それは、ある日の真夜中。


 ゴゴゴゴゴ……という地鳴りのような振動に襲われて、ヨヨは飛び起きた。
「何事……?」
 鋭く呟きながら、彼女はベッドから出る。その直後の事だった。

 爆発音と、突き上げるような衝撃。

「――っ! 誰か! ……ビュウ! ビュウ!」
 呼ぶ名は彼女の騎士のもの。しかし、
「……ビュウ?」
 爆発と衝撃の余韻が残る中、信じられない心持ちでヨヨは呟く。
 いつもならすぐに来るはずの彼が、いくら呼んでもこなかった。



 その頃、爆発音源に駆けつけたマテライトたちは、信じられないものを見た。
「こ、これは……!」
 見慣れたはずの部屋は、まるで異次元への入口かのように見知らぬものへと変貌していた。
 奥の壁、窓側に穿たれた大穴。吹き飛んだ机やベッド、本棚。散乱する紙くず。半ばまで吹き飛ばされた扉。
 そして、その部屋のど真ん中で倒れているビュウと、窓側の大穴の側で気を失っているホーネット。
「ビュウ! ホーネット!」
「小僧ども、プリーストを呼んでこい! それと、タイチョーたちに周囲の警戒に当たらせよ! 敵影は見えんが、これはグランベロスの刺客の仕業かも知れぬぞ!」
「わ、分かりました!」
 マテライトの指示に、ラッシュとトゥルースはそれぞれ飛んでいく。残されたマテライトは、再びビュウの部屋の惨状を見やって、呟いた。
「ビュウよ……一体、何があったというのじゃ」



 しかし明けて翌日、当時の見張りからの報告により、外部犯説は否定される。曰く、ファーレンハイトに接近してくるものはなかった。代わりに、甲板から飛び立って艦の周囲を飛んでいるものはあった。
 これにより、内部犯説が浮上。ヨヨはマテライトとセンダックに調査を命じる。
 程なく彼女たちは知る事になる。
 爆発は、愛憎ドロドロの奇妙な四重唱(カルテット)の終幕であった事を。











愛別離苦カルテット
















 証言その一――とあるブリッジ・クルー


 え? あ、はい。昨日のボス、ですか。

 えーと、多分ご存知だとは思いますが、ここのところ、うちのボスはやたらとご機嫌で。
 で、昨日のボスも、何と言うか、朝からとにかくご機嫌でした。締まりのない笑顔で似合わない鼻歌なんか歌ったり、足でリズムを取ったり、時々左右に揺れたり。前は眠気覚ましのお茶が渋かったら「淹れ直せ」だったのに、昨日は「まあ……良いか」ですよ。あり得ませんよ。
 それから、ほら、操舵席から甲板が見渡せるでしょう? ボスってば、何かあったら――いや、何かなくてもすぐにそっちを覗いて、「元気にしてるかな〜」だの「苛められてないかな〜」だの、ブツブツ小声で言ってました。そりゃもう、大袈裟なくらい心配そうに。
 そこまでならいいんですけど、挙句の果てに、窓から甲板に飛び降りちまって。ビュウさんとかにゃ「危ないからするな」ってキツく言ってる本人がこれですよ? それ見たビュウさん、
「張り倒してやろうか」
 ってボヤいてましたよ。
 ……そのビュウさん、ですか? いえ、別にブリッジでボスと何かしていた、なんて事はないですよ。いつもの朝の定例会議、あの後にファーレンハイトの針路の事でボスと少し話し合っていたくらいです。その後甲板の方から何か戦竜の雄叫びみたいなのが聞こえて、ボスが慌てて「パパが今行くでちゅよー!」って飛び降りて。
 ビュウさんがすげぇ呆れた様子で溜め息を吐いてました。
 俺が見た限りじゃ、うちのボスとビュウさんが一緒にいたのはこの時だけですね。

 それにしても、ボスってば結構子煩悩――あ、そんな話はどうでもいい? そりゃ失礼しました。




 証言その二――ラッシュ


 あん? ホーネットの事? 話せって言われても、昨日俺とあいつが鉢合わせたのは朝だけだから、その時の事しか話せないぜ?

