春だった。
 緑は萌え出で、花々は咲きほころび、暖かな日差しは空気は緩やかに温ませる。鳥のさえずり、蝶の舞、青空を思い出したようによぎっていく白い雲――何もかもがのどかで、呑気で、ただのんびりと日向ぼっこでもしていたい、そんな気にさせられる。
 春、だった。
 穏やかで、心が浮きだっていく、どうしようもないほどに、春、だった。
 それなのに、窓辺に立ってひっそりと眼下の光景を見つめる、自分のこの心境はどうだろう?
 沈んでいた。憂鬱だった。そして、切なかった。秋が過ぎ去り、厳しい冬を前にしているかのようだった。心のどこかが寒々としていた。窓の向こうの、春の陽気さが遠いものに感じられた。たかがガラス一枚隔てているだけなのに。
 ――眼下には四人の青年がいた。一人は城を背に、残りの三人は彼と向かい合っていた。
 見送る一人と、出ていく三人。
 ラッシュ。
 トゥルース。
 ビッケバッケ。
 よく知った者たちだった。長く苦楽を共にしてきた者たちだった。カーナがグランベロスに滅ぼされた時から、ずっと上官のビュウに付き従い、支えてきたナイトたち。反乱軍が蜂起してからは彼に率いられ、いくつもの戦場を戦ってきた。カーナ再興の後には、新生カーナ軍の中心を担ったナイトたちだった。
 その彼らが、とうとう去る。
 軍から。
 城から。
 王都から。
 そして、この国から。
 ――あれから。
 ビュウと名残惜しげに話す三人にひたと視線を据えたまま、思い出されるのは、
 ――あれから、もう十年。
 彼ら三人が、騎士になった日の事。
 あの戦争よりも更に遠い日の事だというのに、目の前の景色よりもずっと近しく、色鮮やかに、脳裏に描き出された。










