何でだよ。
 あんた、笑ってたじゃねぇか。
 彼女と一緒にいた時、あんた、あんなに笑ってたじゃねぇか。
 俺たち、あんたがあんな風に笑うとこ、見た事ねぇ。あんな風に、楽しそうに、嬉しそうに笑うところ。
 それなのに。

「別に、そんなんじゃない」

 何で。


「俺は――彼女と付き合ってるとか、そういうのじゃない」


 何でだよ。
 訳解んねぇ。










大嘘吐きの恋愛倫理













 雲が一つ、二つ、三つ、四つ――
 五つ目で、ラッシュは数えるのをやめた。ふと我に返ったからだ。俺、今、何やってたんだろう、馬鹿らしい――と、どこか皮肉げでボンヤリとした表情のまま、彼は鼻で笑う。

「何ニヤニヤ笑ってるのよ、気持ち悪い」

 ラッシュはバッと肩越しに背後を振り返った。そこにいたのは、呆れた声音と同じくらいに呆れた面持ちの娘。

「……何だ、ディアナか」
「何だ、とは何よ、失礼ね。わざわざ呼びに来てあげた、っていうのに」
 腰に手を当て、座るこちらを見下ろし、ディアナは肩を竦める。
 呼びに来てあげた? その言葉の裏にあるそこはかとない押しつけがましさに、ラッシュは思わずムッとした。同時に、わざわざ自分を呼びに来たその理由が思い当たらない。そんな彼がムスッとした表情で小首を傾げるのを見て、ディアナは馬鹿にしたように大仰に溜め息を吐いた。
「やっぱりね。そんな事だろうと思ってたわよ」
「そんな事、ってどんな事だよ」
 反射的に言い返す。彼女はくすんだ色合いの緑眼を細めて、
「どうせ忘れてるんでしょ」
「何が――」
「会議」

 会議。
 会議?
 会議……――

 ラッシュの中で閃くものがあった。瞬間的に、爆発的に、それこそ閃光のように、ラッシュの脳内の暗闇を切り裂いて駆け巡る。
「忘れてたっ!」
 そうだ。今日は午後から偵察飛行の作戦会議があるのだ。偵察飛行は戦竜隊の仕事、隊員であるラッシュがいなければ話にならない。
 慌てて立ち上がったラッシュは、ディアナに礼を言うのも忘れて艦内に駆け戻った。廊下を全速力で走り、階段を二段飛ばしで駆け上がり、三階の艦長室兼会議室の扉を勢いのままに開ける。
「悪い、遅れた――」
「何をやっとるか、小僧!」
 出迎えるのはマテライトの怒声、トゥルースの溜め息、ビッケバッケのオロオロとした表情。
 そして――
 今一番会いたくないビュウは、ラッシュを一瞥すると、
「さっさと座れ。時間がない」
 と、いつものようにぶっきらぼうで事務的な言葉だけを寄越した。




