葬儀は、しめやかに行なわれた。 ヘンリー=ストーンの遺体は、彼が殺害された街の共同墓地に埋葬された。 その理由はいくつかある。例えば、カーナ出身の彼には血縁が既にいなかったり、そもそもクルーとしての雇用される際の契約事項に「万が一戦死した場合には、死亡場所もしくは近隣の町の共同墓地に埋葬する」という旨が明記されていたり、とか。 だが最たる理由は、ファーレンハイトに埋葬し、あるいは安置するだけのスペースがないからである。 ファーレンハイトの建造過程を辿れば、その始まりがカーナ近空に浮かんでいた小ラグーンから削り出された岩塊である、という事実に行き当たる。つまり、反乱軍が「甲板」と呼んでいる部分は、ごくごく一般的な地面と大差ない。 だから、その気になれば埋葬が可能である。 ところが、埋葬してしまえば次の死者も埋葬しなければいけなくなる。クルーだとか戦闘員だとか、そんなところで差別しては不満が出るからだ。 反乱軍は戦争をしている。今までは奇跡的に死者が出ないで済んできたが、今後もそうとは限らない。ある時大敗を喫し、クルーも戦闘員も含めて大勢死ぬ可能性は、日常的に起こる戦闘の中にいつでも含まれている。 その遺体の全てを甲板に埋葬しては、戦闘にも、日常生活にも支障が出るのだ――甲板は戦竜の世話をする場所であり、反乱軍全員が憩う場であり、時には戦闘の舞台ともなるのだから。 同様の理由で、遺体を倉庫なりに安置し故国に移送する、なんて論外だ。 防腐処置が出来ないのと、やはり全部安置してはただでさえ狭い艦内がすぐに遺体でいっぱいになってしまうのとで、考えるまでもなく却下である。 だがそれでも、葬儀に集い、異国の大地に埋められていく仲間の棺を見下ろす反乱軍の面々は、複雑な、そしてどこか納得の行かなさそうな顔をしていた。 共同墓地で、略式の葬儀が行なわれる前だった。 「なぁ、ビュウ……ヘンリーをカーナに連れ帰ってやる事、やっぱ出来ないのか?」 オズオズとビュウに尋ねたのはラッシュだった。 何人かの証言によれば、ラッシュと死亡したヘンリーは比較的仲が良かった。 雑用だったヘンリーはラッシュのような若い連中の頼みを聞いて彼らの望む物を取り寄せ、小遣いを稼いでいたらしい。ヘンリーは「顧客」の悩み相談なんかもしていたらしく、そのため、若い連中はヘンリーを慕っていた。 だがビュウは、 「それは出来ない」 「どうしても、なのか?」 「じゃあお前、ヘンリーの遺体の防腐処理が出来るか? 毎日ちゃんと体を拭いてやって、献花して、加えてヘンリーの遺体が邪魔にならないようスペースの確保が出来るか?」 立て続けに問われて、ラッシュは口ごもった。 ビュウはこういう時、殊更に理論で攻めてくる。感情的には決してならない。それがラッシュには我慢できなかったのか、彼はビュウの元を辞す際に、 「……やっぱりあんた、冷たいんだな」 という捨て台詞を吐いた。しかしビュウに言わせれば、 「――……葬儀代と埋葬料と供養料を負担するだけ、ありがたく思ってもらいたいんだがな」 その声は余りにも小さく、また、ラッシュが完全に去ってから呟かれたので、ラッシュがその言葉と、そしてその真意を知る機会は永遠になかった。 棺が穴に納められ、人足が穴に土を掛けていく。 穴が土で埋まり、盛り上がり、踏み固められ、御影石の墓石が据えられる。 御影石の墓石が高級品である事を知る者は少ない。 そして、葬儀代、埋葬料、供養料の一切をビュウがそのポケットマネーから負担した事を知る者は、もっと少ない。 その全てを知る者がいる。 彼らはヘンリーの葬儀には出席しなかった。その理由は一部を除いて誰も知らないが、そもそも欠席を気にされるような存在でもないので、誰も欠席とその理由を関知していない。 反乱軍の構成員が各々ファーレンハイトに帰還し、その最後に、ビュウがサラマンダーに乗って戻った。彼は一旦自室に戻ると、喪服代わりの略式平服のままで、ファーレンハイトのある場所に向かった。 出入り口近くに死角がある。入ってくる者も出ていく者も、それと意識しないと全然気付かない、傍から見ると人の来訪そのものを拒むような雰囲気を醸し出す、そんな光が中々届かない壁の窪み。 ビュウは遠慮も何もなくそこに歩み寄ると、壁を背にした。壁の窪みはすぐ左手側にある。 傍から見れば、何か考え込んでいるような。腕を組んで軽く顔を伏せたビュウは、小さく、その唇を動かした。 「サジン、ゼロシン」 気配が生まれた。 二つ。戦闘中のごとく気配を探らなければ掴めないほどの弱い気配であったが、ビュウは伏せた顔に冷徹な険しさを浮かべて、まるで細糸のようなその気配を掴み、手繰り寄せた。 そして、気配から声。 「……ここに」 低い声。闇に潜む気配、そのうちの一方、サジンのものだった。 「何か御用で?」 ひそめられてはいるが、その奥に期待のようなものを隠し切れない声。こちらはゼロシンのもの。 ビュウは顔を伏せたまま、組んでいた腕をほどいた。左手を窪みの方に伸ばす。 手が動く。手首が内側へと折れ、素早く伸ばされた。 そしてその指には、まるで魔法のように、二枚の細長い紙切れが挟まれている。 「この前の『仕事』の料金だ。換金は足がつかないようにやれ」 「言われるまでもないさ」 「いただきます。――うわ、サジン凄いよ! こんなにもらえるなんて……ビュウさん、ありがとうございました!」 「声が大きいぞ、ゼロシン」 指から二枚の紙、小切手が離れ、アサシンたちの気配が僅かに明確になる。それは「仕事」の報酬を貰った事による喜びのためなのだろうが――それでも気配はそう簡単に掴ませようとしていないから、この二人は、確かにプロなのだろう。 ビュウは口の端を歪め、笑った。 金を払えば何でもやる、という存在は、やはり重宝する。 特に、今回みたいな、どうしようもないほどの汚れ仕事は。 ともあれ、用事も会話もそれで終いだ。ビュウはアサシンたちの潜む壁の窪みから離れると、甲板に出る。 それを見送って、アサシンの一方――ゼロシンが、ふと思いついたようにヒソヒソと声を上げた。 「でもさ、サジン。ビュウさん、何で僕たちにあんな仕事を?」 しかしそれに対するサジンの応答は、冷たい。 「聞いてどうする、そんな事」 「だってさ……気にならない?」 「アサシンは殺すのが仕事だ。雇い主の思惑を察するのは業務外だ」 「そりゃそうだけど」 「詮索して、逆に消されたアサシンもいる。――長くこの仕事を続けたければ、いちいち疑問を持たない事だな」 「……分かった」 それきり、アサシンたちの会話も止む。 声も消し気配も消し、後に残されたのは、真実、闇だけ。 ――多くの者の胸に黒いしこりのようなものを残し、この事件はそのようにして終結した。 |
アサシンたち登場でお送りしたお題中編『殺人夜想曲(キリング・ノクターン)』第二話『顛末』。 前回よりはバハラグらしくなったか。 さて、次回はいきなり飛んで『28.本命』にて第三話を発表します。 |