『母さん、お元気ですか? 僕は元気です。
 反乱軍の旗艦ファーレンハイトに乗り込んで、一月が経ちました。友達は……まだ出来ません。サジンとは、相変わらず仕事の話しかしません。少し寂しいです。でも、頑張って友達を作ろうと思います。
 そういえば、最近、こういう事がありました。元カーナ戦竜隊隊長で、僕たちの直接の雇い主であるビュウさんに頼まれた事なのですが――』





 五日前、午後六時。

「お前ら、少しいいか?」

 ――その事件は、尋常ならざるビュウの声音で始まった。









地下二階倉庫の怪











「どうかしたんですか?」
 応えるサジンは淡白なものである。事務的、現実的がモットーの相棒は、滅多な事では感情を揺らさない。ファーレンハイト入り口付近の暗がりで見るサジンの無表情は、灯りに照らし出された部分と陰影に飲み込まれた部分のコントラストもあいまって、陰の凄みに満ちて、異様な寒気を感じさせる。
 その辺りは自分と大違いだ、とゼロシンは何の気なしに思った。ゼロシンは、アサシンだというのに自分を殺しきる事が出来ない。考えるのはいつも母親の事ばかりだ。あぁ、今月は仕送りどうしよう、と。反乱軍に雇われて以来、月々の収入は安定したが、総額は少し減っている。頭を悩ませ、百面相をしていたところに、ビュウはやってきたのだ。
 何やら、困っているような、弱っているような、釈然としない微妙な表情で。
 珍しい事だ。ゼロシンがビュウを見かける時は、大抵、やつれていたり目の下に隈があったり無精ひげが生えていたりあらぬ方向を見ていたり、と整った顔も台なしという態である。それに比べれば、いささか暗めの表情ではあるものの、今日のビュウはまだ見られる顔をしていた。
 だが、一体何があったのか?
「実は、お前らに少し調べてもらいたい事があるんだが……」
 仕事か。二人は揃ってビュウに体ごと向き直る。反乱軍におけるアサシンたちの役割は敵軍の要人暗殺と諜報活動なのだが、それと別口の仕事を受ければ、臨時手当が出る事になっていた。これで仕送りがどうにかなる。ゼロシンは期待を込めてビュウに視線を送った。
 しかしそのビュウは、歯切れの悪い口調でこう切り出した。
「何だか最近、地下で妙な物音と話し声がするらしくてな」


 最初にそれに気付いたのは、地下に寝室があるクルーたち。
 あるクルーの証言である。深夜の当直を終えて遅くに休もうとした彼は、地下二階の倉庫の辺りで、こんな音を聞いた。
 ――ショキ、ショキ、ショキ、ショキ――
 ――……だから……それは……が、もう……でも、……って、切って…………――――
 物置となっている倉庫から聞こえてくるようだった。クルーはその中を確認した。中はもちろん真っ暗闇。物音も話し声もせず、人の気配もなかった。おかしいな。クルーは首を傾げた。物置倉庫の扉を閉めた彼の耳に再び聞こえる、ショキ、ショキ、ショキ、ショキ――ハサミの音。


「話を聞くと、どうもそれを聞いたのはクルーだけじゃなくて」


 ライトアーマーのジャンヌがそれを聞いたのは、クルーが異常を耳にした日の翌日。
 就寝前、彼女は地下二階の食料庫で甘いワインを探していた。寝酒にするつもりだったらしい(どうりでワインが少なくなっていた、と話を聞いた後にビュウはジャンヌに苦情を言った)。その一角にあるワインの貯蔵棚から目当てのワインを見つけ、食料庫から出ようとしていた彼女は、ふと聞こえてきた音に足を止め、耳をすませた。
 ――ショキ、ショキ、ショキ、ショキ――
 ――……こっち……こっち……これ……もう、駄目……、切って、切って…………――――
 気のせいか、とジャンヌは思った。この時までにかなり飲んでいたので、空耳だろうと思ったのである。千鳥足で部屋に戻ろうとした彼女の鼓膜を微かに震わせる、ショキ、ショキ、ショキ、ショキ――ハサミで何かを切る音。