 そうして始められた会議はといえば、何とも酷いものだった。
 会議という名の出来レース。ラッシュが遅れている内にあらかじめ話が通っていたようで、二人一組(ツーマンセル)の偵察飛行を、ラッシュはビュウと組まされる事になった。
 本当はビュウとでなくトゥルースと組みたかった。バランスの面でも、ビュウとビッケバッケ、ラッシュとトゥルースの方が良いはずだ。ラッシュはそう主張したけれど、ビュウとマテライトに却下された。というか、主張自体聞いてもらえなかった。
 抗議したら、
「遅刻者に発言権はない」
 と、これまたあっさり切り捨てられた。
 話し合いではなく単なる確認し合いに成り下がった会議はラッシュを蚊帳の外に置いたまま進行し、その華麗なる無視っぷりにラッシュはすっかり精神的に消耗した。一時間後、議長役のマテライトが終了を宣言した頃には、戦闘したわけでもないのにやたらとフラフラしていた。
「偵察飛行は日没だ。それまでにシャキッとしておけ」
 会議室を足早に出ていくビュウは、ラッシュにそう言い残して去った。
 その言い方もまたいつもの調子で、だからラッシュは余計に釈然としない。
 昨日、あんなやり取りをしたというのに。
 ノロノロと疲れた足取りで会議室を出た彼は、ボソリと、
「……何だって、俺ばっかりグチャグチャ考え込まなきゃならねぇんだ?」
「へぇ、珍しい」
「――――っ!?」
 独り言に応えが返り、ラッシュはビクリと身を竦ませる。
「あんたみたいな考えなしでも、考える事ってあるのねー。で、何をそんなに考え込んでるのよ」
「ディアナ……」
 会議室の戸口のすぐ横に背をもたせかけ、ディアナが立っていた。
 一見すれば、所在なげに佇んでいるようだが、
「……何の用だよ」
 そんなわけがない。会議の前後は関係者以外立入禁止になる会議室周辺だ。それを分かっていながら、ここに立ち、最後まで残っていたラッシュに声を掛けた、という事は、
「あら、よく分かったわね」
「タイミング良すぎなんだよ」
 意外にもあっさり認めたディアナは楽しそうな笑みを浮かべ、対するラッシュは苦虫を噛み潰した表情で吐き捨てる。
「で、何だよ。用事ならさっさと済ませろよ。日没には飛ばなきゃならねぇんだから」
「そんな大した用じゃないわよ。ただ、気になったから」
「……何が」
「物事深く考えないあんたが一体何をそんなに悩んでるのか」
 興味津々な口調。抑えきれない好奇が言葉の端々に表われている。それを感じ取ったからこそ、
「誰がお前に話すかよ」
 ディアナに話したが最後、どんな形で艦内に広められるか分かったものではない。噂好きでお喋り好きのディアナにあんな事やこんな事(詳細は思い出したくもない)を面白おかしく広められた経験を持つ身としては、二の舞は避けたいところだ。
 けれどディアナは、
「話してみなさいよ」
 食い下がってくる。ラッシュは無視して歩き出した。足が向かうのは甲板。用事はない。だが、他に一人になれる所が思いつかない。そしてディアナはついてくる。ペラペラと喋りながら。
「悩んでる時は誰かに相談するのが一番よー? 相談相手から良いアドバイスが貰えなくても、話す事で考えがまとまって、それが解決の糸口になる事もあるし」
「知るかよ」
「どうせまた一人でウジウジ悩むんでしょ? だったらあたしに話してみなさいよ。こう見えてもあんたより多少歳上なんだから、何か良い知恵を出せるかもよ?」
「要らねぇよ」
 解決の糸口だとか、これはそういう問題ではないのだ。
 あくまで、ラッシュ自身の――

(俺自身の……何だ?)

「要らないわけないでしょ。要るから悩んで答えを出そうとしてるんじゃない。でもね、一人じゃ案外まとまらないものよ、考えって。誰かに話したり、とか、紙に書いたり、とか、そうやってまとめるものなんだから。損はないわよ、人に話すの」
「……うるせぇな」
 階段を降り、ふと立ち止まって肩越しに振り返る。
「どうせお前、他の連中に喋るだろ。誰が話すかよ――」
「話さないわよ」
 あっさりと。
 意外なほどあっさりと否定されて、ラッシュはきょとんと口をつぐんだ。
 そんな彼を呆れ顔で見やりながら、ディアナはヒョイと肩を竦めてみせる。
「あんたがあたしの事をどう見てるか、ちょっと分かった気がするわ。
 ――でもねラッシュ、あたしだってね、人に喋って良い事と悪い事の区別くらいついてるわよ。あんたが嫌なら、あたしはあんたの話を誰にも喋らない。約束するわ。どう?」
「……何でそんなに聞きたがるんだよ」
「そりゃ、気になるもの」
 つまり好奇心か――
 そうは思うものの、ラッシュは溜め息一つの後に決心した。

 この短いやり取りだけで、何か掴めそうな気がした。
 ディアナに話そうという気になった理由は、それだけで十分だ。






 一昨日の事だ。
 ラッシュは両手いっぱいに細剣(レイピア)を抱えて倉庫へと向かっていた。それは戦竜たちの餌の余りだった。
 餌をやるのはビュウの役目、片付けるのはラッシュの役目。その役割分担の不公平さに腹が立つけれど、相手は上官、こっちはその部下。雑談の域を超えた文句は懲罰の対象だ。世知辛さに気分が重くなり、とぼとぼと廊下を歩いていた時だった。
 声が聞こえた。
 喋り声だった。
 倉庫の方からだった。
 それと判る、男の声と、女の声。若い声だ。ラッシュとそう変わらないだろう。
 狭いファーレンハイト、乗組員は当然皆顔馴染み。もちろん聞き覚えがある。いや――
(この声……ビュウと……フレデリカ?)
 珍しくはないけれど、少し意外な組み合わせ。何故倉庫に? ラッシュは先程までの不平不満を忘れて、倉庫の方を窺う。
 僅かに開いた扉から覗き込んだその中には、やはり意外ではないけれど、だが驚くべき光景が。

