「解放」の方法論
章全体としてはいつもより短いはずなのに、一話一話がえらく長いのはどういう事でしょう?
答え――そりゃお前の計画ミスだ。
というわけで、今回も今回とてえらく趣味に走った『心、この厭わしきもの』第三章『問う心』。
今回の後書きは、タイトル通り、「解放」の方法論についてお送りします。
そもそも『問う心』に、『草原の民』やら『森林の民』やら、原作ゲームには登場しない民族が平気で顔を出して反乱軍の手助け(反乱軍が奴らの手伝いをしたのですが)をしたのには、世界観上の問題とストーリー上の問題が、それぞれ一つずつあります。
まず第一に、世界観上の問題。
私たちの世界をグルリと見回せば、色んな民族がいるわけですよ。肌の色が違ったり、肌の色が同じでも歴史的な歩みの違いで別個の民族になっていたり。私たちジャパニーズとお隣のお国は同じ黄色人種ですが、民族としてはまるで違うわけですよ。
じゃ、オレルス世界はどうなのかしら。
原作ゲームじゃまるで描かれていない(そして多分、制作側もまるで考えていない)オレルス世界の民族問題を、この際思いきって導入しました。
だって、海よりも往来に難しい空に囲まれて、それぞれのラグーンでそれぞれの歴史を歩んできた人々を同一民族と呼ぶのは、いくら何でも乱暴でしょう? 民族を定義づけるのは、肌の色なんかを初めとする身体的特徴や遺伝子などの他に、その民族が歩んできた歴史や信じる宗教などという精神的特徴もあるんですから。
となると、カーナに生きてきたビュウたちとキャンベルに生きる人々は、別の民族と言えませんか?
そういうわけで、オレルス世界には私たちの世界ほど多様でないにしろ、多くの民族が生きています。マジョリティー、マイノリティー含めて、民族の名前は全て『〜の民』で統一されています。
さて、次に第二のストーリー上の問題。
こいつが一番厄介だったりします。
まず、原作ゲームでキャンベル解放はどのように描かれているか。
解放の発端――キャンベル女王に会って神竜の伝説を知りたい。
解放の手段――自分たちだけでキャンベル駐留軍に喧嘩を売る。
解放の結果――キャンベル国民から総すかん。キャンベル女王からは「何て事してくれたの、これからどうしてくれるの」とクレームまでつく。
いやぁ、ここまでその国の民衆を無視した「解放」があって堪るもんですか。
原作ゲームの描かれ方だと、要するに反乱軍は、自分たちの都合だけで、他人の国で勝手に戦争を始めた事になります。しかも、大多数の民衆は現状維持を望んでいる。
例えば私たちの世界で、こんな事が起こったらどうなるでしょう。
基本的に民衆というのは、自分たちの支配者が誰であろうと余り気にしません。彼らにとって重要なのは、支配者がどれだけ税金を取っていくか、支配者が自分たちをどれだけ守ってくれるか、この二点だけと言っても過言ではありません。そして、この二点だけでもまともにやってくれるなら、例えその支配者が征服者であっても、大抵「いやぁ、いい王様に変わったもんだ!」で済まされる話になります。
原作ゲームにおいて、グランベロスのキャンベル統治の様子は余り語られていません。その片鱗を覗かせる台詞としては、「グランベロス軍の方が礼儀正しかった」くらいなものですか。それでも、キャンベル国民のグランベロス軍への好意のほどを推し量るには十分でしょう。
キャンベル国民は、グランベロスに税金を払っているのでしょう。そして、彼らに守ってもらっているはず。
そこに急に反乱軍がやってきて、グランベロスを勝手に追い出して、挙句さっさと次にラグーンに行ってしまった。
そりゃ怒りますって。
税金は無駄になるし、治安は乱れるし、国土は荒れるし建物は壊れるし解放後の国内情勢は不安定になるし。その復興だけで、また税金が使われるし。
原作ゲームのままじゃ、後のキャンベル史書にはこう書かれる事でしょう。
『カーナ軍の残党を中心としたオレルス反乱軍と名乗る武装組織の来襲により、グランベロス帝国のキャンベル駐留軍が撃退された。この戦いの後、キャンベル・ラグーンは無政府状態に陥り、新政府樹立まで情勢が混迷する……――』
どうするのヨヨ様! 歴史に思いっきり悪名を残しちゃったよ!?