 昨日の朝はさ、俺が当番だったんだ。何がって? 決まってんだろ、戦竜の餌やりだよ。
 ビュウの受け売りだけど、ドラゴンにとっての「食事」は二種類あってさ。一つは俺たちもしている「食事」、もう一つがドラゴンの身体進化を引き起こす「食事」。俺がやらされたのは最初の「食事」――残飯とドラゴン用の栄養食を混ぜた餌をあいつらにやる方だ。身体進化に関わる方を俺にやらせてくれた試しはねぇよ。
 ――あぁ、それでホーネットの事だったな。分かってるって、今話す。
 戦竜たちは、ビュウに言わせれば子供みたいな奴らでさ、餌が来ると途端にギャアギャア騒ぎ出すんだよ。分かるだろ? あいつらの鳴き声が艦内にまで響いてうるさい、って俺たち戦竜隊に苦情言ってきたの、あんたらじゃん。
 で、俺はあいつらに餌をやってた。腹すかせたあいつらはワンワン喚く。そうしたら、だ。
 ホーネットの野郎、ブリッジから飛び降りてきやがった。
 しかも口開いて言う事が、
「パパが今来まちたよー! どこでちゅかー!?」
 だぞ? あの声で、だぜ? ……さすがに笑えなかったぜ。
 それにしても、何でホーネットがパピーの人間パパになっちまったんだろうな。あんな体たらくじゃ、そりゃビュウも嘆くっての。

 それ以外に何かなかったか、って? さあ……ホーネットがおかしな事口走るのは昨日に始まった事じゃねぇしな。無視して餌やりやって艦内に戻ったから、その後に何かあっても、ちょっと俺には判らねぇや。
 強いて言えば、変な視線っつーか気配っつーか、そんなモンを感じたくらいだけど……すぐに消えたから、気のせいだったと思うぜ。




 証言その三――ドラゴン親父


 ……ふむ、確かにわしは一日中甲板で戦竜たちの世話をしておるからの。昨日、甲板であった事ならば何でも説明できるが……ホーネットにもビュウにも、そうおかしなところはなかったがのぅ。

 ラッシュから朝の事は聞いておる、と。なら、わしはその後の事を話そうかのぅ。
 ラッシュが餌やりを終えて、容器一式を抱えて艦内に戻った後じゃ。ブリッジから飛び降りてきたホーネットは食事中のパピーをずっと構っておった。
 おそらく、腹をすかせたパピーが上げた催促の鳴き声を、他の戦竜に苛められて出す悲鳴と勘違いしたんじゃろうな。大丈夫か大丈夫か、とひたすらまとわりついておった。その内にパピーのドラゴンママから超音波を喰らって悶絶しとったな。それでも起き上がってパピーに抱きつく辺り、子煩悩全開といった風情じゃったのぅ。
 いやはや、あのクールなホーネットが人間パパになった途端子煩悩とは、人は見かけによらんもんじゃ。
 ……ん? 人間パパとは何か、じゃと? ラッシュからは何も聞いておらんのか?
 生まれたばかりの子竜がおるじゃろう。その子竜が最初に見た人間が、人間パパ。二番目がママじゃ。便宜上の呼び方じゃから、性別は特に関係ない。
 戦竜や運送竜なんかは人間との関わりが大切じゃからな。人間両親を通して人間と如何に関わり、付き合っていくかを学んでゆく。
 大抵の子竜は人間両親によく懐く。二人が子竜を可愛がれば可愛がるほど、な。
 パピーはほれ、ファーレンハイトで生まれたからのぅ。たまたま甲板に出ておったホーネットを最初に見てしまったんじゃ。それを知ったビュウが、まあ悔しがった事悔しがった事。歯軋りして地団駄踏んでおった。
 ――ふむ? おお、そうじゃったな。話を元に戻そう。
 ともかく、朝はそんな感じじゃった。朝ご飯にパピーが満足したら、ホーネットもその内に艦内に戻っていった。それから二度くらい、ホーネットはパピーの様子を見に甲板に降りてきたが、夕方の餌やりの時間じゃったかな? ビュウと鉢合わせてのぅ。
「そんなに頻繁に降りてくんなこの馬鹿父、パピーが甘えん坊になるだろうがっ!」
 とどつかれておったな。
 ビュウは人間ママじゃからな。パパと子育ての方針で衝突があってもおかしくはあるまい。――ん? 何故そんなおかしな顔をなさる? わしは何か変な事を言ったかな?
 とりあえず、甲板であった事といえばこんなものじゃのぅ。