 ビュウと。
 フレデリカが。
 笑い合っていた。

 それはよくよく観察してみれば、フレデリカが管理する薬品の在庫チェックの最中の談笑だったのだろう。薬品棚と向き合い、適当な瓶を手に取り、中を確かめ、折に触れ、二人は何かを話し、そして笑う。
 それはただの、事務的な光景だった。そのはずだった。

 だがラッシュの目には、それが人目を忍んだ恋人たちの逢い引きにしか見えなかった。

 何故ならビュウは笑っていた。
 世界情勢の話をする時のような厭世的な笑みでも、作戦会議の時のような不敵な笑みでもない。グランベロスの将軍や皇帝たちの事が話に上った時に不意に見せる、皮肉げな笑みとももちろん違う。
 普通の笑顔だった。
 楽しさと嬉しさで自然とこみ上げて浮かんでくる、どこにでもあるありふれた笑顔だった。
 ――普段のビュウからは、考えられない笑顔だった。
 そうして笑うビュウは、歳相応の青年にしか見えない。
 常人離れした頭脳と胆力で、緻密にして大胆な戦略を編み出し、繰り広げる当代随一の戦略家とは思えないくらいに、ありふれた青年にしか見えない。
 その隣で、フレデリカも笑っていた。楽しそうに、嬉しそうに、そしてどことなくはにかんで。

 ラッシュは、倉庫に入れなかった。






「それだけ?」
 一段落したところで、ディアナが直裁に聞いてきた。
「それだけじゃないでしょ。あんたがそこまでウジウジ悩んでるんなら」
「…………」
「話しちゃいなさいよ、全部。じゃなきゃあたしも、何て言っていいのか分かんないじゃない」
「…………」
 逡巡の後、ラッシュは重い口を開けた。
 その後の話。






 翌日、ラッシュはビュウに呼び出された。
「で、お前は昨日、餌用の細剣を放り出して何をしてたんだ?」
「……悪ぃ」
 棘を含んだ遠回しな物言いに、しかしラッシュは反論できなかった。居心地悪そうにビュウから視線を外す。
 けれどどうして居心地悪く思うのか、自分でもよく解らなかった。ただ何となく、ビュウと顔を合わせづらい。
「俺は、何をしていたのかを聞いているんだが?」
 ビュウの口調に嫌味っぽさが増す。普段は決してこういう物言いをする男ではないのだが、説教をする時なんかはどういうわけか妙に遠回しになる。頭から押さえつけられるような圧迫感を感じて、ラッシュは更に居心地悪く縮こまり、
「……だから、悪かったって」
 ふてくされたような力のない声で、そう返すばかり。
 別にラッシュだって、理由もなく細剣を放り出していったわけではない。倉庫の中で恋人同士よろしく如何にもなムードを醸し出されていたら、いくら他人の色恋沙汰には無頓着で無神経なラッシュでも遠慮する、というものだ。
 けれどビュウは、そんなラッシュの気も知らず、やれやれと殊更に大袈裟に溜め息を吐いてかぶりを振って、
「悪かった、ねぇ。つまり何か、お前は俺に説明できないような事をして仕事をサボってた、って言うのか?」
「な……違ぇよ! 俺は――」
「『俺は』、何だ? 遊び呆けてた、と? 結局俺に片付けを全部やらせておいて、随分いいご身分だな」
 さすがにその言い方にはカチンと来た。
 だからラッシュは、反射的に噛み付いていた。
「――じゃあ、あんたは何だよ」
「はぁ?」
「俺、見てたんだぞ。倉庫の中で、あんたとフレデリカ……随分楽しそうだったじゃねぇか」
 ビュウがスゥ、と息を吸った。
 その音がひどく大きく耳に届いた。怒声のための深呼吸か。そう思って、ラッシュは反射的に身構えた。
「それで?」
 だが、放たれた言葉は静かなものだった。拍子抜けしたラッシュはポカンと、
「……へ?」
「へ、じゃない。お前の言いたいのは、それで、何だ?」
「……それは……」
「弁明じゃないがあえて説明させてもらえれば、俺はフレデリカと薬品棚の在庫チェックだった。私語でも気になったか? だが俺は、仕事の合間のちょっとした雑談まで禁止するほど私語に厳しくしているつもりはないぞ。よって、あのくらいの私語でお前にガタガタ言われる筋合いはない」
「そんなんじゃねぇ!」
「じゃあ何だ? 俺とフレデリカが楽しそうで、どうしてお前が細剣を放り出す理由になる?」
 その言葉が。
 その口調が。
 その冷ややかな視線が。
 どうせ俺たちをだしにサボった口実をでっち上げているんだろう――
 全てがそんな決め付けを物語っていて、ラッシュはとうとう、胃の辺りからこみ上げてきた衝動に身を委ねた。