「この二人だけだったら、気のせいで済ませるところだったんだが」


 地下二階の倉庫をよく使うのは、ヘビーアーマー隊だ。何故か。六つある倉庫の一つが、マテ印製品の在庫置き場になっているのだ。
 ある夜、タイチョーが在庫のチェックのためにその倉庫に入った。その次の朝に、補給でとある町に寄る予定になっていたのだ。ヘビーアーマー隊を挙げて、在庫処分を行なうつもりだったという。マテ印鎧を磨くタイチョーの耳に、それは聞こえた。
 ――ショキ、ショキ、ショキ、ショキ――
 ――……今度は……今度こそ……きっと……切って、切って、切って…………――――
 誰かがいるのか。タイチョーは倉庫を出る。しかし、廊下には誰もいない。念のため、すぐ隣の物置倉庫を覗く。やはり誰もいない。気のせいだろう、と思ったタイチョーの耳に、それが聞こえる、ショキ、ショキ、ショキ、ショキ――ハサミで、何かを刻む音。


「色々聞いて回ったら、まぁ出てくる出てくる。フレデリカ、ジョイ、ネルボ、ゾラ、ゾラの息子に、メロディアとプチデビども、ドンファン、それに」


 昨日の事。
「ビュウ、ちょっといいかしら」
 夕食が終わって、それぞれが食堂から散っていく中、ルキアがビュウの背中に声を掛けた。何か、と顔を向けた彼に、ルキアは困惑顔で首を傾げてみせた。
「最近、地下二階の倉庫の辺りでやたらと誰かの声とハサミの音がするんだけど……ビュウ、何かさせてる?」


「さすがにそれを聞いて放っておくわけにもいかなくなってな」


 その後、ビュウは地下二階の倉庫を訪れた。
 時刻は既に十時過ぎ。夜間の見張り当番が入っていなければ、大抵の戦闘員はもう寝る時間である。そのため艦内の灯りも落とされ、何やらネットリと澱んだ暗闇が、目の前にわだかまっていた。
 地下二階の構造は、こうである。
 まず、広大な四角い部屋を思い浮かべてほしい。その中央に、デンと大きく四角形の機関室が居座る。となると、その周囲を細長い通路が縁取る形になる。地下二階に降りてくる階段は広大な四角い部屋の下の右隅と左隅にあり、右側の階段を下りてまっすぐ行けば右側の通路に入り、機関室とは反対の壁際には、クルーたちが寝室に使っている部屋が六部屋並んでいる。
 転じて反対側、左側の階段を下りてまっすぐ歩けば、左側の通路に入る。そしてそちらの壁際に並ぶのが――今回のささやかな騒動の発端となっている、六つの倉庫だ。
 その左側の通路――六つの倉庫の扉が並ぶそこに立ち、ビュウは何だか溜め息を吐きたくなった。
 何が悲しくて、こんな時間にこんな湿っぽい所にいなければいけない? 別に地下二階だからと言って窓がないわけではない――ファーレンハイトは小さな岩塊、その下部分の岩肌にちょうど地下階の壁際が来るから、窓を設置する事は可能なのだ――のだが、それでもどこか湿った感じがするのは、やはり周囲が土に囲まれているからか。機関室からの放射熱で辺りの空気は夏の夜のように生暖かく、それと湿っぽさが合わさって、暗闇がヌルリと粘性を帯びているような気さえしてきた。
 それが、異様な不気味さを醸し出す。この先に何があるのか、ポツン、ポツンと置かれたささやかな灯りが通路を僅かに照らし出すが、その灯りの届かない所に何が待ち受けているのかが見通せない、という微かな不安と恐れ。
 別に、その暗がりにグランベロスの刺客が潜んでいるわけじゃあるまいし。
 そんな風に思って、漠と抱いていた不安をビュウはねじ伏せた。嫌な気分を吹き飛ばす気で、一つ大きく息を吐く。腕を組み、さて、と通路を睨み据えた。
 通路は、暗いが見通しそのものは利く。闇に目が慣れてしまえば、そこに誰も潜んでいない事と、誰も潜む余地がない事は一目瞭然――扉の中以外は。すなわち、誰かが何かやっているとなれば、六つの倉庫の中のどこかしかない。
 さぁ、来い。腹を据えて待ち構えるビュウの耳に、微かに届くその音と声。
 ――ショキ、ショキ、ショキ、ショキ――
 ――……く……は、……だから、……に、気を……だから……って、切って、切って…………――――
 耳をすませていないと機関室からのエンジン音に紛れて消えてしまうような、余りにか細い誰かの声。聞いた事があるようにも聞こえるし、ないようにも聞こえる。ビュウは表情を険しくさせると、廊下の両脇に並ぶ扉の一つを前触れもなく開け放った。
「誰かいるのか!?」
 大声で呼びかける。食料庫からは、沈黙しか返ってこなかった。
 その後、雑貨倉庫、リネン室、武具倉庫、マテ印製品の在庫置き場、そして物置倉庫と順に見て回ったが、どこにも誰もおらず、不審に表情を曇らせたビュウの耳に、ショキ、ショキ、ショキ、ショキ――執拗なまでの、ハサミの音。


