ふと気付けば、視線がやたらと高かった。
「…………?」
違和感。いつもと何かが違う。何かがしっくり来ていない。
(一体何が――)
と、思わず自分の掌を顔の前に持ってきて。
「……っ!?」
絶句。
長く太い指が、五本。
長く、太く、少し節くれ立った、指が。
肌は、肌色。
少し日焼け気味だろうか? 浅黒い肌色の、掌。
「なっ……なっ……!?」
全身に震えが走った。唇がわななき、声はかすれて言葉にならない。
次の瞬間、彼は走り出していた。慣れ親しんだ日向家の廊下。目指すは、洗面所。
バンッ!
洗面所の扉を勢いよく開け、ガバッ、と食いつくように鏡に取り付く。
そこに映った顔に、彼は今度こそ、絶句した。
赤いツンツン頭。
浅黒い肌。
険を宿した鋭い黒目。
顔の左側、目に掛かって斜めに走る傷はいつも通り。
それなのに、それ以外はいつもとまるで違う。
「ギロロー? ちょっとギロロ、家の中で走らないでよー」
ドキンッ、と心臓が高鳴った。洗面所の外から聞こえるその声は、いつもならば聞きたくて聞きたくて仕方ない、この家の表の最高権力者、もしくは地球(ポコペン)防衛最終ラインのそれ。
その時彼は即断した。
こんな姿、夏美に見られたら!
決めれば早かった。彼はバタバタと隠れるところを探す。洗面台上の戸棚――は隠れられそうにない。下の戸棚――は、S字の水道管が隠れているからやはり無理。
となれば――
「ギロロ?」
その声が響くとほぼ同時。
彼、ギロロは洗面台と洗濯機の間の隙間に潜り込んだ。
「……そんな所で何やってるのよ、ギロロ」
(気付かれたっ!?)
頭隠して尻隠さず。そうだ、今の体格は、……いつもの体格とは違う!
「何やってるか知らないけど、ほら、ちゃんと立って」
「い、いや、ちょ、ちょっと待て、夏美……――」
服の裾(服?)を引っ張られ、仕方なくギロロは洗面台と洗濯機の間に挟まった体を引きずり出し、立ち上がる。そして改めて背後の彼女と向き直り。
驚いた。
夏美の背が、低い。
頭一つ分以上は低い。いつもはこちらが見上げなければいけないのに、今は夏美が彼を見上げている。しかもその顔には、キラキラとした笑顔を浮かべて。
(そうか……今の俺は、身長も)
「ちょっとギロロ? どうしちゃったのよ、あんな所に潜って」
ハッと顔を夏美に戻す。小首を傾げた彼女。その顔の両脇では、ツインテールが微かに揺れている。
笑顔。仕草。ギロロがこの家に来てから、今まで。見た事がない。
しかしその幸運に浸るよりも、ギロロにとってはこの状況による衝撃が圧倒的に勝っていた。
「い、いや、あれは、その……」
口ごもるギロロ。
と、気付く。
夏美の様子。これは――
「――夏美」
「何?」
「お、驚かない、のか?」
「何が?」
「何が、って……お、俺が」
ゴクリと生唾を飲み込んで、ギロロは、ついにそれを口にした。
これまで考える事さえ放棄していた、この事実を。
「俺が、地球(ポコペン)人の姿になってしまったんだぞ!?」
――しかし更なる衝撃がギロロを襲う。
「……はぁ?」
夏美が首を傾げたのだ。それも、怪訝そうに。
「何おかしな事言ってるの、ギロロ? 地球(ポコペン)人? 何それ」
「な……」
ギロロは目を剥いた。
夏美は今、何を言った?
「おかしなギロロ。ギロロは元々こういう格好でしょ」
「な……!?」
二の句を継げない彼に、しかし夏美は気にせずニコリと笑った。
「それよりもさ、早く準備してよ」
準備?
「デートなんだからさ」
デート。
デート。
デート……――
「――――――っ!!!???」
ギロロは目玉が飛び出すほど大きく目を見開き、顎が外れるほど大口を開いた。
ギロロ&夏美
赤色純情物語
であります!
これは一体何の夢だ?
