いつの間にか、眠っていたらしかった。
 ふと目覚めてそれに気付き、フレデリカは溜め息を吐いた。

 この身のままならなさ。
 それに今更腹も立たない。けれど、もう少し何とかならないものか、と常に思っている。
 生まれつきの心臓の弱さは、彼女の行動をいつも制限してきた。走ればすぐに息が切れ、歩いたところで大した距離も稼げず、立っているだけで辛い時もたまにある。
 もっと心臓が強ければ。
 もっと、体が強ければ。
 誰にも迷惑を掛けず、誰に気を使わせる事なく、もっと楽しい人生が送れたかもしれない。
 ――あの人も、振り向いてくれるかもしれない。

 そんな事を考えていても詮のない事だ。フレデリカは、横向きになっていた体を仰向けに戻そうと寝返りを打ち、
「あぁ、フレデリカ、起きたのか。おはよう」
 それこそ心臓に悪い声。
「ビ……ビュウ!?」
「……や、そんな驚かなくても」
 ベッドのすぐ傍で、椅子に座って何か本を読んでいたらしいビュウが、やや困った顔で頬を軽く掻いていた。
「ど、ど、どうした、の? 何でここに――」
「あー、その……今日もまた体の調子が悪い、って聞いたから。見舞いでも、と思って」
 何故か歯切れの悪い言葉。彼らしくもない――という考えに、フレデリカはさすがに至らなかった。それどころではない。

 え、ちょっと待って? っていうか、いつからいたの、貴方?
 もしかして、私のあーんな姿やこーんな姿(どんなだ)を見たの?
 いや、それ以前に、私今、凄いみっともない格好! 髪の毛グチャグチャ、服しわくちゃ!(寝ていた故)
 せっかくビュウが来てくれてる、っていうのに、いえ、彼が来ているからこそ、取り繕う事も出来ないじゃない!
 嫌ぁぁぁぁぁっ! こんなみっともない姿、ビュウに見られたくないっ!
 ああ、私ってば何で昼間っから寝てばっかりいるのよ! おかげで大恥掻いたじゃない! 穴があったら入りたい、入りたいわ今凄く!

「おい、ちょっと、フレデリカ?」
 絶好調錯乱中で激しくかぶりを振り始めた彼女を、さすがに不審に思ったか、恐る恐る――というか訝しさと(逆に残酷な)気遣いを丸出しにして、ビュウが声を掛けてくる。
「だ、大丈夫か? なぁ」
「あああああ……もう嫌。私、もう生きてけない……」
「なっ!? ちょっと待て、何でまたそんな発想になるんだ!?」
「あぁ、ビュウ……もう駄目なの。私、もう駄目なのよぉ……」
「もう駄目、って――ち、ちょっと待て? それなら今、ディアナかゾラを呼んでくるから、いいか、気をしっかり持て! いいな! すぐ戻ってくるから!」
 と、ビュウは椅子から腰を浮かし――
 そこでようやく、フレデリカは、ビュウが何か勘違いしている事に気付いた。錯乱状態から一気に脱出、彼を引き留める。
「あ、違うの! そうじゃなくて!」
「……え?」
「ごめんなさい! でも、大丈夫だから! ね!」
 こんな事でディアナなんて呼ばれた日には、それこそこっ恥ずかしさ最高潮で部屋からはおろか布団からも出られない。
 余りの剣幕で引き止められたためか、ビュウは、しばしこちらを振り向いたままの姿勢で硬直していたが、
「――……まぁ、それだけ言える元気があるなら、大丈夫そうだけど……」
 と、再び背もたれのない丸椅子に座る。その手に、先程まで読んでいたらしい何かの本を持ったまま。
 このまま沈黙が続いてしまうと自分が居たたまれなくなりそうなので、フレデリカは、それを話題に持ち出した。
「そういえば……それは、何の本なの? さっきまで読んでいたみたいだけど……」
「あぁ、これか?」
 ビュウの方も、特に不自然に思う様子もなく、こちらの振りに乗るビュウ。本を軽く掲げてみせて、それから、いきなりそれをこちらに差し出してきた。
「見舞い品」
「……え?」
「クルーの一人が仕入れたらしくてさ。フレデリカ、そういうの興味あるだろ? だから、どうかな、って」
 受け取る。そして、本の表紙を見て、驚く。
「これ……読みたかった本だわ。でも高くて、手が出なくて……――」
 彼女はビュウを見やった。
「ビュウ……いいの?」
「何が」
「だって、これ……三千ピローも」
「あぁ、そんな事」
 こちらの懸念に気付いた彼は、それこそ何でもない事のように笑ってみせた。
「気にしなくていいよ。それくらいなら、大した事ないから」
 しかし、フレデリカの戸惑いは消えない。三千ピローといったら、大金とまでは言わなくとも、ポンと出すには高すぎる金額だ。
 それを、あっさりと出してしまうなんて――
「――あ、金の事気にしてるなら、それこそ心配要らないから」
「そんな、ビュウ、だって――」
「俺のポケットマネーは、こう見えても、それくらい出せる余裕はあるんでね」
 と、器用に、そして茶目っ気たっぷりに、ウィンクしてみせる彼。
 対して、その笑顔と、手渡された本とを、交互に見やる彼女。