 変な視線? そういえば、ずっとサラマンダーが入り口の方を気にしておったのぅ。もしかして、誰か甲板を覗いておったのかな。




 証言その四――サジン


 ああ。俺たちはいつもここにいる。艦内の出入りに注意を払う事、それもアサシンの通常業務だからな。

 ……そういえば、確かにいたな、不審な奴が。朝と昼間に二回、それに夕方の計四回、わざわざここまで降りてきて、扉の隙間から甲板の方を覗いていた。覗いていただけだった。やっている事はおかしかったが、そいつ自体は別に不審者でも何でもない。従軍者が精神に異常をきたし奇行に走るのは日常茶飯事だからな。そういった類のものだろうと放っていた。
 ……まあ、正直、奴の放っていた気配が余りにもおぞましくて関わり合いになりたくなかった、というのもあるが。
 うん? そいつが誰か、だと? 俺は別に、そこまであんたたちと深く付き合っているわけじゃないからな。正直な話、雇われてから何ヶ月も経った今でもあんたたちの顔と名前が一致しない。……ああ、安心しろ。名前は判らなくても、そいつがどこの隊かはちゃんと判る。

 ウィザード隊の、金髪の女だ。




 証言その五――アナスタシア


 あの、その、えーと……はい、ちゃんと分かってます。
 エカテリーナの事、ですよね。はい、ちゃんと話します。
 ……あたしがちゃんと止めてれば、ビュウもホーネットも怪我せずに済んだんです。

 多分知ってるとは思うんですけど……。
 あの子、エカテリーナは、ずっと前からホーネットの事が好きなんです。
 でも、内気な子だし、今は戦争中で恋愛に浮かれてる場合じゃないから、告白なんて出来るわけもなくて……あの子はずっと、その想いを胸に秘めていたんです。
 いや、たまにはアプローチしてるんですよ? ホーネットの好きな物を送ったり、とか。でも何かいまいち伝わってないんですよ。何ででしょう? ホーネットの好きなものはうにうじ、って確かな情報なのに。やっぱり、匿名で送るから駄目なのかな。エカテリーナにはちゃんと名前をはっきり出せ、って言うべきかな?
 ――あ、はい。ごめんなさい。話が逸れました。ちゃんと話します。
 とにかく、そんな感じでエカテリーナはホーネットを密かに思っていたんですが……最近、ちょっと状況が変わったんです。
 パピーが生まれたんです。
 パピーが生まれてから、ホーネットはやたらとパピーを可愛がるようになったんです。
 ……え? エカテリーナがパピーに嫉妬した? いや、そんな事はないですよ。だって、いくらホーネットが可愛がってるって言っても、戦竜でしょう? ペットの犬に嫉妬するようなものじゃないですか。……まあ、あの子は結構思い詰める方だから、ペットの犬にも嫉妬しますけどね。
 でも、
「あの人の上着、ドラゴンのヨダレでベタベタ……私が、洗ってあげたい」
 なんて言ってたエカテリーナです。単純に戦竜に嫉妬していたわけじゃないと思います。むしろ、ホーネットの意外な一面を見られて喜んでました。
 特に、ホーネットはパピーと一緒だとよく笑いますから。貴重な笑顔を見られるから、って、エカテリーナはパピーと一緒のホーネットを見るのが好きでした。
 ……そうです。昨日も、エカテリーナはずっとホーネットを見てたんです。
 ホーネットが甲板に降りる度に、階段を走って降りてって扉に貼りついて。ニコニコ笑って、
「あの人の笑顔……いつか、私にも……うふ、うふふ……」
 なんて言いながら。
 ――でも。
 夕方、だったかな。甲板で、ビュウとホーネットが言い合いしていたらしいんですよね。
 それを見てから、エカテリーナの様子がおかしくて、
「あいつがあの人を……私のあの人を……――」
 ってブツブツ繰り返して、あたしの声も耳に入らない様子でした。
 そりゃ、あたしもその様子が気掛かりでしたけど。でも、エカテリーナが人の声を聞かないのなんていつもの事ですから。いつもみたいに、自分の殻に閉じこもっただけかなー、って……。

