名君に必要な能力というのは、実は驚くほど少ない。





「――というように、新たな兵と戦竜が増えた事により、各小隊を再編成せねばなりません。
 ですので、ヨヨ様、一度どこかの小ラグーンに駐留し、部隊の再編成も兼ねた演習を行ないたい、と思うのですが、如何ですかな?」
 ファーレンハイトの艦長室にて行なわれる、朝の定例幹部会議。
 楕円形の卓の上座に座るヨヨは、マテライトの提案に、にこやかな顔で応えた。
「そうですね……――分かりました。では、その通りにしてください」
「ありがとうございます、ヨヨ様!」
 軍人らしく直立不動の姿勢で謝辞を告げる守役に、ヨヨの笑顔が深くなる。
 それから、彼女は卓の下座近くに座る男を見た。
「演習費用の捻出、お願いしますね、ビュウ」
 マテライトからこの提案がされた時から渋い顔をしていたビュウは、しかし諦めたような顔でコッソリ溜め息を吐くと、
「……承知いたしました、殿下」
 と、やる気のない声でやる気のない返事。こちらを見据えるその碧眼が、妙に澱んでいる気がする。
「む? 何じゃビュウ、その返事は! もっとシャキッとせんか! 良いか、これは今後の行軍の上で必要な演習じゃぞ! 金くらいケチケチせんとポーンと出せ、ポーンと!」
 するとビュウも負けじと言い返す。
「ケチケチせんとポーンと出せ、だぁ……? 馬鹿も休み休み言え、オッサン! あんたがキャンベルで売り出したあのマテ印何たらのせいで、こっちがどんだけ苦労したと思ってるんだ!? しかもとんでもない赤字を叩き出しやがって! 三万ピローだぞ、三万! 分かってんのか、おい!」
「やかましい! それを何とかカバーするのがお前の仕事だろうが! グダグダ言わんと節約なり貯蓄なり錬金術なりで金を増やせ!」
「ほぉ〜、言ったな? 言ったなオッサン! だったら節約でも何でもしてやろうじゃねぇか! 演習費徹底的に削るぞ、ってかいっそやるな金の無駄だ!」
「馬鹿言うでない! 演習もせんと、あの新入りどもを次の戦闘でいきなり使え、と言うんか!? 戦力になるかどうかも分からん連中で、そんな賭けが出来るか!」
「こういう時のために貯めておいた金をマテ印で使い込んだのはどこの誰だ!?」
「ぃやかましいっ! 金とはな、使うためにあるものだ! 断じて貯め込んで後生大事に取っておくものではない!」
「偉そうな事言ってんじゃねぇぞこの金喰い虫! おかげでこっちは火の車なんだよ! 今帳簿がどうなってるか見せてやろうか! あぁ!?」
 そんな罵り合いを聞きながら――

 ヨヨは、とっとと艦長室を出た。





「それで、結局どうなったの?」
 報告に部屋を訪れたビュウは、相変わらずの渋い顔で答える。
「演習費は五千で妥協。マテ印製品の売り上げの内三割は経理に還元する事――で話がついた」
「それだけで、随分時間掛かったわね」
 窓の外を見る。空はすっかり赤く染まっていた。
「貴方らしくもない」
「……お前がいてくれりゃ、もっと早くに話がまとまったよ」
 毒づくビュウ。が、その勢いはないに等しい。声も枯れている気がする。
 ヨヨは笑った。どうやら、素晴らしくエキサイティングした議論が、あの後も展開されたらしい。体の倦怠感がどうにも抜けなかったので自室に引っ込んだが、その判断は間違っていたのかもしれない。
「何がおかしいんだ?」
「いえ、別に」
 軽くかぶりを振って、ヨヨは付け加える。
「ご苦労様、ビュウ。いつもありがとう。貴方のおかげで、反乱軍はどうにか持っているのね」
 と。
 ビュウの渋面が、更に深くなった。むしろ嫌悪感すら現われている気がする。
「……それがお前の手口か、ヨヨ」
「あら、今更気が付いたの? ちょっと遅いわよ、ビュウ」
「まさか俺にまでやってくるとは思わなかった、ってだけさ。
 じゃあ、俺はこれで」
 と、踵を返し、ヨヨに背を向けるビュウ。彼女は少し目を見開く。
「もう戻るの?」
「夕飯は食いそびれたくないんでね」
 そして、彼は部屋を出る。