「……ま、まさか幽霊――」
「なわけあるか」
 震えるゼロシンの言葉を、サジンはあっさりと切って捨てた。こんな怪談めいた話を聞いても、さすがはサジン、事務的な無表情はピクリとも動かない。その突っ込みと同じ調子のまま、
「つまり、侵入者を疑っているわけで?」
「まぁな」
 ビュウはあっさりと頷いた。
 何せ、反乱軍を取り巻く情勢は流動的。帝国からダフィラを解放し、これからカーナを取り戻すという段である。帝国の工作員が潜入していてもおかしくない。
「で、俺たちに正体を見極めてこい、と」
「そういう事だ」
 頷いたビュウに。
 サジンは、スッと掌を上に向けた左手を差し出した。
 一瞬きょとんとしたビュウは、すぐにその意味を悟り、渋い表情で懐から財布を取り出すと、そこから千ピローを出してその手に乗せた。
「前金、二人分だ。残りは成功報酬、声と物音の正体を俺の前に引っ張り出してきてからだ」
 するとサジンはニヤリと笑い、「毎度」と楽しげに呟いた。ゼロシンも愛想笑いを見せる。ビュウは渋い顔のまま。

 ともあれこうして、アサシンたちは臨時に仕事を受けた。




 けれど、
「ねぇサジン、本当に幽霊だったらどうする?」
「静かにしろ」
 ゼロシンの懸念に、サジンはにべもない。無感動な囁きを返され、ゼロシンはむぅと押し黙る。
 時刻はただ今午前一時。場所は現在地下二階の倉庫前。二人は気配を殺し、灯りの届かない粘性の闇を泳ぐように掻き分け、そこに近付く。
 壁際に取りつき、物音が始まるのを静かに待ちながら、ゼロシンは思った。もし本当に幽霊だったら――どうビュウの前に引っ張り出せ、と? グランベロスがたまに用いているアンデッド兵なら、まだ判るのだが。
 そう。実のところ、ゼロシンは幽霊を恐れてはいなかった。彼の本当の懸念は、もし本当に幽霊だったとして――引っ張ってこられなかったから、という理由でビュウが成功報酬を払ってくれなかったら、である。
 幽霊の存在を信じているかいないかと問われれば、信じているとゼロシンは答える。何せアンデッド兵がいるのだ。幽霊くらいいてもいいだろう。
 ただ、幽霊よりも生きている人間の方が――ゼロシンたちアサシンを使って親しい人間を暗殺したり、追い落とそうとする人間の方が、余程空恐ろしいだけで、
 ――ショキ、ショキ、ショキ、ショキ――
 ――……うは……気をつ……かる……切って、切って…………――――
 ゼロシンはサジンと視線を交わした。聞こえる。ハサミの音と、ボソボソと低く陰鬱に抑えられた誰かの声。
 二人はそれぞれ動き出した。対面する壁際に並ぶ倉庫の扉。ゼロシンは階段口から見て手前から、サジンは一番奥から、それぞれの扉に耳を当てて中の音を一つ一つ確かめていく。
 自分の割り当て三つ分を確認し終わった時、サジンが妙な動きをした。確認し終わったはずの扉に再び取りつき、改めて中の音を聞いているのだ。何故そんな事を、とゼロシンが疑問に思っていると、視界の片隅でサジンの手が動いた。ここだ、というサイン。
 ゼロシンは疑問を封じた。目線だけで頷き、音も立てずにその扉の脇に取りつく。一番奥、物置倉庫の扉。確かにこの中から、何か聞こえてくる。ボソボソとした話し声。これは……男の、声か?
 サジンが扉のノブをソッと回し、蝶番を軋ませる事なく僅かに扉を開けた。掌が入るか入らないか、という隙間である。相棒はそこに抜き払った忍刀の刀身を差し込んだ。刀身の角度を変え、それに映り込んだ中の様子を窺う。刀身は暗闇を映すばかりだが、暗闇での隠密行動を苦としないアサシンは、そこに何の異常もないと判断する。サジンは扉の隙間からその身を滑り込ませた。ゼロシンはサジンが取りついていた扉脇に張りつき、中を覗く。
 物置倉庫は雑然と物が放り込まれていたが、その無秩序の中にも秩序があった。そのささやかな秩序――細く狭い通路を、アサシンたちは進む。サジンが先頭に立って先に進み、ゼロシンはそのサポートの役を担って後からついていく。慎重に慎重に、ひそやかにひそやかに、足音を殺し、息を殺し、気配を殺し、ついに奥へと辿り着く。