「あんたたちに遠慮してやったに決まってんだろ!」

 しかしビュウは、
「……はぁ?」
 こちらの割れた怒声とは裏腹に、抑揚のない間の抜けた声を出しただけだった。

 予想から余りにも掛け離れた反応に、ラッシュは二の句を失う。そうしている間に、ビュウは不可思議なものを見ているような目でこちらをマジマジと見て、
「遠慮? 何だそれ」
「な……何だそれ、って……」
「俺たちのどこに、遠慮するものを感じたんだ?」
 本当に不思議そうに聞いてくるので、彼はふと、何かとんでもない間違いを犯しているのではないかと疑った。グラグラと眩暈すら感じた。
 座り込んだり倒れ込んだりするのをどうにかこうにか堪えて、ようやくこう尋ねる。
「だ、だって……普通遠慮するだろ! あんな風に楽しそうにしてて!」

 ビュウは、笑っていた。
 フレデリカも、笑っていた。
 寄り添って笑う二人はとても幸せそうで、一枚の完成された絵画のように、完璧で、割り込む余地がなかった。

「あんたたち、付き合ってんだろ!? 俺はそういうの全然解らないし、今まで気付かなかったけど、でも遠慮するのが当然だろ!」

 その時、ビュウは。

「別に、そんなんじゃない」

 ラッシュから視線を外し、そう否定した。

「俺は――彼女と付き合ってるとか、そういうのじゃない」

 感情に欠いた口調はいっそ捨て鉢に感じられて。
 ――嘘だ。
 ラッシュはそう直感した。






「……あの野郎、俺に嘘吐きやがったんだ。あんだけ楽しそうにしてて、フレデリカと付き合ってない、なんてすげぇ分かりやすい嘘。俺の事、馬鹿にしてんのかよ、畜生……」
 話し終わった時には、二人を照らす太陽はかなり西に傾いていた。あと少しすれば夕方になるだろう。穏やかな黄色の光を浴びて、ラッシュは甲板の雑草を苛立ち紛れにむしり、空に放り捨てた。
 話を進めるほどに、悔しさが増した。

 ビュウとラッシュの付き合いは、それなりに長い。ラッシュが戦竜隊に入る前、カーナの下町で不良をしていた頃からだ。その頃に出会って、ビュウに色々と世話になってきた。相談もたくさんしてきた。たくさんの事を包み隠さず、嘘一つ吐く事なく話してきた。
 それなのに、ビュウはラッシュに嘘を吐いた。

 それが何だか、ひどく悔しかった。

 しかしそんなラッシュにディアナは淡々と、
「まあ、あんた相手じゃあたしでも嘘吐くけど」
「どういう意味だよっ!」
 間髪入れずに噛み付くラッシュ。けれど彼女は、呆れたような視線と冷静な言葉を返してくる。
「だってあんたに言っても無駄じゃない」
「無駄……!? 無駄、って何だよ!」
「そのまんまの意味よ」
 そう言ってから、ラッシュの横にしゃがみ込むディアナ。
「あんた、気付いてないでしょ」
「……何を」
「自分が何でそんなにムカついてるのか」

