんだから」
エリシャがそう言うと、マルジュは目を細めた。
「…そうか、君はレダ地方の出身だから…。…悪いけど、僕は自分の父親がどんな外見かは知らないよ。なにせ僕が生まれた直後に死んだらしいから。みんな悲しがって話をしようともしないし」
それを聞き、売り言葉買い言葉で会話を続けていたエリシャが初めてばつが悪そうな表情をした。
「…今度こそ失礼するよ。人探しをしてるんだから」
そう言うと、マルジュはその場をさった。
その背を見送り、エリシャは溜息をついて軽い自己嫌悪に陥る。
「…やあね。まるで私が子どもみたい…」
同じ歳の子どもより数段熟しているように見えるとはいえ、エリシャもまだ20にも満たない歳だった。
しかし自分が未熟であると認めることを、エリシャは自分自身に許さなかった。
エリシャは今で、あまり多くのものに頼らず生きてきた。
寝台で死んだように横になっているあの人にも、その人をずっと看病し続ける母にも。
頼らせて、もらえなかった。
だから未熟であることに甘えることを自分に許さなかった。
自分は一人でも大丈夫だと、その自信と精神を日々自尊心で支えつづける。
そのことに、たまに疲れる時があった。
「………」
エリシャは近くの壁に寄りかかる。
未熟であることに多少なりとも甘えられる、頼らせてくれなかった人の血を引く、その人の姿を知らない子ども。
少し、うらやましく感じた。
end
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