今でない時、ここでない場所。
ボンヤリと暖かな光が満ちる、そんなこじんまりとした空間で。
こたつを置いて。
火を用意して。
その上にお鍋を置いたなら。
こたつの周りに、五つの影が集って、
神竜たちの鍋パーティが始まる。
神竜鍋会議
ビールが注がれたグラスを持って、バハムートが気だるそうに口を開いた。ゴホン、と一つ咳払いをすると、
「あー、それでは、我らの再会を祝して、乾杯」
やる気のない音頭で、五人(人?)のグラスが鍋の上で打ち鳴らされる。
「しかし、こうして我ら神竜、再び集う事が出来ようとは」
「封印され、心だけの身となった時にはどうしようかと思ったものだが」
「ふん。心だけになろうとも、我らは神竜、どうとでも出来る」
「出来ていればもっと早くに揃っていたであろうよ」
「……久しぶりに揃って早々、喧嘩はやめぬか」
ワイワイガヤガヤ、グラスを傾けビールをチビチビ。火(バハムート提供)に掛けられた鍋はコトコトと小気味良い音を立てている。
「で、鍋は出来ているのか?」
箸を持ち、ワクワクとその鍋を覗き込むのはヴァリトラ。
「いや、まだ早いぞ」
やんわりとそれを制するのはリヴァイアサン。
「お前は先走りすぎだ、ヴァリトラ」
ガルーダは苛立たしげに語調を強め、
「……ところで」
チビチビとビールを飲んでいたユルムンガルドが、ゆったりとした口調で上座のバハムートに声を掛けた。
「一人足りないようだが」
「知らぬ」
一杯目を早速飲み干して、バハムートの答えは意外と酷い。
さて、この辺りで位置関係を紹介。
こたつの長方形の卓。その上座(どこが上でどこが下かはいまいち不明だが、上座らしい)に座るのが、我らがバハムート様である。仲間たちと再会したばかりだというのに何となくやる気がなくて何となくやさぐれている風味なのは、いまいち理由不明だ。
バハムートから見て右手上座寄り、座るのはユルムンガルド。どうにもドラゴンっぽくない平べったい体を小さくさせて、バハムートに二杯目を次いでやっている。気遣いの人、ユルムンガルドさん。
その反対側に座るのが、リヴァイアサン。青く長大な体は優美ではあるがドラゴンというより蛇っぽく、頑張って尻尾でグラスを持ちビールを口に運んでいる辺り、何とも器用である。
その隣、左手下座寄りに座るヴァリトラは、先程ガルーダに釘を刺されたにも関わらず、またもフライングして鍋を突こうとしていた。その時隣のリヴァイアサンの体が伸びてきて、グルグルキュッ、とばかりにヴァリトラの体に巻きつき、締め上げるのだが、そんな実力行使の制止など何のその、ヴァリトラは楽しそうに尚も鍋に箸を伸ばす。綺麗なのに意外と酷いリヴァイアサンさんと、空気の読めないヴァリトラ君の謎の闘争、勝敗つかず。
そんなわけでヴァリトラの反対側、ユルムンガルドの隣に座っているのが、灰色っぽい鳥さんドラゴンのガルーダ氏。元々の気質かはたまたカルシウム不足か、先走って鍋を食べようとする、しかも直箸でつつこうとしているヴァリトラにイライラして羽根をばたつかせている。羽毛が飛び散った。
すると、迷惑そうに顔をしかめるバハムート様。食卓の雰囲気が一気に悪くなる。そこをリヴァイアサンが優美な体を揺らせて、
「落ち着かないか、二人とも」
雰囲気、上方修正。リヴァイアサンさんは癒しの人でもあった。
「そうだそうだ、おとなげないぞ二人とも!」
「黙れヴァリトラ空気を読め!」
楽しげにヴァリトラが場を引っ掻き回し、ガルーダが怒鳴りつけるものだから、雰囲気再び下降気味。そこにユルムンガルドがのんびりと口を挟んだ。
「そこまでにせよ、ガルーダ。……そら、鍋が煮えたようだ。久しぶりに揃っての食卓、くだらん喧嘩なぞするな」
納得しかねる様子のガルーダ。けれど、どうにも逆らいがたいらしい。ちっ、と一つ舌打ちをして、ガルーダは羽根をばたつかせるのをやめた。安心したように微笑むリヴァイアサン。そんな事より鍋に興味津々のヴァリトラ。バハムートは早くもビール瓶を一本飲み干し、次の瓶に取り掛かる。
そして、ユルムンガルドが鍋の蓋を開け、暖かな蒸気がほわりと部屋に満ち――
――ガラッ。
部屋の入り口である引き戸(引き戸?)が勢いよく開けられた。
そこからノソノソと入ってきて、無言のまま下座に座ったのは、
「……ヒューベリオンか」
吐き捨てるように、バハムートは呟いた。神竜は六人、ここ二五人が集っているなら消去法で入ってくるのは一人だけだ。相変わらずやさぐれモードのバハムート様は、鍋の蒸気の向こうにいるであろう同胞ヒューベリオンを睨み据え。
直後、絶句した。
ヒューベリオン、何故か顔が猫。
(((((何故うにうに!?)))))