「もー、何でまだそんな格好してるのよ。ほら、早くこっち」
片手を夏美に引っ張られ、ギロロは思う。
さて、もう一方の手は空いている。それを頬に持っていく。つねってみる。引き締まった頬は硬く、大して伸びなかった。そして、痛い。
……夢ではない?
「どうせ、何着ていったら良いのか判らない、とか言うんでしょ? ……えーと、これと、これと、後はこれ、で良いかな。はい」
呆れた物言いでありながら、彼女はギロロを二階の一画にある狭い部屋――こんな部屋、あっただろうか? ――に連れ込むと、非常にてきぱきとした動作でその部屋にあったクローゼットの中をあさり、選び取った服をこちらの手の中に押し込む。
未だ状況についていけないギロロは、ポカンとしたままそれをただ受け取るばかり。
「じゃ、私、出てくから、早くそれに着替えちゃってね」
突き放すような言い方でありながら、その表情は優しい笑顔だ。思わず顔を紅潮させてそれを見送った彼は、バタン、という扉の閉まる音にはたと我に返る。
「これは、一体……」
呟いて、部屋を見回す。
見回して気付いたのは、印象そのままに狭いわけではない、という事。
ベッドがあり、机があり、クローゼットがあり、タンスがあり、棚があり、という感じで、そこまでは夏美や冬樹の部屋とそう変わりない。
が、床に積み上げられた様々な荷物。磨き上げられた銃器は整然と棚に立て掛けられ、窓から差し込む日差しを受けて黒光りしている。その側には箱がいくつも積んであり、微かな火薬の臭いがした。
ギロロ自身良しとしてこなかったが、もし自分に日向家から部屋が一つ与えられていたら――目の前にあるのは、その余りにも分かりやすい答えだった。
つまり、疑う余地もなく、この部屋は自分の部屋だ。
「……どういう事だ? 何が起こった?」
自分の身に、そして日向家に。
ギロロとて、伊達にケロン軍軍人ではない。どんなに信じられない状況に陥っても、すぐに冷静になってそれを把握する程度の芸当は出来る。彼は、まずは状況の整理から始めた。
気が付けば、ケロン人の姿から地球(ポコペン)人の姿になっていた。
しかも夏美とこれからデート(デートデートデートデートデートデート以下略)だという。
どういうわけか日向家の一室を与えられていて、特筆すべきは、その部屋の内装はケロン人仕様ではなく地球(ポコペン)人仕様だ、という事。
ギロロは記憶を辿る。だが、それが上手く出来ない。まるで見通しの悪い霧の中で、道を見失った時のように。その事に慄然とするギロロ。まさに前後不覚。何という体たらくか――
「ちょっとギロロー? まだ着替え終わらないのー?」
部屋の外からの夏美の声。ギロロの体がビクンッ、と震えた。反射的に閉められた扉を見る。
そうだ。夏美を待たせているのだ。そして着替えれば夏美とデートデートデート――
「――も、もう少し待ってくれ!」
裏返り気味の声で答えるギロロ。それから手早く着ていたTシャツとスウェットスーツの下を脱ぎ捨てると、夏美が選んでくれた服を着込む。だが、こんな感じで良いのだろうか? ギロロは部屋を出た。
すると、部屋の外、扉のすぐ左側で壁にもたれて待っていた夏美が、
「遅かったじゃない」
「い、いや、その……」
非難するような、嗜めるような、それでいてどこかウキウキしている彼女の口ぶり。答えに窮するギロロの前に回り込んで、彼女はザッと頭の上から足の爪先まで一瞥すると、
「――良い感じね」
「……そ、そうか?」
「うん」
そんなギロロの出で立ちは、オフホワイトのハイネックに淡いグレーのジャケット、それより少し濃い色のスラックスだ。
「ギロロはいつもラフな服ばっかりだけど、こういうピシッとした奴も絶対似合う、って思ってたのよ。ただ……」
と、夏美はこちらに手を伸ばした。瞬間、ギロロの心臓が高鳴る。
「襟がちょっと、変」
白く細い華奢な手は、ギロロのジャケットの両襟を掴むと、下に軽く弾いて、伸ばし、揃える。それから彼女は不意に顔を上げ、
