狭く細い道を、バタバタバタッ、と駆け抜けていく子供たちの一団とすれ違った。

(……あら?)

 イズーは、ふと立ち止まって、既に向こうの通りへと出た三人の少年たちに目を向けた。

(あの子たち……確か)

 小首を傾げる。その拍子で、背中に垂らす青いリボン――元はバンダナだが――でまとめた長い髪が揺れた。沈みゆく陽光が、蜜色の髪をきらめかせる。
 とにかく彼女は自宅への道へと急いだ。女にしては高い身長と、それに応じた長い足。歩く姿はきびきびとしていて、異性も同性も見惚れてしまうだろう。
 その姿に加えて、容姿の端麗さ。
 まっすぐで癖のない、この傾いた日差しを凝縮したような黄金色の髪。
 微かにひそめられた、細く形の良い眉。
 オレルスの空の青より尚深い、切れ長の碧眼。それを縁取る長いまつげ。
 高く通った鼻筋と、その下の絶妙な位置に配置された薄紅色の唇。
 白磁のようなきめ細かい肌には化粧っけがまるでないが、それが彼女の美しさを左右するかといったら、そうでもない。むしろ、下手な化粧よりも美しくさえあった。
 服装こそ簡素な白のワンピースと薄手のベージュの上着だが、その凛然たる佇まいは、王侯貴族の婦人かと思うほどの気品と気高さを兼ね備えていた。
 そんな、若々しく美しい彼女だが――

「あれ、母さん、お帰り」
「ただいま、ビュウ」

 れっきとした二児の母であり、兼業主婦である。
 イズー=アソルは、家の前で何故か木剣を一振りしか持っていない息子のビュウに、そう笑いかけた。


「どうしたの、今日は」
「何が?」
 息子の応えは淡々としている。子供らしくない、と思うべきか、それともこの子らしい、と思うべきか。
「今の子たちよ」
 と、少年たちが走り去っていった方を指差す。するとビュウはああ、とようやく思い当たったように言って、
「ラッシュたち? いつもみたいに突っ掛かってきたから、いつもみたいに叩きのめしただけ」
「木剣で?」
「ラッシュのリクエストなんだ。しょうがないよ」
 十二歳の子供とは思えないほど大人びた動作で肩を竦めると、ビュウは灰色の敷石の上に転がったもう一振りの木剣を拾った。
「何か知らないけど、『本気で剣で戦え』ってさ。仕方ないから付き合ってやったけど」
 フゥ、と一つ溜め息するその姿は、本当に十二歳の子供なのだろうか。
「本気出せねぇよ、やっぱり」
 ふむ、とイズーは唸った。


 ラッシュ、トゥルース、ビッケバッケ。
 少し前にビュウと出会い、そしていつの間にか仲の良い友達になった(イズー視点)、ビュウより二歳かそこら年下の少年たちだ。
 もしくは、俗に言うストリートチルドレン。
 別に珍しくも何ともない存在だが、生活水準だけでみればオレルスでも一、二を争うこのカーナの、しかも王都で見られるとは、さすがにイズーも思っていなかった。
 その辺りの詳しい事情を、イズーは彼ら三人からもビュウからも聞いていない。
 ただ、彼女が把握している事といえば、三人の大雑把な性格くらいなもの。
 ラッシュは直情的で頑固。
 トゥルースは冷静で慎重。
 ビッケバッケはのんびり屋。
 その直情的なラッシュ少年が、ビュウに剣術で戦いを挑んだ。


「それで、どうだったの?」
「何が? ……ラッシュ?」
 そう、とイズーが頷くと、ビュウは少し考え込んで、
「まぁ、素人だし」
 右手の剣でトントンと肩を叩きだす。
「ただ、筋はいいと思う。親父さん辺りがちゃんとした型から教えて叩き込んでやれば、きっといい剣士になるんじゃないかな。――すぐに使い物になるか、ってのは教えてみないと分からないけど」


 ほんの二年ほど前まで、戦場を転々としていたイズーたち一家。
 その中で、まだ幼いビュウが受けた精神的影響というものは、恐ろしいものだった。
 人の死に動じず、騎士や兵士を見れば、戦いで使い物になるかどうかで考えてしまう。
 優れた洞察力。しかし、少し歪んだ。

