ビュウは決して、桁外れに剣に優れているわけではない。
 それは何合か剣を打ち合わせればすぐに分かった。

 ――だというのに、何故だろう?

 一合、二合と訓練用の木剣を横薙ぎし、相手の剣を払いながら、パルパレオスは思う。

 ――剣の腕は、自分の方が上のはずだ。それは確実だ。それなのに。

 ヒュンッ――

 木剣の奏でる風切り音は、刃のそれよりも鈍く思えるけれど、物騒な事には変わりない。
 事実その切っ先は、今、パルパレオスの目を確実に狙っていた。

 ――それなのに、何故、勝てる気がしない?

 切っ先を剣で大きく弾き、パルパレオスは尚もその答えを求める。
 しかしビュウの動きはそれを待たない。先程払われたもう一方の剣が、弧を描くと斬り下ろしとなってパルパレオスの右肩を狙う。パルパレオスはそれを左の剣で防いで、力押しの競り合いとなった。
 こういう時、熟練していない若い兵士は焦って競り合いを続けてしまいがちだ。けれどパルパレオスは違う。そのまま競り合いを続けるように見せかけ、左の剣の切っ先を徐々に落としていく。
 つまり、力を受け流す。
 直後、ビュウの表情が動いた。それは僅かな動きだったが、彼の内に湧き起こる焦りをパルパレオスが読み取るには、十分なほどの変化だった。受け流されたビュウの剣は力の入った方向に従って、パルパレオスから見て右側の地面に向かって勢いよく落ちていく。そうして彼の体は前のめりの体勢となって、パルパレオスに無防備な左肩を晒す。

 ――ここだ。

 ほんのついさっきまで心のどこかにあった敗北の予感。それを封じて、パルパレオスはビュウの左肩に向かって木剣を振り下ろす。

 手に、木剣が肉を打ち据える衝撃が伝わった。

 そしてパルパレオスは驚愕に目を見開く。

 ビュウは、左手でパルパレオスの一撃を受け止めていた。

 本当は左の剣で受けるつもりが、間に合わなかったのだろうか。どちらにせよそれは、利き腕を犠牲にする行為だ。
 正気ではない――

 ザリッ、と砂がこすられる音。
 左腕でパルパレオスの剣を防いだビュウが、右手と右足を軸に、グルリと左回転をする。
 その動きを見てようやく、彼は愕然から立ち直る。だが、遅い。一歩退いて距離を取るより尚早く、こちらに体を向けたビュウが、半ばしゃがみ込んだ姿勢のまま、右の剣を下段から大きく振るってきた。

 その瞬間見る、ビュウの瞳。
 晴れ渡った空の色。
 何もかも吸い込んでしまいそうな、深い色。
 何もかも見通してしまうような、澄んだ色。
 何もかも射抜いてしまうような、鋭い色。

 ――勝てない。

 カシンッ――

 パルパレオスの左の木剣が、ビュウの斬り上げによって跳ね上げられ、手から離れて宙を舞う。
 その衝撃が肩に伝わるか否かの僅かなタイミングで、相手の右の剣は、喉元へと突きつけられていた。










現実の証明











 一度は負けるかと思われていた上官の逆転に、先日入隊したばかりの戦竜隊員たちは湧き上がる。
 歓声轟く練兵場で、パルパレオスは、何も握っていない左手と、新人たちに向かって適当な愛想を振りまいているビュウとを、交互に見比べていた。
 分かった事はと言えば――
 ビュウは決して、パルパレオスより剣に秀でているわけではない、という事。
 利き腕を犠牲にするという、剣士としては致命的な行為に平気で及ぶ事。
 そして、そうまでしてでも勝利を拾う、という事。
 おそらく彼は、実戦でも、必要ならば腕の一本や二本、平気で切り捨てるだろう。
 あの瞳。
 ただこちらを見据えるあの眼には、自分の身を案ずる色などどこにもなかった。利き腕を犠牲にしてうろたえるのではなく、利き腕を犠牲にした事を目の当たりにしたパルパレオスの狼狽を読み取った、あの人間味すら欠いた冷然とした眼差し。
 演武を終え、ビュウの声は訓練の再開を告げる。地面に落ちたパルパレオスの木剣を拾い上げる彼に、
「……そんな戦い方では、死ぬぞ」
 ビュウの動きは止まらない。ひょいと何気ない動作で木剣を拾い、体を起こし、こちらに顔を向ける。
「でも、俺は生きている」
 その顔に笑みはない。憤りもない。哀しみもない。
 ただ淡々と、事実を告げるだけのその表情。まるで、単なる世間話をしているかのような。
「この世界じゃそれが全てだ」
 それで、会話は終わりだった。木剣を三振り携え、向こうで打ち合わせているラッシュたちの元へと歩み去ろうとする。
 パルパレオスは反駁しようとした。それは違う、と。そうして命を拾えるのは今だけだ、と。いずれ命を落とす、と。
 だが。

 でも、俺は生きている。
 この世界じゃそれが全てだ。

 それでも、ビュウは生きてきて、生きているのだ。
 命を捨てながら、拾い続けているのだ。

 ――剣では勝っているはずなのに、それでも、勝てない。

 その理由を見出して、パルパレオスは、暗く笑った。

 

 


 神無月香様主催の『ビュウ隊長祭り』用SS、没ネタその二。

 没理由――同じお題でもっと面白いものを思いついてしまった。

 そしてパルパレオス生え際後退疑惑のSSを書く簾屋。パルファンの皆様に殴られます。


 余談ではありますが。
 うちのビュウは、剣士としては化け物のように強い、というほどではありません。せいぜいが人間レベルでそこそこ強い程度、です。実のところ、パルパレオスの方が強かったりします。
 でも勝利のためには躊躇わない人なので、たまたまパルパレオスにも勝ってしまったのでした。多分、次やれば負けます。だから次はないでしょう。負ける戦をしないのが、我が家のビュウです。

 

 

 

開架へ