「よし、これでOK」
ギロロは顔がカッと熱くなるのを感じた。満面の夏見の笑顔には、それだけの力がある。
「さ、ギロロ、行こう。遅くなっちゃう」
「ま、待て、夏美!」
と言いつつも、ギロロは夏美に引っ張られるがままになっていた。
街を、夏美と共に腕を組んで、歩く。
それは夢だった。いつも夢見ていた。そして、所詮は夢物語と諦めていた。
しかし、今、現実のものとなっている。
夏美がギロロを引っ張ってまず最初に目指したのは、日向家の最寄り駅から電車に乗って二駅先の駅前にある映画館だった。そこで上映されている恋愛映画を、夏美は以前から見たい見たいと言っていたのだった。もちろんギロロは夏美の分のチケット代まで出し、折り良く始まるところだった映画の鑑賞に乗り出した。
映画の内容はと言えば、多少彼にも楽しめるものだった。互いにそれと知らずに結婚した男女の暗殺者が、結婚後数年を経て相手の素性を知り、お互いの組織もひっくるめての夫婦喧嘩を始める。夫婦は殺し合いの最中に仲直りをするが、二つの組織はそんな二人の存在を許さず、最後まで命を狙う。
ギロロは始終、劇中に鳴り響く銃撃戦の重低音に聞き惚れていた。機関銃の音は少し軽くないだろうか、とか何とか内心で思ったりはするものの。
しかし、と彼は思う。
映画の中で、暗殺者の夫婦は互いの命を本気で狙いつつも、愛ゆえにそれが徹底されていなかった。そしてその殺し合いの中で、本当の自分をさらけ出し、ぶつけ合った。それまでまるで取ってつけたような模範的な夫婦だった彼らは、それから先、相手に対し多少粗暴になりながらも、それでも自分を偽らずに自然に振る舞っている。
隣の席は、ワクワクと映像に見入っている。ギロロは彼女を見下ろした。
願わくば、自分もそうでありたい。
夏美と、生の感情でぶつかり合い、そして、真実、解り合っていきたい――
映画の後はショッピングに付き合わされた。
駅ビルの中に入っているブティックの一つで、彼女はいくつか試着した。どれも素敵だった。それを素直に伝えたら、
「さっきからおんなじ事ばっか言ってるけど……本当にそう思ってるの?」
「あ、当たり前だろう!」
疑わしげな夏美の視線に慌てて弁解するギロロ。彼女も本気でなかったからか、すぐにクスリと笑ってくれた。それから一番気に入ったと見える服を買う夏美。言うまでもなく、それを持ったのはギロロだった。
その後行ったのは評判のケーキ屋。秋と冬樹にお土産を、という事だ。甘い物は苦手なギロロを慮ってか、夏美はケースに並ぶ中で一番甘くない物を自分に、と買ってくれた。
(それでも、やはり甘いのだろうな……)
持たされた菓子折りを横目に、苦笑する。甘い物が苦手と分かっていながらも、それでも一緒に食べたい――そんな夏美の気持ちがいじらしく、そして、何より嬉しい。苦手な甘い物なんて、いくらでも我慢しようというものだ。
日向家に帰ってから、夏美と共に買ったケーキを食べる。話題は今日見た映画だ。「あの二人、格好良かったね」「銃器を扱う姿が様になっていたな」「私たちも……あんな風に、なりたいね」――頬を赤らめて、はにかみながら言う夏美の姿を想像し、ギロロは途端に至福に包まれた。
と、その時だった。
「――夏美」
「え?」
彼女の答えを待たず、ギロロは夏美の肩をグイ、と引き寄せる。
直後、ほんのさっきまで夏見がいた位置スレスレに、自転車がかなりのスピードで駆け抜けていった。
軽い憤慨と共にそれを見送って、
「まったく、危ないな……。大丈夫か、夏美?」
彼女の無事を確認しようと、見下ろし。
今更気付く。
夏美を抱き締めている。
夏美もそれに気付いたのか、僅かに顔を赤くして、ギロロを見上げていた。
――場所は運良く近道にと選んだ公園の中。両脇に常緑樹が並び立つこの遊歩道には、今は人の姿はない。気配もない。
「夏美……」
「ギロロ……」