 でも、まさかそれであんな事が起きるなんて……。あの時、あたしがもっと注意してれば……。





 まとめられた報告書から顔を上げたヨヨは、難しい表情でこめかみに手を当てた。
「……肝心なところが抜けてるじゃない」
「ご、ごめんね、姫……。わしら、頑張って事情聴取したんだけど……でもやっぱり、その時何があったのかは、居合わせた者がいなかったからちょっと判らなくて……」
 謎の爆発――おそらくはエカテリーナの魔法――が起こった時間は真夜中。状況から推して、ビュウは例のごとく伝票チェックやら帳簿付けやらをやっていたのだろう。
 だが、何故その時間のそこにホーネットがいたのか?
 そして、何故エカテリーナが二人を攻撃したのか?
 深まる謎に考え込むヨヨの耳に、ノックの音が飛び込んだ。
「誰です?」
「あたしだよ、姫様。失礼するね」
 開かれた扉から顔を覗かせたのは、ゾラだった。医務室で、フレデリカやディアナ、ジョイと共にビュウたちの看病に勤しんでいた――
「ビュウが、目を覚ましたよ。意識はしっかりしてる。まだ寝てなきゃ駄目だけど、もう大丈夫だよ」
 と、安心させるような笑顔を浮かべるゾラに。
 ヨヨは安堵しながら、同時にこう言葉を放っていた。

「話は出来ますか?」



 医務室のベッドに横たわるビュウは、包帯グルグル巻きの、まさにミイラ状態だった。
 その様子に絶句するヨヨたちに、彼は不機嫌そうな色を浮かべた碧眼をチラリと向けて、
「……面目ない」
「いえ……その、災難だった、わね?」
「何で疑問系だお前は」
 返答は確かにいつものビュウで、ヨヨはホッと息を吐く。それからようやく、彼の枕元に椅子を寄せた。
「それで、ビュウ?」
「ん?」
「何で、こんな事になったの?」
「…………」
 ビュウは遠い目をした。
「貴方だったら、完全に避けるのは無理でも、少しでも怪我を軽くするような行動を取れたはずでしょ?」
 それが出来ないというのであれば、ヨヨはこの男の評価を改めなければいけない。
 そんなシビアな事が胸をよぎる彼女を尻目に、ビュウはボソリと、こう言った。
「……そりゃ、無理な話だ」
「何で」
「守らなきゃいけなかったからな。俺も……ホーネットも」




 証言その六――ビュウ


 先に言っておく。俺はあくまで、巻き込まれただけだ。純度百パーセントで被害者だ。法廷で争っても勝つ自信があるぞ。っつーかむしろ賠償請求したいんだが。

 お前も知ってるとは思うが、俺の夜の時間は事務仕事だ。昨日も帳簿付けをしていた。ここのところカーナの再興計画の方にかかずらっていたから、整理が全然出来ていなくてな。こういう時でもないとやれないんだ。
 で、一区切りついて、さあそろそろ寝るか、って時だった。

 ――バタンッ!
「ビュウ! 少しかくまってくれ!」
「……は?」
 俺は驚きの余り、間の抜けた声しか出せなかった。
 そりゃそうだろう。人の部屋に無言で踏み込んで、閉じた扉に背を預けてゼェハァ肩で息をしているその男――ホーネットだ。その時間なら、いつもブリッジの方に詰めているはず。俺は首を傾げた。
「何の用だ? というか帰れ。今すぐ俺の部屋から出て行け。俺は寝るんだ」
「お前、それがパピーの人間パパに対する言葉か!? お前はママだろう!?」
「それについて俺があんたに言いたい事は二つ。一つ、俺はあんたを人間パパと認めちゃいない。二つ、俺の事をママと呼ぶな気色悪い。以上だ。帰れ」
「そんなつれない事を言うな、ママ!」
「略すな! それじゃまるで俺があんたの――」
 俺の声を遮って、