 ビュウのポケットマネーとはどれほどのものなのか、とか。
 反乱軍の慢性財政赤字との関連はどうなのか、とか。
 聞きたい事は、それこそ山ほどあるのだけれど……。

 言うべき事は、ただ一つ。

「……ありがとう、ビュウ」
 そして微笑むと、ビュウもまた、優しく微笑んだ。

 それから二人は、しばらく色々な会話をし――










 ディアナがヨヨの看病(当番制)から戻ると、沈みがちの様子でベッドに臥せっていたはずのフレデリカが、妙に上機嫌に本を読んでいた。
「フレデリカ? どしたの、その本」
「あ、ディアナ。お帰りなさい。――これ? 実はね――」
 と、本を歩み寄るこちらに掲げて、少し頬を紅潮させるフレデリカ。それで、何となく事情を察した。
 だから、機先を制するように、答えを口にする。
「もしかして、ビュウから?」
「そう! よく分かったわね」
「分かるわよ。あんたがそんな顔するんだもの」
 ベッドの傍に置きっぱなしにされていた椅子に座る。それから、嬉しそうに、そしていとおしそうにページを繰る友人を、見つめる。

(ビュウも、中々やるじゃない)

 多分、見舞いの品なのだろう。本。地味だが、フレデリカがここまで元気になっている。下手な物より余程効果がある。
 正直、ディアナは少し心配していたのだ。フレデリカの一途な恋が、実る見込みがないのでは、と。だが、これを見る限り、少なくとも多少の余地はあるはずだ。ビュウの心にこの内気な友人が居場所を見出す、その余地が。

(このまま早いところくっついてくれれば、あたしとしても楽しいんだけどなー)

 友人の幸せを見るのも楽しいが、一番楽しいのは、あの浮いた話がろくにないビュウの色恋沙汰を誰かに面白おかしく喋る事だ。その意味で、この二人の恋の行く末は、本当に楽しみなのだ。

 そして、ふと胸の内に湧き上がった疑問を解消しようと、ディアナはフレデリカに話しかけた。
「ね、フレデリカ。それ、何て本?」
 かなり分厚く、そしてフレデリカが熱心に読んでいる本。立派な装丁に、チラリと見たページには色付きの図版まである。見る限り、紙質も良さそうだ。図鑑か何かだろうか。フレデリカをここまで上機嫌にさせる図鑑。興味は尽きない。
「これ? こういう本」
 フレデリカが、表紙をこちらに見せる。
 そしてディアナは硬直した。
「これね、ずっと読みたかったの。でも、見ての通り、三千ピローでしょ? 私なんかじゃ手も出なくて……。
 そうしたら、ビュウが差し入れてくれたのよ? 何かもう、すごく嬉しくて……大切にしなくっちゃ」

 いや、そんな事はどうでもいい。金額だとか、どれだけ読みたかったのかとか、どんなに嬉しかったのかとか。
 ディアナを硬直させたもの。
 それは、表題。

『呪殺・暗殺用毒草大全――自生植物から品種改良種まで』(E.ハヴァー著)

「こんな素敵で高価な本をくれるなんて……――ねぇ、ディアナ? 私、少しは見込みあるのかしら? どう思う?」

 そんな事はどうでもいい。
 こんな物騒な本を貰って喜ぶフレデリカも。
 こんな物騒な本をプレゼントするビュウも。

(……何考えてるのよ)

 ディアナの理解の域を遥かに超えていた。

 

 


『好きな男性キャラ』の続き。
 ドンファンに発破を掛けられたビュウは、こんな物騒な手土産を持って、フレデリカに会いに行きましたとさ。
 めでたくなしめでたくなし。

 ってかビュウさん、あんた、「恋人作っちゃいけない」関連の自制心はどこに行ったよ。


 さて、テーマの好きな女性キャラ。
 言うまでもなくフレデリカ嬢。ディアナやアナスタシア、それにヨヨも好きなんですが、ここはやっぱり、ゲームのラスト近くでプロポーズをかましてくれた彼女にMVPを。上手い事ビュウとくっついて、二人で幸せになってほしいので。

 まぁ、私的ビュウフレは、ビュウの方の問題が解決しない事には劇的な進展を迎えないと思いますが(草の根レベルでの進展はいつでも現在進行形)。

 ところで、私の書くフレデリカは、随分元気です。
 というのも、ゲーム一章当時の彼女の性格・言動を基本に置いているからです。よって、ビュウに「さん」はつけず、もっと気安く喋っていただいております。
 ただまぁ、体が弱い事をコンプレックスに思っている節があり、それで自分に自信が持てなかったりしていますが……。
 それも、ビュウとくっついていく過程で、ある程度解消されていけばなぁ、というのが希望。

 でも、11番の『笑顔』辺りで、いきなり解釈に困るビュウフレネタをかます気でいますよ。
 だって小話集だもん。多少は好き勝手やりたいですよ。微エロネタとか。

 

 

 

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