永遠を、貴女に












「我らの御盾、庇護の翼、偉大なる守護神竜バハムートよ照覧あれ。今ここに、新たなる騎士が誕生せん事を」

 石舞台の祭壇、その脇の椅子に座るヨヨは、こっそり欠伸を噛み殺している。

「この者たちに厚き加護と祝福を。守護神竜の代理人、我らの人なる守護者であればこそ」

 その後ろに控えるセンダックは、蓄えた口ひげの下で苦笑いを漏らす。

「祝別したまえ。この者たちは守り手。この剣は我らを悪しきより防ぎ、守るために用いられる物なり」

 カーナ王宮の片隅にひっそりと立つ石造りの聖堂に、司祭の朗々とした声がこだましていく。その声が震わせる静謐さは、新しい騎士の誕生という厳粛さと緊張感が生み出すものだった。
 騎士叙任式。
 今年は、十人の若者が騎士の称号を得る。
 カーナの守護神竜をかたどる神像の下、所々金で象嵌された祭壇には十振りの剣。儀礼用のサーベルだ。装飾過多なナックルガードもさる事ながら、刃引きされているそれは何かしらの儀式や宴の時に作法として身につける以外に使い道はない。
 まして、実戦で使用するなんて。
「バスタードソードでも支給してくれればこっちの内緒も助かるし、新米どもも身が引き締まると思うんだけどなー」――物騒な意見は、次期戦竜隊隊長の座に一番近いと言われている若きクロスナイトのものだ。この言葉を発した、あの切実な口調と表情を思い出す度に、何とも言えない愉快な気分が口の端にまで上ってくる。
 式は進行していく。
 年老いた司祭が祭壇の上からサーベルを一振り手に取る。神像に向かって捧げるように頭上まで両手で掲げると、捧げ持ったまま、それをすぐ傍にいた男に渡した。
 王冠と緋色のマントを身につけた、彼らが仕えるべきカーナ王である。
 剣を受け取ったカーナ王は、祭壇の前に跪いて頭を垂れている若者たちに向き直った。
「これへ」
 低い声に応じて、端の若者が王の前に歩み出る。右手を左胸に当て、片膝を突き、目を閉じて頭を下げる。
 カーナ王はサーベルを抜く。
 窓から差し込む朝の光が、刀身を鈍い銀色に煌めかせる。潰された刃が閃いた。
 ポン、ポン。
 首の、右、左。サーベルの刃は新米騎士の首筋を軽く打った。すぐに王はサーベルを鞘に戻す。両手で持って新米騎士に差し出す。騎士は捧げ持つようにして受け取る。立ち上がり、腰の剣帯に真新しいサーベルをつけて、王の前から下がって元の位置に戻る。
 司祭が新たなサーベルを差し出す。王が次の騎士を呼ぶ。繰り返される儀式は冗長で、見慣れているからこそ余計に退屈だった。
 と、ヨヨが不意に目を輝かせた。
「これへ」
「は、はっ!」
 不必要に緊張した声は裏返り、やや滑稽な調子となって聖堂に響く。ヨヨの口の端が持ち上がる。下がったままの金の混じった褐色のツンツン頭は、見知ったものだった。
 ぎこちなく上がった顔は緊張に強張っていた。立ち上がり、王の前へと進み出る若者は、しかし手と足が同時に出てしまっている。クスリ。ヨヨの口から漏れる笑い声。それが聞こえたか、若者の顔は真っ赤になり、動きはギクシャクと人形のようだった。
 冷厳なほどに無表情な王は、滑稽なほどに緊張しきっている若い騎士の様子にも表情を崩す事はなかった。流れるように、あるいは機械的にサーベルを抜き、肩を打ち、鞘に収めた剣を彼に渡す。
 しかし彼は何故か受け取らない。
 一瞬の間。
 致命的に冷ややかで、痛々しくて、居たたまれない、永遠にも似た一瞬の間。
 一体どうした、何故受け取らない。参列者のざわめきが大きくなるより早く、肩打ちを待っている新米騎士の一人が顔を上げて、ツンツン頭に小さく、しかし鋭く囁いた。
「ラッシュ、受け取って!」
「え? ――あ、そうだった!」
 おいおい、あれはどこの部隊の騎士だ? 確か戦竜隊の。上官は。ビュウというクロスナイト――ヒソヒソ話が最高潮に達する中、ツンツン頭はぎこちなくサーベルを受け取った。
「これへ」
「はっ」
 次に呼ばれたのは、ツンツン頭に囁いた新米騎士だった。騎士というよりも文官然とした風貌は落ち着いていて、そして所作も落ち着いていた。無難に王の前に進み出て、無難に肩を打たれ、無難にサーベルを受け取り――
「トゥルース、こっち!」
「……はっ、そうでした!」
 そのまま無難に舞台から去ろうとしたものだから、ツンツン頭が慌てて囁き呼び止める。おいおい、あれはどこの。だから戦竜隊の。同じやり取りが囁かれ、ツンツン頭も文官顔も顔を真っ赤にしていた。
「これへ」
「はっ」
 続いて呼ばれ、動いたのは、騎士らしくない体格の若者だった。やや太り気味。背が低めなのもあいまって、やたらとコロコロした印象がある。
 顔を上げた小太りの若者は、笑っていた。リラックスした笑いだった。その表情が参列者の注目を集める。カーナ騎士の晴れ舞台、叙任式で笑っていられる者は少ない。笑顔で叙任式を乗り切った者は大物、不敵に笑っていれば百年に一度の名将、そんなジンクスがあったりする。これは、もしや。驚きと期待の囁きがさざなみのように広がる中、小太りの若者は王の前に進み出て、肩を打たれ、サーベルを受け取り、元の位置に戻ろうとして――
 ――ズベッ。
 コケた。
「「ビッケバッケーっ!?」」
 おいおい、あれはどこの。いやだからあれも戦竜隊の。大丈夫か今年の戦竜隊――
 不安の声は波紋のごとく広がっていき、その中ヨヨ王女はついに大っぴらに笑い始め、王はうんざりと無表情を崩したのだった。



