ノックをすると、それほど待たずしてその扉は開いた。
 僅かに開けられた隙間、そこから覗く顔はフレデリカのものだった。だが、常の彼女とは雰囲気が違う。どこかピリピリしている。
 警戒。
 表情にも、気配にも、隠す事なく露にされ、ただ漏れ状態になっているその雰囲気。外敵に怯える小動物のようだな、とビュウは内心で冗談のように思った。
 そして現在、ここが本来安全であって然るべきファーレンハイトの中でさえあっても、そうしなければいけない、その事の方が、
(まるで冗談だな)
「フレデリカ、様子はどうだ?」
 ビュウは単刀直入に用向きを口にした。彼女が何に警戒しているのか、それはビュウがよく知っている。現状、彼女が外部と接触する時間は、短い方が良い。それが伝わったか、
「入って」
 フレデリカは厳しい顔つきのまま、ビュウを部屋の中に招いた。滑り込むように、ビュウは入る。
 鼻にツンと来る消毒薬の臭い。左手側の壁を埋める薬品棚。部屋の右隅の一角を仕切る白いカーテン。その向こうにはベッドが二つあり、その内一つが今、使われているはずだ。
 医務室。その様子はいつもと同じはずなのに、しかしまるで包囲戦の最中の要塞のような痛いほどの緊迫感に包まれていた。
「錯乱状態は一時間前に収まったわ。今は落ち着いているし、意識もはっきりしてる。ただ、衰弱が激しいから最低でも三日は寝ていてもらわないといけないし、面会も三十分以上はさせられないわ」
「十分だ」
 フレデリカの淡々とした事務口調。無機質なそれは、緊迫感を助長する。ビュウはやはり事務的に短く頷いた。それを認めて、フレデリカはカーテンに歩み寄った。
「ドンファンさん」
「……何だい?」
「ビュウが来ました」
「……入れてくれるかい」
 カーテンの向こうから聞こえてくるドンファンの声に、いつもの覇気も精彩もなかった。ほんの一時間前まで酷い錯乱状態に陥り、生死の境を彷徨ったのだ。むしろこうしてしっかりとした受け答えが出来る方がおかしい。
 さすがはマハール軍人、とでも言うべきか。フレデリカが頷き、それに頷き返してから、ビュウはカーテンをめくってその向こうに入った。

 ベッドの上には、僅か数時間で随分とやつれたドンファンがいた。

 青白い顔、こけた頬。呼吸は浅く速く、その中に時折咳や呻きが混じる。濁った目が落ち着かなさげに宙を彷徨っていたが、ビュウが入ったのを見るや否や視線はこちらに固定され、ドンファンは弱々しい笑みを浮かべた。
「やぁ、ビュウ……来てくれたのが君で、僕は本当に嬉しいよ……」
「俺も、あんたが何とか喋れる状態にあって嬉しいよ」
「ハハハ……この純情硬派なナイスガイ、ドンファ〜ンは、そう簡単には死なない……つもりだ……」
 口調もまた弱々しいが、言葉はいつものドンファンだ。そこに安堵しながら、ビュウはベッドの横にあった椅子に座った。
 何と切り出そうか、言葉に迷うビュウ。そうしている内に、ドンファンが口を開いた。
「それで、ビュウ……どう、なったんだい?」
 どうなった。
 問われ、ビュウは僅かに目を見開いた。ドンファンは既に、事態を把握している。
「……知ってたのか?」
「フッ……僕を、なめてもらっては困るな、ビュウ……。要はアレアレアレ……まるで顕微鏡を覗くかのごとく、僕は情勢を見抜いている……つもりだ」
「……まぁ、顕微鏡はさておいてだな」
 どっかで似たような台詞聞いたなぁ、と思いながら、ビュウは一つ吐息した。気が進まないけれど、きちんと告げなければいけない。
「なら、単刀直入に言う。――処分が決まった」


 事態は余りにも深刻だった。
 会議に出席した幹部は皆、それを理解していた。
 早急に対処しなければ、反乱軍が瓦解しかねない――
 沈痛な面持ちで重苦しい言葉を放ったのは、ヨヨだった。


「そうか……処分が、決まった……か」
 ドンファンは、ズルリと布団の中から手を出した。それを大儀そうに持ち上げ、目に当てる。
「まったく……情けない事だと思わないかい、ビュウ……?」
「……そうだな」
「この純情硬派なナイスガイ、ドンファ〜ンが、女性を守れないなどと……」
「そんな事ないだろ」
「気休めはよしてくれ」
 遮った口調は、意外なほどに強かった。それでも、いつもよりは弱いのだが。
「よしてくれ……同情なんか要らない。僕は……彼女たちに、申し訳がない……!」
「……仕方ないだろ」
「仕方がない、だと? そんな事あるものか。全ては……全ては、このドンファ〜ンが不甲斐ないばかりに……!」
 ギリ、と歯が軋る音。ドンファンは歯を食い縛っていた。強く、ギリギリと。
 しかし、それもすぐにやむ。糸が切れるように、フッとドンファンは脱力した。目を塞いでいた手がボトリと布団の上に落ちる。
「ビュウ……教えてくれ」
 薄く開けられた目が、こちらを見た。
「これから……どうなって、しまうんだ?」
「まだ、具体的には決まっていない。だが、重いペナルティが科せられる」
「そうか……」
 ドンファンの表情が、悔しげに歪んだ。
「ビュウ、笑ってくれ。僕は……無力だ」
「…………」
「彼女たちにペナルティが科せられるなんて、僕は……僕は、どうすれば良いんだ……!」

(ん?)