 ガチャ……バタン。

 それを見送って、ヨヨは溜め息を吐いた。

(やっぱり、ビュウには小細工抜きの方がいいわね)
 元々彼にはそうだった。ちょっと趣向を変えてみたのだが、むしろ逆効果だったみたいだ。ああいう反応をビュウがしたのも、彼がそれを分かっていたからわざわざこちらに付き合ってくれた、という事に過ぎない。


 名君に必要な能力。
 それは、驚くほど少ない。
 政策立案能力など、実はそれほど必要ではない。「こうしたい」と言った時に、それに対して有効な政策をこちらに提案できる臣下がいれば、それで事足りるのだ。
 戦術と戦略も、やはりどうでもいい。そんな無粋な事は全て武官に任せ、自分は教養程度に知っておけばいい。
 名君に必要な能力。
 大局の読み方と人を見る目と演技力。
 大局が読めれば、臣下に正しい道を指し示す事が出来る。
 人を見る目があれば、有能な臣下を取り立て、無能な臣下の首を切り、奸物を監視する事が出来る。
 演技力があれば、さも無能な主君を装って臣下の力を十二分に引き出し、奸物を泳がせる事が出来る。
 これらさえ出来れば、その者は概ね名君だ。

 ただ、ビュウには通用しないらしい。
 付き合いが長い事に加えて、ビュウ自身の人生経験の豊富さ。それがあれば、ヨヨの無能王女を装う演技を見抜く事は容易い。そもそも、彼自身がとんでもない演技派だ。
 だが別に、それで困る事もない。ヨヨは誰もいない自室で薄く笑むと、ビュウへの応対のために離れたベッドへと戻った。
 ヨヨとビュウ。その関係は、サウザーとパルパレオスのそれと非常に似通っている。主従関係であり、同志。
 だが二つのコンビで決定的に違うのは、サウザーとパルパレオスはロマンチストであるのに対し、自分とビュウはリアリストだ、という点だ。

(そんな事だから、サウザーも、グドルフに足元すくわれそうなのよね)

 サウザーはどこまで気付いているだろう。グドルフが、三年も前から――いや、サウザーが帝位に就くずっと以前から、着々と準備を進めていた事に。
 その種は、もうすぐ芽吹く事だろう。

 楽しみだ。
 凄く楽しみだ。

 このつまらない人生だ。それくらいの娯楽は欲しい。
 グドルフによって、帝国が覆される、そんな世界すら変えてしまうほどの娯楽が。
 願わくば、自分がその一端を担わん事を。

 ヨヨはベッドの布団に潜り込む。その美しい面(おもて)に、どうしようもないほどに楽しそうな笑顔を浮かべて。

 グドルフのような奸臣。
 ああいう者を余裕で飼い殺せる事こそが、名君の条件だ。
 いつか、ああいう奸臣を飼える日が来ますように。



 そしてふとした想像。
(そうなったらきっと、ビュウの気苦労が絶えないわね)
 それはそれで、楽しい将来像だった。

 

 


 反乱軍のリーダーは、誰が何と言おうと、ヨヨ様だと思います。
 だって、反乱軍の最終目標はカーナ再興です。そのカーナ王女がリーダー(=指導者)に立たないでどうしますか。
 原作ゲーム中は敵将とイチャイチャしていた彼女ですが、それくらいの政治的判断はしていただきたいな、と思うわけですよ。カーナ王国唯一の王女なら、いつか王になる者として、幼少期から帝王学だとか政治学だとか学んでいるでしょう。
 それくらいの政治力がなければ、はっきり言って、王としては不適切です。いつか家臣に足元すくわれますよ。

 というような理屈で、簾屋の描くヨヨ様は、大層な政治家です。
 ビュウが戦略家なら、ヨヨ様は政治家です。
 ビュウの戦略家としての面は前回書いたので、今回は、ヨヨ様の政治家としての思想面をば。
 コンセプトとしては、サウザーより上手のリアリストで、やや愉快犯的。かなり楽しんでます。
 ……やっぱり、マキァヴェリ(十五、六世紀のイタリアの政治家。『君主論』の著者)くらいは読まんとアカンね。


 で、これが何故「戦争」に分類されるか?
 私が描くこの戦争は、ヨヨとサウザーのそれぞれの思想面での対決もその要素に含まれているからです。
 あるいは、グドルフも含めて三つ巴。


 ちなみに、読んでいただいたら解る通り、簾屋、グドルフに何か変な夢を見ています。
 そのあたりは『35.強敵』で描きたいと思っているので、「よし、読んでやろうじゃねぇか!」とおっしゃってくださる方は、どうぞそれをお待ちください。

 

 

 

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