「ア・ホ・か――――――――っ!」

 日差しが燦々と降り注ぐ聖堂の脇で、ビュウの怒声が炸裂する。

「あれだけ人を散々予行練習に付き合わせておいて、何だあのザマは! 何で段取りを忘れる!? 何で舞台から降りる!? 何で何もない所で転ぶ!?」
「いや……」
「それは……」
「緊張していたから、って言うか……」

 腰に手を当てて仁王立ちするビュウの前には、叙任式で笑いと惑いをもたらした新米騎士三人――ラッシュ、トゥルース、ビッケバッケ。芝生の上に正座してうなだれる彼らを、王宮に戻っていく参列者たちがクスクスと忍び笑いを漏らして眺めやる。馬鹿にする、というよりも微笑ましい、といった風情の笑い声なのがせめてもの救いだ。
 ビュウは、深々と溜め息を吐いた。
「何と言うか、情けないぞお前ら」
「……悪かった」
「すみません」
「ゴメンよ、アニキ」
「幸い陛下はそのまま見逃してくださったがな、俺はお前らの叙任が取り消されるんじゃないかとヒヤヒヤした――」
「もうそのくらいにしたら、ビュウ?」
 柔らかな響きの声に、ビュウがパッと顔を横に向けた。つられて、正座したままの三人も揃ってそちらを見やる。
「ヨヨ」
「姫様!」
「センダック老師も……」
「ど、どうしたの?」
 ビッケバッケの問いに、歩み寄ったヨヨは微笑みと共に答える。
「どうしたの、って、こんな所で騒いでいれば気にもなるじゃない?」
 ねぇ? と悪戯っぽく光る瞳をビュウに向ける彼女。ビュウは肩を竦める。もう怒鳴りつける気は失せたらしい、据わった目で三人を見下ろし、
「……お前ら、ヨヨに感謝しろ」
「っつーか……」
 と、ラッシュ。おずおずと上目遣いに王女を見上げる姿は、悪戯がばれて叱られる子供のようだ。
「姫様も……いたんだよな?」
「ええ、それはもう一部始終をバッチリ見てたわ」
「うわーっ!」
 絶叫と共に彼は頭を抱えて芝生に突っ伏した。そのまま悶絶を始める。
 ビュウやトゥルースがギョッと目を見開く傍で、ラッシュは悲鳴を上げた。
「うわーっ、うわうわうわー! 忘れて、忘れてくれ姫様ー!」
「嫌だわ、ラッシュ」
 しゃがみ、伏せられたラッシュの顔を覗き込むヨヨ。ニッコリとした笑顔と、彼の涙混じりの呆け顔がかち合う。
「あんな面白い叙任式、忘れられるわけないじゃない」
「うわああああああああああっ!」
「叙任式って退屈で好きになれなかったんだけど、あんなにハプニングいっぱいなら大好きになれそう。――ねぇセンダック、これって日記と年代記に残すべきよね」
「姫、それはちょっと酷じゃない?」
「戦竜隊の恥だから本気で勘弁してくれ」
 センダックとビュウのげんなりした言葉に、ヨヨはちぇー、と行儀悪く呟いた。口を尖らせた表情は、どこまでも残念そうだ。
 と。
 王女の表情がふと変わった。目がキラキラと輝きだし、口元がにんまりと笑みをかたどる。
「ねぇ、ラッシュ?」
「わああああああっ、わーすーれーてーっ!」
「それはもういいから、ちょっと聞いて」
「頼むよ姫様ああああああ――って、へ?」
 悲嘆をスッと掻き消して、きょとんとヨヨを見やるラッシュ。
 彼と、トゥルースと、ビッケバッケを順に見て、彼女はニコリと笑った。
「そんなに叙任式の失敗が気になるなら、やり直す?」
「は?」
「やり直す?」
「ヨヨ様、それってどういう事?」
 新米ナイトがそれぞれ疑問形で問いかける中、ビュウだけが何かを感じ取り、
「ヨヨ、お前何を――」
「いいじゃない、ビュウ」
 見上げられ、微笑まれ、ビュウは渋い表情で顔を逸らした。吐息を一つ。勝手にしろ、示された態度にヨヨはフフッと笑う。
 彼女は、三人に目を戻した。
「やり直しって言っても、儀式も作法もなしよ。だから失敗もなし。どう?」
 と言われても、三人はピンと来ないようだった。具体的には何も語られていない。要領を得ない様子で顔を見合わせているラッシュたちは、ヨヨの次の言葉に表情を改めた。