 彼女たちに?

 そして気付く。これまで、噛み合っているようで、実は微妙に噛み合っていなかった会話。

「……彼女たちじゃないぞ?」
「何?」
 一変、驚いたようなドンファンの表情。
「ペナルティは、あんただぞ?」

 ……………………………………………………

「ち、ちょっと待ってくれたまえ、ビュウ」
「あぁ」
「要はアレアレアレ……彼女たちが罰せられるわけではない?」
「あぁ」
「ペナルティは、僕?」
「あぁ」
「ま、待ってくれたまえ」
 一体いつの間にそれほど回復したのか、ドンファンが上体を僅かに起こしてビュウに詰め寄ってくる。
「被害者は、明らかに僕だぞ?」
「それがな」
 はぁぁ、と。
 痛ましさを隠さない表情で、ビュウは溜め息を吐いた。
 大袈裟に。それはもう、大袈裟すぎるほどに。
「幹部会議じゃ、お前が悪いんだろ、って事で意見が一致してな」


『まったく……こんなわけの分からない騒動起こして、こっちに面倒を持ち込まないでもらいたいわ』
 ヨヨは重苦しい――苦々しい表情で、そう吐き捨てたのだった。


 直後だった。

 ドンドンドンッ!
 ドンドンドンッ!

 突如叩かれる医務室の扉。その余りの強さに、フレデリカがカーテンを勢いよく開けてビュウの元に駆け込んできた。
「ビ、ビュウ……!」
「大丈夫だ、フレデリカ」
 不安げな面持ちの彼女の手を取る。そして椅子から立ち上がると、
「俺に任せてくれ」
 そのまま彼女を壁の方にやり、ドンファンを後目にビュウは扉を開ける。
 その向こうには、二人の女。
 手に山盛りの荷物を抱えて、ニコニコと、凶悪なほどにニコニコと笑う二人の女が。
 ビュウは彼女たちの顔を順に見ると、扉を開け放って、
「後は任せた」
「――ビュウ!? 一体どういう事なんだい!?」
 ドンファンの悲鳴。どうやら、誰が来たか判ったらしい。だがもう遅い。ビュウは二人を入れてしまった。
「ありがとうございます、ビュウさん」
「後は私たちにお任せください。ウフフ、腕が鳴るわ……」
 ニコニコと、いっそサディスティックにさえ映る笑みを顔に貼りつかせて、二人は医務室の奥へと進む。彼女たちの背中を見送りながら、壁際に避難していたはずのフレデリカがコソコソと寄ってきた。
「ビュウ……」
「あぁ、フレデリカ。もう大丈夫。全部終わるさ」
「じゃあ」
 と、カーテンの方を見るフレデリカ。
「あの二人が」
「……ま、ヨヨらしいペナルティだな」
「……確かに、ジョイとネルボが一番の被害者だろうから、私も自業自得と思うんだけど……」
 不意に彼女の表情が曇る。ビュウは眉をひそめ、
「フレデリカ? どうしたんだ?」
「……ねぇ、気付いた? 二人が持っていたの」
「――あ」
 ビュウも思い出す。ジョイとネルボが抱えていた、山盛りの荷物。

 ぐろぐろキノコ(ビッケバッケ産)。

「またおかしな中毒症状を起こすんじゃないかしら……」
「――ま、どっちにしろ」
 ドンファンの聞き苦しい言い逃れとジョイとネルボのサド全開の笑い声を聞きながら、ビュウははっきりと言った。
「二股掛けたあいつが悪い」
「そうね」


 そして医務室に、ドンファンの絶叫が響き渡った。

 

 


 久しぶりのお題でした。
 そしてドンファン書くのも久しぶり。
 ジョイとネルボは長編でチラリと書いて以来?

 それにしても、長々と馬鹿な話をやったなぁ。

 原作ゲームでも二股掛けてたドンファンですが、バレたらジョイとネルボにおっそろしい事をされるといい。
 ジョイとネルボは実はサドだといい(問題発言)。
 って、うちのビュウさんもサドだから……やばい。私の書くバハラグキャラはサドばかりになっちゃう!(ヨヨ様もサドです。でもパルはマゾです)

 ところで簾屋、ビュウとドンファンの掛け合いが好きらしい。この二人は仕事仲間程度の仲の良さを希望。

 

 

 

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