それは、ある昼下がりの事。


 ドバンッ!

「ビュウ、ちょっといいかな!?」
「どぁっ!?」
 何故かノリノリのテンションで駆け込んできたドンファンに、ビュウは、未熟にも驚愕の声を上げてしまったのだった。



「……で? 一体何の用だ?」
 一息入れて、落ち着きを取り戻して。
 そう尋ねたビュウに、しかしドンファンは朗らかに笑い、
「ハハハッ、そんな怖い顔をしないでくれたまえ、ビュウ」

 人が神経を尖らせながら帳簿と格闘していたところに入ってきて、そういう事言うか。

 内心のイライラした思いをいつもの調子で押し殺し、ビュウは、溜め息を一つ。
「ハッハッハ、ビュウ、溜め息をすると幸せが逃げてくよ?」
「知るか」
 その程度で逃げていく幸せなんざ要るか、いや、あるに越した事はないが――と、そうではない、そうでは。
「それで、ドンファン?」
「ん、何だい?」
「こんなしょうもない事を言うために、わざわざ俺の所に来た、って言うのか?」
 言外に、そうだったらぶちのめすぞ、と脅しを込めて。
 するとドンファンは、ようやく本題を思い出したか、
「あぁ、そうだった」
 と平然と言ってのけた。

 ……いつかぶん殴ってやる。

「君に聞きたい事があるんだ。いいかな?」
「何を」
 そして。
 朗らかな、それだけを見ればかなりの美男子に見える笑顔で、ドンファンはとんでもない事を言ってのけた。
「君には今、誰か、想いを寄せる女性がいるのかな?」

 ゴスッ。

 ……という鈍い音は、余りの台詞に脱力したビュウが、机に突っ伏し額をぶつけたそれである。

「何でだっ!?」
 ガバッ、と勢いをつけて起き上がるが、一方のドンファンはといえば、戸口に背を預けたまま、軽く腕を組み、まるで変わらない朗らかな笑みをこちらに向けたまま。
 その姿は、それはそれで、かなり様になる。
「何でそんな事言わなきゃならん!? ってか、知ってどうするそんな事!」
「ふぅ……そんな大声を出さないでくれ。血圧が上がってしまうよ、マテライト殿みたいに」
 やれやれ、と肩を竦めるドンファン。何だか馬鹿にされているような気がする。が――ここで怒鳴っては、マテライトと同じだ。グッと堪える。
「……いいから説明しろ」
「ふむ、そうだね。よし、じゃあビュウ君のために、ちゃんと説明しよう」
 と、再び腕を組む彼。そして、話し始めた。
「我々反乱軍の内、ほぼ半数が女性、しかもうら若き乙女だ」
「……そうだな」
 ちなみに、女性陣の中で一番の年配はゾラ女史。それ以外は皆二十代前後――ジャンヌかルキアが大体二十四、五でゾラを抜かせば最年長、最年少は、まだ十三歳からそこらのメロディアだ。
「我ら反乱軍の行く道は険しく、過酷だ。可憐な彼女たちには堪え切れないだろう。僕は時々、とても心細そうにしている彼女たちの姿を見る」
「……そうか?」

 ルキアとジャンヌは、元々マハールの正規軍人だ。キッチリ訓練を受けている。よって、現在の反乱軍の状況に、そう堪えられない、というほどではないはずだ。何せマハール軍の訓練は、カーナ軍のそれより厳しいのだから。
 そんなカーナ勢(女性)に目を向ければ、やはりそんな悲愴さは見られない。アナスタシアやディアナは戦闘の合間にお喋りを楽しむ事で気を紛らわし、エカテリーナは想い人に想いを馳せて戦闘の辛さを忘れている。

「そんな彼女たちの支えとなるのが、このドンファ〜ンの役目だ」
「やっぱりそこに行くか」
 しかしビュウの突っ込みを無視し、ドンファンは朗々と続ける。
「このドンファ〜ンの深い愛によって、彼女たちを癒す! それこそが、純情硬派なナイスガイ、ドンファ〜ンに与えられた使命! だが!」
 バッ、と。
 あらぬ方向を見て、キザったらしいポーズでノリノリで喋っていたドンファンが、不意にこちらに顔を向けた。中々に真剣な形相で。
「このドンファ〜ンでなくても、誰か他の男に癒されている女性がいるかもしれない。もしそうならば、このドンファ〜ンが尽力するのは、逆に失礼というもの」
 やっと話が繋がる。
「――……あー、つまり」
 ドンファンの語った事と、自分の推論を照らし合わせ、ビュウは率直に言った。
「他の男が唾つけた女に手を出したら面倒事になるから、今の内に調べをつけて手を出す女を厳選しとこう――……と、こういう感じか?」
 が。
 意外な事に、ドンファンは、ひどく真面目な面持ちのまま、微苦笑を浮かべてかぶりを振った。
「それは違う、ビュウ」
「……じゃあ?」
「戦友の恋人に愛を語るほど、この僕は野暮じゃない、という事さ」