「やっぱり……」

 そんな声が、割って入ってきた。

「やっぱり……その人が、貴方の……」

 窓の外からだった。ホーネットがヒィッ、と声にならない悲鳴を上げるのと、俺がそっちを振り向いたのは、多分ほぼ同時だった。
 俺も悲鳴を上げたね。

 窓の外に浮かんでいたのは、パピーに乗った、憎々しげな表情をしたエカテリーナだったからな。

「ってちょっと待てエカテリーナ! パピーはまだ戦竜としての正式な訓練もしてないんだぞ!? 何乗ってやがる!?」
「黙って! 貴方の話なんて聞きたくないわ!」
 エカテリーナはそう叫ぶと、窓を蹴破って俺の部屋に侵入、窓際の机に仁王立ちした。それから俺を凄い目付きで睨んで、
「ビュウさん……貴方は、優しい人だって、思ってた。私にその人の好きな物を教えてくれた、優しい人だって……。私の事を応援してくれる人だ、って思ってたのに……。それなのに、その人と、そういう関係だったなんて」
「はい?」
 ソウイウカンケイッテナンノコトデスカー? 俺の脳みそは理解を拒んだ。普通拒むだろ。俺には男とどうこうするっていう趣味はさすがにないし。
「あの、おい、ちょっと、エカテリーナ?」
「そうなのね……そうだったんですね……ビュウさん、貴方は私にホーネットさんの好きな物はうにうじ、って教えてくれたけど、あれは……あれは、私に対するあてつけだったんですね。私が何をやっても、ホーネットさんは自分から絶対に離れていかないっていう……」
「ってちょっと待てエカテリーナ! あてつけって何!? ホーネットが俺から離れていかないって何の事!?」
「それ以前に待てビュウ! 俺の好きな物がう……のつく物ってどういう事だ!? 俺がう……のつく物が大嫌いだという事は、前にお前に話しただろう! ――まさか、随分前から定期的に送られてくるう……のつく物の包みは、お前だったのかエカテリーナ!? 一体何の嫌がらせなんだ!?」
「え? そ、そんな……うにうじ、お好きじゃないんですか?」
「やめろ! その名を口にするな! 聞くだけで鳥肌が立つ!」
「そんな、そんな……それじゃ、私、ずっとホーネットさんに……!」
 頬に両手を当て、エカテリーナはかぶりを振って嘆いた。
 ――と、思っていたら。
「――……うふ、うふふ……」
 俺とホーネットは睨み合うのも忘れて身を退かせた。エカテリーナがいきなり上げた笑い声は、それくらい不気味だった。気が触れたんじゃ、って思うほどに。
「そう、そうだったの……。ビュウさん、貴方って人は、私にホーネットさんを奪われまいとしてそんな嫌がらせを……。うふふ、そうだったのね……。うふ、うふふ、うふふふふふ……」
 するとホーネットは俺の胸倉を掴んだ。
「全部お前のせいかビュウ! 責任を取れ! 今すぐ責任を取れ! うのつく物を延々と贈り続けられた俺の恐怖と苦悩の責任を取れ!」
「うるせぇ! 俺は冗談のつもりだったんだ! 大体何をどう間違えたらうにうじが好きなんて勘違いできる!? あの時俺はな、『それはないでしょ』っていう突っ込みを期待してたんだ! まさかこうなるなんて思いも寄らなかった!
 それにな、俺だってあんたの責任を問いたい! 何で俺の部屋に逃げ込んできた!? そもそも何でエカテリーナに追い回されてたんだ!」
「それは俺が聞きたい! 俺がブリッジにいたら、エカテリーナがいきなり現われて『あの人と別れてください』とか何とか言って凄まじい形相で迫ってきたんだ! 普通逃げるだろ!?」
「もういい!」
 俺たちの言い合いは、エカテリーナの一喝で遮られた。
 恐る恐るそっちを見た俺たちの目に、口元に不気味な笑みを浮かべて小刻みに震えるエカテリーナが飛び込んだ。
「ふ、ふふ……もういい、もういいわ。そんないつまでもいちゃつかないで。私には割って入る事は出来ない、なんて見せつけないで」
 いちゃつく!? いちゃつく言ったか今!? 内心で突っ込みはすれど、愕然とする余り声にならない。
「ええ、もういいの。だって解っていたもの。私にはもうこうするしかないんだ、って。もう、こうするしか……――」
 そう言って。

 エカテリーナは、杖の先端を窓の外のパピーに向けた。

 俺はゾッとして、エカテリーナに駆け寄ろうとした。だが、
「来ないで!」
 足が止まった。声に止められたわけじゃない。目だ。彼女の狂気を孕んだ目、あれに射竦められて動けなくなったんだ。
「来たら、この子を撃つわ」
「ま、待て、エカテリーナ」
「いいえ、ホーネットさん。私は何も聞きたくない。何も聞きたくないの。だってもう、私は貴方に散々酷い事をしてしまったわ。取り返しがつかない。貴方に見てもらうためには、もうこうするしかないじゃない」
 狂気を宿したエカテリーナの目に、うっすらと涙が浮かんでいるように見えた。でもそれは、気のせいだったかもしれない。確認するどころじゃなくなったから。
 彼女はきっと俺たちを睨みつけると、朗々とこう言い放った。

「さぁ、その人と別れて! 今すぐ、この場で別れて! さもないと……この子を道連れに、ドッカンよ!」

 何のこっちゃ。

 状況を考えて、エカテリーナの勘違いの根本にはパピーの人間両親がホーネットと俺、という事情がある。一瞬で冷静になった俺は、まずそこのところの誤解から解こうと思った。
 ――が。