「ただ、私の言葉を受けて」

 ラッシュが、ハッとした顔つきで王女を見る。

「ただ、私のお願いを聞いて」

 トゥルースの背筋が伸びる。

「ただ、私に約束して」

 ビッケバッケは緊張の面持ちで生唾を飲み込む。

 ビュウとセンダックは、しゃがみ込み、座り込んだまま顔を突き合わせる四人を見下ろし、見守るだけ。
 だがその表情はどこまでも真剣で、神妙だった。

 そして、ヨヨはその言葉を放つ――





「どうしたの?」

 掛けられた声に、ハッと我に返った。
 執務室の窓辺に立ち尽くして、どれだけ回想の世界に浸っていた事だろう? そっと執務卓を振り返れば、そこの主がこちらも見ないまま書類と格闘していた。
「ううん、何でもないよ姫――じゃなかった、女王」
 苦笑いで応じ、言い直すセンダック。あの時姫だったヨヨは、すっかり大人の女性へと変貌を遂げ、今や立派なカーナの女王となっていた。月日が流れるのは本当に早い。早すぎて追いつけなくて、今もついつい「姫」と呼んでしまう。
「別にいいのよ、姫で。いちいちうるさく注意する人なんていないのだし」
 サラサラと羽ペンでサインを書き込み、次なる書類に取り掛かるヨヨの表情は事務的で、これといった感情は窺えなかった。真面目に仕事をする、そのヨヨの姿に成長を見て取って目を細めると同時に、センダックは何やら寂しい気分に襲われた。
 悲しいように、見えなかった。
 寂しいように、見えなかった。
 彼ら三人が――これまでずっと一緒だった、ラッシュ、トゥルース、ビッケバッケの三人が、とうとう王宮から去るというのに。
 退役の話が出た時さえ、ヨヨは驚いた様子も惜しむ素振りも見せなかった。
 いなくなってせいせいするとか、そんな事を思っているはずがない。ヨヨは彼らと仲が良かった。パルパレオスとの事で多少軋轢やすれ違いがあったけれど、ラッシュたちは変わらぬ忠誠と親愛をヨヨに向け、ヨヨもまた慈愛と信頼を向けていたはずだった。
 窓の外、ビュウとラッシュたちはまだ何か話している。それを一瞥し、再びヨヨに目を向けて、センダックは思い切って尋ねた。
「……姫、寂しくないの?」
「何が?」
 女王の応答の声は冷ややかでさえある。一瞬挫かれそうになる意気を振り絞り、彼は問いを続けた。
「だって、ラッシュたち、行っちゃうよ」
「そうね」
「いなくなっちゃうんだよ」
「そうね」
「寂しくないの? 悲しくないの?」
 と――
 ヨヨが不意に眉根を寄せた。眉間にしわが走り、僅かに細められた目と引き結ばれた口元が、難しい表情を形作る。それは不機嫌な顔にも見え、センダックは僅かに身構えた。ヨヨの気分を害してしまったか。だが違った。
 彼女は単に、書類の内容に納得がいかないようだった。「これは担当部署に差し戻しね」――小さな呟きと共に件の書類を決済済みとは別の山に放って、それから若草色の双眸をこちらに向ける。
 不思議そうな色は、センダックが執務室を訪れてようやく見るヨヨの感情だった。
「皆、そう聞くのよね」
「え?」
「女官たちとか、文官たちとか。ラッシュたちがいなくなって寂しくないのか、慰留を求めないのか――そんな事ばかり言ってくるのよね。
 ねぇセンダック、私ってそんなに誰かが傍にいてくれないと駄目な女王に見える?」
「それは――」
 センダックは口をつぐむ。見えない事はない。だが最近のヨヨは以前とは全く違う。何かこう、吹っ切れたというか、一皮剥けたというか、別人とすりかわったというか、
「……別人とすりかわっていたら、大問題じゃない?」
 苦笑混じりのヨヨの声で、センダックは自分が頭の中の考えをそのまま口に出していた事に気付いた。ああ、またやってしまった。ウダウダジジイの悪いところは無意識の内に色々ウダウダ言ってしまうところ。
「ウダウダジジイはダメダメ……ウダウダはもう卒業。ウダウダしてると嫌われちゃう、嫌われジジイはやっぱり嫌……」
「センダックがウダウダをやめちゃったら、センダックじゃなくなると思うのよね。まあそれはそれとして」
 と、ヨヨは羽ペンを放り投げた。椅子の背もたれにゆったりと身を預け、大きく伸び。事務仕事を始めてかれこれ三時間、ようやく少し休憩する気になったようだ。執務卓の上に置かれた小さなベルをリリンと鳴らせば、隣室に控えている女官が顔を出す。お茶とお茶菓子を持ってきて、かしこまりました。短いやり取りで女官は下がり、それを見送ってヨヨは立ち上がる。
 こちらに、やってきた。
「寂しくないわ」
「――え?」
 ヨヨは窓の外を見ていた。眼下ではビュウとラッシュたちが最後のやり取りを終えようとしている。不意に改まった様子でビュウの前に整列し、直立する三人。踵を揃え、背筋を伸ばし、彼らはピシッとした、胸のすくような晴れやかできびきびした動作で――敬礼した。
 最後の敬礼。
「三人が行ってしまっても、別にそれほど寂しくないわ。だって」
 僅かな間を置いて、ビュウがそれに答礼した。こちらもピシッとした、胸のすくような見事な答礼だった。それを見下ろすヨヨの口の端に笑みが上り、その笑顔は三人を惜しむそれだとか、どことなく寂しげな雰囲気を漂わせているとか、そういう湿っぽいところは少しもなかった。
 彼らの敬礼のように、晴れやかだった。

