晁蓋。
 この茫漠とした湖に向き合うと、君を思い出さずにはいられないよ。
 いや、この胸の中はいつも君への思いでいっぱいだ。君の抜け殻が沈んでいるこの湖のほとりに立たなくても、目を閉じなくても、書類整理の中でふと君の汚い殴り書きの字に出会わなくても、いっそ悔しいほどに僕はいつだって君を思っている。
 ああ、勘違いしないでほしい。それは別に、君がいなくて寂しいとか悲しいとか、君がいなくなったなんて今もまだ信じられないとか、僕も君のあとを追ってしまいたいとか、そんな馬鹿げた感傷じゃない。
 自慢じゃないが、僕はこれでも梁山泊の軍師なんだ。僕の知識一つ、知恵一つにたくさんの同志の命運が懸かっている。それなのに、「君のあとを追う」? 冗談じゃない。
 僕が言いたいのはね、晁蓋。

 僕は君に、言ってやりたい文句が山ほどある、って事さ。

 大体君って男は昔からそうだった。悪さを思いつく度に僕を巻き込んで、無理矢理手伝わせて、そして後始末は全部僕任せ。僕は一体、どれだけ君の尻拭いに奔走した事だろう。
 君が托塔天王と呼ばれるきっかけになったあの事件――西渓村から宝塔を奪った時も、そうだった。
 生辰綱を強奪した時も、そうだった。
 子供の時の事も含めると、もう数えるのが億劫になるほどだ。
 そして極めつけは、この梁山泊。
 君は宋江さんたち替天行道からこの梁山泊の主の座を奪って――まあ、あれは宋江さんとしても渡りに舟だったらしいけど――、僕を軍師に据えて、思うまま好き勝手に官軍と、朝廷と戦い始めた。
 そして、その中で君は死んだ。
 あっさりと、呆気なく、君らしい無責任さで。
 おかげで残された僕たちがどれだけ苦労したか。
 君が遺していった志に、どれだけ振り回されたか。
 ああまったく、晁蓋、僕はどうしようもなく君が憎たらしいよ。
 きっと他の人、特に元から替天の同志(メンバー)だった人たちもそうだと思うよ。
 だってそうだろ?
 君がこの梁山泊に足を踏み入れて最初にした事、それは、替天の皆――特に戴宗君や林冲君が苦労して手に入れたここを、横取りする事だったんだから。

 なのに、どうしてだったんだろうね。

 替天行道の皆、花和尚さんも、公孫勝さんも、孫二娘さんも、張青さんも、劉唐君も蒋敬君も王定六君も、元からここにいた杜遷さんや宋万さんや朱貴さんまで、君が梁山泊の主になるのを阻止しなかった。その事をあとから報告された替天の頭領(ボス)である宋江さんでさえ。
 まるで、君こそが梁山泊の主に相応しい、と言わんばかりに、皆が皆、君の到来を、存在を歓迎した。
 でも、本当なら君は、誰よりもここに相応しくなかった。


 何故なら晁蓋、君は、死ぬその瞬間まで――ついに一〇八魔星をその身に宿す事は、なかったんだから。


 そう、それはとても不思議で奇妙な話なんだ。
 君、僕、白勝さん、小二君、小五君、小七君、安道全医師に薛永さん。北斗七星というグループの僕たちはそれぞれ宿星なんてものになったのに、そのリーダーだった君は、君だけは宿星じゃなかった。宿星になれなかった。
 梁山泊の主になってから後、どれだけ星が流れても。
 どれだけ宿星以上の力と資質を示し、宿星たちに認められても。

 君は最後まで、百八人の中に入らなかった。

 ……けれどそれだと言うのに、どうしてだろうね、晁蓋。


 君は誰よりも、僕たちの上に君臨していた。

 平然と。
 燦然と。


 一〇八魔星の長・天魁星の宿主として「星主」とも呼ばれる宋江さんすら差し置いて。

 

 君こそが、僕たちの頭領で、王だった。

 

 君が死んで、頭領の位が宋江さんに戻されても。それでも僕たちにとって君こそが頭領だった。宋江さんにとってもそうだった。
 宿星なんて関係なく。
 魔星の中の位なんて一顧だにせず。

 今でもそうなんだよ、晁蓋。君は今も皆の心の中に君臨している。平然と燦然と、思い出として、想いとして、志として。
 それはきっと、君の天命だったんだろう。君は君として、君のまま、一〇八魔星の上に君臨する。その気になれば一〇八魔星の全てを服従させられる力を持つ天魁星、それさえも従わせて。

 それが、君の天命だった。

 それが、僕たちの天命だった。

 

 晁蓋。

 君こそが、僕たちの天命だったんだ。

 

 だから僕たちは戦う。戦い続ける。
 君という天命に従って。
 君という志に振り回されて。
 ――ああ、宋江さんが呼んでいる。もう出立の時間だ。君が、そして僕たちが定めた最後の戦いがもうすぐそこに迫っている。僕たちはこれから、この梁山泊を、君が眠り宿るここを離れて、新しい最後の戦場へと赴く。
 晁蓋、あの世から見ていてくれ。そして途中退場してしまった事を大いに悔しがってくれ。これから先の戦いに参加できない事を目一杯、七転八倒するほどに悔しがってくれ。
 君が悔しくなるほどに、僕たちは生きて、戦ってみせる。

 

 

天命の人

 

 

 ――……そしていつか、僕は天命に従ってこの命を終え、君と再会するだろう。
 その時、君にしたい話がたくさんあるんだ。君が死んでしまってからの事、その時の皆の事、それから……君への文句と、感謝。
 ただの私塾の教師として平和で穏やかな一生を終えるはずだった僕を、君が、義賊の軍師にしたんだ。

 君の右腕に、してくれたんだ。

 晁蓋。
 どうか、見ていてくれ。
 僕は、戦う。

 

 

 

 原典ネタバレネタ。晁+呉でも晁×呉でもどっちでもいいや。
 時系列としては晁蓋さん死後、これから梁山泊を出て最終決戦に赴くよ! って時。
 モノローグ形式をネットにさらすのは初めてだったかしら? それにしても簾屋は晁蓋さんに夢見すぎ。そんなに晁蓋さんを特別扱いしたいか。だって特別じゃん! 「托塔天王」って英訳したら「King of heaven」だよ!? 「托塔」はどこに行った!?(話逸れてる)

 呉用先生は晁蓋さんの死に物凄いショックを受けるけど、「晁蓋の志は僕が継ぐ」くらいの気概で立ち直り、最終的にはこれくらいふてぶてしくも晁蓋さんを大切に思っていればいいよ、うん。

 

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