 ガラクタが小山を形成している、倉庫の右奥の隅から、ボンヤリとした光が漏れ出ていた。
 そしてその小山――を細工した急ごしらえの小部屋が、声の発信源だった。

「――キノコ栽培って、案外難しいな」
「! ビッケバッケ、これを」
「カビが――……しょうがないんだな。その株は諦めて……」

 ゼロシンは思わず、サジンを見た。
 目の前にあるのは、珍しい相棒の渋面。
 きっと今の自分も同じ顔をしているのだろうな、と思いながら、ゼロシンはサジンが突入の合図を出すのを待った。




 そしてビュウの舎弟トリオは連行された彼らの兄貴分の部屋で、今にも泣き出しそうな顔で正座している。
 椅子に座ったままそれを見下ろすビュウは、何とも表現しがたい渋い顔をしている。
 その四人の姿を壁際で見つめながら、ゼロシンはサジンに視線をやった。サジンはずっと渋い顔のままだ。こちらの視線など意に介さず、話はお前がしろ、という態度である。ゼロシンは溜め息一つと共に、
「えーと……物置の中で、キノコの栽培をしていたみたいです」
 ビュウは瞑目し、眉間を揉むように押さえた。
「主犯はビッケバッケさん、ラッシュさんとトゥルースさんは共犯です。
 確かビュウさんは、マテ印製品の売り上げの何パーセントかを会計に還元させていましたよね? ビッケバッケさんはそれを知っていて、キノコ栽培及び売買の利益が減る事を恐れたそうです。ビュウさんに黙ってキノコ栽培に勤しんでいたのはそのためで、ラッシュさんとトゥルースさんは、後にそれを知って加担した、と」
「――……なぁ、ビュウ」
 意を決した様子で、ラッシュがビュウに強い視線を向けた。ノロノロと見やるビュウ。
「あんたに黙ってキノコを作ってたのは、確かに悪かった。謝る。でも、ビッケバッケの気持ちも汲んでやってくれよ。こいつさ」
 と、隣でしょんぼりとうなだれているビッケバッケを見やる。
「欲しい物が、あるんだって。……こいつが何かをここまで欲しがるなんて、初めてなんだ」
 そのフォローに、トゥルースが入った。神妙な表情と口調は、苦悩の後を窺わせた。
「ビッケバッケは、今までずっと、私たちや隊長に遠慮していたんです。わがままを言って困らせてはいけない、と。だから、最初は私たちにも相談しないで、キノコを育てていたんです」
 けれど、夜な夜なベッドを抜け出しどこかへいくビッケバッケの不審な行動に、兄弟分二人が気付かないはずがなかった。二人はあっさりとビッケバッケの秘密を突き止め、そして、それに加担する道を選んだ。
 それが、彼らの兄貴分を怒らせる事になったとしても。
 ゼロシンは思わず溜め息を吐いた。
 まったく――何とまぁ、非合理的な事を。
 このファーレンハイトの中で何かをするに当たって、そこの会計役の目を完全に逃れる事など、出来るはずがないのだ。何故ならこの男は金が絡むと恐ろしいほどの嗅覚を発揮し、何より――今や、ゼロシンとサジンが彼の新たな目であり耳である。諜報活動と隠密行動に長けたアサシンから逃れる術を、未熟者ナイト三人が持ち合わせているはずもない。
 最初からビュウに相談し、巻き込んでしまっていた方が、話も簡単で、手っ取り早かったのだ。
 けれど、こうなってしまっては――
「――……話は、解った」
 渋い表情のまま、ビュウは声を絞り出した。低く押し殺された声には抑揚がなく、何か裏に潜むものがあるようで空恐ろしい。
 正座したナイトトリオは神妙で真剣な表情でビュウを注視し、ゴクリと喉を鳴らす。
 一方のアサシンたちは、半ば興味を失っていた。成功報酬を受け取るためにビュウの部屋に残っているだけで、
「――サジン、ゼロシン」
 だというのに、まだ何か用があると言うのか。相変わらず反応しないサジンの代わりに、ゼロシンが「何です?」と応じる。
「確認するが、音が聞こえてきたのは、物置からだけだったんだな?」
 頷くゼロシン。あの時サジンが見せた妙な動きは、それを確認するためのものだった。わざわざもう一度確認して、物音が聞こえてきたのは物置からだけだという確信を得る。サジンは、仕事においては決して妥協しない。ゼロシンもまた、他からの物音を聞いてはいない。
「そうか……」
 と、難しい顔で考え込むビュウ。どうかしたのか。訝しげな表情で、床の三人が兄貴分の顔を覗き込む。
「おい、ビュウ?」
「あの隊長、何か?」
「ア、アニキ?」
「お前ら――」
 そう、改めて三人に視線を向けたビュウの表情には。
 奇妙に鋭い真剣さがあった。
 その真剣さを声にも宿し、彼は――その事を、その恐るべき疑惑を、尋ねた。