「分かった! わかったから、その子には手を出すな。出さないでくれ! その子は、俺の命なんだ!」
「って俺置いてけぼりで話が進んでる!? だったら最初っから俺の部屋で三角関係的な愁嘆場を繰り広げるな!」
「エカテリーナ、俺とビュウはもう関係ない。赤の他人だ! だからその子を……!」
「おいおいおいおい関係ないってちょっと待てコラ! パピーのいる前で人間両親が仲違いなんて教育上良くないんだぞマジで!」
「最後まで……最後まで、私たちの邪魔をするんですね、ビュウさん……!」
「邪魔!? 人の部屋に勝手に乗り込んできてどの口で邪魔言うか!?」
「違う、エカテリーナ! これは違うんだ!」
「ふ、ふふ……なら、これでお終いよ!」

 エカテリーナが杖を振るう。何か唱えた。
 俺は咄嗟に動いた。守らなければいけなかったからだ。パピーと、帳簿と伝票と書類の山を。
 だから、俺はホーネットの手を引っ張った。ホーネットは為す術もなく立ち上がった。そのホーネットをエカテリーナの方に投げつけた。エカテリーナの放った光が、ホーネットに直撃する。俺は書類を守ろうと身を投げ出す。
 そこから先は……覚えていない。

 で、パピーは無事か?





 話を聞き終えて――
 ヨヨは痛むこめかみに手を当て、深々と溜め息を吐いた。
「……馬鹿ばっかり」
「そんな嫌そうな声で言うな、お前も」
「どこか純度百パーセントで被害者、よ。二割くらい自分の悪ふざけが原因じゃない。法廷で争ったら裁判官の心象を悪くするわよ」
「そもそもホーネットが俺の部屋に逃げ込んでこなきゃこんな事にはならなかったんだって」
「そうでしょうけど、自分で蒔いた種の分も含まれてるじゃない」
 さすがに反論できないか、ビュウはムッツリと唇を引き結んだ。その様子に、ヨヨはもう一度溜め息を吐く。
「とりあえず、エカテリーナの責任は問うとして……ホーネット?」
 ヨヨは、ビュウの隣のベッド――そこで未だ眠るホーネットを見やった。
 もちろん、振りなのは知っている。
「災難だとは思うけど、こんな事を繰り返さないためにも、ちゃんとエカテリーナの想いには応えてあげなさい」
「…………」
「返事は?」
「……分かりました、女王」
「結構。
 ところで、ホーネット?」
 改めて呼びかけてようやく、ホーネットは目を開けてこちらを見た。
 まだ何か。無言でそう問い掛けてくる彼に、ヨヨはニッコリと笑ってやる。
「それで貴方、好きな物は何?」





 その日の夕方。
 ホーネットの枕元に、見舞い品の甘いワインが届けられた。
「良かったな、ホーネット」
「…………ああ」
 無事に生き残った書類だとか帳簿だとか伝票だとかをベッドの上で確認するビュウの言葉に、ホーネットは生返事を返す。


 添えられていたカードには、一言、「ごめんなさい」と書かれていた。


 

 


 以上、零式様からのリクエスト「ホーネット×エカテリーナ」でした。
 でも簾屋ビジョンでは、幸せでラブラブなホーネット×エカテリーナ略してホエカはあり得ません。
 ってなわけで、とりあえずエカテリーナには暴走してもらいました。
 でもってホーネットには痛い目に遭ってもらいました。
 ビュウが巻き込まれているのは、嘘吐いた代償です。
 作中では言及していませんが、パピーはとりあえず無事です。人間両親の不仲に心を痛めていますが。
 最後にヨヨ様が締めている風味なのは、簾屋の趣味です。


 にしても中途半端な感じで終わったホエカです。ハッピーエンドなんだかアンハッピーエンドなんだか、作者自身もよく判りません。多分そういう曖昧さが、ホエカには一番相応しいのかと。
 そう、不幸。ホエカの醍醐味は、匿名でうにうじを送りつけてくる謎の人物「うにうじの人」の影に怯えるホーネットと、そのホーネットの姿をいつものあの曲(だか効果音だか)をBGMにしながら物陰からこっそり観察するエカテリーナ、というシチュエーションでしょう。というか、ぶっちゃけこの二人でラブが思いつきません。


 零式様。
 リクエスト、ありがとうございました!
 散々お待たせした挙げ句にお届けしたのはこんな代物ですが、よろしければ貰ってやってくださいませ!

 

 

 

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