艦橋に上がると、喧騒に出迎えられた。
「敵艦、接近中! 八時の方角、仰角一五、距離一〇!」
「艦種特定! ブラオ級です!」
「ブラオ級か……」
「――ビュウさん!」
 すぐ傍で、背面の見張り台と伝声管でやり取りしていたクルーの一人が、ようやくこちらに気付いた。切羽詰まった表情を向けている。
 が、ビュウはそれに片手を上げて簡単に応えただけで、そのまま無言で、ブリッジの奥でオロオロしているセンダックと、難しい顔で腕を組んでいるマテライトの方へと歩み寄った。
「センダック老師、オッサン」
「あ、ビュウ……」
「遅いぞビュウ! この一大事に何をしておった!」
「すまない。日用品の在庫確認だ。
 で、どうするんだ?」
 それだけを問う。センダックは一瞬何を聞かれているのか解らない、とばかりに首を傾げるが、一方でマテライトは唸った。――珍しく。
「……それを、今考えておった。何か良い知恵はないか、ビュウよ」
「何か、と言われてもなぁ……」
 ビュウもまた首を傾げた。
「相手がブラオ級となると、そう時間もないな……」


 グランベロス艦艇は、全て十の等級に区分される。区分の基準は艦のサイズ、兵装、機動力など。
 その中でブラオ級と言えば、機動力重視で建造された艦に与えられる分類だ。火力や防御力やサイズは十等級の内最低だが、その分足が速く、小回りもかなり利く。
 これがブラオ級ではなくロート級やシュヴァルツ級辺りならば、近空の小ラグーン群に入ってしまって逃げ切ろうとも思うのだが――


 とにかく、追いつかれるのも時間の問題だ。
 グランベロス軍の艦艇と比べて、ファーレンハイトの兵装の乏しい事。元々、平時には単なる輸送艦、あるいは王族移送艦としての役割しか果たしてこなかった艦艇だ。カーナ防衛戦の折には一応砲台が設置されもしたが、その貧弱たるや、ビュウが思わず天を仰いだほどだった。
 そんな兵装で、いくらブラオ級相手でもまともな撃ち合いをしようとは思わない。
 となれば、取り得る一番現実的な策は、戦竜で敵艦に乗り込む事だが……先日の戦闘で戦竜はまだ疲弊しており、このまま飛んでいったとしても敵の艦砲射撃を避けるのも難しいだろう。何せ、雲一つなく、天気は良好、視界を遮る物はなし。あるとすれば、正面に見える小さな影の群れ――岩礁群か。

 となれば――

「――センダック老師。王太子殿下をこちらに」
「姫を? ――うん、分かった。ちょっと待ってて。今お連れするから」
 ちょこまかと急いで艦橋を出ていくセンダックの背を見送り、ビュウは、今度はホーネットの元へと向かった。
「ホーネット。少し厄介な飛び方をしてほしい。出来るか?」
 すると、操舵輪を握ったまま難しい顔をしていたホーネットは、目だけを一瞬こちらにチラリと向け、すぐに前方へと戻す。
「……言ってみろ。どんなだ」
「簡単だ。まずはあそこの岩礁群に突っ込んでくれれば良い」
 まっすぐに、正面の岩礁群を指差すと、ホーネットはあからさまにギョッとして、
「……何?」
「ビュウよ、何を考えておるんじゃ? 説明せい」
「ちょっと待て。今センダック老師が――」
「ビュウぅ〜、姫をお連れしたよ〜」
「ビュウ、どうしたのですか?」
 マテライトが詰め寄り、センダックがヨヨを伴って艦橋に戻ってきた。
 役者は揃った。
 ビュウは、ニヤリと笑った。
「こんな作戦はどうだ?」







「――というのが、今回の作戦の骨子だ。質問のある奴は挙手」
 甲板と艦内を区切る扉の前。急場の作戦会議が、ビュウ主導の元、そこで行なわれていた。各チームごとに整列した面子は、それぞれ不安げな顔をして周囲とヒソヒソ話している。
 それも当然だろう。こんな作戦ならば。
 そして、手が上がった。
「ラッシュ」
「そんな作戦で、本当に敵を倒せるのか?」
「知るか」
 ラッシュらしい端的な質問だ。だが、そんな曖昧な質問をされても困る。ビュウが間髪入れずに切り捨てると、さすがにざわめきが最高潮に達した。
 そのざわめきを掻き消すように、彼は声を張り上げる。
「俺の読みが外れれば負けるし、当たれば勝つ。全ては運だ。必勝の戦略なんざどこにもない。だが!」
 ざわめきが、ピタリと止んだ。それを見計らい、ビュウは皆を見回す。
 笑った。
「勝つぞ」
 皆、誰もが一瞬近くにいる者と顔を見合わせ――

 扉前を揺るがすほどの声で、それぞれ了解の意を口にする。

 もし義兄が隣にいれば、いつかのように、「君は煽動家だな」と言うのだろうか?
 戦争なんてものは、煽動家がいないと続けていられないものなのだが。

「では――殿下」
 隣に立っていたヨヨに、次の言葉を任せる。それを承知して、一つ頷いたヨヨは一歩前に出た。
 スゥ、と息を吸った彼女は、凛とした声で宣言した。

「反乱軍、出撃!」


 鬨(とき)の声が、上がった。

 

 


 次回に続く。


 バハムートラグーンというゲームは、一応オレルスを舞台とした戦争のお話です。
 だから、こんな話もいいのではないかな、と。
 よって、コアなネタ第二弾。真面目な戦闘もの(戦略会議つき)。
 似非ミリタリーマニアの悪い癖が出ました。細かいところが合っているかどうかは甚だ疑問なので、雰囲気だけ楽しんでください。


 ちなみに。
 ゲーム六章で、ヨヨ様が戦略(パルさん仕込み)を披露していましたが――
 私としては、反乱軍の戦略担当はビュウの方を希望。私の描くヨヨ様は、戦略家ではなく政治家です。どちらかと言えば。

 

 

 

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