 ふとラッシュは、自分でも気付かない内に再びむしっていた手の中の雑草を見下ろした。

「あんたの話聞いててあたしが思ったのはね、あんたはまだまだ子供だって事よ」
「……どういう意味だよ」
 先程よりは抑えた声で、同じ言葉を投げかける。ディアナは、今度は解りやすく答えた。言い聞かせるような物言いで。
「あんた――っていうか、あんたたちにとってのビュウは、お兄ちゃんみたいなもんでしょ」
 僅かに迷ってから、ラッシュは頷く。
「ずーっとあんたたちの事を構ってくれてたお兄ちゃんが、急に彼女を作って構ってくれなくなった」
 物語の粗筋でも読み上げているような、変な風に抑揚がついている割りに感情がこもっていない声。
「つまりあんた、フレデリカにビュウを取られて寂しいのよ」


 脳裏をよぎる。
 一枚の絵のように完璧で、割って入る隙のない空間。


「……あたしはさ、ビュウはこのまま、フレデリカと上手い事付き合っちゃえばいいのになー、って思ってる」
 呟くディアナを、ラッシュはゆっくりとした動作で眺めた。
「あんただって、見てて分かってるでしょ? ビュウは働きすぎよ、明らかに。文字通りの息抜きが必要だわ。じゃないと、このままじゃその内本当に壊れちゃう」
 壊れる。
 それが、体の事なのか、それとも心の事なのか、ラッシュにはにわかに判らなかった。
 だが、
「……俺たちは、戦争してるんだぞ?」
「それが何よ。いいじゃない、恋愛くらい。別に夜な夜なレイプ紛いの夜這いを仕掛けてるわけじゃないんだし」
「……言葉選べよ」
 ラッシュのささやかな突っ込みを無視し、ディアナはとにかく、と話を続ける。
「そりゃ確かに、恋愛にうつつを抜かして戦術とか戦略とかそういった事を疎かにされたら、さすがのあたしもどうかと思うけどね。ビュウがしてるのってせいぜいフレデリカとちょっとだけ話をする程度らしいわよ。告白もまだだし手も握ってないらしいし、もちろんエッチなんて考えもしてないでしょ。一体どこのおままごとよ、って思うけど、それでもこんな状況を考えれば、よく自制してるものよ。お喋りくらい認めてあげなさいよ、小姑じゃあるまいし」
「別に、俺だって認めてないわけじゃ――」
「あんたの話じゃ、それも駄目、って感じだったわ」
 そして、ディアナは立ち上がった。つられて見上げるラッシュを、仕方なさそうに笑って見下ろしている。

「大人になりなさい、ラッシュ坊や」



「――……坊やじゃねぇよ」
 去ってゆくディアナの背中に投げた声は、余りにも弱い。
 それはそのままラッシュの心境そのもので、彼は深々と溜め息を吐いた。それから、空を見上げる。橙色に染まりつつある空。もうそろそろ刻限、偵察飛行の時間だ。気持ちを切り換え、覚悟を決めなければならない。
 ビュウと顔を合わせても、鬱屈した気持ちを抱かずに済むように。


『大人になりなさい』


 耳に蘇る声で、ラッシュはようやく、どうすれば良いか解った気がした。

 

 


 以上、visquare様からのリクエスト、「ラッシュ視点のビュウ×フレデリカ」でした。
 その割りにはビュウフレ要素が少ないです。
 というか「ラッシュ視点」というよりまんま「ラッシュ話」になってしまいました。
 でもってやたらとディアナが出張っているのは、簾屋の趣味です。でも別にこれはラッシュ×ディアナの話ではありません。全くの余談ですが、簾屋の中ではディアナは耳年増です。いっそ腐女子でもいいかもしれない。ディアナファンに怒られる設定ですね。

 そんなわけでラッシュ視点ビュウフレのはずがラッシュメインのSSになってしまったのは、兄貴分に彼女(推定)が出来たらラッシュとしては複雑だろうなー、と考えたからでありまして。
 その複雑な感情を、兄弟分のトゥルースやビッケバッケに吐露させても良かったのですが、ラッシュという奴は果たしてトゥルースたちにその手の感情を吐き出すか? という疑問を突き詰めてみまして――
 最終的に、ディアナに問い詰められて話した、という形を取りました。近すぎる相手には話せない悩みは、けれどちょっと離れた関係の相手には意外と話せるものです。

 visquare様。
 リクエスト、ありがとうございました!
 散々お待たせして本当に失礼いたしました! こんなものでよろしければ、どうぞお納めください!

 

 

 

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