 そう語った彼を見て、ビュウは、ドンファンに対する評価を改めた。
 普段はどうであれ、こういう時は、しっかりと決めてくれる。同性から見ても、――いささか悔しくはあるが――はっきりと「いい男だ」と思えるほどに。
 純情硬派なナイスガイ? 違うだろ、ドンファン。
 あんたのような男を、世間一般じゃ伊達男、って言うんだ。

「さぁ、どうなんだい、ビュウ?」
「……………………」
 ドンファンなりの恋愛倫理は、よく解った。
 しかし――

「いないよ、そんな女は」

「……本当かい、それは?」
 これまでと打って変わって、抑え目の低い調子。まるで、こちらの出方を窺うような。
「ああ」
 ドンファンから視線を外し、ビュウは頷く。

 言えないのだ。
 言っては、ならないのだ。
 自分は……誰かに恋を、してはならないのだから。

「ふむ……そうか。よく解った」
 すぐにドンファンは応えた。そう言う声は、先程の軽い調子だ。
「では、僕がこれは、と思う女性に声を掛けても、君は何も言わないね?」
「ああ」
「では、早速だが、フレデリカ嬢とお喋りでもしてこよう。彼女、今日調子が悪いようでね、ベッドに臥せっているそうだ。このドンファ〜ンが見舞いに行かなければ」

 ピクッ。

 自分でもそれと判るほど、肩が震えた。

 フレデリカ。
 フレデリカ、に?

 勢いよく顔をドンファンに向けると、ドンファンは、全てを了解している、という、どこか超然とした表情で笑っていた。
「いいかい、ビュウ。この純情硬派なナイスガイ、ドンファ〜ンが一つ忠告しよう」
 ニヤリ、と更に深く笑う。
「本当に愛した女性は、ちゃんと捕まえておきたまえ。でないと、この僕がさらっていってしまうよ?」
「いや、俺は……――――」
 そこで、言葉が詰まる。俺は……何だと、言うのだ?
 二の句を継げないこちらを尻目に、ドンファンはビュウに背を向けた。ガチャリ、というドアノブを回す音が、微かに耳に届く。
「では、僕はこれで失礼する。帳簿つけ、頑張りたまえ」
 やや軋みがちの扉を開け、そう言い残し、ドンファンは部屋を出ていく。
 バタン、と扉が閉められたのを確認し、ビュウは、改めて机の上に広げたままの帳簿に向き合うが――

『この僕がさらっていってしまうよ?』

「――……くそっ!」
 誰かに恋をしてはいけない身だというのに、それでも、彼女に焦がれる自分がいる。
 ビュウは苛立たしげに帳簿を閉じると、一つ深呼吸をし、それから部屋を出た。

 

 


 ビュウがメインの話ですが、好きな男性キャラはドンファンですよ?
 いえ、ビュウも好きですよ。当然ですよ。ビュウは私の「理想の男性像」が集約したキャラなんですから。
 あちこちのサイトさんを見ると、「ビュウが一番好き」っておっしゃっている方ばかりなんですが、これもきっと同じ理屈でしょう。そりゃ、自分の「理想の男性像」を嫌いな人はいませんて。
 かの作、小説版バハムートラグーンは、ビュウがまるで主役じゃない話でしたが、今にして思えば、あれは作者なりの配慮だったのではないでしょうか。つまり、読者のビュウ像を崩さないように、という。
 そう考えると、ビュウを主役に据えなかった作者の高城響さんの手法は、正当だったと思います。

 ともあれ、私の理想が集約されすぎたビュウは、当館ではオリキャラ扱いです。オリジナル設定が付与されすぎています。よって、簾屋の信条上、この場合の「好きな男性キャラ」には当てはまらないのです。
 それに、ビュウさんばっかりだとつまらないでしょ? どうせビュウさん主役なんだから。出張る機会多いんだから。


 ビュウの話はこのくらいにしておいて、ドンファンですよ。
 私は、ドンファンはこういう男なんじゃないか、と思います。つまり、他人の女には手を出さない男。
 彼が原作ゲーム中で手を出した反乱軍女性陣は、ルキア、ジャンヌ、ヨヨ、ジョイ、ネルボの五名だけです(覗きは除外)。ジョイやネルボは口説き落としましたが、ヨヨに対しては、マハール以後これといったアクションは起こしていません。アナスタシアやエカテリーナといった女性にはノータッチ。
 ノータッチの女性、もしくは一度は手を出されそうになりつつもその後何もされなかった女性は、全て、好きな男ないし決まった男がいます。アナスタシアならバルクレイ、エカテリーナならホーネット。ヨヨならパルパレオス。
 ここで、一つの想像の余地が生まれます。

 ドンファンは、決まった相手のいる女には手を出さないのではないか。

 そんなわけで、ちょっとドンファン氏には夢を見てみました。
 戦友の恋人ないし意中の人には手を出さない、そしてその恋に積極的に力を貸す、そんな伊達男ドンファン二十五歳(簾屋設定)。
 あんな反乱軍です。そんな大人の男が、一人くらいいてもいいと思いませんか?

 で、何故かビュウフレ。
 しかも次回に続く。

 

 

 

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