暗い。
黒い。
そして、赤い。
バリッ。音がする。闇の中に座り込む人の体が、その頭が、噛み砕かれて消え失せる。バリッ。違う体の頭が食い千切られる。バリッ、バリッ、バリッ――闇に佇むいくつもの体が、いくつもの人が、笑みを湛えた何人もの養父が、音の度に喰われる。
噛み砕かれる。
笑顔が、消える。
何も、出来ない。
大切な笑顔が消えていくのを、止める事が出来ない。
――やめてくれ。
笑顔が、喰われて消える。
――やめてくれ。
笑ってくれ。養父の最期の無茶な願いが、音に紛れて微かにこだまする。
――やめてくれ。
いつしか音は消え、養父の体も笑顔も声も消え、赤黒い闇の中に残るのは、憎い仇の薄気味悪い哄笑ばかり。
――やめてくれ!
歌。
か細く儚く、しかしとても綺麗な、歌。
歌が、闇にしみ込んだ。
あれほど大きかった哄笑が、掻き消される。
赤黒い闇が、白い光に圧されて逃げる。
彼は歌の聞こえる方、光の差してくる方を見た。
そこにいたのは、小柄な少女。
翠蓮だった。
戴宗に背を向けた翠蓮が、小さく、歌を歌っている。
うたた寝をしてしまっいたらしい。任務の旅の途中、休憩がてらに川べりの木の根元に座り込んで、戴宗はそのまま浅い眠りに引き込まれていたようだった。舌打ちと共に、木に預けていた背中を離す。
夢見は、いつも悪い。
悪いのだが、ああいう終わり方は初めてだった。
戴宗は改めて翠蓮の小さな背中を見やる。
彼女の隣には師匠がいた。二人して川面を眺めている。魚でもいるのか。肉派の戴宗としては、極めて興味がない話だ。
「……翠蓮」
「――あっ、戴宗さん。起きたんですか?」
歌うのをやめ、振り返ってくる少女。薄い笑みは、春の日差しのように暖かく穏やかで。
戴宗は、ぼやくように、吐き捨てた。
「おたく、音痴だな」
「なっ!? ひっ、酷い戴宗さんー!」
夢の終わる日 |