真っ青な空には雲一つなくて、間抜けなほどポカンと、抜けるように晴れ渡っています。
中天に懸かった太陽は明るくて、白くて、涙が出そうになるくらいに眩しくて。私は手をかざして目を細めました。
いつか行きたい、と昔に話したのを、戴宗さんは覚えていてくれました。
初めて来た南方の海は空とは違う青さで透き通り、言葉をよく知らない私はただただ綺麗と感嘆する事しか出来ません。
戴宗さんは、浜辺で立ち尽くしていました。この人にとっても海は初めてで、その大きさに言葉を失っています。
海を見つめ、空を見上げる戴宗さんの隣に、私はソッと寄り添います。
ダラリと垂れ下がった戴宗さんの手。伏魔之剣を握り、ずっと戦ってきた手。血まみれで、真っ赤で、強くて、悲しい手。
本当は、手を繋ぎたい。
でも繋げません。私はもどかして、手を握ったり開いたり。
ああけれど、本当は寄り添っているだけで十分なのです。こうしているだけで、私は本当に本当に幸せなのです。
そんな幸せいっぱいの気持ちで戴宗さんを見上げたら、
戴宗さんの口元が、微かに、本当に微かにですが、歪んでいました。
それは、笑みにも見えて。
――ああ、と私は嘆息します。
胸がいっぱいになって、何て言っていいのか分かりません。
何故だかひどく泣きたくなります。本当は笑っていたいのに。
戴宗さんの手をソッと握り、微笑みかけられれば。でも出来ません。私は自分の手をギュッと握って戴宗さんを見つめるばかり。
すると。
空を見上げていた戴宗さんが、ポツリと、呟きました。
「翠蓮」
はい。
「翠蓮」
はい、戴宗さん。
「翠蓮」
聞こえています。
ちゃんと、聞こえていますよ、戴宗さん。
「翠蓮」
――戴宗さんの口元が、震えます。
それは最早笑みの形ではありません。泣き叫ぶのをこらえるへの字口。
戴宗さんはずっと泣くのを我慢してきました。開封から、この海辺に至るまでの長い長い道のりを。歯を食い縛っても駄目で、唇をギュッと引き結んでもこらえ切れなくて、戴宗さんは結局口元だけ笑みのような形に歪んだ、ひどく不自然で不恰好な表情をしてきました。
笑っている振りでもしなければ、涙をこらえ切れなかったんです。
しかしその振りももう必要ありません。戴宗さんの頬に一筋、二筋と涙が流れます。
……ああ、戴宗さん。
泣かないでください。
どうか、泣かないでください。
私は、ここにいます。
貴方の傍に、ちゃんといます。
ですから戴宗さん。
「翠蓮……!」
お願いです。
泣かないでください。
ねぇ、聞こえますか?
けれど、貴方を庇って死んで亡霊となった私の声は、もう貴方に届かない。
|