夏美は目を伏せた。恥ずかしげに、躊躇いながら、しかし顔をしっかりとこちらに向け、結んだ唇を軽く突き出している。
あぁ、とギロロは思った。ついにこの時が来た。待ち望んでいたこの瞬間が。彼は夏美の方に掛けていた手を、ソッと頬に寄せる。スベスベとした柔らかな頬。触れるだけで心臓が張り裂けそうだ。ゴクリ、と生唾を飲み込んで、ギロロは、夏美の顔へと更に接近した。彼女の顔がぼやけて見えるほど焦点が合わなくなり、目を閉じる。
そして、二人の唇はソッと重なる――
「ストップでありまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁすっ!」
その絶叫で、二人の動きはピタリと止まった。
「ストップでありますストップであります! ――クルル曹長!」
「おーっと、俺に文句は言わないでくれよ、隊長。こいつの半分は、ギロロ先輩の妄想なんだからよぉ」
「それにしたって――」
と。
声の主は、憤慨した様子で腕を組み、言い放った。
「こんなのギロロじゃないでしょ!」
大きな丸い頭。それに比して小さめの体。およそ二頭身から二頭身半。ヒンヤリツルリとしたその体表面の色は緑。頭にかぶった黄色の耳付き帽子とそこだけ白い腹には星マーク。
そう、ケロロである。
デフォルメされた蛙のようなケロン人の姿の。
プリプリ怒るケロロの声に同調する声が、二つ。
「確かに、これは伍長さんじゃないですぅ」
「夏美さんも別人です。てゆーか、偽装工作?」
一つはケロロと似た姿のおたまじゃくし、タママ。
もう一つは、地球(ポコペン)人の姿に見えるアンゴル族のモア。
二人の言葉を受け、ケロロはうんうんと大きく頷いた。
「大体、あのギロロが! あのギロロが夏美殿と平気な顔して腕を組む、なぁんて事、我輩たちの地球(ポコペン)侵略が成功するのと同じくらいにあり得ない事であります!」
それから、ストップモーションの二人――大スクリーンに映し出された静止映像――をビシリと指差し、
「ましてやキスなんて! ――クルル曹長! これは本当に正確なシミュレーションなんでありますか!?」
クルルズ・ラボの一角。壁に据えられた大スクリーンの下には、手術台のような寝台が一つ。
ゴチャゴチャとした機器が接続しているその寝台に寝ているのは――そう、ケロン人の姿のギロロであった。
事の発端は、数日前。例のごとくケロロが突発的な思いつきでクルルに発明をねだった事に起因する。
今回の発明は、ケロン人を地球(ポコペン)人の姿に変える、その名も『蛙人地球人変換装置(ヲトメノモウソウカナエルデバイス)』である。それを以って自分たちを地球(ポコペン)人と同じスタイルにしてしまえば、地球侵略に様々な面で有効、とそんな感じである。
しかし、コストも掛かればリスクも大きい。クルルの説明に、ケロロは珍しく、慎重にシミュレーションする事を選んだ。そして急遽、適当な機器を繋げた急造のシミュレーション装置が作られた。
そして彼らがシミュレーションの被験体に選んだのが、ギロロ。
シミュレーション装置の仕組みは、こうである。
まず意識を失くしたギロロを寝かせ、専用のヘッドセットを装着させる。
そのヘッドセットを通して、クルルが操作するコンソールから状況設定がギロロの脳に送られる。
その状況設定において、ギロロがどのように行動するか――脳内で繰り広げられるそれが、大スクリーンに映し出されるのだ。
今回クルルが設定した状況は、「急に地球(ポコペン)人」、「夏美とデート」と、大まかにはこの二点。あとはギロロの脳内で適当に調整される。
そうしたら――
これ、である。
ケロロは不意に両腕をさすった。
「あー……観てたら何だかサブイボ立っちゃったよ」
ケロン人にもサブイボ(鳥肌)が立つのかどうかは、さておき。
「クルルー、このシミュレーションって信用できんの?」
「俺の作ったマシンだぜぇ? 信用しろよ」
