※お読みいただく前の諸注意
・このSSは、「AKABOSHIに北方水滸伝・楊令伝の楊令がいたら」という頭の可哀相な妄想の元に書かれた、いわゆる一つのクロスオーバー物です。
・だからAKABOSHI楊志に息子がいます。
・しかも楊志が死んでます。
・けれどギャグです。
・出来ればこちらをお読みになる前に、北方水滸伝全巻と楊令伝既刊分、最低でも北方水滸伝を五巻までお読みいただけていると色々楽しめます。
・AKABOSHI楊志ファンの皆様、ごめんなさい。
・北方水滸伝・楊令伝ファンの皆様、ごめんなさい。
・楊令ファンの皆様、ごめんなさい。
・ここまでで拒否反応が出られた方は、ブラウザバックで逃げ出す事をお勧めします。
・「OKばっち来い!」という侠気溢れる方は、このままレッツ・スクロール。
お前の父の話をしよう――
前に座らせた楊令に対し、花和尚・魯智深はそう言った。
自然と神妙な表情を作り、背筋を伸ばした楊令へ、
「お前の父、青面獣・楊志はな」
花和尚は、語る。
「一言で言えば、アホだった」
……………………………………………………
己の聴力と精神状態を本気で心配し始めた楊令の、その凍りついた表情に気付いているのかいないのか、花和尚はまるで堰を切ったように、あるいは立て板に水を目いっぱい流すかのように語り始める。
「いやぁ、あれほどのアホをわしは知らん。どこがアホかと言えば、強い奴と戦いたい、とかいう理由で、わざと花石綱の宰領に失敗した事だな。元々禁軍は性に合わんかったようだが、失敗して逃亡すれば禁軍の強い追っ手と戦える、と思っとったらしい。清々しいまでのアホだのう!」
ぶあっはっはっは! 豪快に笑って、卓上の碗をあおる花和尚。その中身はなみなみと注がれた酒である。
「更にアホなのは、わしと出会って共に二竜山を乗っ取る事にした時かのう! あやつめ、『強い奴がいるかと思うと俺ぁゾクゾクしてくんのよ! 花和尚、先行かせてもらうぜ!』などと言って一人で宝珠寺に突撃しようとしおったわ! せっかくの作戦が台無しよ! まあ仕方ないからわしもそれに付き合って、二竜山をペロッと平らげたのだがのう!」
ぶあっはっはっは! 豪快な笑い、二回目。楊令は呆然としすぎて、箸を持つ手が止まりっぱなしである。
どうしよう。このままここに留まるか、立って食堂から逃げ出すか。しかしその選択を為すより早く、酔った花和尚は不意にこう口走った。
「おおそうだ! お主の父の傑作エピソードなら他にも知っておる奴がいるぞ! ――おーい林冲! ちょっとこっち来んか!」
楊令はハッとした。
花和尚が声を投げた先、食事の碗を持ってどこに座ろうかと思案している素振りの男がいる。豹子頭・林冲。生前の父がライバルと目していた男だ。
林冲は花和尚と楊令に気付くと、怜悧な面差しに少し呆れの色を乗せて、大股でやってきた。
「何ですか花和尚殿。私は食事を取ったらすぐに調練に戻らねばならないのですが」
「まぁいいではないか林冲! ほれ、ここ座れ、ここ!」
隣の空いている席をバンバンと叩く花和尚の言葉に、林冲は渋々と従った。けれどそれほど迷惑そうにも見えないのは、渡りに船と思ったからかもしれない。ただ今昼食時、食堂は込んでいる。
「……それで、いたいけな子供を付き合わせて何をやっているんです?」
「お主、わしがこんな子供に何かするような男に見えるのか?」
「違いますか?」
「辛辣だのう、林冲!」
ぶあっはっはっは! ……今のやり取りのどこに笑いどころがあったのか。高等すぎて楊令には皆目理解できなかった。