そんな五人の心の声を完全に無視して、ヒューベリオン改めヒューベリチンは、猫手を器用に使って箸を操り、誰よりも早く鍋に箸をつけたのだった(しかも直箸)。
そんなこんなで、なし崩しに鍋パーティ開始。
はしゃいだヴァリトラがやはり直箸をし、ガルーダが怒りまくって羽毛を飛び散らせ、いい加減腹に据えかねたユルムンガルドがメンチを切って黙らせる。リヴァイアサンは、胸ビレで器用に箸を操っていた。
ヒューベリオンもといヒューベリチンは、無言のままパクパクと肉だけを食べている。
「……さて」
不意にバハムートが声を上げた。四人の手が止まる。そしてヒューベリチンの手は止まらない。
「そろそろ、本題に入るとしよう」
「本題……――バハムート、それはまさか」
ユルムンガルドが、少し震える声で先を続けた。
「我らが故郷アルタイルへと続く、新たなる時代の扉の事か……?」
バハムートは、一つ頷いた。
ついに六人揃った神竜ズ。
揃った後の目的はただ一つ。おうちに帰る事だ。というか、おうちに帰るために色々やらかしてきたのであるからして、六人揃った今、その目的のために力を合わせるのは当然の事だ。
まぁ確かに、バハムートとその他五人はちょっと仲違いした事もあった。ぶっちゃけ大喧嘩もやらかした。おかげでかつてこの空が滅茶苦茶になったりしたのだが、そこはそれ、水に流すとしよう。大事の前の小事、細かい事は気にしない気にしない。
しかし、今彼らは一つの問題を抱えている。
開いた新たなる時代の扉が、ちょいと不安定なのだ。
理由は単純。バハムートとヒューベリオンがやってくる前、他の四人が少々無茶をやらかしたのである。六人揃わないとどうにもならないものを四人でどうにかしようとしたのだ、扉は上手く開かないわ、開いたと思ったらすぐに閉じるわ、開いた反動が空全体にダメージを与えるわで、中々どうして切羽詰まった状況に陥っていた。
はっきり言って、鍋なんか食っている場合ではない。
が、そんな状況など何のその、バハムート様は非常に悠然とした動作で程よく煮えた白菜の芯を器に取った。
「扉は不安定だ。それをどうにか安定させねばならぬ。そのためにはどうすれば良いか」
「我ら六人が力を合わせる……――それ以外にないのでは、バハムート?」
リヴァイアサンの柔らかな声。音楽的で心地良いそれに、バハムートはうむ、と頷いて、
「まぁ、ぶっちゃけ、面倒だな」
「「「「……は?」」」」
文字通りのぶっちゃけに、四人の目は点になった。
「我は寝ているのがそれなりに気に入っていた。だがお前たちが騒ぎ出したせいで起き出さざるを得なくなった。まだ眠いのだ。というわけで寝る。ぐぅ」
「って待てバハムート!」
座っていた場所からズズズと移動して、ガルーダはバハムートの胸倉(胸倉?)を乱暴に掴み上げた。というか、バハムート様、自分で「ぐぅ」とか言っている。
「何だその怠惰さは!?」
「怠惰ではない。眠いのだ」
「あり得ないであろうそれは!」
本当に眠そうに目蓋を閉じるバハムートを、ガルーダは乱暴に揺する。バハムートの首がガックンガックンと前後して、リヴァイアサンがとても心配そうにオロオロしているが、結局誰も止めない辺り神竜同士の関係性が知れるというものである。
「……大体、故郷にはアレキサンダーがいるではないか」
ピタリ。
不意に放たれたその言葉に、ガルーダの動きが止まる。
アレキサンダー。七人目の同胞。かつて空に扉が開いた時、彼らは同胞アレキサンダーを故郷に残してきた――
「あれは粘着質だぞ? 根に持つタイプだぞ? アルタイルに戻れば何をされるか判ったものではない。というわけで我はわざわざ危険に飛び込みたくない。寝ていたい。では」
「『では』ではないわ!」
ガガガガガッ、とガルーダのバハムートを揺するスピードが三倍速になった。最早バハムートの揺れる頭部は五つくらいに増殖している。残像というか目の錯覚というのは恐ろしい。
「アレキサンダーを放置プレイしてきたのにはお前も責任があるだろうが!」
「そもそもお前たちがはしゃいでこちらにやってきたのがいけないのではないかー」
「やった事は同じ、故に同罪だ! ならば責任は六分割すべき! だからお前も力を出せ!」
「すまぬ。寝る」
「何が『すまぬ』だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「落ち着け、ガルーダ」
ノシリ。
気遣いの人ユルムンガルドさん、ついに動く。その巨体を生かし、ガルーダを上から押し潰した。
「余り羽をばたつかせるな。羽毛が鍋に入る」
鍋の心配だった。
そしてガルーダも、ユルムンガルドに言われて鍋の事を思い出したらしい。バハムートの胸倉(胸倉?)をパッと話すと、
「そうだ、我はまだほとんど食べていない――」
硬直。
鍋は、空になっていた。
ギャアギャア喚いていたガルーダも。
それを押し潰したユルムンガルドも。
オロオロしていたリヴァイアサンも。
何だかんだと楽しそうに観戦していたヴァリトラも。
愕然と、スッカラカンになって空焚きされている鍋を見つめ、言葉を失う。
肉は脂身すら残っておらず。
魚は皮さえ食べつくされ。
野菜は一欠片も見当たらず。
汁は僅かに鍋肌にこびりついている程度。
そして、彼らは見る。
下座に座っていたヒューベリチンが、ノソノソと出口の引き戸に向かっているのを。
シーハーと、爪楊枝で歯の隙間を掃除しているのを。
戸を引き、戸外に出て、閉めようとするその瞬間、
ニヤリ、
小馬鹿にするように、笑みを深くしたのを。
「「「「待てヒューベリチィィィィィィィィィィィィンっ!」」」」
せっかくの鍋を食い尽くされた神竜たちの怒りの咆哮はブレスと変わり――
その中バハムートは、またやさぐれた様子でビールのラッパ飲みを始め――
神竜の怒りが、全てを焼き尽くした。
「――……っていう夢を見たの」
「え、夢オチ!?」
そう話を締めくくるヨヨに、ビュウは余りにもありふれた突っ込みを入れたのだった。
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