それだから信用できないんだよ、とは誰も口に出来ない。
「『夏美とデート』という状況を要素に入れちまったからなぁ。これもあり得る、って事だろ」
「それはつまり……」
「日向夏美は、相手が片思いならガチガチになるが、相手が両思いならあんな感じ、ってこった」
ケロロは、スクリーンの中で今まさに夏美に口付けようとしているギロロと、寝台の上で幸せそうな表情で口から涎を垂らしているギロロとを、見比べた。
「……ギロロと夏美殿が、あんな感じになる可能性は否定できない、という事でありますか?」
「確率は低いだろうがなぁ。くっくっく」
ケロロとタママは、同時にうわぁ、と呻いた。
「地球(ポコペン)侵略どころじゃねぇじゃん……」
「何かもう違う話ですぅ」
「じゃ、どうする?」
再び腕を組み、うーん、と唸って考え込むケロロ。到底そう見えないのは、さておき。
そのまま数分ほどウンウン唸った彼は、仕方ない、とばかりの顔で、
「じゃあクルル、とりあえずもう一回かそこら設定を変えてシミュレーション――」
その時だった。
「……何、それ」
パサリッ。
唖然とした声。
何かが落ちる音。
ケロロたちは、その身を硬直させ、恐る恐る、肩越しに背後を振り返った。
クルルズ・ラボ入り口。
外から暗いラボ内に差し込む光を切り取るツインテールの黒い影。
夏美だった。
「な、な、な、な、夏、夏、夏美、夏美殿……!」
「……さっき、ママが帰ってきて、久しぶりに気合入れて夕飯作るからあんたたちにもリクエストを聞いてこい、って……」
感情のこもらない声。スリッパを履いた足元にはメモ帳。
彼女――シミュレーションでギロロの理想が映像化されたスクリーンの中の夏美ではなく、本物の、現実の夏美は、影に塗り潰された顔をケロロたちの向こう、大スクリーンへと向けた。
「……あれ、私?」
ケロロはひぃっ、と叫んだ。
「あの男の人は?」
タママは無言でソロリソロリと逃げ出し始める。
「左目に傷……――まさか、ギロロ?」
クルルはくぅ……と呻いたきり、椅子から動かなくなる。
「――……あんたたち」
ぺタンッ、と。
一歩、ラボ内へと足を踏み入れる夏美。メモ帳を踏みつけ、床に転がる何かの器具や部品を乱暴に蹴り退け、一歩、一歩とこちらに歩み寄る。
彼女は手を動かした。軽く握った両手を胸の前で組み合わせ、上下させる。ポキリ、ポキリと関節が小気味良い音を奏でた。
そしてその時、ケロロは見た。
夏見の周囲を、赤い――まさに紅蓮のオーラが、それこそ炎のように立ち上って取り巻いているのを。
「ちょっと、説明してもらいましょうか」
カクンと顎を落として動けなくなったケロロの前に、夏美は立ち塞がる……――
「きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
――この後、全治二ヶ月の怪我を負ったケロロは、夏美からペナルティとして三ヶ月連続家事当番を押し付けられる事となる。もちろん『蛙人地球人変換装置(ヲトメノモウソウカナエルデバイス)』開発計画は即日破棄である。
ちなみに目を覚ましたギロロは、夢として見ていたはずのシミュレーションの内容をほとんど覚えておらず、自分が眠っていた間に何が起こったのか、終始首を傾げていた。
一方の夏美は彼と相対する度に、人間版ギロロと、その彼とキスしようとしていた場面を思い出し、しばらくの間気恥ずかしくてまともに顔を合わせられなかった。その度にギロロは「何か嫌われるような事をしたのだろうか」と悩むのだが、それはそれ、別の話である。
そして、ドロロ兵長は――
「あ、あれ? 何で僕の出番がないの? ま、まさかケロロ君、また僕の事忘れ……ひ、酷いよ、酷いよケロロ君……!」
と、そんな感じでトラウマスイッチを入れてしまい、ドロドロドロドロ泣いていたそうな。
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