「楊志の話を聞かせておったのだ。お主もネタの一つくらい持っておろう」
すると、林冲は、
「……青面獣・楊志ですか……」
と。
何故か、余り思い出したくない思い出を思い出してしまった時のような、えらく渋い表情を見せた。
「一言で言えば、アホでしたね」
またかい。
「あれは、彼が二竜山を代表して晁蓋殿と宋江殿に挨拶しに来た時の事でしたね……――さっさと聚義庁に行かないといけないのに、楊志は何故か兵の調練に当たっていた私の所にやってきました。『俺にも一手ご教授願えねぇかい、林師範?』などと言ったかと思ったら、いきなり斬りかかってきて……」
マジかい。
「その後で戴宗から聞いたのですが、彼は黄泥岡でも売らなくていい喧嘩を晁蓋殿らに売ったそうです。『そんな眼ぇした棗売りぁいねぇでしょーよ』とか何とか……確かにそうかもしれませんが、酷い難癖ですね」
うわぁ。
楊令の中で燦然と輝いていた楊志像がことごとく壊されていく気がして、心の内で思わず呻く。
「それで戴宗と斬り結び、晁蓋殿の拳骨で撃退されて、素直に大名府に戻ればいいものの『このまま逃げれば、また流しの武芸者に戻れる』などと逐電するのですから、もうわけが――――楊令? 楊令、どうしましたか、食事を残してはいけません!」
さすがに色々いたたまれなくなって、楊令は幽鬼のごとくよろめきながら食堂を後にした。
楊令にとっての父・楊志は、優しくて、強くて、大きくて、楊令が「こうありたい」と願う、男の中の男だった。
いつも一緒にいられたわけではない。楊志は替天行道の一員として、二竜山をその出張所として整備し、入山者を選別する仕事に明け暮れていた。妻子の待つ山外の家に帰ってくるのは、月に一度か二度だった。
父は。
楊志は。
強かった。
優しかった。
楊令を我が子として引き取り、名を与え、可愛がり、そしてその身を挺して守って死んだ。
――そう。楊令は拾われ子だった。拾われた日の事はよく覚えている。実の両親に飼い葉の山の中に隠され、そこを楊志に見つけられたのだ。そして楊志の子になった。五侯楊令公から取った名を与えられた。
楊令は、楊志に救われたのだ。
その楊志が――父が、
(――……アホ、だったなんて……)
寨内をトボトボと歩く少年は、そこで深々と溜め息を吐く。
信じられない、という思いがある。
信じたくない、という気持ちがある。
だから楊令は必死に思い出す。父の力強い笑顔を。飼い葉の中から救い、後に母となる人の元まで抱きかかえてくれた優しく温かい腕を。そして――
うっかり思い出してしまった。
後に妻とする女に楊令を託した楊志は、彼女の尻に触ろうとし――――避けられた挙げ句カウンターでグーを喰らったのだ。横っ面に。
今度こそどうしようもない思いに駆られて、楊令はその場に崩れ落ちた。膝を突き手を突き、まあ要するに「orz」姿勢になる。
父上。
ああ、父上。
父上、貴方は――――――――
――――…………アホ、だったんですか?
「――楊令?」
頭上から不意の声。
「どうかしたのですか?」
顔を上げる。
そこにいたのは、
「宋江殿……」
及時雨・宋江が、穏やかな笑みをたたえてそこにいた。
優しく助け起こされ、そうして楊令は宋江と寨内を歩く。
宋江は何も聞いてこない。楊令の言葉を待っているようだ。だから楊令は、生唾を飲み込んで意を決すると、
「……宋江殿」
「何ですか、楊令?」
「父は――……俺、じゃなくて私の父・楊志は……」
思いきって、尋ねた。
「アホだったんですか?」
「アホでしたね」
父上!
貴方は一体どれだけの人にアホと認識されているのですか!?
