あの人は、今日も、空をまっすぐに見つめている。
 凛々しい横顔。
 スラリとした立ち姿。
 青みを帯びた瞳は、どこか険しさを宿し、この広大な碧落の彼方へと向けられていた。

 あぁ、と吐息する。
 一体彼は、どこを見ているのだろう。
 この空の果てに、一体何を見ているのだろう。
 まるで何かを懐かしむような、その憂いを含んだ眼差し……――

 何かを、懐かしむ。

 私はハッと息を飲んだ。
 あれは、誰かに想いを馳せている目だ。
 遠く離れた、本当は離れたくなかった誰かの事を想っている、あれはそんな眼差しだ。

 一体、それは誰?

 もしかして。
 もしかして。
 もしかして……――――


 別れてしまった恋人?


 そんな人が、彼にいたのだろうか?
 いや、いたのだろう。それくらいいて当然だ。何故なら彼は、余りに魅力的だ。放っておかないのは自分だけではないはず。
 あぁ、だが、けれど。
 それは一体どんな人なのだろう。
 彼に、かつて愛された人。一体どんな女性なのだろう。
 知りたい。とても知りたい。どんな出会いをしたのか、どんな風に想いを告げあったのか、どんな風に愛し合ったのか、そして……――どんな風に、別れたのか。
 知りたい。
 知りたい。
 知りたい。


 そんな渇望に、私は慌ててかぶりを振った。
 違う。そうではない。
 彼のかつての恋人がどんな人だったか、ではない。大切なのは、どうすれば自分に振り向いてくれるか、だ。
 かつての恋人の想いを断ち切って、どうすれば、私に。
 その方法は……あぁ、駄目だ。思いつかない。
 でも、と私は思い、再び彼へと視線を向けた。

(どうか、どうか待っていて)

 この、切なる願いが彼に届きますように。

(私が必ず、貴方を、過去から解き放ってみせますから――)





§






 どうという事のない雑談に興じていたら、不意に、ホーネットがブルッ、とその体を震わせた。
「……どうしたんだ、ホーネット?」
「……いや、今、何か妙な寒気が……」
「風邪か?」
「いや……何と言うか、殺気のような」
 殺気。
 ファーレンハイト艦内で、ホーネットに、殺気?
 ホーネットが両手で肩を抱き締め震えている中、ビュウは首を傾げて辺りを見回す。
 すると、階下へと下りる階段の辺りに金色に輝く髪の毛が見えた。
 その正体を悟る。
 その事情を悟る。
 途端に、ビュウの背筋に冷たい汗が流れた。ゾクリと体全体が総毛立ち、強烈な冷気の錯覚に一つ身震いする。
 そして、結論。


 触らぬ神に祟りなし。


「それで? 結局、その後どうなったって?」
「あぁ、それで、とにかく国際航空法の単位がひたすらまずい事になっていたから、仕方なく――」
 怪しい視線と気配を背中でヒシヒシと感じながら、しかしビュウは、必死で話題に集中した。

 

 


 妄想大暴走!


 誰のが、って、エカテリーナ嬢のが、ですよ。



 エカテリーナ嬢は、割と脳内で物事を完結させてしまうようなキャラだと思います。
 そんな彼女の片思い。
 気を付けろ、ホーネット! 君は常に狙われているぞ!(色んな意味で)

 

 

 

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