まったくもって下世話な話だが、自分は男としては健全な方であるから女に触れたいという欲求を正常に有している。
 だから少し斜め後ろをちょこちょことついてくる団子頭の小柄な少女と手を繋いでみたいと思わないでもないのだが、

「っ――……ど、どうかしたんですか、戴宗さん?」
「……別にぃ」

 不意に視線をやれば、少女――翠蓮は何を勘違いしたのか、ビクッと体を大袈裟に震えさせて一歩退かせたと来た。それでは戴宗の返答も自然とぶっきらぼうなものになるというもの。
 そんなに俺が怖いかぁ? 彼女がそんな事を考えているはずもないのだけれど、怯えたような態度を取られたのが少しショックでつい拗ねたような思考になる。
 自分より頭一つほど小さくて、孫二娘や扈三娘と比べるまでもなく身体の凹凸がまるでなくて、軽くて、華奢な少女。細い手足は危うさすら感じさせて、少し力を入れればポッキリと折れてしまいそうだ。
 戴宗も割りと小柄な方だが、何せ伏魔之剣を両手で片手でブンブン振り回しているのだ。そうして鍛えた握力は、何となれば華奢な娘の手くらい握り潰してしまえる。

 だから。
 怖くて、翠蓮の手が握れない。

 第一、どんな顔して言えばいいのか。
 欲望やら恐怖やら躊躇やら面子やらが色々せめぎあって、今日も戴宗は「手を繋ごう」の一言が言えない。

 

§

 

 まったくもってはしたない話だが、自分は慎ましやかであるべき女の身なのに好きな男の熱を感じてみたいという切実な願望を抱いている。
 だから少し斜め前をスタスタと歩いていってしまう大剣を背負った橙頭の少年と手を繋いで歩きたいと願い、それは日に日に強くなるのだが、

「っ――……ど、どうかしたんですか、戴宗さん?」

 そんな翠蓮の心の声が聞こえたかのようなタイミングで戴宗がこちらを振り向いたものだから、思わず体と声が硬く震える。
 こちらの様子に面白くないものを感じたのだろう。彼は「別にぃ」とぶっきらぼうに言って再び前を向いてしまった。
 こっそりと吐息する翠蓮。戴宗の背中を見上げれば何やら近寄りがたい雰囲気を放っていて、それ以上声をかける事がためらわれてしまう。
 戴宗は無茶苦茶な人だ。気紛れで、傍若無人で、やる気があるのかないのか判らなくて、翠蓮や林冲をからかって遊んでいる。
 ワガママな人だと、翠蓮は思う。
 気まぐれで自分から寄ってくるのに、こちらから寄り添おうとしても無言の内に拒絶するのだ。

 だから。
 翠蓮は、いつもあと一歩のところで踏みとどまってしまう。

 怖くなんかないですよと、言ってあげられればいいのだろうか。
 そんな事を言ったら「はぁ? おたく、頭大丈夫?」と言われるだろうから、今日も翠蓮は「手を繋ぎませんか?」と持ちかける事が出来ない。

 

§

 

 まったくもって誉められない話だが、彼ら三人はそんな初々しい二人の様子をウキウキドキドキワクワクハラハラもどかしくて胸がキュンキュンするよ! とでも言いたげな心境で見守っていた。
 と言うか、もろに覗き見していた。

「やー……戴宗君ってば、素直じゃないのねー」
「翠蓮ちゃんももっと大胆になればいいのにー」
「貴方たち、覗き見などという卑劣な行為は――」
「はいはい、林冲君静かにね」
「あいつに気付かれちゃうでしょ」
「……っ! っ、っっっ!」
「二人きりにすれば少しは進展するかしらと思ったんだけど……二人とも意外と頑固で臆病なのね」
「それなら朱貴さん、いっそ大胆になれるようセッティングしちゃわない?」
「……! っ……、…………――――」
「やー、それは駄目だね扈三娘ちゃん、そういう作為的な事は覗き見のルールに反するよ。こうやって、離れた所から見守るだけなのが覗き見の正しいお作法なんだよ」
「そういうものなの?」
「…………………………」
「――それより扈三娘ちゃん」
「?」
「林冲君……窒息、しかけてるんだけど?」

 朱貴の指摘によって、声を挙げられないよう口元を押さえていた扈三娘がその事実に気付いた時、林冲の魂は口から抜けかけていたのだとさ。

 

 

下世話ではしたなくて

誉められない話

 

 

「……で、おたくらは何やってるわけ?」
「「あ」」

 

 

 

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