……え? キャンベル女王? そもそも私、嫁いできた身のあの人が何故王位に就けたのかがよく解りません。だって仮にも「王国」なら、王様の親戚とかいるでしょたくさん。どうしてその人たちの王位継承権が無視されて、嫁さんの継承権が認められたのか……。そういうお国柄? どういうお国柄。
さて、こういう事に気が付いてしまった歴史大好き簾屋、このまま書くなんて出来ません。
ならば仕方ない。レッツ・捏造!
そこで急遽、グランベロス支配を快く思わない、王都に住む都市民とは民族的にまるで別物の『草原の民』、『森林の民』に登場していただきました。反乱軍に彼らの手助けをさせる事により、キャンベル解放に正当性を持たせなければいけなかったのです。
キャンベル在住の皆さんが、全員が全員グランベロスを好ましく思っているはずもないわけですし(実際、原作ゲームにもビュウたちを歓迎した国民は登場しましたし)。
そういうわけで登場した『草原の民』、『森林の民』。
『草原の民』のモデルは、以前日記の方でもチラリと喚いていたように、モンゴルの皆様です。モンゴル史に詳しい方ならすぐにお解りになったかもしれませんが、『草原の民』の王トゥルイ・カーンの名前の出所は、チンギス・カンの息子でクビライ・カーンの父でもあるトゥルイです。そのまんま。
『森林の民』にモデルは特にありません。ただ、モンゴル族を初めとする遊牧騎馬民族は、その大元を探れば森林に住む狩猟民族だった、という説があるので、そこから取ってきました。だから、『草原の民』と『森林の民』の歴史を遡れば同じ一つの民族だったわけですが、それはさておき。
『蒼き狼』と『白き鹿』の出典は、『元朝秘史』(で良かったかな?)という元代の歴史書の冒頭を飾る伝説です。内容は作中に出した話のまま。祖先は狼、という狼祖伝説は遊牧騎馬民族の間では割とポピュラーなので、彼らの信仰だとかを表現する一環として出しました。
カーンとカンの違いについては、作中に出した説明とは少し違いますが、でも大体あんな感じかと。「ハーン」や「ハン」ではないのは、今回読んだ参考文献のせいです。上述のクビライが「フビライ」でないのと同じ理由で。
モンゴルを初めとする中央アジアの騎馬民族は、調べれば調べるほど面白いネタがゴロゴロ浮かんできます。しかし惜しむらくは、オレルスという舞台が彼らの活躍には余りに適していない……――
本当に惜しい事です。
それにしても、今回も色々とキャラクターが登場しました。
今後の展開に一番重要なグドルフさんも出せた事ですし、簾屋はもう大満足です。
でも、キャンベル女王については消化不良……。まぁ、彼女は基本的に過去編のキャラクターなので、ヨヨ様が何故叔母を嫌っているのかとかは、そちらで語ろうかと。
とりあえず、ヨヨ様が『問う心』の三話で叔母さんに言ったあの台詞が一番書きたかったから、もういいや(オイ)。
次回はマハール解放戦。
まぁたオリキャラ乱舞の予定です。
まぁ、今回の展開についていけた皆様は平気……ですか?
最後に、『問う心』に使用した背景画像は『トリスの市場』様からお借りしました。
では、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
参考文献
井原弘、梅村坦著『世界の歴史7―宋と中央ユーラシア』、中央公論社、1997
杉山正明、北川誠一著『世界の歴史9―大モンゴルの時代』、中央公論社、1997
江上波夫『江上波夫著作集6―騎馬民族国家』、平凡社、1986
ロバート・マーシャル、遠藤利国訳『図説モンゴル帝国の戦い―騎馬民族の世界制覇』、東洋書林、2001
S・R・ターンブル、アンガス・マックブライト彩色画、稲葉義明訳『モンゴル軍―オスプレイ・メンアットアームズ・シリーズ』、新紀元社、2000
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