「ハサミを、使ったか?」

 三人は、顔を見合わせる。
「……ハサミ?」
「いえ、私たちはハサミなんて」
「キノコ栽培でハサミなんか使わないよ?」
 では。
「じゃあ、ハサミを使わなくても、何かを切ったりする作業を話題にしたりとかは?」
 顔を見合わせる三人。あったか? いいえ。してないんだな。互いに問い、互いにかぶりを振り合う。
 では。
「じゃあ――」
 ビュウは、囁く。

 恐ろしいほどに静かな声で。


「ゼロシンやサジンや俺が聞いて、他にもたくさん聞いている、あのハサミの音は……何なんだ?」

 そしてあの、「切って、切って」と囁き続ける、低く陰鬱な声は?

























 ――そこまで書いて、ゼロシンは手紙を丸めた。
(こんな事書いて、母さんに心配を掛けるのもなぁ)
 世間の母親の例に漏れず、ゼロシンの母もまた心配性だ。以前、手紙に中々友人が出来ない悩みを書いたら、返事にはそれについてとつとつと彼に教え諭す言葉が……そうだ、冒頭に友達が出来ないと書いてしまった。ならば尚更この手紙は出せない。
 溜め息を吐いて、彼は白い便箋に向き合った。母さん、お元気ですか? そこから先の言葉が出てこない。
「ねぇ、サジン」
「何だ?」
「母さんへの手紙、何を書けばいいと思う?」
「自分で考えろ」
 あぁ、相変わらず相棒は冷たい。もっとも、ゼロシンもさほど期待してはいなかった。僕は元気です。そう繋げて、そこから先は……無難な近況報告に終始するしかない。
 近況。

 ビッケバッケたちのキノコ栽培は、晴れてビュウ公認となり、反乱軍会計の取り分は売り上げの僅か一パーセントと決められた。マテ印製品よりも低い割合は、ビュウなりの舎弟たちへの気遣いだろう。
 けれど彼らは、キノコの栽培場所を地下二階から艦橋裏手の雑木林に移した。そこに急造の小屋を作り、その中で育てる事にしたという。
 その理由は、言うまでもない。


 地下二階の倉庫の暗闇からは、今も、聞こえる。


 ――ショキ、ショキ、ショキ、ショキ――
 ――切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って――――

 

 

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