 母親として、嘆くべきところなのだろう。
 しかしそれが息子ならば、その全てを無条件で肯定し、受け入れるのが母親ではないか。
 そう思って、イズーはビュウの精神性については何も口にしていない。


「――ねぇ、母さん」
「何?」
「あのさ、少し手合わせしてくれない?」
 と笑って言うビュウ。
「ラッシュが俺にすぐに追いつくとは思えないけどさ、なまったまんま相手にするのは向こうに失礼だし」
「あら、そう?」
「そうだよ。それに、もうすぐ騎士団の入団試験もあるし」
 騎士団。
「……ビュウ」
 口から漏れていく声がひどく抑揚に欠いている事を、イズーは気にも留めなかった。しかしビュウはきょとんとした顔で、
「どうしたの、母さん」
「お前、本当に……騎士に、なるつもり?」

 あれほど忌み嫌っていた、職業軍人に。

「……なる」
 息子の答えは、決然としていた。
「そう決めたんだ」
 十二歳の少年らしくない決意の光。
 青い双眸に宿ったそれを見て、イズーは軽く目を伏せた。



 どうか。
 どうか。
 どうか、この子が。

 ……待ち受けているかもしれない重い運命に、押し潰されませんように。



 気を取り直して、彼女はパッと顔を上げた。
「まぁ、その話はまたその内にして。
 ちょっと待ってなさい。荷物置いて、木剣を取ってくるから」
「うん!」
「それと、余り時間は取れないわよ? もうそろそろアルネも帰ってくるし、お夕飯も作らないといけないし」
「分かってる。ちょっとだけでいいよ」
 いきいきとした彼の答えに、イズーは内心の思いとは裏腹にニコリと微笑んで、家の中に手合わせようの木剣二振りを取りに入った。





§






「ラッシュ……そう落ち込まないでよ」
「……うるせぇっ」
「ビュウ君にさ、敵うわけないじゃんか。ちゃんと剣やってる人にさ」
「うるせぇっ!」
 怒鳴る。しかし隣のトゥルースは聞かず、半眼でチラリとこちらを見て、
「で、その棒は何?」
「何だっていいだろ!」

 王都内に流れる川に掛かる橋。
 その下で、ラッシュはどこかから拾ってきた棒をブンブン振っていた。

「あのさぁ、もうやめたら? ねぇ、ビッケバッケ」
「そうだよぉ。トゥルースの言う通りだと、僕は思うなー」
「うるせぇ、っつってんだろ!」
 怒鳴って言葉を封じるが、それが通じた様子はなく、トゥルースは肩を竦めて、ビッケバッケは彼の隣にちょこんと座って固くなったパンを咀嚼するのに忙しそうだった。
 二人から視線を外し、ラッシュは素振りに戻る。

 ラッシュはストリートチャイルドとして何年も生きてきた。
 もちろん、喧嘩もした事はあるし、盗みやスリを働いた事もある。それなりの辛酸を舐めてきたつもりだった。
 だが、如何にも普通の家庭に育ったビュウに、まるで歯が立たない。
 圧倒的な壁。彼は、ラッシュに指一本触れさせないまま、ラッシュを叩き伏せる。
 悔しかった。
 その壁を、何としてでも越えたかった。

 越えたい。

 ――越える。

 何年掛かってもいい。ビュウを、必ず越えるんだ。


 素振りの音が、人気のない川原に響いていた。

 

 


 ラッシュたちナイトトリオの話にしようかと思って蓋を開けてみれば、どういうわけかビュウママ登場に。

 WHY?


 テーマは「不良」なので、ナイトトリオの話をば。
 特にラッシュは、ビュウと張り合いたいという気持ちが強いと思います。原作ゲームでも小説版でも、そういうところが比較的クローズアップされていましたし。
 そのきっかけとなったのは何なのか、というのを考えたら、こんな話になりました。
 剣でビュウを越そうとし、それが不可能だと知り、別の面で兄貴分を超えていけばいいという事にラッシュが気付くまで、……あと何年?
 トゥルース辺りは割りと早くそれに気付いて、ビッケバッケなんて最初っからそんな気はないのでしょうが。


 ビュウの両親については……また今度。

 

 

 

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