「だって彼らは、私の騎士よ?」

 笑顔と同様、晴れやかな口調で、ヨヨはそう言いきった。
 胸すら張っていた。

「例え退役しても、国を離れても、ラッシュとトゥルースとビッケバッケは私の騎士だもの。ビュウと同じように。
 だから私、寂しくも何ともないわ」

 誇らしげな言葉に、センダックはああ、と感嘆の声を漏らした。
 ああ、あれほど頼りなかった姫君は、こんなにも成長されたのだ、と。

 執務室にノックの音が響き、女官がティーセットとお茶菓子をお盆に乗せて持ってくる。
 執務卓でお茶にする気はもちろんないらしい、隅のソファとテーブルの方に移動するヨヨ。その後をちょこまかと追うセンダックの脳裏には、あの日の情景が蘇る。





「ずっと、私の騎士でいて」

 内緒話のように、ヨヨはそっと囁いた。

「ずっと、私とカーナの騎士でいて。何かあった時、必ず私とカーナを助けて。例え国を離れても、城から離れても、軍を辞めても、心だけはずっとカーナの騎士でいて。騎士でなくなっても、私や誰かを助けられる騎士でいて」

 祈りのような言葉だった。
 それを受け止めるラッシュたちの表情は、どこまでも厳粛だった。真剣そのものだった。
 センダックは不意に悟った。これは叙任式なのだ、と。
 司祭も王もおらず、儀礼用の剣もないし、肩打ちさえしないけれど。
 紛れもなくこれは、叙任式だった。

「もちろんだ、姫様」
「ヨヨ様のお望みとあらば」
「僕たち、ずっとヨヨ様のナイトだよ!」

 返ってきた受諾の言葉に、ヨヨは、未来の女王は花のように微笑んだ。

「ありがとう、ラッシュ、トゥルース、ビッケバッケ」





 春の日差しが降り注ぐ中、彼らは女王の騎士となった。
 あの日と同じ光の下、城を去っても、彼らの捧げたものは変わらない。

 

 

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