いい天気だった。
 雲一つない快晴である。朝の空はどこまでも青く澄んでいて、今日一日が清々しいものである事を約束している。その証明とばかりに、吹く風はこれでもかと言わんばかりに爽やかだ。
 体に、心に溜まった様々な疲労が吹き散らされて消えていく――そんな感覚を覚え、ビュウは知らず内に微笑んでいた。
(今日も、いい日だ)
 ファーレンハイトの甲板に立って朝日を全身に浴び、大きく伸びをするビュウ。凝り固まった筋肉がグググッと音を立ててほぐれていく。時々背骨や首からボキボキ物騒な音が鳴るのはご愛嬌だ。
 それにしても、清々しい。
 身も心も爽やかで、自分が何か全く別のものに生まれ変わったかのようだ。
 いささか爺臭い言い草だが、若返ったようですらある。
(こんなにいい気分なのはいつ以来かな)
 思えば、カーナが陥落してから、いやそれ以前から気分が本当に清々しい事などなかった気がする。ビュウはいつもたくさんの事を考え、思い悩んでいた。それらは謀略であり、戦術であり、そういった事とは全く関係のない、自分自身の事やヨヨの事であったりする。
 問題は山積みでどれだけ知恵を巡らし思い悩んでも解決しなくて、それだけに余計に苦しかった。その苦しさはビュウにずっとついて回っていた。カーナがまだ平和であった頃も、グランベロスに攻め入れらた時も、テードに落ち延びた後も、そして今も。
 ビュウの、事務仕事でガチガチに固まっている上に信じられない重荷を載せた両肩。それが、どうした事だろう、今この瞬間信じられないほどに軽い。事務仕事などやる必要もなかった、そして重荷を背負ってもいなかった少年時代のように。
 この心の晴れやかさもまた、あの頃のようだ。
(――……ああ、そうか)
 ビュウは不意に悟った。
 この清々しさが何なのか。
 この晴れやかさが何なのか。
(俺、今――)

 幸せなんだ。

 ビュウは背後を振り返った。
 艦内へと続く出入り口。そこに、ビュウの幸せの所以がいる。
 手を後ろに佇むその人物へ、ビュウは笑みを深めた。
 そして、自分でも驚くほど溌剌として生気に溢れた声を投げかける。





「――で、最期のお祈りは終わったか、パルパレオス?」





「っていい笑顔で何故俺を簀巻きに!?」
「はっはっは、決まってんじゃねぇか――今からてめえにバンジージャンプをやってもらうからだよ」
「何故だ!? と言うかビュウ、お前は少し寝ろ! 目の下の隈と頬の状態が、軽く病を疑えるほどになっているぞ!?」
「はっはっは、そんな世迷言をこの俺が取り上げると思うのかカボチャパンツ」
「誰がカボチャパンツだ!? だから何故俺にバンジーをやらせるか――」
「何でやらせるか? 決まってんじゃねぇか――俺の気晴らし」
「何だとー!?」
「あ、安心しろ。ヨヨの許可は取ってあるから」
「な、な、な……――」
「じゃ――飛んでこぉい、パルパレオス!」

 そして。
 ファーレンハイトに、強制バンジージャンプをさせられたパルパレオスの絶叫が響き渡る――





 その後艦内に戻り、報告書を提出するべく貴賓室に出頭したビュウに、ヨヨは呆れた声をかけた。
「ビュウ、ちょっとやりすぎじゃないかしら?」
「あ? 何が」
「ディアナ情報じゃ、貴方、随分パルパレオスにきつく当たってるみたいね? マテライトやラッシュやトゥルースまで、ちょっとやりすぎじゃないか、って思ってるみたいよ」
 と、言葉を切って。
 睡眠不足を丸出しにした顔をさらすビュウへ、女王は嫣然と微笑みかける。

「全部、貴方の計算通り?」

 パルパレオスに同情票を集めて、彼と皆の間にある溝を少しでも埋めるつもりでしょ。

 続いた言葉に、ビュウは疲れた笑顔で「まさか」と返す。
 そのまま貴賓室を去った腹心の背中を追いながら、ヨヨはこっそり溜め息を吐いた。それで代わりに皆と貴方の間に溝が出来たら、それはそれで困るのよね。小さく呟かれた言葉はビュウにも誰にも届かない。

 

 


 当サイトで繰り広げられるビュウさんとパルパレオス氏のアレやコレは、もしかしたらこんな思惑の下行なわれていた――

 かどうかは、書いた簾屋自身にもちょっと分かりません。何故か? だって、うちのビュウさんだもん!

 

 

 

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