こんな夢を見た。



 その場所の床は、白と黒の市松模様だった。マスごとに見慣れた者たちがいて、緊張の面持ちで武器を構えている。私自身もまた、マスの上に立っていた。
 さて、いくつかの列を隔てた先に、やはり見慣れた顔がある。やはり緊張の面持ちで各々の武器を携える彼らは、帝国の面々であり、すなわち、文字通りの敵だった。
 私はそうしてその場所と、人員の配置とを見て、はたと気付く。

 チェスだ。

 しかもどうやらこちらは白で、あちらは黒らしい。つまり、先手は帝国側となる。私は居並ぶ兵士たちの中にあの皇帝の姿を見つけ、顔をしかめた。

 彼が、黒のキング。
 では私は、白のキングか。

 と、皇帝が剣を一つ振るった。それを合図にして、黒のポーンの役を成す兵士が一人、二マス分前へと進む。
 皇帝は、こちらを見て笑っている。私はそのしたり顔を睨み据えて、顎に手を当てた。考える。
 おおよそこの手のゲームは、初手から詰みまでの道筋というのが決まっている。定石という奴だ。それに沿って駒を進めていけば勝つ道は大いに開ける。というか、定石を覚えていなければ勝負にもならない。


 ――長考ですかな、王女。


 盤上に皇帝の声が響いた。ハッと顔を上げれば、酷薄な薄笑いがこちらにまっすぐに向けられている。


 ――結構、いくらでも考えられるがよろしかろう。だが、無駄な長考は結果を先延ばしにするだけだ。


 私は歯を噛み締めた。悔しいが言う通りだ。実のところ、私はチェスの定石など覚えた試しがない。指すのは好きなのだが、勝った回数など片手に満たないのだ。
 勢いでポーン役に進撃の命令を下そうとして、私はふと視線を感じた。
 ナイト役の一人からだった。
 双剣を携えた私の騎士は、睨むでもなく、見守るでもなく、ただじっと私を見据えていた。その視線を受けて、私はスッと頭が冷えていくのを感じる。
 そこに、皇帝の声。


 ――気の向かれるままに駒を動かされるのもよろしかろう、王女。所詮はただのチェス、実際の世界は二色で色分けされているわけでもない。これで貴女の手腕が露呈されるわけではないのですから。


 その声に。
 その言葉に。
 私は。


 ――安い挑発はやめていただけるかしら、皇帝?


 笑った。
 そして、胸を張って皇帝を睨む。


 ――これで私の手腕が露呈しない、ですって? 何てくだらない。知った風な事は滅多に口にされない方が身のためですわよ。ねぇ。


 私の笑みは深くなる。


 ――皇帝の姿を借りなければ出てこられない、誰かさん?


 蛇のように細長い瞳孔を持つ、皇帝の姿をした何者かの薄笑いが、凍りついた。

 その様子に、私はクツクツと笑った。
 愉快だった。
 実に愉快だった。
 余りにも愉快だったので。

 私は手にした杖を振るうと、双剣の騎士に進撃を命じた。
 さぁ、これで度肝でも抜かれなさい、と微笑みながら。

 

 

 

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