「――でも」
衝撃の余り硬直し、のみならず何だか真っ白になっている楊令へ、いたわるような宋江の声がかけられる。
「性根までアホだったのかどうかは、分かりません」
その言葉の真意が掴めず、え? という間の抜けた呟きを漏らす。硬直から立ち直って上げた楊令の視線の先にあるのは、宋江の優しくも淡い微笑だ。
「……天暗星は、他の星よりも深い闇を抱え、引き寄せてしまいます。悲しみ、憎しみ、怒り、殺意、破壊衝動……――そういった様々な暗く黒いものと、天暗星を宿した者は向き合っていかなければなりません」
宋江の顔に、ふと、悲しげな色がよぎった。
それは、志半ばで逝ってしまった楊志を思い出してか。
それとも――
十をいくつも過ぎない内に天暗星の宿主となってしまった楊令に対する、哀れみか。
「楊志の内にもきっと、正視するのも恐ろしい闇があった事でしょう。そして楊令――貴方の中にも」
楊令は、頷いていた。
意識して胸の奥底を探ってみれば、「それ」はすぐ手の届く距離にある。
両親を二度も失った悲しみ。
両親を二度も奪われた怒り。
両親を奪った者たちへの憎しみ。
そして――自分の両親になったから死んでしまったのではないか、という、益体もなければ自意識過剰にもほどがある、申し訳なさと虚無感と絶望。
そんなものが、天暗星を核にして楊令の中で何もかも飲み込む黒い光を放っている――
そういう想像がふとした瞬間脳裏をよぎり、その度に楊令は、重くて苦しい何かを胸に感じるのだ。
「ですが」
しかし、宋江は続ける。
楊令が作り方を忘れてしまった笑顔で、続ける。
「貴方の父・楊志は笑っていましたね」
『――楊令! お前は今日から楊令だ!』
『誇りに思えよ、令。お前はこの青面獣・楊志の息子で、宋朝建国の功臣・楊業の子孫なんだぜ』
思い出す。
父から新たな名を与えられた日の事を。
思い出す。
その時の父の、顔の痣すら気にならなくなるあの笑顔を。
「私は思うのです――皆にアホだと言われ続けた楊志の振る舞いは、きっと、天暗星の闇に立ち向かう、彼なりの精一杯の反抗だったのでしょう」
楊令は――
何の言葉も、紡げなかった。
ただ、
(父上)
(父上)
(父上)
死んだ父に、呼びかける。
青面獣・楊志は、楊令の中で笑っている。楊令が大好きだった輝くような笑顔で笑っている。
父は、自分の中で生きている。
それをはっきりと自覚した。だから楊令は笑おうとした。笑って父に応えようとした。けれど、
楊令は、笑い方を忘れていた。
笑い方だけでなく、表情の作り方そのものを忘れていた。
両親を目の前で殺されたせいだった。しかしこれでも大分回復した方なのだ。両親が殺されてすぐの頃は、言葉も、感情さえも失い、思い出せなかった。
どうしたら父のように笑えるのだろう。
焦燥と共に見上げた先、宋江は笑みを深めてこう言った。
「――では、こうしましょう」
「――……で、どういう事だこりゃ?」
それはこちらの台詞だった。
「しばらく貴方の側で見習いをしてもらいたいだけですよ、戴宗」
「笑えねー」
だから、それはこちらの台詞だ。
聚義庁の宋江の執務室で、戴宗は限りなく嫌そうな顔をしていた。その隣で翠蓮が、あわわわわわと険悪な雰囲気に泡を食っている。
これは一体、どういう事か。
戴宗が発したその問いに対する答えは、こうだ。
『楊令、真似をしてごらんなさい』
『真似? 宋江殿の、ですか?』
『いいえ。私よりも適任がいますよ』
それで呼ばれたのは何故か戴宗。楊令はしばらく彼の任務についていく事となる。
名目は、替天行道の見習いとして、だ。
『いいですか、楊令、戴宗の真似です。翠蓮の真似ではないですよ』
その意味が分からない。
何故無愛想でろくに笑わない、笑っても人を馬鹿にしていたり皮肉げだったりする戴宗なのか。
何故、表情豊かな翠蓮では駄目なのか。
「さ、楊令」
それは、戴宗への挨拶を促す言葉か。
しかし楊令には、戴宗の真似を促す言葉に聞こえた。
だから楊令は、真似をしてみた。
口を半開きにして。
口角を下げて。
眉根を寄せて。
鼻の頭にしわを作って。
目を半眼にして。
「――……んだクソガキ、その嫌そうな顔は」
出来た。
真似、出来た。
戴宗の抑制された声の低さからして、上出来のようだ。出来た。表情を作る事が、出来た。
「よろしくお願いします、戴宗殿」
とりあえずその表情のまま言ったが、本心は平身低頭で言いたい気分だった。
戴宗の真似をしていれば、きっと、もっと表情を取り戻せる。
父のように笑える日も、きっと近い。
笑顔まで何マイル
嫌そうに舌打ちした戴宗に、翠蓮が「戴宗さんっ!」と注意した。
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