「なぁ、ビュウ!」

 ファーレンハイト甲板にて。
 戦竜たちに餌をやっていたビュウに、その手伝いをしていたラッシュが、堪り兼ねた様子で声を掛けた。
「何だ、ラッシュ」
 答えるビュウは、微妙に生返事気味。愛騎たるサラマンダーの皮膚の具合を見るのに忙しいらしく、すぐ後ろで大量の鎧(破損品)を抱えているラッシュの方に向こうともしない。
 その反応に、ラッシュは一瞬怒声を上げそうになったが、すぐにグッと飲み込んで、続く話を切り出した。
「たまには俺にも、戦竜の餌やりやらせてくれよ!」
 そこで初めて、ビュウはラッシュの方に向いた。

 ただし、顔だけ。

「やりたいのか?」
「あぁ!」
「そんなに?」
「もちろん!」
「じゃ、レポート提出な」
「よし来た――って…………え!?」
 そして。
 ビュウは、流暢な語り口でレポート課題をラッシュに告げた。

「戦竜の摂食行為とその身体影響について、『摂食本能』、『外形属性』、『内包属性』、『概念消化吸収』、『信用と信頼』、以上の五つのキーワードを必ず用い、二百語以上で論じろ。
 その際、立論の根拠となる論文は参考文献として必ず列挙。論文中より引用する場合は、註をつけ、引用元となる論文名と、その著者、引用箇所を明記するように」

 しばし硬直していたラッシュは、一通り聞き終え、ようやくわななく口を不器用に開く。紡がれる言葉は、相当どもっていた。
「え……ちょっ、ビュウ、まま、待ってくれ、それ、それは――」
「提出期限は明後日の〇七〇〇時まで。それ以降は受け付けないから、そのつもりでいろ」
「いや、そんな、明後日の七時って、そんな、急に言われても――」
「じゃあ、ラッシュ」
 うろたえるラッシュに、ビュウは体ごと向き直って、笑う。

「その頭をフルに活用した読み応えのあるレポート、期待してるぞ」

 余りにも底意地の悪い笑みを残し、ビュウは、艦内へと戻っていく――

 後に残されたラッシュは、
「トゥルース……助けてくれ」
「自分で何とかするんです、ラッシュ」
 アイスドラゴンを構いながら傍観していたトゥルースは、冷ややかに友の懇願を切り捨てたのだった。





 翌々日の朝五時、ラッシュは件のレポートを仕上げる前に倒れてしまった。それに気付いたトゥルースにより強制的にベッドに寝かされた彼は、四十度もの高熱を出し、しばらくの間ウンウン唸っていたという。

 診断――知恵熱。

 フレデリカ嬢から解熱剤を処方されたラッシュが起き上がれるようになったのは、この三日後の事。


 件のレポートの出来については、
「読むに堪えんな」
 というビュウの感想を最後に、その話題は誰の口にも上らなくなったという。

 

 


 バハラグといったら、ドラゴンの餌やりシステムでしょう!




 以下、戦竜の餌やりに関する簾屋のコアな設定。暇な方、読んでみたいという奇特な方だけ、レッツ反転。




 そもそも竜は雑食性である。しかも、並みの「雑食」ではない。彼らはその摂食本能の命ずるままに、あらゆるものを摂食・消化・吸収する。肉類、植物類はもちろんの事、金属、鉱物、木材などに至るまで。それは最早脅威とすら言える。
 竜の摂食行為における最大の特徴は、摂食した物体の特質を取り込んで自らの身体を大いに進化させる事にある。金属を摂食し消化・吸収すれば皮膚組織や牙、爪といった部位の硬度が上がり、何らかの魔力を秘めた薬草を食せば、その魔力を得て、操る魔法を強化する。
 ここで問題となるのが、何を摂食すると身体のどこに影響が出るか、という点である。これのキーワードとなるのが、外形属性及び内包属性だ。
 外形属性とは、その物の表面的な属性――形、材質、用途――を指し、内包属性とは、その物に秘められた属性――武器に付与された魔力、あるいは特定の薬草が備える魔力――を指す。結論から言えば、外形属性は竜の身体――皮膚組織、牙、爪、飛行速度、体力そのもの――に影響を及ぼし、一方の内包属性は竜が備える魔力――口から吐くブレス、呼び出す雷、大地を揺るがす咆哮――に多大なる作用をもたらす。
 けれど、ここで一つの、そして最大の問題が浮上する。
 例えば、ここに剣と鎧があるとする。二つは同じ鋼から作られており、両者の外形属性の差異は、用途の点しか見られない。この二つを同じ竜に与えた場合、どんな影響の違いが出るか。
 普通ならば、剣は牙や爪の硬度を高め、鎧は皮膚組織を強くする、という答えが出るだろう。しかし、現実はこうは行かない。
 竜は基本的に、剣と鎧に違いを見出さない。何故なら、この二つは用途の他に大きく違うものはなく、材質に至っては、全くの同じだからだ。すなわち、普通に剣を摂食させても、皮膚組織が強くなる可能性が十分にある、という事である。
 剣は武器、鎧は防具、という概念は、竜の中には存在しない。だが、この二つを摂食させてその際を実現したいならば、この概念を竜に理解させ、それによって消化・吸収の過程に差異を現わさせなければならない。武器ならば牙や爪に、防具なら皮膚組織や体力に、という概念そのものを消化吸収させなければならないのである。
 この、概念消化吸収を実現する方法。それは今のところ、餌をやる飼育者と竜との間に築かれる信用と信頼以外にない。両者の間に築かれた絆で以って、竜に「これはどんな物でどこに影響を及ぼされるべきである」という事を理解させる。
 これ以外に、有効な方法は今のところ発見されていない。竜を飼育・調教して戦闘に駆り出すカーナ戦竜隊では、この点を最重要視しており、これを実践すべく隊員を教育しているという。




 あー、楽しかった。
 こういうコアな設定をネチネチ考えるのが大好きな簾屋。一次創作ならともかく、二次創作ではどうよ、それ。


 これを中心に論を展開すれば、ビュウ隊長相手でも百点取れる可能性がありますよ、ラッシュさん。

 

 

 

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