反乱軍が、全滅した。


 グランベロスの打ち出した掃討作戦は泣きたくなるほどに功を奏し、追い詰められていった反乱軍は起死回生を狙って包囲網の一点突破を敢行。しかし半ば自棄っぱちの突撃は分厚い包囲網をとても貫けるものではなく、兵士たちは軒並み死亡、ヨヨ王女は再び帝国の虜囚となった。その彼女の、栄えあるカーナ王家のただ一人の姫君とは思えないほどにみすぼらしい姿となった彼女の処刑が、ここカーナで執り行われたのは、つい三日前の事。
 今、彼女の骸は、王城の正門前に晒されている。
 彼女につき従った、反乱軍幹部たちの首と共に。


 冬も近いから腐敗はそれほど速く進行しないはずなのに、五つの首は既に二目と見られないほどにその形状を崩していた。
 くり抜かれた目玉。
 頬の肉が削がれ、露になった頬骨。
 疎らに抜け落ちた髪の毛。穴ぼこのように剥がれた頭皮。黒っぽい血のついた頭蓋骨。
 死肉を喰らおうと晒し台に降りてくる鴉の群れを、追い払う兵はいない。反逆者は鴉にでも喰われて消えちまえ――そんな、グランベロス兵の嘲弄が聞こえてくるようだ。

 だのに、彼の――トリスの心は、ひどく静かだった。

 凪ぎの水面のようだった。外部からの刺激を受けても何も感じず、騒がず、ざわめかず、ただ茫洋とした気持ちが心の全てを占めている。
 怒りは、ない。
 悲しみも、ない。
 トリスの心にあるのは、途方もないほどの虚しさ。見知った、しかしその面影を失った五の首を前にして、トリスが感じているのは我を忘れるほどの怒りでも狂おしいほどの悲しみでもない、どうして良いのか分からずに途方に暮れてしまうほどの虚無感だった。
 茫漠たる虚無を抱いて、トリスは見つめる。
 五つの首を。
 その真ん中の、向かって右隣の首を。
 眼球を目蓋ごと鴉に喰われ、腐汁と乾いた血にまみれ、往時の面影を完全に失っていても、トリスにはすぐに判った。

 これは、ビュウの首。

 ――俺の、息子だ。

 すっかり変わり果てた我が子の顔に手を伸ばす。

「……随分、小さくなっちまったなぁ……」

 台から、首を取り上げる。
 鴉どもに喰い散らかされ、すっかりグズグズになった息子の頭部を胸に抱いた瞬間、心の中の虚無が満たされた。
 満たしたのは安堵。
 面影なんかどこにもない。
 だが、これはビュウ。

 大切な、トリスの息子。

「親より先に逝っちまう奴があるか、馬鹿野郎が……」

 でも、よく頑張ったな。
 もういいよ。だから、

「一緒に、うちに帰ろう」

 ――うん、父さん。

 腕の中、小さくなった息子がそう言った気がした。









君帰る日




































「――そうやって帰ろうとする父ちゃんの前に立ち塞がる影! そいつらはそう、グランベロスの雑魚どもだ! 一体どこに隠れていやがったんだがなぁ。でも父ちゃんは気にしねぇ。首だけになったお前を早く母ちゃんに会わせてやるべく、向かい来る敵をバッタバッタと斬り倒し――」
「……あー……親父?」
「けど敵はいなくどころか増すばかり! 戦う父ちゃんの前に現れるは将軍ゾンベルト、レスタット、ラディア、ペルソナ、アーバイン、バーバレラ、グドルフ、そしてパルパレオス! その後ろには更にサウザーが控え、父ちゃんはとうとうベロス・ラグーンと連結して重装多砲塔機動要塞となったトラファルガーでオレルスの命運を賭けた戦いを――」
「はいはいだからちょっと待て親父!」

 俺の制止に、うちのクソ親父はやっと舌の回転を留めた。しかしガキみたいな不満顔――四十を過ぎたオッサンだってのに、妙に似合うのは何故だ、四十を過ぎたけどガキみたいだからかそうなのか――で下唇を突き出すと、
「何故止める馬鹿息子、ここからが良いとこなんだぞ」
「知るか」
 親父の世迷言をバッサリ切り捨てても、話の途中から起こり出した頭痛は消えてくれない。年末からこっち、カーナ解放とヨヨの即位に伴って殺人的に増えた書類仕事と格闘していたせいで、肩やら首やら目やらに大打撃を受けているから尚更だ。


 今までの下り、全部親父の初夢。


「……親父、何か軽く殺意湧いてきたから、昔みたいに毒殺目論んで良いか?」
「馬鹿野郎、父ちゃんの空よりデカい愛に何て事言うんだ」

 ……要らねぇよ、そんな愛。

 

 


『団欒の灯』の第一章終了記念馬鹿話。
 何か知らないけど、簾屋は最近馬鹿話が大好きです。
 そういえばビュウさん一人称のSSはこれが初めてかしら? 大昔書いてたバハラグ小説は、全部ビュウさん一人称だったんですけどねー。

 ちなみにこれ、オチてから少し長かったです。
 だからバッサリ削りました。ショートショートはオチてから速やかに終わらせる事が大切です。

 

 

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